第103話 貴族

静寂を打ち消すように、鎧の人が説明を続ける。


「このギルドと、今回の作戦の対象となる『龍剣』の確執は聞き及んだことがあるだろう。この場に集まっているのは傭兵団に所属しない手練れの者と聞いた。実際に対象から活動の妨害を受けた者も少なくないのではあるまいか?」


ぐるりとこちらを見渡す。そして、返事を待つことなく、続ける。


「奴らはルールの範囲内でやった、と抗弁するかもしれぬ。だが、規定を悪用し、あるいは潜脱して王家の意向を妨害することは、それ自体をもって反逆罪である。今回の作戦は反逆罪の疑いのある対象団体への強制捜査の助力という形式となろう」


強制捜査、か。しかしこうして外部団体に依頼しているということは、あくまで建前ということなのだろうが。


「現在までの細かい経緯は省く。そうだな、簡単にまとめてやると、だ。我々が寛大な処置を下して問題の終息を図ったが、彼奴らがそれをはねのけた。目出度く反逆罪の疑いありと認識され、我等が出張ってきた。そういうことだ」


またこちらを見渡す。少し逡巡した後、口を開く。


「……そちらからの質問があれば私が答えよう」


しーんとする場内。一呼吸置いてから、俺の前に座っていた男性がおずおずと手を挙げた。


「あ、あのう。それで、なんで俺たちが駆り出されたんだ? 正直、反逆罪ならこの街の衛兵とか、戦士団とか、それこそ貴族さまの兵で対処されることでは?」

「ふむ。まあそうだな」


恐る恐るといった質問に対し、鎧男は気にした風もなく、頷いて見せた。


「簡単に言えば、都合が良いからだ」

「つ、都合?」

「現在、この地には軍の部隊の他、戦士団を招集して門を固めておる。これは少し無駄骨だった感はあるが……せっかく包囲が成り立っているのだ。ネズミ退治には丁度良かろう」

「は、はぁ」

「なんというかな。正規の部隊も協力するが、傭兵団ごときに手を裂いている暇がない。よってお前達に頼むということだ」

「ははぁ、なるほど?」

「納得したか?」

「はい……まあ……」


「ついでに言えば、アルサス公は諸君らに期待しておいでなのだよ」


今まで一言も喋らなかった、一番先に座った一番偉そうな、痩せた男が口を挟んだ。説明役の鎧男も少しびっくりした様子に見える。


「か、閣下……」

「これくらいは、よかろう。よいか、このギルドはアルサス公、ひいては殿下のご意向に支えられて成り立っているものだ。殿下はギルドを通してテーバ地方の安定を望み、それは実現しつつある。ここでギルドの者らが大きな手柄を挙げれば、ギルドの威光は強まろう。言っていることが分かるな? 諸君らはギルドの戦力として、殿下の期待を背負っておるのだ」

「閣下の仰ったことを胸に刻め! 貴様らは栄えある人類の守護者たる王家の、その期待を背負う者としての働きを行うのだっ! 奮戦を期待するぞ!」

「ごほんっ、失礼。そろそろ具体的な作戦内容に移りませぬか?」


最前列で待機していた、ギルド側の職員が口を挟む。


「む、失礼した。では具体的な作戦内容に移ろう!」


またもこちらを見渡す鎧の人。説明をするときのくせなのだろう。


「今回の対象は、タラレスキンドに多数の拠点を有している。そこで兵力を分け、それそれの担当する場所に向かってもらう。時期としては現在進行している闘技大会が終了した後と考えている。最優先に予定を組み、調整せよ」

「えっ、大会の終了直後ということですかい?」

「なんだ? 問題があるか」

「い、いえ! そのう……ただ、護衛任務があるものですから」

「断れ。不都合があるか?」

「えーっと……ありません!」

「くだらないことで腰を折るでない。時期については詳細が決まり次第、連絡する。各員、ギルドからの伝言を毎日確認するようにな」


それから、適当にチーム分けするようにと命令が下る。

もともとチームを組んでいた者や、近くにいる者が組んでいく中、当然ピーター達と組むこととなる。


「テエワラはどうする?」

「……私が入ってもいいなら、入れてもらおうか。もう1人いいかい?」

「ん? 良いが、誰だ?」

「いつも組んでる奴だよ。シェト、挨拶しな」


テエワラが声を掛けたのは、その右前あたりに座っていた小柄な女性であった。開始前の雑談でも無関係を決め込んでいたため、てっきり赤の他人だと思っていた。どうやらテエワラの連れだったらしい。


「シェトウラムア。よろしく」

「ああ、よろしく……えーと、あんたは良いのか? 俺らのチームで」

「なんでもいい」


シェトウラムアと名乗った女性は、興味なさげにこちらを一瞥したあと、また前を向いてしまった。あまり社交的なタイプではないらしい。オレンジ色の髪を三つ編みにしており、こちらを向いた瞬間に鋭い目つきが見えた。


「悪いね、いつもこの調子で」

「そうか。まあ気にしないが、腕は確かなんだよな?」

「まあね。ま、細かい話は後にしよう。そろそろ話が進みそうだ」


そう言われて前を向くと、だいたいのチーム分けが終わったらしく、また鎧の人が前に出て話を始めようとしていた。


「うむ、チームはだいたい5か、6くらいか? 後できちんと記録しておくぞ。諸君らに任せたいのは街の南区と東区のいくつかの拠点だ。おいっ、地図はあるか?」

「御座います」


ギルドの職員らしき人が下っ端に指示を出し、バタバタと地図が用意される。

どうやら、タラレスキンドを東西南北で4等分したような地図で、南と東の分が置かれた。


「赤字で×印があるのが連中、対象の拠点として認められた場所だ。ただ、漏れがあれば追加で対処する必要がある。うむ、だいたい1チームごとに1つの拠点ということになろうか。証人を取る必要はない。歯向かう者は斬り捨てよ。首級が手柄となるが、生死不問だ」

「どの拠点が、どのチームの担当かは、どのように?」

「うむ。その点は戦力配分に配慮しながら、ギルドの者に任せる。今日中に調整し、報告を上げてくれぬか」

「はっ、ではそのように」


ギルドの人が請け負って、偉い人がこそこそと何か言葉を交わす。ここから貴族の人達は退散し、ギルド内での調整に入るのだろうか。ギルドの職員などが忙しそうに動くなか、何をしていいのかも良く分からないまま時間が過ぎていく。おい、段取り。


―――バンッ!!


「失礼します!」


叩きつけるような勢いでドアを開きつつ、護衛の人と同じ水鳥のマークを付けた布を付けた鎧を着た、おそらく伝令が、会場に走り込んでくる。


「何事かっ」

「大事により、直申をお許し下さい!」

「許す」

「はっ」


伝令は一番偉そうな人の足元で一度跪くと、耳元に口を近付けてごにょごよと喋っている。よほどの緊急のようだが。


「なっ!?」


貴族の人が顔をしかめ、驚きの声をあげたことで周囲も緊迫した空気に包まれる。


「それは、真、なのだな? 誤りはないだろうな?」

「は、しかと。現場からの急使のみならず、アイングラブラスト閣下からも連絡がございました。確実な情報かと」

「なんと……」


貴族の人はあっけに取られ、瞑目し、それからゆっくりと口元を歪めると、皮肉げに笑った。


「くっ、ふはははっ! ははは!」

「か、閣下?」

「これが笑わずにおられようか。つまらん捕り物と思っておったが、やるではないか」

「閣下、まずは……」

「言いたいことは分かるが、それは問題ない。私には宮廷護衛隊が付いておるではないか。それより、うちの私兵に話を通してクルーゼ殿の所に回せ。後は、そうだな。大丈夫だとは思うが、トン将軍のところの様子見も兼ねて誰か回せ」

「はっ」


伝令の人が慌ただしく立ち上がり、場を離れていく。

それを見送った貴族の人が突然立ち上がると、意外なほどの声を張り上げる。


「諸君! すまないが、少し予定が早まったぞ。ネズミ捕り、いや龍狩りは今から行う!」


ざわざわ。一気に困惑が広がり、どういうことだ?だのといったささやき声が飛び交う。


「何を乱れておる? 単純なことだ。彼奴ら、『龍剣旅団』なる反乱分子は挙兵し、この街の監獄を襲撃。次いで代官の屋敷を包囲し、衛兵の詰め所にも攻撃があったらしい。もはや誰憚る事なく、明らかに反逆行為であろう。鎮圧するは時間の問題。なれど、その被害を抑えられかは、諸君らの働きにかかっておる。支度をせよ!」


それに慌てたのが、最前列で作業を指揮していたギルドの職員である。


「か、閣下! 少しお待ちください。この者らは、今日説明を受けに来たため、武装が十分でない者も居ります。使うにしても、今少し計画を練りませんと……」

「ならば貴様が差配せい! おい、ブラント。ここも狙われるぞ。防衛計画を立てろ」

「はっ」


ブラント、と呼びかけられたのは先ほど説明を担当していた鎧の男のことである。やったね、名前がわかったね。


「魔物狩りギルドの諸君! 予定が狂ったが、現在から依頼を開始する。先ほどまとめたチームを単位として作戦を立てる! 代表者を1人か2人決めて、少し前に出てくれるか」


職員の人は汗を流しながらそう宣言し、動き出す魔物狩りたちと入れ替わるように貴族の一団が前の扉から出ていく。

軽くパニック状態になりつつも、すぐに職員の言った通りに代表が前に集まる形になった。


うちのチームは何故か、俺が前に押し出されてしまった。何故だ。


「よし、さっそく始めるぞ。地図を見てくれ」


ギルドの職員が床の上に広げたのは、先程よりも詳細な周辺の地図。


「これを見たことは言い触らすなよ。一応機密に含まれるからな」


そう言いつつ、地図上の一点にミニチュアサイズの旗を立てる。


「ここがギルドだ。だいたい周辺の地形は分かるな? 地図記号で分からないところがあったら、後で訊いてくれ。まずは大枠だが……」


今度は小さな龍を模したような、ミニチュアを取り出して置いていく。


「これが、『龍剣』の拠点や戦力だと思ってくれ。正直、俺たちのところまで正確な情報が降りてきていない。閣下の耳に入った情報は、可能な限り報せてくれるはずではあるが……過度な期待はできん。現在分かっていることは、奴らの最初の襲撃が監獄であったこと。陽動のように各地で衛兵や戦士団に対する襲撃があったこと」


言いながら、脇に控えたアシスタント的な職員がポンポンとミニチュアを配置していく。


「それ以外にも、いくつか大きな部隊が動いているようではある。詳細は不明だ。その1つの作戦目標がここであってもなんらおかしくない」

「……質問をいいか?」


手を挙げて発言してみる。


「いいぞ」

「なんで最初に監獄なんかを襲撃したんだ? さっきの偉い貴族を襲撃するのなら、どう考えても、初撃で奇襲した方が可能性があるだろう」

「そうだな。それは憶測でしかないが、1つは裏を掻いたんじゃないか? 皆がお前のように思うからこそ、逆にそこなら成功すると」

「……なるほど」

「あとは、そうだな。これも憶測でしかないが。襲撃をするにあたって、まず監獄にいた身内の身柄を確保したのかもしれん。その解放自体が目標に含まれていてもおかしくないし、そうすることでその身内を戦力として計算できる。どうだ?」

「説得力はあると思う。ありがとう」

「ま、そんなわけで、時間が経てば経つほど敵の戦力も増していくかもしれん。それに、奴らだけでなく、他の小規模な傭兵団を抱き込んでいるという情報もある。正直、敵の戦力は読めない」


そこで、同じく前に出されていた別のパーティの代表が手を挙げた。


「それで、実際問題どういう方針で動くんだ、俺たちは? 読めないなら、ここを固めるのか。さっきのお偉方の話だと、どうも違うようだが……」

「ああ。諸君らに課せられているのは、ここの防衛ではない。敵の撃破、事態の収拾だ。敵が戦力を分けてゲリラ的に動いている以上、こちらも1つ1つ潰すしかないとは思う」

「どうやってだ?」

「そこが難しいんだ。ここに今、印を置いた情報も少し前のものだし、正確でもない。今、敵の幹部がどこにいるかが絞り込めんのだ」

「なら、いっそ遊撃でやるか? 手柄を立てればその分の報酬ってのが、分かりやすくて良いだろ。 ……というか、報酬ってどうなるんだ? 俺達はその辺の説明もなしに、ここに呼ばれたわけなんだが?」

「うちも同じだ」

「私も、だな」


代表者たちが次々と同調する。ギルド側のリーダーっぽい人がそれを慌てて止めた。


「報酬は必ず払う。それに、額も低くはないはずだ。そうだな、『龍剣』の団長を捕らえでもしたら、金貨が出ると思うぞ」

「おいおい、団長ってあの? パーティで金貨貰う程度では割に合わねぇだろ」

「あいつら、部隊を分けていたけどさ。部隊長クラスだとどれくらい出るんだ?」

「待て、待ってくれ。とりあえず、報酬の件はすぐにでも閣下に伺いを立てる。最悪、ギルドの手持ちから十分な額を支払う。過去の類似例がないのが厳しいが、ある程度の試算なら後で出せるだろう。ギルドを信頼してくれ。まずは作戦だ」

「……そうだな」


地図を睨みながら、ここに行った方が良い、こっちはどうだと話が熱を帯びる。

ただ、結局はそれぞれが向かう場所を決め打ちすることは難しく、ある程度幅を持って散らばり、遊撃しながら索敵・撃破するということになっていった。

それぞれのパーティごとに職員が1人付き、手柄の確認と情報のやりとりを担当してくれるらしい。


定期的にギルドの拠点に戻ってきて情報を受け取りつつ、ギルドから指示があればそれに従って動くということに。


「基本的には、ゲリラで動いているやつらを各個撃破してくれ。閣下はああ仰ったが、主力を正面から制圧するのは厳しいだろう。そっちは戦士団の応援を待とう」


ギルドの人はそう締めくくった。

要は魔物狩りギルドの実績として十分な働きをしてくれればいいので、鎮圧に協力して前線で戦っていた、できれば互角に戦っていたという状態になればいいようだ。



それぞれ、組んだパーティごとに向かう場所がおおまかに割り振られたのだが、装備を取りに行く場合はそれが優先された。俺やサーシャたち、テエワラは完全装備で来ていたのだが、ピーターの装備が必要だということで、まずそこを目指す。

ピーターも鎧姿で、得物も剣を持っている。が、対人用の装備ではないということで取りに行くことになったのだ。

ギルドを出る前に、帯同するギルド職員と合流するために少し待ったのだが、まさかの人が来た。


「どこかで見た顔だなぁ?」

「あんたは、えーと、名前は忘れたけど、最初の街にいたおっさんだな」

「おいおい。随分面倒を見てやったじゃないか。ツツムだよ」


ニヒルな笑いを浮かべる背の高い男。ターストリラで模擬戦の相手をしてくれたおっさんである。


「と言っても、こっちも忘れたがな。いや、サーシャちゃんの方は覚えているな」

「そうかよ。それにしても、あんたターストリラにいたよな? 普段はこっちにいるのか」

「いや、あっちで暇していたら駆りだされてね。特別手当が出るかもってんで、喜んで馳せ参じたところだ」

「ふぅん……ギルドの方もこの事態に備えていたったことか」


いや、鎧の人や貴族の人の反応を見るに、この事態は予想外だったが、別のことに備えていたって風だったか。良く分からないからそこは考えるのを止める。


「ギルド職員は連絡役って話だったが、あんたも戦うのか?」

「そんな話だったな。出来るだけ後ろから見とけって話だったが、なんだな。戦闘に巻き込まれたら、戦わざるを得ないよなぁ?」


ツツムはニヤリと不敵に笑う。戦う気マンマンだな。こちらとしては、手伝う気のない奴が来るよりは有難い。


「ああ、仕方ないな。まずはピーターの武器を取りに行くが、いいよな?」

「構わねぇぜ。それにしても、俺はタラレスキンドは疎い方だがよ。『白肌』は知ってるぜ」


ツツムはピーターの方を向いた。


「……光栄だ」

「白肌族ってのは、なんだな。こんなときでも、確かに無表情なんだなぁ」

「そういう種族なのでな」

「そうかい、まっ、ヘラヘラした連中よりは付き合いやすいな」


ツツムは続いて、テエワラの方に向き直った。


「俺は駆け引きみたいのは苦手だ。だからはっきり言ってしまうが、あんたには注意しろって下達があったぜ。なにしたんだ?」

「何もしちゃいないよ、ただ、今回の対象。『龍剣』と比較的繋がりが深かったから、面倒なのさ」

「ああ、そういうね……まぁ、本当に不味い相手なら俺みたいのに任せねぇだろ。一応注意しとけって意味だろうよ。言っとくが、裏切ろうもんなら容赦なくやるぜ。俺は」

「初対面の男に言うのもなんだけど、少しは信用してもらいたいもんだね」

「はんっ、まあいいか」


ツツムはもう、完全装備で剣も握っている状態だ。つまり準備万端。敵に遭遇した時の合図などを軽く打ち合わせて、建物の外へと出撃した。


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