第110話 冬山

割り当てられたスペースにあった簡易椅子を並べ、焚火を囲むように、円になって座る。

口火を切ったのは仄かな火に照らされて地面に大きな影を作っている大男。ラムザだ。


「いねぇなぁ」

「狙いとしては、悪くなかったのだが。こんなものだろう」


受けて答えたのは無表情の白い肌の男。ピーター。


「ラムザは話を聞いてくると言っていたな。どうだったのだ?」

「ああ、俺は主に同業者にキキコミをしてなぁ。ま、思った通り。ここんところ大猿を仕留めたって話は聞かないとさ」

「それで?」

「出る前にギルドで調べた以上の情報はなかった。でもギルドに目撃情報があって、狩られてねぇんだから、この辺に1体はいるはずだわな!」

「ふむ。狙いは四つ手大猿のままということで良いのか? 他の者もどうだ」


ピーターが周りを見渡すのでそれに答える。


「構わないよ。何か状況が変わったわけでもないし」

「……いい」


シェトも同意して、継続して四つ手大猿を狙っていくことが決まった。

ピーターが頷いて、ここからが本題と言う雰囲気で続ける。


「問題はルートだ。事前の予定では、ここで少し探索してから、西のキャンプ地に戻るような予定だったが……」

「変更するのか?」

「それを少し考えていた。痕跡すら見当たらなかったのだから、より深く潜るというのが狩りのセオリーの1つだ」


この場合、潜るといっているのは比喩のようなものだ。狩りで舞台となるのは平原、森、山、時には海と様々だ。より危険な場所や人里から離れた場所まで行くことを「潜る」と表現している。魔物狩りの慣用句のようなものだ。


「うーん。その場合、どうなるんだ? 単純に予定を先延ばしにするだけか」

「いや、あまり長くなっても物資が持たないし、疲労も蓄積する。西に戻らなければより深く潜れるという意味だ。どうだ?」


西に戻らない? このまま北斜面を深くまで探索して、またこの拠点に戻ってくるということかな。


「私達は、今回の狩りが終われば西に向かう。必ずしもタラレスキンドに戻る必要はない。ヨーヨー達も出ることを考えているのだろう? ラムザとシェトウラムアには悪いが……」

「ああ、山を下りたらそのまま北のノウォスまで行って、清算するってことか」


ラムザが眉を上げて言う。


「そうなる」

「ま、別に構わねぇがな」

「……別にいい」


テーバ残留組の許可は下りた。


「決定事項ではなく、深く潜るならという提案だがな。どうする?」


う~~~ん。


「深く潜った方が、見つかりやすくはあるんだろう? なら別に予定を変更しても良いと思うがな。ただ、その場合危険度が上がったりしないか?」


議論を進めるため、気になる点を訊いてみる。


「ああ。多少は危険にもなろう。深く潜ると情報も少ないから、どうしても相対的にな。ラムザはどうだ?」

「正直ここまでは暴れ足りねぇからなぁ。やってもいいぜ」

「シェトウラムアは?」

「……どっちでもいい」

「そうか。なら、そうするか」


ピーターの仕切りで、より深く潜ることも決定した。


「ただそうすると、ルートを1から選定しなければならないな。今夜のうちに検討して、明日はゆっくりしてから出発しよう」

「賛成」


拠点にいるうちは、それほど疲労が溜まる感じではないしな。明日くらいはゆっくりしたい。


「ラムザ、地図を出してくれ」

「おう」


ラムザが自分の荷物から、サザ山北斜面の地図を取り出す。といっても、ラムザの手書きで、何となくの形とポイントが記されているだけの簡単な代物だ。

ピーターが地図上に描かれた赤線を指でなぞる。


「この奥行きのルートは?」

「ああ、基本ルートだ。冬でもそれほど怖くはねぇ」

「……なるほど。他に良いルートは?」

「いや、思い付かねぇな……北はあんまり来ねぇし。単純にこのルートで奥に登ってみっか?」

「ふむ……それが良いか。幸い、今の時期は競合者が少ない」

「だぁな。助けを求めにくいって意味でもあるが」


ピーターは肩を竦める。もとから期待していないよ、ってことかな?


「ヨーヨー、シュエッセン、お嬢ちゃん。何か意見は?」

「ない。ラムザが見知っているルートがあるなら、そこが無難だろ?」


とりあえず賛同しておく。


「儂もないぜぇ~。出来れば寒いのは短い方が良い……」

「決まったものに従うだけ」


シュエッセンとシェトが同意する。

サーシャ達も特に異論はないようで、それぞれ話に頷いている。


「途中、2手に別れるが……どちらが有望だ?」

「正直どっちでも良さそうだなァ。前の目撃箇所に近いのは、一応東かぁ?」

「……では、意見もなさそうだし東のルートに進むか。こう、行ってこの辺りで一泊。東のルートを取って、こう……奥で一泊するか、戻ってきて同じところで一泊。戻ってきて3日か4日ってところか?」

「念のために、5日……いや1週間くらい見積もって食料は多めに持っていこう。ここまでやってきて、防寒具に不安はねぇか? ここで買い足す最後のチャンスだぞ。命に関わるからな、遠慮はするな」


ラムザがそう言って見渡すも、何かを言う者はいなかった。


「……大丈夫そうだな? まあ、一応後で防寒具の点検をもう一度しとけ。マジで冬の山は魔物以上に魔物だよ」


意味不明な文法だが、言わんとすることは明確に伝わった。



************************************



完全武装した一団がキャンプ地を離れる。

1日を休養に充て、疲労は完全に取れたとは言わないが、かなり回復した。日の出る前からキャンプ地を出発し、山中の野営に適した洞窟を目指す。多くのギルド員が利用する共有ルートのようなもので、足元は踏み固められて、大きな岩などがあれば登るためのロープが設置されている。西から北へと抜けてきた道よりも歩きやすさと言う意味では助かる。

ただし上下の動きが大きく、総じて登りがキツい。これまで経験した南、西斜面よりも、かなりの急勾配となっているようだ。

自由に飛び回れるシュエッセンなどは、楽に先回りして周囲の監視を担っている。先行するシェトも、小柄な身体を身軽に動かして軽快に登っていく。一番苦戦しているのはこの中では経験が浅く、装備もそれなりに重い俺かもしれない。


「ん?」


魔力を余らせておくのも何なので、定期的に「気配察知」を発動していると、東の鬱蒼とした木々の間から何か近付くものを察知した。


「なんだ?」


身体のバランスを取って両手を自由にし、警戒を強める。その様子に気付いた後ろのピーターも武器を構え直す。


「キキーッ!」


20秒ほどして、小柄な猿のような魔物が飛び出し、身を翻して爪を振り上げた。魔弾でそれを狙撃し、態勢を崩すとファイアボールで追撃していく。


「キッ!? キキーィ」


続いて4体ほど飛び出してきたので魔法で追撃していると、シュエッセンが飛んで来て氷槍で貫き、5体の猿は沈黙した。


「パイニ猿だぜ、これ」


ぞろぞろと仲間が猿の死体を囲む。


「ヨーヨー、よく気が付いたな」

「ま、まあ。何となく、勘でな」


パイニ猿。樹上で息を潜め、長いしっぽで木々を掴んで加速し、奇襲してくる小型魔物だ。その隠密性はやっかいだが、攻撃力が低いので致死ダメージを受けることは少ない。そのためあまり危険視されていないが、受けどころが悪いとまずいことになるから、事前に対処できれば越したことはないという話だった。


「再開して一発目がコイツか。ショボいような、ツイているような」


ピーターが手早く解体ナイフで魔石を抉り出している。

危険度が低い割には魔石の値段が高い。そして、目玉が何かの材料になるらしい。長いしっぽは高級ムチの材料になったりするらしいが、高級ムチの需要がそこまでないので値段はいまいち。


そんな猿でスタートした狩りだったが、1日目は他に大きな獲物は見つからなかった。

流石に共用ルートだからということなのか、フラフラと現れるハグレの小物がいるだけで、群れも見当たらなかった。山中にある洞窟に辿り着き、火を熾す。



夕飯は猿の肉。なんか危険な感じがするが、元の世界だと食う国もあったっけな?

ちなみに料理はサーシャとアカーネ、そしてその補佐1人という感じで回している。ピーターやラムザなんかは経験豊富だけあって、料理の腕もそこそこだ。そしてアカーネ、これまで料理というものをしたことはあまりなかったそうだが、やらせてみると結構筋が良かった。皮むきといった下処理はやらされていたみたいだし、手先はもともと器用なようで苦にせずに熟している。


「今日は結局、パイニ猿くらいか?」

「魔物の痕跡、ほとんどなかった」


シェトが串に刺した肉を頬張りながら話す。


「冬の間は大人しい魔物も多い。仕方がない」

「そうか……魔物とはいえ、普通に生物なんだよなぁ」

「……普通ではない」


シェトに突っ込まれた。それはそうか。


「冬と言えば、雪は大丈夫なのかね?」

「降りそうな兆候はまだない。でも、小雪ぐらいは降るかも」

「ふぅん」


街で買ったマフラーを巻きなおして、暖を取る。

シェトは大きな耳当てをしていて、セーターのようなものを着込む。よく見ると革のベストで、表面にふわふわしたものをあしらってあるようだ。


「もともと王都の方向から南に来たから、多少暖かいのかと思ったが、結構寒いなこの辺」

「この辺りはそれなりに寒くなる。南の国境付近まで行けば、少しは暖かくなる」

「へぇ~。じゃあ、南のズレシオン王国ってところは常夏なのか?」

「……ズレシオンも大きい。一番南まで行くと、暑いと聞いた」


南に行くほど暑いと。ここはいわゆる北半球なのだな。いや、南半球だけど、南北が逆転していても同じなのか?

そもそも極点に近付くと寒くなるのって何でだっただろう。日照時間の影響だろうか? 何か違ったような……。とにかく、この世界で同じ理屈が通るとは限らない。限らないが、南国の方が暖かいという常識は通用するものと確認できた。そうすると、次に行くのは北よりは南の方が暖かいか。


「次は南か……」

「ん? 南に行くのか、おめぇ」


向かいでおにぎりをもぐもぐとしていたラムザがそれを飲み込み、訊いてきた。


「いや、暖かいならそれもアリかな、と」

「まぁ悪くはねぇかもな」

「ああ、でも南は戦争で危ないのか」

「……いや、終わったって話じゃなかったか?」

「そうなのか?」


そこでシェトが入ってきて補足してくれた。


「南方は領都落として停戦した。これ以上やると怒られるから、続けて戦を起こすことはないって言ってた。あっちが攻めてきたら別だけど」

「言ってた? 誰が」

「テエワラ」


ああー、テエワラなら、貴族の事情を多少知っていてもおかしくないか。


「戦を続けると怒られるというのは?」

「国に。勝ちすぎると相手も本気になる。迷惑。だからやりすぎると怒られる」

「ほぉ~……」


たしか、勝ったときは国の宣伝に利用されていたよな。しかし勝ちすぎると怒られる。国境貴族というのも大変だ。


「それに、戦ばっかりしていて魔物を放置すると貴族として失格って話だなぁ」


ラムザが言う。


「南の方って、魔物が多いのだっけ」

「そうだが、どこでも魔物がゼロってことはねぇ。魔物に対処して、ヒトの領域を確保する。それが貴族サマの最優先のお仕事よ。だから、戦ばっかして領地で魔物被害が出たら、てめぇのせいでって怒られると聞いたぜ」

「へ~」


魔物被害が0ってことは難しいだろう。そうすると、戦を続けているとどうしても責任を問われる場面が増えて、貴族としてやっていけなくなるということか。


「知らねぇか? 割と有名な話だが、戦争で大軍に攻め込まれて、そのせいでロクに魔物に対処できなかった領主が、戦争に勝った後になって領地没収されたって話もあるわな。可哀そうな話だけどよ」

「ええ~……それ、どうしろっていうんだ? とっとと降伏して魔物対策に兵を出していても、問題になったんだろう?」

「だろうなぁ。そもそも大軍を送られる前に、国が助けろって言いたくもなる。だが、それでも魔物に対処するっつぅ貴族のお役目は疎かにしちゃいけねぇっていう常識らしいぜ」

「大変だな、貴族も……」


まあ、相手も事情が同じだとしたら、ヒト相手に大軍を送るというのはレアケースなのかもしれない。その辺でバランスが取れているのかも。


「だからこそ、南は稼ぎ時かもなぁ」

「お? どういうことだ?」

「考えてもみろや、戦で土地がぐっちゃぐちゃになって、そこにいた戦士も死んだり、どっかに移ったり、捕虜にされたりだ。だが、魔物に対処するための戦士は必要だ。どうすると思う?」

「……傭兵か」

「そうだろぉ。だから、戦のときは対人の傭兵団が稼いで、戦の後ってのは魔物狩りの傭兵が稼ぐってのが定番だ。ま、盗賊なんかも増えるから、対人の傭兵団の需要もあるんだけどよ」


うーむ、なるほど。ヒト相手の戦争に参加したくはなかったが、魔物狩り要員として稼ぎに行くのはアリ、か?


「テーバにも多少は影響があるんだよなぁ。大きな戦が終わった後は、稼ぎ場を失った傭兵団が移動してきたりもするしよ。質の良い戦闘奴隷なんかも出回るから、テーバで腕試ししようって奴等もいる」

「……くわしく」


ズイッと上半身を乗り出して、興味深い話を聞く。


「おう? どした?」

「いいから、その辺の話を詳しく聞かせてくれ」

「いいけどよ……傭兵団ってのは」

「いや、その後の方」

「ん? 腕の良い戦闘奴隷を買おうと思ってんのか? なら、南の方に行ってみるのは良いかもなぁ。ここまで流れてくるのは時間がかかるしよ」

「そもそもなんで戦闘奴隷が? ああ、捕虜か」

「だな。戦になりゃ、相手の捕虜になるやつも出てくる。戻されるやつも多いらしいが、下っ端で身代金も払えねぇような奴だと、割と戦争奴隷として売られることもあるらしいなぁ」

「戦争奴隷って、借金奴隷と同じようなものか?」

「いや、知らねぇよ……。まあ、犯罪奴隷みたいに手癖の悪い奴は少ないらしいし、使いやすいんじゃねぇの? 大きな傭兵団になると、もともと戦争奴隷だったって奴も1人や2人はいるらしいぜ」

「ほぉ……」


戦争奴隷か。確かに即戦力になりそうだな。


「しかし、戦で勝ったって話は随分前に聞いたぞ。今更残ってるのか?」

「前って言っても、半年前とかその程度だろう。戦が終わってから状況確認、相手と交渉、そんで捕虜交換やら身代金の手続きやら……。とにかくすぐには終わらねぇってこった。むしろ手続きが終わって戦闘奴隷として売られるなんてのは、これからじゃねぇか?」

「なるほど」


今はタイミングとして悪くないということか。むむむっ。


「でもなぁ、戦闘奴隷ってのは高いぜぇ? 安いやつでも金貨が出るし、高いと希金貨が必要って話だ」


希金貨は、金貨10枚分。つまり1000万円相当だ。

安い奴は金貨が出る、つまり金貨1枚程度。金貨1枚~10枚以上ということになる。確かに高い。今、金貨は4枚あるから、全く買えないわけではないが……。


「金貨2,3枚だとタカが知れているか」

「どうかねぇ。ちょっと厳しいかもしれんが。数が多けりゃ、掘り出し物は見つかるかもしんねぇぞ」

「……そうだな」


行ってみるかなぁ、南。

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