第105話 黒剣のミルファ

「ミルファぁぁーー!!」

「来い、『白肌』の。お前とは一度、殺り合ってみたかったんだよ」


氷塊を軽く長剣で弾いたミルファが、突貫するピーターと対峙する。ピーターのあの音量は初めて聞いた。

ただ、正直それどころではない。俺のいる右側、敵の左翼には、剣士と槍使いが前衛に、そして後ろに剣士が1人と弓使いがいる。完全に俺を意識して動き出している。まじかよ。

こちら側にいる前衛の味方は『戦光団』の剣士だが、完全に腰が引けている。気のせいか、手もちょっと震えている。あまり頼りになりそうにない。

内心で盛大にため息を吐きながら、ローブ集団と対峙してから考え続けてきた作戦を頭の中でなぞる。ぶっちゃけ、ロクな手は思い付かなかった。


「変な形のマスク野郎は今年の大会にも出てた『偽剣使い』だ、足元に注意しろ! 魔法に大して威力はない、懐に飛び込め」


後ろにいた剣士がそう声を掛けた。ちくしょう、完全に二つ名が定着してやがる。


「その名前で呼ぶんじゃねぇーーー!」


魔弾を連射して牽制する。一瞬身体が固まったようだが、魔弾は鎧に阻まれ、ダメージゼロ。威力がないことに気が付き、前線の剣士と槍使いが再度動き出す。

矢が飛んで来て槍使いの頭に当たるが、兜に弾かれてしまう。くそ、武装の差が大きいな。


あちらの弓使いの矢も飛んできたが、それはウィンドシールドで容易に回避できた。問題は迫ってくる前衛2人だ。ここを抜かれたらサーシャたちも危ない。仕方ない、タブー解禁でやるしかないか!


「うらぁ! 死ね!」


飛び掛かってきた剣士の剣を受け止め、槍の突きを必死に避ける。

相手の姿勢が完全に崩れたところで、異空間からスムーズに魔銃を取り出し、至近距離から射撃する。


「なんっ……!?」

「どこから!」


拡散弾で剣士の上半身を撃つと、クリーンヒットし身体ごと吹っ飛ぶ。続いて槍使いにも射撃するがこちらは寸でのところで防御態勢に入ったようだ。だが構わず、拡散弾をぶっ放す。


剣士の方をちらちと見ると、防具を完全に破壊できておらず、致命傷には至らなかったようだ。槍使いに対してサーシャが矢で追撃しているうちに、起き上がろうとしている剣士に向かって再び魔銃をたっぷり魔力を込めて放つ。


――ズギューンッ……!

――ズギューンッ……!

――ズギューンッ……!


「ぶっ、ぐふっ」


鎧の全破壊には至らなかったのだが、衝撃は伝わったのか血を吐いて膝をつく。

今なら。


エア・プレッシャー自己使用で急速接近して身体強化。『剣士』のスキル「強撃」を発動して渾身のひと太刀。

深く斬った感触がして、敵の左肩のあたりから鮮血が飛び散る。

完全に力を失って崩れ落ちた。気絶しただけかもしれないが、とりあえずは放置。槍使いに狙いを変える。


「お前、何だそれは……っ、大会じゃそんな武器!」

「おい、何を寝ぼけたことを言ってんのだ?」

「……っ!」

「これでもテーバの魔物狩りだぜ。“奥の手“の1つもないと思ってたのか?」

「チッ……じっくり行くぞ、援護しろ!」


槍使いが構えを直したところで。


「お仲間に言われてなかったか? 足元注意、ってな」


せっかくリクエストされたので発動してみた。土魔法での足元崩し。槍使いがずっと同じ場所で防御を続けてくれたから操作しやすかった。派手に転倒する槍使い。

上から突き刺すようにして、鎧の関節部分を目指して長剣を刺す。


3回ほどチャレンジしたところで刺さったので、同じところを目掛けてもう2回ぶつぶつと刺す。

また矢が飛んできたが逸らし、ファイアボールをお返し。

業を煮やした後ろの剣使いが前に出て来たが、そこで後ろから何かが飛んでくる。それは土煙を巻き散らして視界を遮断した。


「改造魔石です! 今のうちに!」


おお、アカーネか。助かる。

立ち上がろうとする槍使いを再度転がして槍を奪い、再び関節部を刺そうとするも、異様に硬く感じて刃が通らない。

なんじゃこりゃ。スキルか?

悪戦苦闘していると、ずっと何もしていなかった『戦光団』の剣士さんが剣を光らせながら槍使いを斬り付け始めた。ちょうどいい。


「手柄はやるから、そいつの相手をしていてくれや!」

「お、おお」


大丈夫かな? メインウェポンも奪ったし、しばらく相手していてほしいが。奪った槍は、後ろに思いっきり投げておく。と、そこで腕に衝撃が走って前を向く。

地面に落ちた短剣。どうやら剣を投げてきたらしい。あぶなかった。


「気を抜かないで、集中して!」


サーシャに叱責される。はい。気を付けます。

剣士は煙から抜け出してきたようで、サーシャの放つ矢を剣で斬り落としている。


「ミルファといい、普通に剣で迎撃するよな、全く……」


身体強化で加速しながら、身体の周囲に水球を生み出して周回させる。加速した勢いのまま、敵に斬り掛かる。

エア・プレッシャーを利用して一度急停止し、時間差で斬り付ける。

相手の身体を掠るが、鎧の表面をなぞっただけで不発。


「チッ、妙な動きばっかしやがって……!」


剣士が一瞬ぶれたように見えたので、エア・プレッシャーで再度後ろへ跳ぶ。

ひゅっという空気を裂く音がして、先ほどまでいた場所に、剣筋が光る。


「あぶねぇな」


こいつと白兵戦は危険すぎるか。火球を立て続けに放つと、相手は懐から何かを投げて、空中にマジックウォールのようなものが展開する。火球はそこに吸い込まれるようにして消えてしまった。

そして、続けて短剣を投擲してくるので、水球で迎撃する。水球だけでは勢いを消しきれないが、勢いの落ちた短剣は、弓矢対策で発動しているウィンドウォールで軌道が逸れて当たらない。


「多芸だねぇ」

「お互い様だろ」


MP確認したいけど、スキがないな。もう随分と全力戦闘してしまっているから、半分残っていれば良いか。奥の手は使用済みだし、ジリ貧だなぁ。チャンスがあればまた異空間からの魔銃で奇襲はやってみたいが、あの剣士にどこまで通用するのか。


剣士は剣を立てて引き寄せるようにし、じりじりと間合いを詰めてくる。

それを見て、思いっきり息を吸う。そして声を上げる。


「お前らっ! いつまで見ているつもりだ! 金が欲しけりゃそろそろ加勢しろやーっ!」

「おまっ……」


こちらは、既に相手の前衛1人は倒している。その上で、手練れっぽい剣士の人とも、少なくとも見かけ上は互角に戦っているはずだ。日和っている連中も、そろそろ勝馬に乗る可能性は高い。

実際、こちらの声に呼応するように、遠巻きに見ていた連中からジリジリと近づいてくる連中がいる。

それでも一気に近づいて来ることはなく、遠距離スキルでチクチクと攻撃するくらいであるが、それでもいい。後ろの弓兵を狩られないためにも、剣士はこちらにばかり構ってはいられなくなるはずだ。

こちらに警戒しながら、後退していく。


それを黙って見送りながら、不自然ではない範囲で距離を置く。MPをチェックしてみると、残り20とちょい。まだそれくらいあったと見るべきか、もうそれしかないと見るべきなのか、難しい所だ。

後ろを振り返って確認すると、弓を構えるサーシャと短剣を構えてオドオドしているアカーネ、そしてサーシャの肩で仁王立ちするドンさん。無事だった。

横に顔を振ると、ピーターが膝を着いている。しかし相手、『龍剣』のミルファはそれに対峙しておらず、その向こうのツツムの方を向いている。そうしている内にピーターがまた立ち上がり、地面を蹴ってミルファに攻撃を仕掛けようとするのが見える。


どうやらツツムは中央に合流し、ミルファ相手に2対1で対処している様子。いや、ツツムに対して何やら補助魔法を使っているらしいテエワラを合わせると、3対1だ。

どちらが優勢なのか良く分からないが、まだ少し余裕はありそうだ。


前を向くと、囲みつつ槍を繰り出している傭兵集団を、剣士が立ち回って防御している。さすがに多勢に無勢か。加勢しよう。もちろん、「多勢」の方に加わるわけだが。


槍を捌いた直後の剣士に、エア・プレッシャー自己使用で急接近しつつ、「強撃」を浴びせる。

が、身体を捻って防具の厚い場所、肩当ての部分に誘導され、固いものに刃がすべった感触がしただけであった。

攻撃は失敗であったが、剣士が一連の攻撃に対処しているうちに、弓兵が取り囲まれた。


「密集隊形! ここまで来たんだ、1人でも多くの者を道連れにするぞ!」


ミルファが怒鳴り、剣士も後退していく。残った面子で密集し、数手不利をカバーする作戦に出たようである。弓兵も囲まれた状態から生還したようで、一緒になって後退している。


「うべっ」


その後退する弓兵の頭上から、氷槍が飛来して胴体を貫く。


「上だっ!」


他の弓兵の声に釣られて上を向くと、高速で飛び去る丸鳥族の姿。『暴れ鳥』が暴れ回っているようだ。

剣士が短剣を手にしてそれを追撃しようとするのが見えたので、エアプレッシャーで急接近して斬り掛かる。


「お前の相手は俺だろぉ!」

「チィ」


短剣を前に投げ捨てて、こちらの剣を長剣で受け止める剣士。

身体強化で圧力をかけ、フレイムスロウワーで頭のあたりを炙る。


「お前が最期の敵か。冴えねぇなぁ」


剣士が纏う雰囲気が変わる。思わず後ずさり、敵の出方をうかがう。

気付けば右下から光る物が迫り、慌てて剣を合わせる。それが当たるかどうかというタイミングで相手の剣が引き上げられ、今度は正面からの突き。エア・プレッシャーで後退するも、追撃するように剣が伸びてくる。身体強化を掛けながら、強引に身体を引き戻して弾く。

間髪を入れずに突きを返すが、ひらりと躱されて振り下ろし。剣の根本のあたりで何とか受け止める。


「大会じゃ手でも抜いてたか? ミルファさんが誘った理由が、分かった気がするぜ」

「そりゃ、どうもっ!」


身体全体を使って弾き、振り下ろし。

それを受け流されるが、炎弾で追撃。魔力を惜しまずに撃ち出す。

その対処のために立ち止まり、また何かを空中に投げた所で、異空間から魔銃を取り出す。魔力をたっぷり込めて一撃。

もちろん、敵のマジックシールド的なものを正直に撃ったわけではない。随分前に、護衛任務で岩犬に使ったアレ。曲がる射撃である。


「ぐっ」


狙っていたのかどうか、そのタイミングで、剣士の後ろから氷槍が足を射貫く。

ナイスだ『暴れ鳥』!


態勢の崩れた剣士に、渾身の振り下ろしをくり出す。剣にはあらん限りの魔力を流し、身体強化に「強撃」。フルコースの一撃!


直撃した鎧が割れ、長い髪が零れた。


「……ここまで、か」

「お前、女だったのか」

「だったら何だ? 身体でも差し出せとでも言う気か?」

「そりゃあ魅力的だが、その気があるとは思えないな」

「ああ……そうだな。ありがとう」


露わになった素顔に、もう一度剣を滑らせた。



さて、周囲に注意を巡らせると。先ほど受け渡した槍使いが、『戦光団』の剣士を組み伏せて首を絞めている。

……おおい!

あの状況から逆転されるのかよ?


慌ててその背中から斬り付け、とりあえず友軍の剣士を助ける。


「わ、ワリィな。あいつしぶとくてよ」

「……まあ、手柄はやる。とっとと片を付けよう」


2人で槍使いを転がしてボコる。

それが片付いて再び戦況を見渡すと、残るは2人。いや、今1人だけ残ったようだ。


「ミルファ、降伏しないか」

「降伏だ? ふざけんじゃねェ。てめえらもう、勝った気でいるのか?」


ミルファは不敵に笑う。降伏勧告しているのが、満身創痍のツツム。傍には荒い息を吐くピーターがいて、テエワラは腹を押さえて膝を付いている。


「テエワラ、無事か!?」

「ゼェ、ゼェ……こんなもん、掠り傷だよ……」

「無茶すんなよ。サポートは俺に替われ。サーシャ! テエワラの手当てを手配しろ!」

「はいっ!」


テエワラを担いで後ろに引きずって行く。


そうこうしている内にミルファは完全に包囲され、1対5、遠巻きにしている奴らも合わせると1対20くらいの構図になっている。

だが、斬り込んだ者は力で押し返され、剣から放たれる黒い塊のようなもので逆に深手を負わせられて戦線離脱する始末。とんでもねぇな。


「おう、『偽剣使い』の野郎か。ギルドの犬になるような性格には見えなかったがなぁ……失敗したか」


撃退された傭兵と入れ替わるようにして対峙した俺に、余裕の言葉。


「覚えて頂いたとは光栄だね。お前らが暴れるせいで、ギルドには無茶を言われたんだよ」

「へっ、そうか。やたら魔物狩りが多いと思ったが、ギルドが何かしたってわけだな」


防御魔法を展開して身を固める。正直、ピーターが押し負けるような敵に、まともに相手はできない。とりあえず包囲を継続しよう。


反対側からツツムが斬り掛かり、ミルファは予想していたかのように身を翻し、それを軽く弾く。

チャンスのはずだが、その隙を突いて斬り掛かった者の攻撃は空を切り、即反撃を受けくずれ落ちる。

ヤバイだろこのおっさん。


じりじりと被害ばかりが拡大しつつ10分弱。囲っていた傭兵たちにも弱気の虫が出始め、包囲が緩くなってきたあたりで、声が響いた。


「おい、戦士団が来たぞ!」

「道を空けろ! 援軍だ」

「畜生、これで手柄はチャラか?」


ざわざわする傭兵たちの向こうから、銀色に輝くプレートアーマーの集団が出現。その1人が杖を振ると、雷撃が飛んでミルファが居た場所を焼く。


「チッ、戦士団か。流石にキツイなぁ」

「おおっ、ありゃ三番隊のミルファか? 辛うじて大物が残ってたようだな!」


声を弾ませながら飛び込んできて、剣を往なしながら懐に飛び込み、蹴りを繰り出す人物。

……どこかで聞いた声。


「トラ! 飛び込むな、矢で狙いにくいだろうが!」


矢が飛んで来て、ミルファの鎧に突き立つ。


「ああ、そっちの戦士団か。最期の相手があんたとはなぁ……」


ミルファは兜を脱ぎ去り、剣を構えて深呼吸をした。


「アルメシアン隊長」

「うむ、久しいなミルファ殿」


兜を脱いだミルファに対する返礼なのか、こちらも兜を脱いで銀色の長髪を輝かせながら、長剣を構えた美丈夫が姿を見せる。


「皆、よく戦ってくれた。ここからは手だし無用。相手はこのアルメシアン・ヘ・ウルブーネルが務める」

「隊長、一騎打ちかよ!? そりゃないぜ」

「トラーブトス、ここは譲ってくれ」

「……へいへい」


飛び込んできたトラーブトスが、両手のガントレットを打ち付けながら渋々と後ろに下がる。


「貴殿にはいろいろと言いたいこと、訊きたいこともあるが。ここに至っては無粋であろうな」

「ハッ……アルメシアン隊長、あんたには世話になった。最後にこんな形になったことには詫びしかない。だが、俺達にも譲れない所があったんでな」

「で、あろうな。ギルドは、いや、殿下は少し性急に事を進め過ぎたということだろう。しかし、こうして事を起こしたからには、容赦するわけにもいかん」

「覚悟はしてるぜ。さあ、殺り合おう」

「是非もなし」


『龍剣旅団』三番隊隊長のミルファと、テーバ戦士団隊長のアルメシアンとの一騎打ちが始まった。

それは一方的であった。既に体力も魔力も尽きかけ、矢を受け、動きに精細を欠くミルファ。そのミルファの剣を正面から受け止め、冷静に捌いていくアルメシアン。

先程までの悪魔的な強さが嘘のように追い込まれていくミルファに、見物する周囲の者たちはただ、息を呑んで見詰めるしかなかった。


「遺言はあるか」

「遺言……遺言か。特に……ねぇかな」


「ミルファ」


思わずそこで、口を挟んでしまった。


「孤児院で働いていた女は、酷くあんたたちを心配していたぞ」


ミルファは少し驚いたような表情をして、ふっと笑った。


「ああ……キュマリか。最後は喧嘩したまま別れちまったな」

「……」

「そうだな。その女に伝えてくれ。遺言だ。悪かったと。お前みたいな良い女は俺には勿体ないからな。どこかで幸せを掴んでくれと」

「……分かった。一応、伝えよう」

「ああ、反逆者のわりに随分と温情的な死に方ができたもんだ。さあ、楽にしてくれ、隊長。ここで殺さなきゃ、また暴れて逃げるぜ」

「いいだろう」


アルメシアンはそう応じて、剣を両手で捧げ持った。戦いが終わった。




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