第113話 紅

少し積もり始めた雪を踏みしめながら、街道を行く。

どこにでもある茶色い土肌が見える道だが、雪化粧で白く光を反射しているだけで少し趣が違うように感じるものだ。


「……ご主人様」

「ギーギィ」


後ろから付いてきたサーシャが小さく緊張感を孕んだ声をかけてくる。アカーネの背中から身を乗り出したドンが一鳴き。


「ああ、分かっている」


魔法の準備をしながら太刀を背中から抜き、正眼に構える。

ほどなく人影が左右の木々から出てくる。


「……何故分かった?」

「さあな」


気配察知と探知で、少し前から木の陰で待ち構える存在は探知していた。魔物や野生動物にしては、良い場所でじっと待ちすぎである。

サーシャ達には合図を送っていたし、ドンは俺が探知する前から忙しなく動いていた。


「お前ら、どこかで見たな。連合にいたパーティか」

「ああ、そうだ」


対峙した革鎧姿の少年が剣を構える。

後ろには弓を構える少女と、角が生えた種族の人が1人。持っているのはムチかな?

あと2人ほど木の陰にまだ隠れている。駆け引きのつもりか。


「剣を向けるな、後戻りできなくなるぞ」

「うるせぇ」


少年は剣を握り直しこちらへ一歩、踏み出す。


「命を捨てるんじゃねぇよ。最近若い奴らが無駄死にするのには食傷気味なんだ」

「ガキ扱いすんじゃねぇよっ!」


少年は更に一歩踏み出す。説得は逆効果だった様子。

とはいえなかなか攻め込んでこない。躊躇があるのか、間を図っているのか。


「あんたらは今回のことでホクホクなんだろ。少し分けてくれよ。全部でもいいけどよ」

「狩りの失敗でどうにもならなくなったか。にしても、何で俺なのかね?」


そんなに弱そうに見えただろうか。


「……『不倒』や『白肌』には勝てねぇよ。だがあんたは女連れで舐めた野郎だ」

「なるほど」

「二つ名があるって聞いたけどよ、『偽剣』だって? 卑怯なやり方で大会のルールを利用して勝っていただけだっていうじゃねぇか。ビビってられるかよ」

「……ほう」


二つ名が完全に駄目な方向に作用している。誰だよホント、その二つ名考えたの。


「ミィ、ジュン! 合図をしたら一斉にやれ! 打ち合わせ通りだ!!」


打ち合わせ通りね。

まあ……。


「魔法使い相手に、時間を与えたのは悪手だな」


少年がもう一歩踏み出した足元に、落とし穴を創る。

時間をかけて近付きながら場所をはっきりしてくれたから、なんとかなった。


「ばっ!?」

「お前、もう少し真面目に情報収集しろよ。落とし穴なんて大会でも使ってただろうが」


すぐ禁止されたけれども。


「ギャミ!! 大丈夫!?」


後ろの少女が弓を放つが、余裕を持ってエアシールドで軌道をそらす。


「ミィ、時間を稼げ! 後ろの女からやるぞ」


角が生えた奴がそう言うと、木の陰に待機していたやつらにも動きがあった。後ろに回ってサーシャ達の攻撃に回るようだ。

エアプレッシャー自己使用で強引に近付き、角野郎を一閃。これは気持ち良く決まって血が噴き出る。


「ジュン!!」


弓使いの少女が叫ぶ。ファイアボールを創って放つ。


「させるかよぉ!」


穴から這い出てきた最初の少年が振り被ってくる。慌てているのか剣筋が単純すぎる。

最近格上とばかり戦ってきたせいか、怖さがない。


避けられるが、あえてサンドシールドを当てて相手の体制を崩す。驚いた少年の顔が眼に入る。


「……だから言っただろうが!」


思わず悪態をつきながら太刀を一閃する。


「ガッ……ミィ、逃げ……」

「いやあああああああ!」


飛んで来た矢を後ろにステップしながら防御魔法で丁寧に迎撃する。


「いやっ、いやああ!」

「……」


なんだろう、この悪役感。

俺、襲われた方だよね?


「ガキども、簡単に殺られやがって! これでも喰らえや、色男ぉ!」


木陰で動いていた一人が時間稼ぎのためか、飛び出てきた。もう一人はまだコソコソしながらアカーネの方に向かっている。

少し心配だが、この男をどうにかしないとならん。


男の手には短い槍。繰り出してくる攻撃は、少年よりも数段は鋭いものだ。


「テメェらが、あいつらを唆したのか?」

「さぁ、な!」


捌ききれずに二の腕に軽い突きを受けるが、鎧に阻まれて穂先が滑る。


「その答えは肯定と取っておく」

「だったらどうするってんだよっ!」

「こうする」


いつぞや使った、ファイアボールを拡散弾っぽくしたやつ。火炎拡散弾を放つ。

同時に身体の周囲に火球を浮かべて身体強化魔法を発動する。

なかなかの魔力消費だが、下手に長引かせるよりリスクは低いだろう。


「ぐっ、妙な技を……」

「テメェもリサーチ不足かよ」


大会でさんざん使ったぞ、サテライトマジック。

浮かべていたのは水の球だったけど。


「チッ、だがこの程度……ッ」


男は槍で火球を突き、霧散させる。どういう理屈なのだか。

だが、それは悪手だ。


「うおっ!?」

「そいつは“足止め”だ」


つい、バトル漫画の敵役よろしく解説してしまった。

そう、火球は足止めに使う狙いだった。

今の俺の必勝パターン。それは……。


「また落とし穴かよっ、卑怯だろが!」

「待ち伏せ野郎に卑怯とはな」


態勢を崩した男の首筋に火球と斬撃を浴びせ掛ける。

男の手足がダランとしたのを見て、油断しないようにしながら周囲の状況を探る。


「おら、お嬢ちゃんたちの方がガラ空きだぜぇ!」


隠れていた男がついにアカーネ達の前に跳び出てきたようだが。

それは流石に、ウチの新人をナメすぎだ。


「来ないでっ、臭い!」


アカーネが精神攻撃とともに投げ付けたのは……改造魔石。

シュミダを打倒した際に割れた魔石の欠片から作成したものだ。


その効果は……。


バシュン!


黒い球が魔石を中心に拡大して弾け、男の腹に穴が開いた。


「ぐっ……おぉ……」


どしゃり、と音を立てて崩れ落ちるもう一人の男。

これで終いか。残った少女の方を見る。


「ひっ……」


すごく怯えられている。当然と言えば当然だが。


「そいつ、まだ生きてるか?」


少女が抱える少年に目線をやりながら話す。


「……わ、わかんないよ……」

「そうか。まあ、手遅れかもしれんが……ここで手を引くのなら許してやろう。とっとと手当てをすれば助かるかもしんねぇぞ」

「う、うん」


少女はビクビクと怯えながら、少年を抱えて街道をノウォスの方へノロノロと歩き出した。

角が生えていた人のほうは放置か。まあ、そっちは確実に間に合いそうにないからっていう判断なのか、少年の方が大事な人だったからなのか。


「世知辛いねぇ」


そっちは俺が、道端にでも埋めておいてやるか。

まだ魔力は残っているし、土魔法を使っても良いな。


「ご主人様、宜しかったのですか?」

「……逃したことか?」

「はい」


サーシャは少し心配そうだ。


「まあ、いいだろ。あそこまで戦意を失ってるやつを、殺したいとは思えん」

「そうですか……」

「事情は知らないが、こいつらに唆されてたっぽいし、な」


ゲシゲシ、と途中まで隠れていた下種男……だったモノを足蹴にする。


「そのようでしたね」

「それにしても、アカーネの新しい改造魔石はエゲツなかったな」


男を脱がしながら金目の物を漁る。

おっ、こいつ銀貨結構あるぞ。

それに、基本が革鎧で色々追加装備でデコっている。つまり、俺の革鎧の補強にも使えそうなパーツがちらほら。有難くいただいておこう。


「アカーネ、あれは何の魔法なのですか?」

「えーっと、良く分かんないけど……多分光属性?」


アカーネはサーシャと一緒に角の人の埋葬をやっているようだ。そっちは任せるか。


「えっ、あの真っ黒なのが?」

「あ、うん」

「黒いから闇属性かと思った」


そう言うと、サーシャの補足が入る。


「ご主人様、闇属性魔法は精神魔法なのではなかったですか」

「あー、そうだっけ」


俺も一度本で読んだ気がする。


「そうすると、光がない状態も“光の有無”に関係するから光属性、って感じか?」

「そう、です」


アカーネが肯定する。


「光属性は分からないことが多い。光属性のなかには無属性って言うべきものが混じっているって書いていた人もいる」

「へぇ~」


魔道具に詳しいだけあって、アカーネは魔法の知識でも役に立つなあ。


「あっ……」


2人目の、アカーネに屠られた男の持ち物を探っていると……写真のようなものが出て来た。

完全に実写ではない……これは鉛筆で写実的に描いたような代物かな。

描かれているのは、穏やかに笑う女性と小さな子供の2人。


「……」


これは2人には見せなくていいか。

というか、子持ちならもう少しチンピラっぽい言動を抑えてほしかったものである。

いや、そうと分かったところで手加減をするわけではないのだが。


「ケチが付いたが、とっとと先に進もう」

「はい」

「うん」


何故俺が狙われたのかは釈然としないが、それももしかしたら龍剣がらみだったりするのかもしれない。

しばらくこの地から離れるのは正解だったのだろう。


降り続く雪のなか、少しだけ紅が刺した白じゅうたんを一瞥する。

あの少年、助かったら良いけどな。



************************************



旅の始めにケチがついたこともあって、予定通りとはいかなかった。

目標手前の林にテントを張る。


「音罠を設置しますね」


サーシャがアカーネを連れて警戒装置を設置しに行く。

完全に開けた場所ではなく、林を選んだのはそのためだ。


このあたりはあまり強い魔物は出ないはずだが、用心は必須だ。


「ステータスチェックでもするか……」


簡易かまどを土魔法で創った後、暇になったので焚火のそばで座り込む。


*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(22↑)魔法使い(17↑)警戒士(14↑)

MP 38/48

・補正

攻撃 F-

防御 F

俊敏 F

持久 F+

魔法 D-

魔防 E

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

気配察知Ⅰ、気配探知

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ

隷属獣:ドン

*******************


『干渉者』が上がっている。

というか全てが上がっている。


*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(22↑)魔法使い(17↑)剣士(14)

MP 32/42

・補正

攻撃 E-

防御 F-(↑)

俊敏 E

持久 F

魔法 E+

魔防 E-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

斬撃微強、強撃

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ

隷属獣:ドン

*******************


『剣士』は上がっていないが、ステータスは上がっている。


*******人物データ*******

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(22↑)魔法使い(17↑)隠密(7↑)

MP 31/41

・補正

攻撃 G+

防御 G+

俊敏 F-

持久 F

魔法 E+(↑)

魔防 E-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

気配希薄

・補足情報

隷属者:サーシャ、アカーネ

隷属獣:ドン

*******************


『隠密』はジャンプアップ。

しかし現状、自分で盾役もアタッカー役もやっているから、使いどころは微妙に難しい。

『警戒士』+『隠密』とかにしたら、最強の斥候になれそうなんだけれども。


せめて前衛がもう1人いれば、色々な作戦が取れそうなものだが。

今は珍しくお金が潤沢にあるので、早めに仲間探しとシャレ込みたい。

現金持ってると狙われるというのも分かったしな。


はぁ、ほんとに。

何で俺なんだよ……。


無謀に死ぬならいっそ、強大な魔物にでも挑んで欲しいものだ。


……。

気を取り直して。

罠造りを終えて戻ってきた従者組のステータスが、こちら。


*******人物データ*******

サーシャ(人間族)

ジョブ 弓使い(15↑)

MP 2/9


・補正

攻撃 G

防御 G-

俊敏 F-

持久 F-

魔法 G-

魔防 G-

・スキル

射撃微強、遠目

・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************


レベルが上がった。ステータスに変化なし。

スキルは特に付かなかったが、レベル20まで新しいスキルはないのかな?


*******人物データ*******

アカーネ(人間族)

ジョブ 魔具士(16↑)

MP 18/21


・補正

攻撃 G-

防御 G-

俊敏 G-

持久 G+(↑)

魔法 F

魔防 F-

・スキル

魔力感知、魔導術、術式付与Ⅰ、魔力路形成補助

・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************


アカーネもレベルアップを果たし、持久が1段階上がった。

やはり魔力系と持久が上がりやすい……完全な後衛だ!


魔力が満タンに近いときは魔力感知を意識的に使えと言ってある。

ある程度能動的にも使えるスキルのようで、悪戦苦闘しつつも試行錯誤している段階のようだ。

スキルの使い方に慣れて常時展開できるようになったら、俺の「気配察知」「気配探知」に加えて「魔力探知」で別の方向から探知機能を強化できる。

「遠目」のある肉眼でのサーシャチェックが加われば、かなり多彩な警戒能力が備わった。


作戦としては絶対先に見付けて殺すマンが今の最適解なのかもしれない。


……何か思っていたのとちがうなあ。


『魔剣士』はまだか、『魔剣士』は。


「ご主人様、無言でいきなり抱き着かれるのは困ります」


……すまん。


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