第111話 負傷

遊ぶように揺れながら、銀色の欠片がふわりと舞う。

本降りはしないという話であったが、朝から小雪のちらつく天気となった。昨日以上にしっかりとマフラーを巻き付け、防寒具の隙間がないかと入念に確かめてから出発した。隙間から雪が入って濡れると、死活問題だからだ。

途中で現れた左右の分かれ道は予定通り右を選択。方角としては西に向かったせいか、懐かしの棘飛ばしサボテンにも出くわした。そういう現場での呼び名、あだ名ではなく、正式名称が棘飛ばしサボテンだ。以前と同様に防御魔法でトゲ攻撃を防御することになり、昼飯はサボテンステーキ。他に出た獲物が、劔虫と黒玉、それに浮遊花と呼ばれる植物系魔物くらいだったのだから仕方がない。

魔物であってサイズも大きいとはいえ、虫を食う気にはなれない。と思ったが、この世界だったら普通に食べているところはありそうだ。貴重なタンパクだし。いざとなったら食べられるよう、覚悟は決めておくべきか……。


「ん? ……少し待つ」


ロープが垂れ下がっている岩場に差し掛かり、いざロッククライミング、というところで、シェトが停止の合図をした。岩壁に慎重に近付くとピッケルのような道具を出して削り、何かを確かめている。

少しして戻ってくると、「近くにいるかも」とだけ、言った。


「魔物だよな? 種類は分からねぇか?」

「大猿」

「おおっと、本命じゃねーか!」


ラムザが愉快そうに笑う。


「でも未確定。大猿かもって程度。ここから壁を斜めに上がって行く痕跡がある」

「ほぅ……足跡か?」

「似たようなもの。掴んだ跡があった。あの強引に掴みながら上がっていく感じ、大猿に似てる」


シェトは岩壁に残された足跡……手跡?に、大猿っぽい痕跡を感じたらしい。さて、いよいよ目当てのボス戦が始まるのだろうか。


「……でも大猿だとしたら、問題」

「なにがだ?」

「1体じゃない。多分2,3体いる。痕跡が残っている位置が少しずつズレてる」

「かーっ、群れか。ツイてねぇ。白肌の、どうする? 狙うか?」


ラムザはピーターに意見を求めた。

四つ手大猿は、あまり群れない。個体で縄張りを持って、同種同士でも争うタイプの魔物だ。ただ、いくつかの例外がある。親子だったり、カップルだったりで行動を共にすることがあるとも言われている。ラムザが「ツイてねぇ」と言った通り、群れている個体は討伐難易度が跳ね上がる。1匹で強敵の魔物が複数いるのだから、当然だが。


「数は確定できないか? 2体か、それ以上かで大きく話が違う」


ピーターは、シェトに追加情報を訊いて判断しようとしている。


「無理。いくつか跡が重なっているから、3体以上の可能性が否定できない」

「4,5体いる可能性もあると?」

「否定はしない」

「……」


ピーターが顎に手を添えるようにして、思案に沈む。

1分と待たずに考えをまとめ、結論を出した。


「やめておこう」

「おう、そうか」


ラムザはあっさりと納得した。俺はというと、納得いかないというわけでもないが、気になるので判断内容を訊いてみる。


「どういう判断で、そうなった?」

「……3体以上だと、このパーティだと不測の事態が起きかねない。2体でも個体の成熟度によっては厳しい。大猿レベルの魔物を、確実に動きを止められるのはラムザしかいないのだから」

「なるほど。納得がいかないってわけじゃない。ピーターに賛成するよ」


居場所が分かって、狩れないというのは残念だが。ここでの狩りに慣れたピーターが危ないというのだから、無理をする理由はない。差し迫って金欠というわけではないこともあるが。

……ある意味で常時金欠ではあるか。いくらあっても1か月内に使い切る自信がある。


「じゃあ、道なりに上に登るので良い?」

「そうだな。そうしよう」


大猿の痕跡を負うなら、それを追って道を外れ、道なき道に分け入る必要があった。だが追跡を断念したため、そのまま通常のコースで山を登るのだ。


道中、またサボテンに遭遇したり、ピエータという以前の狩りでも遭遇した少し気持ちの悪いぬめぬめした魔物を狩ったりしつつ、山道を登り続けた。次に事態が急変したのは、この日も終わろうかという日暮れ時。西から指し込む夕日が山肌を染め始めた頃であった。



「どうした?」


特に合図を出すでもなく、先行していたシェトがこちらへ駆け寄ってきたので、声を掛ける。


「誰か来る」

「何? 人か?」

「多分。亜人かも。こっちに気付いているのか微妙。どうする?」

「ピーター、判断してくれ」


特に決めたわけでもないが、すっかりこの狩りのリーダー役となっているピーターに判断を丸投げする。


「……迎撃態勢を取りつつ、様子を見よう。人であるなら、声を掛ける」



岩を背にする場所を迎撃ポイントとして、隊列を整える。最前列にラムザが盾を構え、必要がああれば左右に隠れたピーター・シュエッセンコンビが挟撃する。俺達はラムザの後ろで攻撃の合図を待つ。

再び偵察に出たシェトが戻ってくると、素早く手信号で合図をした。


……人、らしい。


「おお~い、どうしたっ?」


シェトに誘導されてきたらしき人影が見えると、ラムザが大声で注意を惹いた。ここで敵対行動を取られれば、後ろの俺達が一斉に迎撃する手筈だ。


「おおっ、パーティか! 俺は魔物狩りのティースってモンだ! 敵対の意図はねぇ、助けてくれ!」


近付くと分かるが、駆け寄ってくる男の装備は土まみれで、ところどころ破けている。ピンチだったのかな?


「落ち着け、何があったかをまず言え」


ラムザが諭すと、完全に姿が分かる距離まで近づいた男が身体を投げ出すようにして倒れ込み、息を整えた。


「おっ、俺達は連合組んで冬眠を狙って、アングリービーストのねぐらを目当てに来たんだ」

「おう。それで?」

「ね、ねぐらは見付けたんだが……。そこで魔物同士の戦いに巻き込まれて両方に襲われた。ハーモスの大きな群れとアングリービーストだ。それは何とかなってたんだが、その最中に他の魔物が現れて、そん中に……シュミダがいた」

「シュミダか」


ラムザが深刻そうに呟いた。シュミダというのは古木に沢山の足が生えたような植物系の魔物だったと思う。


「支えきれなくなって、アングリービーストが寝床にしていた洞窟に籠った。だが、シュミダがそこを離れなくてな。入り口で防衛しつつ、穴の中のアングリービーストを排除して安全を確保するってことになった……そんで、そこで何とか外にも助けをってことで、斥候系がまとめて出て行ったんだが」

「シュミダに狙われたか?」

「そうだ。出てくるのが分かってたみたいによう、一気に集られて。俺以外が無事なのかも良く分かんねぇ」

「それで俺達に救援要請か?」

「そ、そうだ。あんたラムザだろう? 『不倒』のラムザ。シ、シュミダを倒したこともあんだろう?」

「……まあ、あるが。あれは20人以上のパーティでの討伐だぞ」

「頼むよ……」

「報酬は?」

「シュミダと、アングリービーストの分の素材は全て譲る! それは決めてきたから確かだ。足りねぇ分は、俺が負担しても良い! 頼む、時間がないんだ」

「……どうするよ?」


ラムザがくるりとこちらを向いて、そう問うてきた。

どうするって、なぁ。


資料では読んだが、実際シュミダというのがどこまでヤバイやつなのか、その感覚も良く分からない。確か、資料ではかなりの強敵という扱いであったが。なんにせよ、その判断は経験者でお願いしたいところだ。


「ピーター、聴こえてるか? もう出て来ても良いだろ」


左の木々に向かってそう声を張り上げると、木陰からぬっと白い肌の人物が姿を見せた。


「……シュミダか。それ以外に情報はないのか? それだけでは判断がしづらいのだが」

「おおっ、あんた『白肌』だろぅ!? 闘技大会ではアンタに賭けてたぜ! 頼む、情報は正直これ以上はないが、俺が命張って偵察して来ても良い! この時期にこの辺に来ている実力者なんて、そうはいねぇ。あんたたちが頼りなんだよ」


必死な様子で説得にかかる魔物狩りの男。ちょっと絆されてしまいそうだが、ここはピーターに任せよう。


「……報酬はいくら出せる? 確実な分と、予想どちらもで」

「確実な分は……さっき言ったみたいに、素材の優先権を全て。あと俺の手持ちで金貨1枚……いや2枚は出せる! 仲間に相談すれば、皆で金貨の4,5枚は出せるはずだ! 連合だから他のパーティもいる。きっと出してくれるさっ!」

「ふぅ。少し不確定な情報が多すぎるがな。ここで見捨てても夢見が悪い。……案内してくれ」


ピーターはやれやれと息を吐きつつ、要請を受諾した。どうやらその、シュミダとかいう奴と戦うことになったらしい。ピーターが受けたということは、四つ手を複数匹相手にするよりはマシな相手、ということなのだろうが……。ちょっと不安である。



************************************



「こっちだ!」


途中までは道を示しながら、先行するシェトに追随するようにしていた男だったが、いよいよ場所が近くなると、先頭を切って駆け出した。少し不用心だと思うが、気持ちは分かる。


「そうコースからは外れてねぇな。この辺に洞窟はあったか?」

「俺たちが見つけたんだっ、この辺だったと思うが……」


道を外れ、傾斜のついた山林の中を行くこと10分余り。

男は忙しなく左右に顔を振りながら、場所を確認する。そこで。


「おい、あぶねぇ!」

「えっ」


奥から黒い球のようなものが飛んで来て、男にぶつかる。弾かれた身体が宙に舞う。安否の確認をしている暇はない。シェトとピーターが左右に散り、シュエッセンがアカーネの頭上から飛び立つ。


「小っこいのが来るぞ!!」


再び飛んで来た黒球を楯で弾きながら、ラムザが叫ぶ。

木々の向こうから、ざわりざわりと何かが近づいて来る気配がする。


魔銃を取り出し、緩く拡散するイメージで撃ち出す。


「ギキーィ」


呻くような音がするが、数が多くて焼き石に水な感じ。


「ヨーヨーはそのまま、それを撃ちまくれ! 小体は嬢ちゃんたちでも相手できる、囲まれないようにだけ注意しろ」


奥からわさわさと姿を現すのは、木の根っこがクモ型に変形したような奇妙な生物。おそらく生物。この「小体」と呼ばれる存在はシュミダ本体と一緒に出没する取り巻きだ。

シュミダの身体の一部なのか、子供のような存在なのか、働きアリ的な役割なのか、はたまた共生関係にある別の魔物なのか、分かっていない。分かっているのは、成熟したシュミダは戦闘となると大量の小体を解き放ち、数的有利を作り出してくるということだ。


「本体は俺とシュエ坊が抑える、白肌のと斥候の嬢ちゃんは、聴こえてたら小体から減らしてけ!」


ラムザの指示は、まず小体の数を減らせというもの。事前の簡単な打ち合わせでは、左右に散った遊撃の2人は本体の位置を確定、挟撃する手筈だった。つまり、想定外。おそらくだが、小体の数が多すぎたので修正したのだろう。


「アカーネ、サーシャに近付いた敵を排除しろ! 俺は暴れてくる」

「は、はい」


サーシャの放った矢は、一撃で敵を射止めている。防御能力は高くないようだ。動きも単純だし、後退しながら敵を削ることに専念すれば大丈夫だろう。俺は逆に前に出ながら、完全に拡散弾に切り替えて頻度重視で撃ちまくる。

近付いてきた敵は、片手で剣を振って斬り落とす。数が多ければウォータウォールで受け止め、拡散弾で一掃する。あまり魔力を込めなくても、戦闘不能になってくれるようで助かる。


「ご主人様、動きが変わりました!」


サーシャが叫ぶのと前後して、こちらへ突進してきた小体の塊が、波が引くように下がっていく。

余裕ができて周囲を確認すると、サーシャ達は少し後ろに付いてきていたようだ。前方で、少し距離があってよく見えないが、派手に光っているのはラムザのスキルだろうか。


「状況は分かるか?」

「はい、ラムザさんたちが本体と接敵したようです。その後すぐに小体が散らばり、現在こちらを薄く包囲するように広がっています」

「包囲か……厄介だな」

「ご主人様、加勢しましょう! 少しまずいです」


むっ、サーシャがまずいと言うとは、結構難しい状況のようだ。

そこに右手に人影が見えて警戒する。


「待て、俺だ」

「ん? あんた、さっきは大丈夫だったか?」

「ああ、辛うじてな」


吹き飛ばされた依頼者の男だった。身体を動かして負傷チェックしているようだが、命に別状はなさそうだ。


「俺はどれくらい気絶してた?」

「数分ってとこじゃないか。今、本体と仲間が交戦している。加勢できるか?」

「ああ……いや、すまない。まず味方がどうなっているか確認したい」

「ああ、連携できるならしたいしな。行ってくれ」

「すまない」

「いや、気にするな」


男は装備を整えると、こちらに頭を下げて出発する。小体が周りにウロウロしているので注意するように伝え、俺たちは今度こそラムザの方に加勢にいく。



「『重壁』!! おもてぇな!」

「……」


シュミダ、古木の化物。その二つ名の通り、葉のない折れた白い古木に脚が生えて動いているような奇妙な見た目である。ただ、その辺の木とは明らかに雰囲気が異なる。何より、幹にあたる部分にびっしりと埋もれている色とりどりの魔石。半分埋もれ、半分露出するような形になっており、見ようによっては目のようにも見える。数が多いので異形だが。


その魔石の先からいくつもの魔球を創り出し、周囲に撃ち続けている。

そのせいでラムザは防戦一方だ。避けられるものは避け、スキルを使いながらなんとかそこに留まっている。

背後からピーター、シェトが接近を試みるが、全方位に撃たれる魔球のせいで上手く接近できずにいる。シュエッセンの姿は見えない。


「おぉおおおらぁっ!」


あっちがシューティングゲームしてくるなら、こっちはアクションゲームばりの機動をする。

エア・プレッシャー自己使用での不自然な接近は予測できなかったらしく、あっさりと接近できた。狙い直して次の斉射が始まる前の一瞬、「強撃」を発動させて剣を一閃!

ギャリ、と音がして剣を滑る。

手ごたえは微妙だったが、幹には傷が付いて、表面の魔石は1つ割れている。


再びエア・プレッシャーで強引に軌道を変えながら、魔法の追撃を振り切って離脱。

ファイアウォールも張っていたが、飛んできた青い球は少しの抵抗の後あっさりとウォールを貫通してきた。

ただ威力はかなり相殺してくれたらしく、それが脇腹に当たった瞬間の衝撃は小さなものだった。

これがシュミダか。つえぇわ。


「ラムザっ、これ無理じゃねぇか!?」

「ちっと想定が甘かったか……でもやるしかねぇぞ! さっきの斬り込みは良かった」

「あんなん何べんも出来ねぇよ……それに次は読まれるだろう」

「そうかもな……」


話している間にも、魔法が飛んで来ては近くの地面へ着弾する。直線でしか飛ばしてこないので、距離を取ればある程度は避けられるのが救いだ。


「それにしても連射しまくるねぇ……あれ、魔力切れを起こさないのか?」

「シュミダはバケモンだからな。一日中撃ち続けてまだ撃ってたっていう個体の話もある」

「マジかよ」


複数ジョブによる魔力の底上げが持ち味だと思っていたが、そんなものと比べ物にならない本物の化物がいた。異世界に来たら複数ジョブだったので魔力で無双します。みたいな展開は期待できそうにないぜ。


「何とか注意を俺に惹き付ける、そのうちに攻撃を叩き込め!」

「いや、ちょっと待てラムザ。俺の攻撃だと少し軽いかもしれない。役割をスイッチしないか?」

「あん? 守護職に何を求めてんだ」

「守護職だって、近付けば相手を拘束とかできるんだろう?」

「ああ、だが相当近付かないと無理だぞ」

「……やってみよう」


作戦会議をしている暇はないので、「すぐ後ろから付いて来い」とだけ言って歩き出す。前方にいるであろうピーター、シェトにも大声で「動きを抑えるからタイミングを合わせろ!」とだけ伝える。


ファイアウォールを頼りにゆっくりと近付き、敵の注意を惹いたところで魔力を練る。

闘技大会以来の大技、エレメンタルシールド、発動!


だんだんと小走りになって敵に突進していく。ジョブも『魔法使い』と『魔銃士』にして、魔力を増やす。次々と魔法が着弾していくが、エレメンタルシールドは破られない。破られないでいてくれた。

再度展開する準備をしつつ、大剣は背中にしまい、完全にそれだけに集中して突き進む。


「捕まえた!」


再び至近距離に対峙するシュミダと俺。気のせいか、シュミダの魔石に睨まれているような感覚に陥りながら、その懐に飛び込む。


「『拘束』! からの……『破防盾打』!」


ラムザが後方から飛び掛かり、盾から光の触手のようなものが伸び、シュミダに纏わりつく。そうして動きを固めたシュミダに対し、そのまま盾ごと体当たりするような攻撃を見せる。


「今だ! やれ!」


ラムザが叫ぶ。

そのラムザを守るように、横から範囲を広げてエレメンタルシールドを再度展開するも、少しずつ形が崩れていく。前方、シュミダにとっては後ろからピーターが飛び込み、双剣で回転するように斬り付ける。

俺では表面をなぞるだけだったが、ピーターの斬り付けるごとに表面がめくれ、枝?が千切れ、樹液?が飛び散る。明らかにダメージを与えている。


シュミダもいったんこちらに集中させていた攻撃を再び全方位にして迎撃するが、ピーターは絶妙なタイミングでエレメンタルシールドの後ろに回り込みやり過ごすと、もう一度逆に回って斬り付けていく。


ステータスをチラ見すると、MPが10を切っている。とんでもない燃費の悪さ。一度に10以上持ってかれているようなので、もう一度展開しようとしても失敗するかもしれない。

仕方がないので維持を諦め、最後に一太刀浴びせて逃げることに決定。

これで無理だったら、どうせ今の俺達には無理。逃げるためにも多少の魔力は残しておきたいが、出来るかどうか。


「ラムザ、もう持たん! 後退するぞ!」

「おう……」


ラムザも魔力を使い過ぎたのか、悄然とした様子で返事がある。


「先に後退してくれ、俺は魔法で離脱する!」


ラムザが頷き、盾を構え直すと最後に再びスキルを使い、シールドバッシュをかまして後ろに下がっていく。『剣士』に付け替え、エレメンタルシールドが崩れ切る瞬間に一気に接近し、「強撃」「身体強化」同時発動。渾身の一撃が深く敵に突き刺さり……幹が折れた。


「あ?」

「お?」


シュミダの宝石が光を失い、折れた白い古木が静かに倒れた。


「いやいやいや」

「お、おめぇ……やったのか?」

「あ、ああ……」


唖然としていると、後ろに下がっていたラムザが駆け寄ってきて、ピーターも姿を現した。


「最後のは妙に手ごたえが良かったんだが……何が起こった?」

「まあ、『破防盾打』がハマったかもしんねぇな。それと……打ち所がよかった?」

「なあ、『破防盾打』ってどんなスキルなんだ?」

「名前の通りだが……ダメージはほとんど期待できねぇが、物理的な防御力を一時的に大きく下げる、ことがある。というスキルだ」

「ことがある、っすか」


多分、ことがあって、防御能力が大きく下がっていたのだろう。


「何にせよ、助かったな……これでダメなら、撤退しかなかったが」

「相棒が心配だ、少し見てくる」


ピーターは喜びも見せず、走り出した。


「そういえばシュエッセンはどうしたんだ? 姿を見なかったが」

「あいつは最初の方に集中攻撃されてな。避け切れずに……落ちた。生きてれば良いが」

「マジかよ……」


シュミダの素材を採取しつつ待っていると、シュエッセンを大事そうに腕に抱えたピーターと、後ろから女子3人が戻ってきた。


「大丈夫か?」

「ああ。命は助かりそうだ」

「それはなにより……」


ほんとにな。


「サーシャ、それにアカーネ。二人ともけがはないか?」

「はい、ありません」

「転んで擦りむいたくらいだよ」


アカーネが擦りむいたらしい。後ですり傷用のぬり薬を渡しておこう。


「そういえば、小体はどうなった?」

「本体が活動停止になったら、散って逃げていった。それまでは私とそっちの2人が迎撃してた」


シェトが控えめに功績を誇る。シェトは途中まで本体の相手もしていたが、そっちにも目を配っていたか。流石だ。


「そうか。ありがとう」

「そっちの弓の子は優秀。ほぼ外さなかった」

「ほう」


たまに忘れそうになるが、またもやサーシャの弓の才能が爆発している。


「アカーネはどうだった?」

「短剣の子? 基本はまあまあ。狙撃手の護衛役ならまあ、いいんじゃない」


一応褒めてはくれているが、サーシャに対する賛辞と比べると残念だ。まあ魔道具を使うのが本業だし、仕方ないのではないかな。


「避難してたっていう洞窟の方に行くか」

「場所は判明してる。すぐ行く? 鳥の人の怪我は酷いの?」


シェトが場所を把握してくれているようだ。


「……大丈夫だ、ぜ……え」

「……相棒は身体が小さい。小さな怪我も影響が出やすい。無理はできないが、安全な場所に移動するのはむしろ願うところだ」

「そう。じゃ、急いで行く」


シェトが歩き出した。案内してくれるらしい。

とりあえず解体できていた素材だけ布袋に押し込もう、と思ったらラムザが古木を丸ごと担いで持っていくらしい。タフだ。


「小さい方は放置ってことになっちまうが……仕方あるめぇ」

「あっちも価値があるのか?」

「あったり、なかったりよ。個体によっちゃ、魔力を通しやすい木材として使われるらしいぜ」


普通に木材として流通するんですね。魔物素材なのだけれど、誰も気にしないのだろうか。



************************************



「あんたたち、無事だったか!」


シェトに案内され、山肌の、やや見にくい影になった部分に小さな空洞があった。見付けにくいだけで、結構すぐ近くにあった。

潜ると中は広々としており、数人の男女が座り込んでいる。


「あんたもな。怪我はなかったのか?」

「ああ。いや、骨はヒビが入っているっぽいが、気にする程じゃねぇ。それより、敵は倒したのか?」

「シュミダなら、そっちの巨漢が背負っているぞ」


ドヤ顔で告げると、座り込んで沈んでいた人たちからおお、と小さな歓声が聞こえた。


「やったのか? すげぇな、あんたたち!」


そこで、ガシャガシャと音を立てながら洞窟の奥から武装した一団が現れる。


「誰だ? 救援に来たっていうパーティか」

「そうだ。そこの男から依頼を受け、シュミダを討伐した。あんたらがお仲間か」

「……討伐だと? 出遅れたか。今、戦えそうな者を根こそぎ集めたのだが」

「少し遅かったな。何とか倒せたよ」


そうか。援軍があるのだったら、距離を保ちながら粘るという選択肢もあったのか。でも、こいつらが加勢できる状況にあるのかは、確定してなかったしなぁ。


「そうか……助かった。私は一応、今回の連合をまとめているパーティ『渦風』のリーダー、イチョスだ」

「ん? イチョス?」


そこでラムザが何に引っ掛かったのか、驚いたような声を出した。


「どうしたんだ? ラムザ」

「いやぁ……『渦風』っていやぁ、リーダーはサンモニだったはずじゃねぇか? ああ」


ラムザが何かに気付いたように言葉を切り。


「……生きてんのか?」

「いや」


イチョスが言葉を濁す。


「そう、か。後で冥福を祈らせてくれ」

「ああ、そうしてくれ。それで、外が片付いたなら情報共有といかないか? 今日はもう暗いし、ここで一泊するだろう?」

「どうする、ピーター?」


リーダー?のピーターの指示を仰ぐと、ただ無言で頷いた。


「あー、そうするよ。どこか怪我人を安静にできる場所は? うちも一人怪我をしてな」

「向こうに重傷者を寝かせている。治療ジョブの者もいる。少しは君達の力になれる」


イチョスがそう言ってくれたので、ピーターはぐったりしていつもの元気がないシュエッセンを診せに奥の方へ行った。


「そっちのリーダーは誰だ?」

「決まっていない。強いて言えば、さっきの白肌族のやつだったんだが」

「ああ、彼はやはり白肌族か。もしや『白肌』という二つ名の剣士かい?」

「そうだ。案外有名だな、あいつも」


結構色んなところで知られている。まあ、タラレスキンドのギルドで、いつも訓練相手を探しているようだから、変人として知れ渡っているのかもしれない。


「見た所、今は君が仕切っているようだ。話をしてもらっても?」

「ああ。ラムザ、同席してくれるか?」

「いいぜぇ」


残りのメンバーは休憩と、夜の準備をお願いして、ラムザとイチョス、それと知らないもう1人と4人で車座になって座る。


「そっちの人は?」

「『光』ってぇパーティのカティってもんだ。よろしく頼む」


もう1人は連合の別パーティであるらしい。赤髪で、頬のあたりがギザギザしている女性だ。たぶん人間族ではないか、混血だと思うが、これくらいのファンタジー感はもう慣れたのでスルー。

ちなみにイチョスは……マッチョだが、どこかうだつの上がらない感じの中年だ。普通に人間族のようである。



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