第114話 一門
それから東に進み、エネイト基地を経て南下。
テーバの玄関口ことターストリラへと帰還した。
その際にギルド職員のツツムと再会したりといったどーでもいいことが起こったが、割愛……。
「おい、死んだ目してねぇでこっち向け」
割愛できなかった。
「あー、この前の強制任務では世話になったな」
「そうだな。あのあとは職員総出で地獄だったが、お前ら魔物狩りは気楽なもんだったよな」
「それが仕事だろう」
「かーっ、労りがない言葉だねェ」
大げさに嘆く中年は放置する。
ターストリラで魔物狩りギルドに寄ったのは、ここで南に向かう依頼を見付けたいからだ。
「そんなことより、南に向かう大きな商隊とかないか?」
「そんなことよりって、お前なぁ……」
ツツムは呆れた顔をしながら、手許にあった書類をぱらぱらと捲った。
「ん、それらしい依頼はないな。あと、大きな商隊っていやぁ……」
ツツムはまた別の書類を引っ張り出してまた捲る。
「あー、商隊がデカいかは知らんが、デカい商会の商隊はいるな」
「ほう? なんて商会だ」
「エモンド商会ってとこだ。この辺じゃあまり知られちゃいないか」
「エモンド? エモンド……」
どこかで聞いたな。
「……ご主人様、アアウィンダさんたちの家です」
「ああ!」
「何だ、エモンド商会と繋ぎがあるのか?」
「繋ぎというかな、以前依頼を受けただけだ」
「何? お前が?」
ツツムが怪訝な顔をしながら、書類とヨーヨーの顔を見比べる。
顔を頻りに上下させながら何度も見比べる。
「……何だよ?」
「いや、確かにお前はルーキーにしちゃ筋が良かったがな。外で大商会に雇われていたほどとは……」
「知り合いが伝手を持っていてな。そのお零れみたいなモンだ」
「ほ~う、案外顔は広いようだな」
「納得したなら、その不思議な物を見る顔を止めろ」
「わはは、すまんすまん!」
ツツムは豪快に笑いながら書類を持っていない方の手で机を叩く。
「まあそれなら、紹介しても大丈夫かもな? 一応、信頼の置ける腕の良い傭兵がいたら紹介しても良いって話だったんだが」
「ほう?」
「一度雇われてたんなら、信頼はまぁできるだろ。ヘマをしてなきゃな。腕はまぁ、仮にもテーバの主要闘技大会で活躍した程だ。箔付けとしては十分だろう」
「相手はどういう立場の人間なんだ? エモンド商会といっても、どこを拠点にしているかでボスが違うんだろう」
「そうだ。こいつらは……ふむ。ジシィラ・エモンドって若造だな。独立を目指して商隊を率いて行脚しているエモンド一門だ」
「そんな奴がいるのか……」
「この坊ちゃんの後ろ盾が誰なのかは良く分からんな。おそらくどこかの御大がバックに付いているんだろうが……な」
エモンド一門ってのも大変そうだな。
各地で店を持てる一門の数は限られているだろうし、内部で主導権争いみたいなものがあってもおかしくない。そのなかで、こうしてテーバ地方まで行商しながら成り上がろうとする若者もいるわけだ。
「その坊ちゃんはどこに向かっているんだ?」
「どうやら南方……国境付近まで行くようだな。ちょっと前まで戦争してた領地だ。分かるか?」
「噂は聞いたことがある。しかしまた、テーバ地方から紛争地帯までとは、酔狂だな」
「その分儲かるからな。特に戦争直後ってのは物資不足なのが相場だ。魔物素材なんて普通の領地の何倍もの値が付いても買う奴が居るだろうな」
「なるほど……」
戦争直後は魔物狩りの需要が高まるという話は聞いたが、商人の世界も似たような話であるらしい。本当に戦争は終わったということだから、国境地帯まで行ってみるのもアリだ。
その道中で戦争奴隷とかを仲間にできるといい。
「興味ありか?」
「ああ、とてもある。こちらがやると言えば護衛に加わることができるのか?」
「いや、テストがある。この商隊は……3日後には出発するから、テストを希望するなら少し急がないと間に合わないな」
「では連絡を頼む」
「あいあい。チッ、久しぶりにまともな事務作業をしちまった」
「……職員だろう、働け」
ツツムは皮肉気な笑みを浮かべて頭を横に振る。
「俺は戦闘力要員だ。真面目に受付することなんて求められてねーんだよ。どうせ上は金さえ稼いでれば文句言わないし、な」
「良い職場なのかどうか、判断に困るな」
「ま、魔物狩りで食うや食わずよりはずっとマシだぜ。お前も困ったら就職すれば良いぜ。色々問題もあるが、後ろ盾がすごいからな」
「王家か」
「フラフラしてるとあんまり実感しないかもしれないがな。権力ってのは恐ろしいもんだ。バケモンだ。王家は権力者の主だ。つまりはまぁ……バケモンの主だ。甘く見ない方がいいぞ。情けなく聞こえるかもしれないがな」
「いや、理解できる話だ。あれだけ威張って根を張っていた『龍剣』をまるで子ども扱いしていたからな。王家の下っ端みたいな貴族が」
「下っ端ってな……あれも中央貴族だ。どこで聞かれているか分からんわ。言葉には気を付けろ」
「ああ」
「まあいい……とりあえずあっちに話を投げておくから、泊まってる場所を教えろ。明日までには連絡がいくと思うが、なかったら諦めろ」
「おう」
ツツムに礼を言ってギルドを出る。
もう一度ギルドの建物を見る。真新しくて立派な建物だ。はじめてギルドに世話になったあたりで、サーシャと公共事業の話とかしていたっけ。権力を甘く見ているつもりはなかったが、どこか遠い存在に感じていた地球世界とはやはり感覚の差があったのだろう。
この手で命を刈り取った強敵だった長髪の女、アルメシアン隊長と対峙する満身創痍のミルファ、そしてサーシャに縋って泣く残された女の姿を少しだけ思い出す。
後悔はない。
むしろ、彼らは自分が関与しなくても、同じような結末を辿っただろう。
そのことに妙な寂しさを覚えながら、ギルドを後にした。
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数日後、呼び出しを受けてギルドの訓練室へと向かう。
入るや否や木剣を渡された。
「鎧は着てきたようだな。よろしい、ではまず俺と戦え」
土色の鎧を着た若ハゲが開口一番、そんなことを宣う。
「……これがテストか?」
「他に何がある?」
若ハゲが片目を細めそう吐き捨て、剣先を煽るように振る。とっとと構えをという雰囲気である。
「お前の経歴は簡単に調べた。あの堅物の護衛任務を手伝いそれなりの活躍。最近では闘技大会に出てそれなりに活躍。目覚ましいじゃないか」
「そう言っている割には、態度にリスペクトの欠片もないな……」
「俺達はペーパーテストよりどれくらい強いかで判断する。書類審査は合格にしてやる、後は……かかってこい」
「……」
やらなきゃいけない空気なので木剣を両手で上段に構える。床が木だし、訓練室だとそうそう壊すわけにもいかない。つまり最近のマイブーム・落とし穴作成が利用できないということだ。
「面倒だ……なっ」
振り被って、振り下ろす途中で鋭い突きが来る。
何となく予想していたパターンではあったので辛うじて剣身を合わせ、エア・プレッシャー自己使用で離脱。水球を浮かべサテライト・マジックを発動する。
「なるほど」
若ハゲはそう呟くと、視界からブレて消える。とっさに後ろに下がると、視界の左下から鋭い振り上げが鎧の前を掠る。さらに手先を返そうとする瞬間、エア・プレッシャー自己使用を逆向きに発動する。
つまり相手に突っ込む形で発動し、体当たりをかます。完全に相手を巻き込んだ体当たりが成功した。が、一瞬体勢を崩したかに見えた若ハゲが妙な身体捌きを見せ、気付くとこっちだけが宙に投げられていた。
ドサリと床に倒れ、首元に剣先。
一瞬置いて、周回させていた水球が若ハゲの禿げたところにパシャリ、と当たって弾けた。
「……完敗だな」
若ハゲは木刀を振って脇に仕舞う仕草を見せ、少しニヤリと笑った。
「これで話は流れたか?」
「いや合格だ、なかなか味な戦いをする」
「……そうか?」
理由は良く分からないが、戦い方を気に入られたらしい。
これで護衛任務にありつけたか。
「特に最後のはいいぞ、相手が勝ったと思った瞬間、それが最大の好機だ。きさまの生き汚さがよく表れていた」
「ほめられてンのか、それは」
「当然だ」
若ハゲはそう真顔で言うと手を差し伸べてきた。それを掴み、立ち上がる。
「俺はユシジギ。呼びにくいだろうからユシでいい」
「ユシね」
「ジシィラ様は愛想は悪いが頭が切れる。機嫌を損ねないように上手く付き合っていくといい」
「ジシィラ様か。エモンド家の一門なんだよな?」
「そうだ。ご実家は西の国境商人というやつだ。それが東に流れてきて、南の国境で商っているのだというから、何とも面白いものよ」
「そうか?」
いまいちピンと来ないが、こっちの世界の商人には面白く感じるのか。
「傭兵には分からないか。ま、試験は合格だ。明後日の昼にここを出る。陽が上がった頃に俺達が泊ってるトコに来い。場所は後でギルドにでも訊け」
「ああ」
「それじゃあな」
「もう行くのか?」
「なんだ? 俺に男色の気はないぞ」
「いや、なんでそうなる。まあ、いいけどよ……」
「実力の確認は終わった。これ以上やることもあるまい。ああ、契約は後で誰かに回させるから、明日にでも確認しとけ」
「ああ、そうか」
契約ね。
前にエモンド家で働いたときはどうしていたかな……。まあ、その辺はサーシャに任せればなんとかなるだろう。
「ではな」
「ああ」
若ハゲは去り際に手を軽く上げて去っていった。
何だか妙なオーラがある人物だった。ハゲてるけど。
実力の方も底が見えない感じだった。ハゲてたけど。
「ご主人様、さっそく食糧の買い出しなどをしませんと」
脇に控えていたサーシャが進言する。
そうだな、食事に限らず準備を始めないとなぁ。
まだ契約をしたわけではないようだが、エモンド家の商隊に付いていくなら行き先は南方国境方面。
相当長旅になりそうである。
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