第108話 点火
イヌミミマスターが運んで来たシチューを受け取って、奥へと渡す。
空腹を刺激するホワイトソースの香りを感じる。
「なんかぁ、大変だったようだな」
「『龍剣』のことか?」
「そうそう」
「ラムザはどうしてたんだ? 作戦に参加しなかったのか」
「俺は依頼関係で、ちょっと離れててなぁ。南のほうに行ってたんでな」
「そうか、稼ぎ逃したな」
「いやぁ、あいつらとやり合うよりは安全に稼ぎたいね、俺ぁ」
それもそうか。
俺も強制依頼でなければ様子見していただろう。
俺の周りにはサーシャとアカーネ、ラムザの方にはピーターとシュエッセンが食事を突いている。約束していた狩りに向けた話し合いだ。
「にしても、いいのか? この前の騒動で大変だったんなら、無理する必要はねぇぞ」
「いや、うちはもうちょっと稼ぎたいところでな。ピーターも同じだそうだ」
「……ああ。最後にひと仕事したら、西に発つからな。出来るだけ路銀を稼ぎたい」
ピーターは表情を変えずに言う。
「そうかい。ま、俺としては文句ねぇよ。ところで、そっちの小さいのは誰だ?」
そう、横に、シュエッセンに構ってご満悦な女子がもう1人いる。この前の依頼で一時的なパーティを組んだ小柄な女性、シェトと呼ばれていた斥候職の人だ。
「……シェトウラムア。よろしく」
「テエワラ姐さんのパーティだ。知ってるか? テエワラが怪我してしばらく養生するってんで、俺らが組んでくれって伝言があったんだよ」
「ほう。使えんのか?」
「この前の騒動で組んだときは、活躍していたように見えたが。どうなんだ、本人としては?」
「勝手に判断すれば良い」
騒動のときもそうだったが、愛想が悪い。
「だ、そうだ。まあ斥候職は1人くらいいた方が便利だろう。駄目か?」
「斥候職か、ならいいけどよぉ。もちっと愛想よく出来んのかね」
「こう見えて、そこのヨーヨーたちよりも年上。子ども扱いするな」
「子ども扱いってぇわけじゃねぇんだが……まあ、いいか。で、何を狙うんだ?」
話題はやはり、狩りの目標に移る。これだけの人材が揃っているからには、大物を狙いたいところだ。
「アーマービーストは避けた方が良いんだよな? 角竜もまだ値下がりしてるのか?」
アーマービーストは俺とピーター達、そして角竜は『フルスイング』とかいうサザ山のトップパーティが複数体狩ったので、買取額が値下がりしている。正確には、値下がりを見越してギルドが買取額を下げている。
アーマービーストなどは下がり切っていないので、また狩っても良いが、儲けと言う意味ではやはり敢えて狙うのは避けたい。
「そうだな。そうなっと、南斜面で手ごろな大物ってぇと、地竜か? あるいは北斜面に回って、四つ手あたりか?」
地竜というのは、タラレスキンドからサザ山に向かった場合に出会う可能性がある竜種として知られた、岩のような分厚い表皮を纏った竜である。能力としては、アーマービーストの上位互換という印象。
四つ手というのが、たしか四つ手大猿とかいう猿型の魔物だ。猿と言うか、ゴリラっぽい。あるいはイエティ。ゲームで出てきたら、キラーエイプとか名付けられそうなゴツい見た目のようだ。名の通り、手が4つあるのが特徴で、竜種と比較される程度には手強い。
「ちょっと欲張りすぎかね? 斥候、盾、前衛に魔法役、弓と一通り揃ってるから、狙えねぇこともねぇと思うんだが」
「地竜は少し厳しいかもしれんな。単純に火力が足りん」
「そうかぁ、そうかもな」
ピーターが地竜の案を否定し、ラムザは納得するとグイっと杯を空けた。
「ぷはぁー、マスター、おかわりだ」
マスターは微かにイヌミミが揺れる程度に頷き、綺麗に磨いた木のグラスに手を伸ばした。
「シェトは斥候職なんだろう? なんか、お勧めの魔物とかいないのか」
「……獲物を決めるのはいつも私以外。私は黙って仕事をするだけ」
「えぇー、そうかよ」
シェトに話を振ってみるが、まるで響かない。主体性なさすぎだろう。
「前回はアーマービーストを倒せたから、もう少し上を狙いたいな、この集まりならば。やはり、四つ手辺りが適当か」
ピーターは、猿推しらしい。
「サーシャ、どうだ?」
「はい。四つ手大猿の素材は高く売れるそうですから、異論はありません。経験の豊かなお二人が推すのですから、適当なのでしょう」
サーシャも乗り気だ。
「四つ手かぁ。北斜面は久しぶりだが、いいかもな」
ラムザは運ばれてきた酒にまた口を付け、上手そうに喉を鳴らす。
「ぷふぅー、四つ手は俺の知る限りじゃ、最近入っていないしな。場所もギルドで見当が付けられるし、狙いどころとしちゃ適当だろ。後は、北斜面でなら狙いにくいが高く売れる奴も見付けられるだろう」
「北斜面って、どういうルートで向かうもんなんだ?」
「2つある。ノウォスまで出てから、正面から登るルート。後、西斜面への拠点は前に使ったんだよな? あそこから北方面に向かうルート。どっちでもいいが、タラレスキンドから向かうんなら後者、西から北に回るルートが普通だ」
「なるほど」
それなら、そんなに遠回りする必要はないのか。西斜面に向かうルートの拠点までは2日で辿り着いたから、今回もそうだとすると。
今回は最低1週間くらいは必要そうだな。
「で、時期はどうする? 皆がタラレスキンドにいる今は、狙い目っちゃそうなんだが」
「数日以内というのは可能か?」
そう発言したのはピーター。
「ピーター、いいのか? 剣の部の決勝はまだなんだろう」
「確かに、見る気ではいたがな。あまり良くない雰囲気もあるし、早めに離れたいと思ってな」
「良くない雰囲気?」
「あー」
ラムザが納得したように唸るので、説明を聞く。
「あれだ、騒動んときに、土壇場で『龍剣』の連中を裏切った奴等がいたみてぇでよ……『黒き刃』つったかな? そいつらの頭が、誰かに殺された。というか、状況からしてまず間違いなく、『龍剣』の残党だろって言われてんな」
「マジか」
『黒き刃』、どこかで聞いた事がある気がするが……。忘れたな。
「『龍剣』の残党狩りは続いているが、追い込まれれば追い込まれるほど、何をするか分からない。我々は一応、正々堂々と戦ったわけだから恨まれていることはないかもしれないが、用心に越したことはない。サザ山で籠って金を稼いだら、ヨーヨーたちもしばらくは他所に活動場所を移した方がいいかもしれないぞ」
「ははぁ、なるほど。全く考えていなかったが……」
恨まれている可能性も皆無ではないか。それに、恨みなどで積極的に狙われなくても、また強制依頼みたいな形で厄介事に巻き込まれる可能性はある。ほとぼりが冷めるまで、テーバを離れるのが賢いということか。
しかし、そうなるとどこに向かうか、だ。ピーターたちに途中まで付いていって、西に向かうか。北の王都方面に戻るか。はたまた南に向かうか。
「まあ、そこはとりあえず置いておくとして、だぁ。そんなら早めに、数日以内に出発することで異論はねぇか?」
「うちはいいぞ」
「……いい」
シェトも同意し、数日以内に出発することになった。
「冬の山はハンパねぇからな、防寒対策をきっちりして来いよ」
ラムザの忠告をありがたく拝聴し、雪山での狩りに備えて色々と買い出しを行うことにした。
ま、また出費が。
つらいわぁ。
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「おはよう」
「……ああ、おはよう」
数日後、北門前。
モコモコに着込んだ俺が、前と同じ革鎧姿のピーターに挨拶する。
「そんなに着込んで大丈夫か?」
「動き辛さはないから大丈夫だろう。駄目なら脱ぐが」
「大丈夫なら構わないが」
実際、俺の防寒具は以前買ったコートに、もこもこした付属品を付けた程度だ。
頭装備がない従者二人には、温かくて聴覚を阻害しない良い値段の耳当てなども調達している。それに比べれば安い。
「よぉ、防寒対策はばっちりのようだな」
少し笑いながら出て来たのはラムザ。彼も以前と同じ装備だが、上から山賊のような毛皮を被っている。
「そっちもな。……シュエッセンはどうした?」
「相棒なら、私のリュックで休んでいる。身体が小さい分、寒さには弱いのでな」
まさかのドンさんスタイル。
「大丈夫なのか?」
「戦うときは、動いて暖かくなるから平気だろう」
そうだろうか。
「シェトは?」
「まだだな」
門でしばらく時間を潰し、シェトが到着する。
「待たせた?」
「まあまあ。さ、早いとこ行こうか」
シェトはロシアで被るような毛皮の帽子を被っている。鎧が前の者とは違っている。黒い鎧になっている。どうやらサーシャたちと同じように、鎧の支給品を取ったようだ。
先頭をシェト、少し後ろからラムザ。真ん中に俺、サーシャ、アカーネ。後ろにピーターと(おそらくいるはずの)シュエッセンという配置で北へ進む。
たまに出る魔物はシェトがさっくり処理しており、手すきのまま一日目が終了。野営にて夜を過ごす。
火打石のようなものを叩き、野営のための火を熾すピーター。
「今日は全然魔法を使っていないし、火魔法使おうか?」
「いや、夜通し点火しておきたいのでな」
「……ん?」
「なんだ?」
もしかして。
「もしかして、火魔法で点けた火って、あんまり持続しない?」
「……今更か?」
呆れたように言うピーター。なるほど。
言われてみれば、多少は心当たりがある。野営中点けた火が消えてたまに点け直していたり。単純に、木が湿っていたり、焚火の作り方が下手なせいだと思ってきたが。
「そうか、魔素還りか」
「おそらくな」
水魔法で出来た水は、魔素還りするのでそればかり飲み続けると健康に悪い。
土魔法で0から創った構造物は、魔素還りで砂になるので一時的にしか利用できない。
それと同じだ。火魔法はで出来た火は、自然の火よりも早く消える。
ん? でも、温度が高くなっているはずだから、それで燃やした木が早く鎮火するというのは何故?
新しい疑問も出て来てしまったが、ピーターが言うのだから間違いはないのだろう。
「もしかして、火魔法使った後に消火しなくても、山火事にはならない?」
「そう言われているな。全くないというよりは、確率が低いというだけではあるが。でなければ、火魔法を使う魔物が出たら大惨事だろう」
「それも、そうか」
「それに、魔法によらない火が燃え広がっても、植物系の魔物に消火されることが多いそうだ」
「へぇ~」
魔物が居て良いことってのもあるんだな。
魔物も、自分が燃え死ぬよりは消火活動をするか。人間を認識して魔法を放ってくるような存在が魔物なのだから、それくらいの対処はするか。
消火活動をしていて止められなかったから、サーシャも知らなかったぽいが。
「火魔法にも魔素還りのリスクがあったんだな」
「リスクと言う程のものではなかろう。実際に火魔法で調理したものが生に戻るというわけでもない。単に消えやすいというだけだ。むしろ火事の心配が少ない分、各所で重宝される魔法だぞ」
「そう言われると、そうだな。不思議だが、それが魔法ってものか」
「神の御業だからな。矮小な人の考えは及ばんさ」
まあ、うん。
現代人としてはちょっともやもやするところがあるが、この世界の人はそうやって納得する。神様のやることだから仕方がない。便利な言葉だ。
ピーターに簡単な火の点け方を改めて習いながら、当番を熟した。
************************************
おはようございます。
起きたときはかなり冷えたが、日が昇ってくると少し暖かくなる。昨日よりは寒さが和らいだようだ。
起床したのは、サザ山西部のキャンプ内。ピーターと火魔法の話をした夜から一日飛んで、今日からサザ山アタックという朝である。
昨日のうちにルートについては話し合っており、予定していたうちの最もなだらかなコースを通る予定となっている。そうなったのも、そろそろ雪が降りそうだという予報があったからだ。
大雪はまだだろうという話だったが、大雪でなくとも雪山というのは怖い。仮に雪が積もった場合に備えて、遭難しそうにないルートを選択したわけである。
それはいいのだが、その分、険しい山道に踏み入らないので収穫が少なくなる恐れがある。通りやすいルートということは、他の魔物狩りも多く通っているはずなので、そういう意味でも獲物は目減りしてしまう。最大目標としていた四つ手大猿を見付ける可能性も低くなる。
それも考慮したうえで「無理はしないでおこう」という判断になったのである。
経験豊富なラムザからの、実際に起きた雪山事故のあれこれを聞かされてビビったわけではない。雪崩を起こして人を殺しに来るとかいうハンパない魔物にビビったわけでもない。いや、それはビビッて良いか。
「はぁ~っ」
寒くなるとついやってしまうのが、白い息でホワイトブレスごっこであろう。
昨日までよりは暖かいとはいえ、まだ腕の先くらいまでの長さのブレスができる。
「ご主人様、準備はできましたか?」
「ああ、いいぞ。今向かう」
外から促され、そろそろ見慣れてきた禍々しい怪しいヘルメットを被って外に出る。
最後にこのテントを片付けたら、いよいよ雪山に挑戦である。
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「ハーモスの群れがいる」
先行するシェトが告げる。ハーモスは、サザ山全域で生息するラプトルと鹿を合わせたような魔物だ。ラプトルっぽいのは走り方で、手を地面に着けず、前傾姿勢で二足歩行する。鹿っぽいのは角だ。ラプトルでも鹿でもない部分も多いが、説明が難しい。魔物攻略本で見ただけなので、あまり自信もない。これまで遭遇したことはなかったが、強さはそこまででもない。脅威度は低い。
ただ、群れというのは少し厄介だ。
「群れか」
「どうする?」
「こっちに気付いた様子は?」
「ない」
「じゃあ、やっちまおうぜ」
乗り気なのはラムザだ。手を背中に回して、巨大な盾を取り外すと興奮気味にそれを叩く。
「ピーター、どうだ?」
「問題ない。シェト、罠は?」
「張れる。10分くらい」
「では待とう」
口数が少ない同士、話の展開が早い。
シェトが罠を張るのを待って、攻撃を仕掛けることになった。
「サーシャ、ハーモスはどんな攻撃をする?」
「はい。基本は角で突いてきます。噛み付いてくることもあります。注意が必要なのはその運動能力で、多少の距離は飛び跳ねるようにして一気に肉薄してきます」
便利だな、サーシャペディア。
「おう、相変わらず優秀だねぇ、嬢ちゃんは」
ラムザが腹を揺すって哄笑する。
まるで俺は優秀ではないような言い方、と突っ込もうと思ったが、その通りな気がしたので口を噤む。
「補足しとくとなぁ、尻尾を振り回してくる個体もいる。それなりに連携もしてくることがあるから、注意しな」
「素材は?」
「魔石と、あと尻のあたりの骨だな。何かの素材になるらしい。角も売れるが、安い」
「じゃ、あんまり戦い方を気にしなくて良いか」
「そうだな」
基本は牙犬が少し強くなったようなものか。
ウォータシールドで防御しながら、斬ってくでいいか。
「ご主人様、ハーモスは魔法に弱いです。フレイムスローワーで牽制するとやりやすいのでは」
「うん? そうか。じゃあそうしよう」
作戦会議をしていると、アカーネの頭に停まっていたシュエッセンがモソモソと動き出した。
「仕事かぁー、仕方ない。働くぜ」
「そろそろ動けよな、シュエッセン」
キャンプを出発したころには、さすがにリュックで背負われることはなく、防具を身に着けて外に出ていたシュエッセン。だが、たまに偵察で飛ぶくらいで、ほとんどはアカーネの頭に乗って待機していた。
「おう、ハーモスは丁度良いからな。チビの方の嬢ちゃんの練習には持ってこいだ。シュエ坊、おめぇサポートしてやんな」
「あいあい」
アカーネは、出発してから、ラムザの手ほどきを受けている。気配の探り方、消し方といった狩りの基本から、短剣での立ち回りなどを教授してもらっている。以前の契約通り、金は後の狩りの分け前から天引きされるような形で支払う。
アカーネも自分の命に関わるとあって、結構真面目にそれを受けている。
「ぼ、ボクが前に出るの?」
ラムザはニカリと笑って、その大きな掌でアカーネの頭をぽんぽんと撫でた。
「いつまでも後ろで見学ってわけにはいくめぇな。ただ安心しな、そこの『暴れ鳥』はサポートにはぴったしだ。それに、俺も気にかけておくから危険はねぇよ」
「は、はい」
気にはなるが、2人がサポートしてくれるなら任せるか。
俺は俺で、敵を出来るだけ引き付けることで援護になるはずだ。
「……用意できた」
すっと音もなく現れたシェトが準備の完了を告げ、その案内で群れへと近付いていく。
さて、冬山での狩りの、本格的な開幕になる。
気張っていこう。
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