第106話 万能工具
戦闘から2日後。
ギルドの大部屋で、ギルド職員の人が大勢の魔物狩りに相対して口を開いた。
脇にはいつか見た、貴族の護衛をしていた鎧の人が佇んでいる。
傷一つ負った様子は見えない。あの後団長達は、貴族の下に行ったらしいが彼が元気ということは、……そういう事なのだろう。
上には、上がいるもんだわ。
「諸君らのおかげで、逆賊は鎮圧されたっ! この場を借りて感謝を述べる」
だが、それを聞いているのか、聞いていないのか。ざわざわと魔物狩り達は騒々しい。
それに対抗するように、声のボリュームを引き上げながら職員の人が続ける。
「当日に受けた申告と、職員からの報告で一応の査定は出た。後は個別に交渉ということになる。その場合、後回しになってしまうがな」
「ここで受け渡すのか?」
「基本的にはそうだ! 証文を受け取って、窓口で換金してくれ。こちらから名前を挙げるから、呼ばれたら前に並ぶように!」
前では、制服を着た職員の面々が忙しそうに書類を準備している。2日でここまで準備するというのもかなり大変だったのであろう、職員の目の下にはクマが出来て、ブラックな気配がある。
この部屋に通されるときに名前を確認していたから、おそらく担当者ごとに色んな部屋で同じようなことが進行しているのだろう。
「ヨーヨーはいるか!?」
「はいはい」
「この列で並べ!」
前に出て、3人ほど並んでいる列に並ぶ。狭いので、サーシャ達は席に残しておく。
ほどなくして順番が回ってくる。担当は、短く刈り上げた髪の、戦士っぽい女性である。
「ヨーヨーか?」
「そうだ」
「一応カードを提示しろ」
「ああ」
「うーんと……三番隊長ミルファの討伐に参加。討伐人数2、補助貢献大。金貨7枚だ」
「ほう」
「うん? それにしても多いな。何か……ああ、そうか」
「え?」
「ミルファを倒した分が分割して加算されている」
「ミルファを倒したのは、戦士団の隊長だったと記憶しているが?」
「ああ。だがその隊長が、追い詰めたのは魔物狩りのパーティで、自分は最後の引導を渡したにすぎないと。だから手柄をパーティで分割するように申請したそうだ」
「……隊長」
カッコよすぎるんですけど。顔が良い奴は愛情を受けて真っ直ぐ育つから性格も良い、なんていう身も蓋も希望もない説を聞いた事があるが、アルメシアン隊長を見ていると正しい気がしてくる。
あそこまで行くと天性のものが大きいか。
「不服があれば後日受け付ける。後、正式な依頼組にはオマケがあるぞ」
「おまけ?」
「任務に参加した依頼料ということだ。対象から没収した物を受け取る権利がある。その中から選ぶということだが」
「物は見れるのか?」
「ああ、これから案内する。少し待機していてくれ」
「了解」
証文を受け取って席に戻り、しばらく待機していると声が掛かった。
サーシャ達はまだ呼ばれていないので、部屋に残しておく。
「依頼組は付いて来てくれ! 証文がまだの奴は、後でも良いから急がなくていいぞ」
入り口から声を掛けてきた男の元に向かうと、どこかで見たような魔物狩りの一団がいた。
説明会で見かけた面子である。ピーターもいた。
軽く目礼しておく。
「こっちだ。倉庫に向かうぞ」
通されたのは、広い体育館くらいの倉庫。多くの品がフリーマーケットのように陳列されており、ギルド職員が紙を持って何かを書き込みながら何人も歩いている。
「自由に選んでいいのか?」
「基本はそうだが、価値の大小で選べる数が異なる。だいたい奥の方から価値が高くなっている。数字が並んでいるのが見えるか? 合計で10まで選んで良い。選んだら職員に声を掛けてくれ」
なかなか面白そうな形式だ。
「鎧なんかもあるが、試着してもいいのか?」
「構わん。その場合も声を掛けろ」
鎧か。丁度良いのかもしれないな……。
見回ってみると、ほとんどが武具の類だ。剣と鎧が一番多いかもしれない。やや小さいサイズの革鎧などは、数値が4から5くらいだ。これなら2人の鎧が揃えられそうだ。
入り口にいる職員に声を掛ける。
「従者の鎧を選びたいのだが、まだ報酬の証文を貰っているところだ。呼んできてもいいか?」
「構わんが。いや、こちらで呼ぼう。場所と名前は?」
職員に名前を伝えて呼んでもらう。
途中、ピーターが大ぶりな剣を持って出て行くのを見送る。シュエッセンとは別行動らしい。というか、まだ剣を増やすんだなあ。
30分もしてからやっと2人が到着した。
「お待たせしました」
「おう。報酬でここにあるものを貰えるそうだが……サーシャ達もそう言われたか?」
「いえ。依頼の対象はご主人様だけのようでしたから、私達は含まれていないようです」
「そうか。まあいいか。俺の分だけでも、ここにあるものを10点まで貰えるらしい。点数は、それぞれの品に振られている。で、防具が多いからな、二人の防具を補充しようかと思ったんだが」
「そうですか、ありがとうございます」
「とりあえず点数の低い方にある鎧を見てこう」
3人連れ立って、鎧ショッピングを始める。
あの『龍剣旅団』のものだけあって、防具はいずれも黒く塗られている。旅団のマークがあしらってあった物もあったがようだが、その部分は削られている。
こうして見ると、同じように見えた黒い革鎧も、安い物から高い物まであったのが分かる。安い物でも今の革鎧よりは数段モノが良さそうではあるが。
「革鎧だけど、なかなか刃が通らなかったし、良い物だよな」
「おそらく、そうですね。魔物素材のようです」
「魔物素材か。なるほど」
魔物素材ってもう、色々ありすぎてね。何でもアリな感がある。あ、鎧よりも兜のほうが良いか?
「鎧よりも兜が欲しければ、そっちでも良いぞ」
「いえ。私は視界が制限されると少し厳しくて。アカーネはどうです?」
「うーん、ボクも、兜は息がしにくそう。あ、でも、必要なら被る、です」
「いや、必要ないいならいいんだが。それより胴体防具の方が確実に必要だしな」
「私達よりも、ご主人様の防具を揃えるのはどうですか?」
「うーん、それも考えたけど。そもそも、この場に俺サイズの防具あんまりないんだよな」
「……そうですね」
「なんでだろうな? あの『龍剣』には俺よりでっかい野郎もいっぱいいたと思うんだけど」
「値段、でしょうか? 報酬として下げ渡すには高価すぎるものは省いたのではないでしょうか。ご主人様のサイズのものは、それなりにここで需要もありそうですし、高く売れるということで除外されやすかったのかもしれません」
「うん、なるほど」
「小さいサイズが多いのは、やはり孤児院からの団員という経歴が多かったからでしょうか。小さめのサイズは無理に着ることも難しいですし、調整機能がなければ大した額で売れないでしょうね」
現金じゃなくて、実物が報酬なのはその辺りの事情を踏まえて、か。
正式に依頼を受けた者以外も、気前よく報酬を渡しているようだから、現金不足なのかもしれない。
「ま、とりあえずこの辺の鎧でサイズが合いそうなのを見繕ってくれ。……試着はどこでするんだろうな?」
2人が選んでいる内に話を聞きにいくと、部屋の隅にあるパーテーションで仕切られた場所で試着できるということ。ちょっと心許ない仕切りだが、すぐ傍で睨みを効かせておけば大丈夫だろう。
2人はそれぞれ形の異なる鎧を選んだ。
サーシャは、シンプルな革鎧で、肩の部分がないノースリーブの形状のもの。胸の部分がわずかにだが膨らんだ形状をしている。
アカーネは革鎧の上から金属で少し補強してあり、肩当ても付いている形状のもの。
いずれも腰から下、草摺の部分がなかったりするのだが、既存のものと組み合わせることが出来そうだとのこと。
仕切りの前で眼をギラギラにしながら試着を終え、サイズピッタリだというのでこれに決める。
鎧、サーシャのものが4点。アカーネのものが5点。1点余ったなぁ。
「1点のもので良い物ないか?」
「うーん……。あ、これなどどうでしょう?」
「うん? ほお、いいんじゃないか」
アカーネに確認してもらって、最後の1点も決める。
最後のものは、いくつもの工具が1つの棒に繋がっている万能工具セットだ。アカーネの工作に役立ちそうなので、これでいいだろう。
「この3つを選びたいが、良いか?」
「確認する、少し待ってくれ」
職員がまた書類と格闘しつつ確認するのを見守り、無事報酬として下げ渡された。
「では失礼する」
「ああ」
鎧を運びつつギルドの窓口に寄って、証文を換金する。ここでまたたっぷりと時間が掛かった。後にすればよかったか……。
サーシャ達の報酬は、合わせて銀貨50枚であった。サーシャの矢とアカーネの改造魔石で俺を援護し、右翼を支えたという評価だったらしい。
そちらは一応預かるが、サーシャとアカーネの私物に使って良い分とした。
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ、今回は危険に巻き込んじゃったしな。美味い物でも食いな」
比喩でもなく、サーシャなら本当に美味い物に使う気がする。ああ、なんか活躍したらしいドンにも何かご褒美をやるか。
ドンさんは、俺は全く見ていなかったが、変な軌道で飛んで来た、おそらく何かのスキルを使った矢をサーシャが避けそこなったとき、例の格闘術を駆使してそれを叩き落とし、以後危ない場面で警告を発して手助けしてくれていたらしい。
サーシャとドンのコンビって、かなり相性良いよなぁ。眼が良く精度の高い矢を射るサーシャと、危険察知スキルと格闘術を活かして自働迎撃システムと化すドン。攻略するには近づいてしまうのが一番だが、それを阻止するアカーネの改造魔石投げ。トリオまで見えた。
アカーネの魔石投げは、タイミングだけでなく投げる場所まで完璧だったし、投擲の才能はあるかもしれない。
倉庫から退出しようとしたところで、入れ替わりに次の者たちが入ってきた。その先頭にいたのが、丸鳥族のシュエッセンだ。
「よぉよぉ、おめぇさんらは選び終わったところか?」
「そうだ。さっきピーターも見掛けたぞ」
「ああ、会ったぜ。またぞろ剣を選んでやがった」
「そうそう」
一頻り笑い合ってから、別れを告げて今度こそ外に出る。
『暴走鳥』ことシュエッセンだが、あの戦いの最中には二つ名に恥じぬ暴れっぷりで遊撃を担っていたらしい。なんでも、後ろにいた弓兵たちにちょっかいを出して、ほとんど仕事させなかったのは彼のおかげだったとか。
彼の働きを見ていると、遊撃役というのも重要だと思えてくる。
続いて向かったのは、北の貧困地区。その一角にある、いつかの孤児院である。
相変わらずボロそうな見た目だが、表面上何かの被害を受けた形跡はない。
「誰か居るか?」
「はーい」
「テエワラさんの見舞いなんだが」
「はいはい、姐さんのお知り合い? ちょっと待って……あっ」
奥からパタパタと顔を出したのは、前に帰り際、お願いをしてきたあの女性であった。
「……」
「変な用事じゃない。本当にテエワラの知り合いで、パーティも組んだことがある。上がっても良いか?」
「あっ、ええ。ど、どうぞ」
入り口すぐの部屋に通されると、茶色くなったシーツの上で寝込んでいるテエワラがいた。上半身を包帯でぐるぐる巻きにされており、顔をしかめながら起き上がろうと手を付くのを制して座った。傍らには背の低い女性……シェトか。
「じゃ、私は行く。テエワラは安静にすべき」
「ああ、ありがとさん。ヨーヨー、良く来たね」
ててて、と入り口まで素早く歩いて行くシェトを目で追う。
一瞬ふと目が合ったが、特に何か言葉を交わすということもなかった。
「加減はどうだ?」
「もうだいぶ、いいんだけどね。大げさに包帯を巻かれちまってねぇ」
「そうか。傷に良いっていうポーションが売ってたから、一応渡しておくぞ」
「悪いねぇ。で、今日は何か分かったのかい?」
テエワラが言っているのは、報酬受け渡しの場で何か情報があったのかということだろう。
テエワラは怪我で出席できないということで、後日受け渡しするということらしい。
孤児院で寝ているのにも訳があって、あのような事態になって孤児院にちょっかいを出す輩が出ないように、テエワラ自身が眼を光らせるのだという。ゆっくりと養生もできず、大変なことである。
「大したことは言われなかったな。一応、簡単な経緯の説明はあったが」
「ふぅん、どんなことだい?」
「当日、奴等の目標は3つあったと。1つが処刑される仲間の解放。2つに代官の確保。で、3つにあの貴族様を殺すこと。貴族様がギルドに自ら出向くのは知らなかったようで、泊まっていた宿を制圧してから間違いに気付き、一部部隊でギルドに向かう途中で俺達と遭遇。って感じかな」
「……なるほどね。仲間の解放、ね。この微妙な時期に動いたのは、やっぱり……」
「処刑の時期が迫っていたから、か? その辺の説明はなかったが。そう考えるのがしっくりくると思えるな」
「馬鹿だよ、ホントに。せめて警備がもうちょっと薄くなってから動けば良かったのにねぇ。私が言っても、だけどねぇ」
「当日中に治まったから、大会も予定通りに続けるってさ」
「そうかい。それは何よりだ。何にもなかったみたいに、時が過ぎていくんだろうね。そりゃ良い事なんだろうけどさ。何か、やり切れないよ……」
俺から目を逸らし、窓の方を遠い目で眺めるテエワラの目には、光るものが見えた。
「……あの」
デジャブか。
部屋から出た後、物陰に佇む女性から、小声で呼び止められる。
「すまないな、あんたの頼みは聞けなかった」
「いえ……無理を言ったと、自分でも思っていましたから」
「そうか。俺もな、ミルファの部隊と戦った」
女性ははっと、息を呑んだ。
「名前は分からないが、長髪の剣士を殺したのは俺だ。あのときはあれで正しいと思った。命を懸けて戦うと、負けるくらいならば死をと全身で訴えていたから、どうにか気絶させて捕虜にしようなんて少しも思わなかった。でもなんだな、ちょっと経つと、あれで良かったんだろうかと柄にもなく考えてしまうよ」
「……どうでしょう。私は、生きていて欲しかったです。ですが、彼らは、きっと、満足していると……思います……少なくとも……恨んでは……ひっく……いないと、そう思います」
声は掠れて、消え入るように小さくなる。そして、しゃくりあげる声が聞こえた。
「ミルファから、遺言がある」
「ゆい、ごん……」
「喧嘩したまま別れてしまった。悪かったと思っている。お前みたいな良い女は、自分には勿体ないと思っていた。どうか、どこかで幸せを掴んでくれ、と。一言一句同じではないが、こんな感じのことだった」
「あ、ありがとう……ありがとう、ございます……」
うあああん、と声を上げて泣き出してしまった。近くにいたサーシャが、黙ってその背を撫でた。
気は晴れないが、何か1つ背負っていた荷が下りた気がした。
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