第112話 空間

「斥候の者から少し話は聞いた。素材を渡すという点は伝わっているそうだな」


車座になってから口火を切ったのは連合パーティを取りまとめているイチョス。応じたのはラムザだ。


「おう、それと金貨が4,5枚って話だったがな」

「き……! 金貨4,5枚? ふざけんじゃねぇぞ」


いきり立って腰を上げかけたのは赤髪の女性カティ。


「ふざけてねぇよ。この辺で救援作戦をしたらその位は簡単に出て行くわ」

「細かい金の話は分かんねぇがよ……」

「細かくねぇだろ、パーティのリーダーやってんならこれくらいの勘定は把握しておけ」

「大きなお世話だよオッサン、こっちは勘定係がいるから問題ねぇんだ」

「メンバーに任せっぱなしたぁ感心しねぇな。モメない内に少しは知識を入れておけよ。そんな話は今はどうでもいい」


ラムザはギロリと連合の2人を睨みつける。


「ただの救援じゃねぇぞ、冬山で北斜面、何より相手があの古木の化物だ。金貨ごとき出し惜しみしてんじゃねぇよ!」


眉を潜めたカティに対して、それに頷きながら苦笑を漏らしたのがイチョス。


「分かってはいるつもりだが、こちらはまさに今赤字を叩いたところだ。これからメンバーの治療費も嵩むだろう。現実問題として支払は簡単じゃない。相談させてくれ」

「……ああ」


ラムザが渋々と引き下がって交渉が始まった。おそらくラムザも相手の事情をある程度予想しつつも、主導権を握るために最初に怒ってみせたのだろう。なんとなくそんな気がする。


「現実問題、金貨3枚。これが限度だ」

「……まあ、仕方ねぇか。俺もお前ぇらを潰しわけじゃあねぇ」

「悪いな」


ラムザとイチョスが中心となって話を進めた。たまにカティが苦言を呈し、俺は黙ってそれを見守る。

……俺って、要る?


「金貨3枚ね……あたしらんのとことイチョスのとこ、残りのパーティで等分か?」

「それが分かりやすかろう」

「厳しいが、金貨1枚なら何とか、か。でも残りのパーティ連中はどうだ? メンバーのほとんどが負傷したとこもあったろ」

「厳しいようだが、そのリスクも含めて計算して自分達でどうにかしてもらわなければ。今回は連合だったからこそ、パーティごとの負担は金貨未満で済む。それでどうにもならないパーティなら早晩問題になっていたさ」

「優しいようで厳しいねぇ、イチョスの旦那は」


カティが肩を竦め、しかしそれ以上言い募ることはしなかった。

どうやら連合全体で金貨3枚ということで話がまとまりそうだ。


「何、小物の素材は入るし、被害が出た人数に応じて貢献度も配慮する。賢くやり繰りすれば何とかなるケースことのほうが多いだろうさ」

「へいへい。アタシにもう異論はねぇよ」


カティは立ち上がると、スタスタと入り口に向かって歩いていってしまった。


「悪いな、根は優しい女なのだが」

「ああ、分かるぜ。身内には甘いタイプだな、ありゃ」


ラムザには分かるらしい。

俺にはそんな人物眼はない。


「相談なんだが、アングリービーストの一部の素材を譲ってくれないか? そっちも破産したパーティがいたら目覚めが悪いだろう」

「……お前ぇさんも甘いじゃねぇか。まあ、いいだろう。状態の良い奴を1体分だけ用意してくれれば残りは譲るぜ」

「そうか。『不倒』の、恩に着る」


なんか良い話風に話がまとまった。うんうん。

……俺って、要る?



「話がまとまったぞ」


特に発言することもなく会合を終えて、奥で食事の準備をしていたサーシャ達に合流する。アカーネは何やら魔石を取り出しておっちゃんと話し合っている。


「しばらく動けなさそうなので、食事の準備を手伝っておりました」

「そうか。さっきの話し合いで金勘定の話は終わった。後、撤退まで協力してやるってことになったから、丁度良かったな」

「そうですか」


連合には調理専門のメンバーもいたようなので、サーシャは調理を教えてもらっていたらしい。サーシャの調理技術が上がれば嬉しいので、続けるように言って入り口に奥に入った。



「おう、お疲れさんだぜ……」


小さなベッドの上に横になったシュエッセンが羽根を持ち上げて言葉を発する。


「無理すんな。とりあえず生きてて良かったよ」

「まさか撃ち落とされるとはのぅ……」


シュエッセンがシュンとした。

ただ身体的に弱っているというだけではなく、精神的にも落ち込んでいるようだ。


「あの攻撃頻度だからな。仕方がないんじゃないのか?」

「儂もおめぇさんみたいに、防御魔法を練習すべきなのかものぉ。あれだけ撃ち込まれたら、いくら儂のプリティーボディでも躱しきれんわ」


プリティーと何か関係あるのか? と出かけた言葉を飲み込む。


「……まあ、ゆっくり養生しろよ。ピーターの闘技大会の金もあるし、今回のことでまとまった金も入るだろう」

「そうしたいのはやまやまじゃけど……戻らんと五月蠅いやつもおってのぉ」

「そうか」


西に行くというのは、故郷で待っている人がいるってことか。それにしても、今日のシュエッセンは言葉遣いが古い。精神的に弱っていると、素が出てしまうのだろうか。敢えて触れないでおこう。


「おめぇさんらは南に向かうって聞いたがの? ここらでお別れか?」

「まあ、とりあえず北のノウォスってとこまでは全員で行くってさ。そこから俺たちは東に向かう。テーバから出たら南に行くって予定だ」

「じゃあノウォスでサヨナラじゃ。短い付き合いじゃったが、濃い時間じゃったの……」

「まあ、そうだな」


ラムザに紹介されて一緒に狩りに出て、アーマービーストを狩った。闘技大会でも互いに応援していた。そして「龍剣旅団」の騒動では戦友として肩を並べて戦った。

ピーターとシュエッセンのコンビと知り合わなかったら、ここまで順調に生き残ってはこられなかったのかもしれない。


「色々感謝することがありそうだな」

「……まぁ、お互い様だぜ。シュミダのトドメはおめぇさんがやったんじゃろ? それだけでお釣りがくるぜ。奴を倒せなきゃ、儂は死んでた可能性の方が高いからのぉ」

「そうか……お互い様だな」


お互い様。ウィンウィンの関係。よくある理想の関係だが、実際にそうであると言える関係は珍しいかもしれない。俺はこの出会いに感謝すべきなのだろう。この世界の神は良く知らないし、あの白髪のガキに祈るのもきっと違うだろう。

強いて言えば、ここで戦い散っていった戦士たちに、だろうか。


……気障すぎるだろうか。


「あんたたちとはまた組みたい。それまで死ぬなよ、『暴れ鳥』の」


シュエッセンは一瞬きょとんとしてから、丸っこいキュートなフェイスを歪めて、羽根をバサリと大きく広げた。


「おうよ、おめぇさんも精々しぶとく生き残れよ。『偽剣』の!」


誰が偽剣じゃい。……くそ、俺か。



************************************



朝。

態勢を整えた連合と一緒に、洞窟を出る。


斥候を除き、各々が夜通し交代で解体した魔物素材を背負っている。

アングリービーストは結局7体もいたらしい。

3体には逃げられたらしく、倒したうちの3体が小さな個体。子どもだという話だ。

危険の割にはそこまで儲からない結果になってしまったよう。


連合の連中の表情は暗い。

特に、少人数パーティで参加していたメンバーが意気消沈という様子であった。どのパーティもメンバーが深刻な怪我をしたり亡くなったりして、大打撃ということらしい。

仕方のないことだし、特に言うこともないけども。


向かう先は北、ノウォスという町だ。

西から来た者がタラレスキンドに寄ることなく、東に抜けようとすると最短距離は北の街道を通ることだ。そのための流通拠点のような役割をしている。

また、王家が利用する小さな門があるらしく、そこから魔物素材が北に向けて出荷されている。

その門を一般の商人や傭兵が使うことは許されていない。


帰りは慎重に魔物の群れを避け、安全なルートを通ったことであまり魔物には出会わなかった。

ただし進行速度が遅く、野営地の他にノウォスの手前で野宿する羽目になった。


ノウォスに着いたのは2日後の昼過ぎであった。

さっそく、魔物狩りギルドで素材を換金に入る。

量が量だったので、金のやり取りは翌日にくり越す。



************************************



「まずはこれを配っておくぞ」


ラムザは革袋から金貨と銀貨を取り出し、それぞれの前に分けて置く。

俺たちは……金貨1枚と銀貨数枚といったところか。


「これが連合の連中からの救出対価だ」

「全部で金貨4~5枚という話だったが」

「……少しまけた」

「甘いな」


ピーターがぼそりとそう反応した。


「悪ぃな、だが詰めすぎて恨まれてもな。減らした分、俺の取り分は少なくしておいたからよ……」

「私は構わんが」


ラムザがこちらを見る。


「俺も別に良いが」

「……問題ない」


シェトも同意し、その件は終わった。

次に、換金した魔物素材の取り分である。

今度はピーターが少し膨れた革袋を4つ、前に置いた。


「これが換金して仕分けたものだ」

「どうだった?」

「内訳を話そう。少し待て」


ピーターはわら半紙を取り出し、それを読む。


「まずはアングリービースト。これは金貨3枚までは行かなかった。最上個体ではないが、金貨2枚に届いたので御の字だろう」

「そこまでオイシイ魔物ではないんだな」

「次に……パイニ猿や小型の魔物の素材だな。こちらは合わせても銀貨50枚に満たない」


雑魚魔物はなかなか金にならないな。


「気になるのは最後……シュミダだろう。これは流石に高いぞ」


ピーターがニヤリと不気味な笑みを作った。


「金貨9枚半以上だ。小体のものと合わせれば10枚に近い」

「き、希金貨じゃねぇか!」


ラムザが思わず立ち上がる。

前に討伐したことあったんじゃなかったっけ?


「シュミダの個体としてもそれなりの高値だ。無事な魔石が多く、綺麗に分断されていたため使える部分が多いことが理由だ」

「ほう……ほう!」


このメンバーは全部で7人。アカーネとサーシャで合わせて1人分だとしても、うちは3分の1ほどが取り分だ。そうするとこれだけで金貨3枚以上か。なかなか良いな。


他の素材と合わせた収入を数えて見ると金貨4枚と銀貨43枚。


さっきの救出対価と合わせると、相当な儲けになったはずだ。


「シュミダと戦うハメになったのはキツかったが。結果的には大儲けじゃねぇか」


ラムザが肩を揺らして笑う。

シェトは誰かに取られることを警戒しているかのように、さっさと革袋を仕舞いこんだ。

俺も懐に入れるふりをして異空間に。顔を上げるとピーターと目が合った。


「……」

「なんだ?」

「少し後で話がある」

「ああ」


ピーターは座ったまま動かないので、ラムザとシェトと別れを告げる。


「色々世話になったよ、ラムザ」

「おう、おめぇさんらも達者でな」

「またいつかタラレスキンドに来るよ」

「どうだかな……と言いてぇところだが、おめぇさんはホントにまた来そうだなぁ。まぁそんときゃ、もっと強くなって楽させてくれや」

「ああ」


大きな手とがっちりと握手をする。

彼はタラレスキンドを離れる気はなさそうだ。

不穏な空気があると言うが、無事でいて欲しいものだ。


「シェトも短期間だったが世話になった」

「……ん」

「テエワラを頼む」

「当然。テエワラは家族同然」


そうか。むしろ俺が部外者だったな。


「じゃあな」

「またな!」


手を振るラムザ達が陽の光のなかに消えていく。

彼らはもう少しパーティを組んだまま、タラレスキンドに向かうらしい。

ノウォスには酒の美味い店がないと零していたから、早く戻りたいのだと思われる。


店の中に留まったままのピーターに目を向ける。


「で、話っていうのは?」

「……。ヨーヨー、お前、空間魔法を持っているのか?」

「……」


そう。

対龍剣の戦いのなかで、思いっきり目立つ形で異空間を使ってしまった。

乱戦だったから見間違いと思ってくれたらと願っていたのだが。


「……」

「……」

「……そう構えるな。空間魔法だろうがユニークスキルだろうが良い。だが気を付けろ」

「どういう意味だ?」

「希少なスキルの持ち主は往々にして狙われることがある。空間魔法ともなると貴族が干渉してくるかもしれん」

「……」

「普段は表立って使っていないところを見ると、危険は承知で隠しているのだろう。だが、隠し方が甘いな。それと思って見ていると怪しい動きが多い」

「なるほど」

「さきほども報酬の革袋をどこかに移転させたろう。見間違えでなければな」

「……気付かれていたか」

「気を付けろ。人の悪意は魔物のそれよりもずっと暗く、不気味だ。下らないことで仲間を失いたくはない」

「あ、ああ」

「ではな。私も相棒が回復したら西に出る。しばらく会うこともなかろう」

「そうだな。また大会の季節にタラレスキンドに来るのか?」

「不明だ。だが、可能性は高い」

「そうか。じゃあまたいつか会おう、次こそは本気で優勝を狙いたいしな」

「そうか。好ましい向上心だ」

「そんな良いもんじゃないがな……ま、出て楽しかったし。ほんの少し、負けて悔しかったしな」


ピーターは無言で頷いた。

最後にまた彼にも手を差し出し、握手を求めた。

色白で線の細い外見とは異なり、剣だこが硬くゴツゴツとした手だった。

彼とも、その相棒ともまたいつか会いたいものだ。


店の外に出る。

今日中にここを出て、東に進むつもりだ。

怪しいヘルメットを被って完全戦闘態勢である。

後ろから付いてくる2人も、革鎧と防寒具で完全装備である。


空にはまた白い物がチラつきはじめた。

雲の間から差し込む陽の光が反射して、静寂が広がる街を幻想的に包む。

さあ、旅に出よう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る