第101話 成金
いつもの鎧姿の上から、新しく買った防寒用コートのようなものを羽織る。
かなり寒くなってきたので、新たに用意したのだ。それは間違っていなかったと確信する。窓から外を見ると、雪がしんしんと降っているのだ。積もってはいないが、見ているだけで凍える気がする。
今は11月の中旬といったところだから、日本の暦で言えば1月半ばくらいか。雪も降るわ。
「出掛けようか」
「はい」
準備万端な従者2人を従え、ギルドへ出発する。
いつも通りしゃっきりしているサーシャに比べ、アカーネは眠そうだ。出発前にマジックシールドの魔道具のメンテナンスを試してもらったのだが。寝る前に頼まれて魔導剣も渡したら、そっちも色々興味深かったらしく寝るのが遅くなってしまったのだとか。
サーシャが叱っていたので、俺は優しい警官役になって慰めておいた。役得ですな。
アカーネはまた馬車で子供の相手をしてもらうつもりなので、そこで寝てても良いんだけどね。
この機会にドン入りバッグも新調して、ドン専用バッグとしてアカーネに運んでもらうことになった。サーシャは残念そうだが、これでパーティの運搬能力がアップする。それだけでも新しいメンバーを入れた甲斐があるというものだ。
ちなみに、アカーネをギルドに入れていないことに気付き、それも手続きしてもらった。もちろん、銀貨10枚の登録料と4枚の更新料が消え去った。ちくしょう……。
まあ、これで晴れてアカーネを狩りに連れて行くことができるわけだ。これから取り返すぞ。
ギルドでブグラクたちと合流すると、北門から出発して旅の人となる。
「おっ」
北門を通り過ぎるとき、どこかで見たものを見掛けて思わず声が出た。
軍のトンデモ兵器こと、移動魔力砲台である。あれ、魔力移動砲台だっけ? ややこしいな。
俺だけでなく、通行する旅人たちの注目を浴びているが、その上で警戒している軍の人たちは当然説明なんてしてくれない。なんだあれは、などと口にしながらも通り過ぎていく光景が続いている。
軍事アピールの意味があるのかもしれないが、せっかくの移動砲台なのに固定砲台にしてしまって勿体ない。
そうは思うが、一方で魔法使いギルドにいたトカゲ顔の人のぼやきを思い出す。
移動砲台としてあちこち連れ回した挙句、「安易に稼働させるな!」という技術者たちの突き上げを喰らった結果なのかもしれない。そんな想像をしつつ、あのときは助かりました、と心の中でお礼をしておいた。
「ふっ」
テヤンが、槍で攻撃を受け止めているうちに、背後に回って剣を振り切る。
身体強化と「強撃」が乗った斬撃が森牙大虎の背を捉え、血が飛ぶ。
併用が難しい身体強化と「強撃」の同時使用であるが、何とか形にはなった。だが、やはりまだ難しいことに変わりはない。ややバランスを崩しつつ、なんとか踏み堪えて、さらに切り返しで斬り付ける。
力を失った大虎に、テヤンの突きがまともに入って息絶える。
ジョブを切り替えて「気配察知」を発動するも、周囲に動くものは感じられない。
「ふう、街道に大虎とはな」
「少し珍しいですね」
早速解体班のサーシャが解体を開始する。
森牙大虎、たしかラムザと狩りに出た際に何度か相手をした、森林地帯に出没する魔物だ。
「虎の魔物か。単独であればそう怖くないが、群れでと考えると恐ろしいものがあるな」
テヤンは自身が仕留めた虎を眺めながら、そうこぼす。たしかに、何度も相手をしているから油断してしまいそうであるが、その膂力と瞬発力は恐ろしいものがある。数的不利に陥って前後から飛び掛かられたりすれば、簡単に命がなくなってしまいそう。
命の危険がない魔物狩りなどそうそう存在しないのだ。
「クイツトに着いたら、新しい護衛を募集した方が良いんじゃないのか? フィリセリアの方でも、魔物に囲まれて危険に陥っていた馬車に遭ったぞ。というか、テヤン達と会う直前の辺りか」
「ほう、そう言えばそんなことを言ってたな。もちろん、クイツトか、その次の街当たりで新しい護衛を雇おうとは思っていたのだが……」
あの、魔法を放ってくるティーモンド達に囲まれたら、テヤンだけで戦えるのだろうか?
そう言えば、ブグラクも一応戦えるとか言っていたっけ。結局、戦っている姿を見ることはなかったが、先の護衛任務の最終盤で大勢の魔物と戦ったときは、なんかしてたのだろうか。
「そういえば、この辺りはこっちに来るときに魔物の群れに襲われた辺りじゃないか?」
「ああ、そうかもしれないな。今遭遇するとシャレにならんな」
テヤンがフラグめいたセリフを吐いているが、さすがに早々ないだろう。ここ、街道だし。
あと、門を出てからやたらと軍の部隊を見掛けるし。
街道を移動している集団もあれば、道脇にテントを張って待機している集団も見た。なにしてんすかね。
「さて、今日の野営はもう少し先でやりたいね」
とはブグラク。
「ああ。ヨーヨー、魔物の素材については最後に清算ということでいいか?」
テヤンに問われたので、それで良いと答えておく。解体は主にサーシャがやってるので、少し色を付けてくれと注文しておいた。
夕方、野営地を決めて設営をはじめる。
今回は食材をあちらが負担してくれるということなので、食事用意の手伝いをしてみる。料理当番は主に子供二人にやらせているらしく、男の子が粗末なナイフや包丁で手際よく食材を切り揃えていた。俺はアカーネや女の子と一緒に、イモの皮むきや肉の下処理なんかをする。
サーシャは解体を頑張ってくれたので免除。
好物のピュコの実をかじるドンを撫でまわしながらこちらを眺めて静かにしている。
内心、ヒヤヒヤしているのかもしれないが、意外にも男の子の料理の手際が良いので大丈夫だろう。
ちなみに、先の護衛任務でも早期警戒装置としての活躍をしたドンさんには、ピュコの実をどっさりと買い与えている。いくらかは異空間にしまっているが、アカーネの担当となったドンさんバッグの中にはドンさんが抱えるピュコの実が何袋も詰まっている。
ちょっとしたピュコの実成金となっている。これまでの活躍を評価したものであり、これからは簡単に買い与えることはないと宣言しておいたら、きちんと計画してちまちまと少しずつ食べ進めているようだ。かしこい。
その様子をみていたらしい子供組が興味を持っていたので、ドンさんにお願いして1粒ずつ分けてあげたこともあったのだが、独特の苦みに渋い顔をしていた。さもありなん。人間にとっては珍味あつかいだからね。
出来上がったのは、トマトベースのスープと堅パン。ほうれんそうのお浸し的な何かを添えて。
美味い。
酸味があるトマトスープは具材として入っている何かの肉の旨味が混ざり、なかなかの風味。そこに堅パンを浸して食うと丁度いい味のハーモニー。ほうれんそうは箸休めに丁度いい。
「少年、料理が上手いな」
「えっ、えーと~、ありがとっ!」
褒められたのが意外だったのか、照れながら反応する。思春期か。思春期だったな。
そんな団らんの時間に、招いた覚えのない客がやってきたのだった。
「誰かあるか?」
顔を見合わせ、ブグラクとテヤンが仕方ないといった様子で食器を置き、対応に出る。
「この馬車の持ち主か?」
「ええ、商人のブグラクと申します。何かご用でしょうか」
「我々は王軍の者である。警ら活動の一環だ」
「身分証を?」
「いや、それには及ばん。ただ、中身を改めても良いか?」
「え、中身を? 商品ということでしょうか」
「商品であるかどうかは問題ではない」
「はあ……」
ブグラクは釈然としない様子であるが、軍の要請ということで少年たちに声を掛け、荷を下ろして見せるように指示した。
勿体ないのでスープをかき込んでから、少し離れた位置から警戒しておく。
状況は分からないが、万が一軍ではなく野盗の偽装であったら……などと想像力を膨らましながら警戒して待機。
40分ほど、荷を降ろしたり開けたり、ときに馬車に軍の者が乗り込んだりしながら、時間が過ぎる。
特に問題はなかったらしく、「もう良いぞ」とだけ告げて軍は去っていった。荷は下ろした状態のまま。
「……はあ、仕方がない。積み直すか」
ブグラクが憂鬱そうにつぶやく。
アカーネやサーシャにも手伝わせながら、テヤンと周囲を警戒する。
「テヤン。こういうことは、よくあるのか?」
「臨検か? あると言えばあるが。ここまで急で唐突なことは滅多にない」
「何か探してたのかね」
「さてな。軍の事は分からないが。賞金首を探していたときに戦士団が臨検をしてきたことはあったな」
「賞金首、ね……」
何にせよ、荷を荒らされただけで、何かを取られたわけでもなかったので、幸運といえる。
その後は特に事件もなく、テヤンと交代で見張りをこなしつつ、平和な一夜を過ごした。
翌日からまた道を北上し、いつか通った街道でクイツトへの道を辿っていく。
途中、たまに武装した軍の一団や少数の魔物に出会うくらいで、これといった事件もなく道中を過ごした。
最中でテヤンと大会での戦い方や反省なんかを話したのだが、1つ興味深い情報があった。
岩っさん、ベスト8の戦いで敗れた相手だが、そのジョブは格闘系の何某かだと思われる。
個人的にはステゴロで戦うことが好きなバトルジャンキーが選択するジョブなのかなと思ったが、一般的なイメージは違うらしい。
超近距離、組打ちでの強さがあるので、あらゆる場所で要人の護衛任務をするような人からは、割と人気なジョブであると。そしてもう1つの特徴として、オーラ系のスキルを使うということがある。
オーラ系は、戦士団の任務で同行したトラーブトスが使っていたような、身体からエネルギーを発して戦いに利用するスキルである。トラーブトスは、それでパンチの射程を伸ばして攻撃していた気がする。
そしてこのオーラ系スキル、別名「魔法使い殺し」と呼ばれたりするとか、しないとか。
オーラを魔法にぶつけて、外に弾いたり消滅させたりするような使い方が容易なんだそうな。
そうなってくると、岩っさんに負けた原因となった、魔法への干渉も多分それが関わっているものと考えられる。オーラを使って何かしたのだろう。
何をしたのか、までははっきりと分からないけれども。思い返せば、ガードの姿勢をすると魔弾が消し飛ばされていたのも、オーラ関係なのだろう。
鍛え抜いた格闘系ジョブは、魔法を相殺し、肉薄して相手を破壊してしまう。まさに魔法使いの天敵と言える。といっても魔法を完全に無効化できるわけでもないので、同じくらいの練度の魔法使いに正面から挑んでも、辿り着く前に相殺しきれなくなって撃破されるのがオチということらしいが。
そこそこの剣技と、それなりの魔法で戦う俺にとっては、結構相性が悪い感じがする。これに関しても、対策を考えておく必要がありそうだ。日々、課題ばかりが増えていく気がする……。
そんな発見もありつつ、6日ほど後の昼過ぎ、一行はクイツトへと到着したのだった。
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「ご苦労さん、これが報酬、確認してくれよ」
「お、ありがとうございます」
こんなときばかりは礼儀正しく、腰を折って銀貨の詰まった布袋を押し頂く。
数えてみると、23枚。
「途中の素材分で3枚追加。特に大きな襲撃もなかったから、特別ボーナスの類は無いが……」
「ああ、異存はない」
本当に何もなかったしね。
振り返れば、一番の大捕り物は初日の大虎だったかもしれない。数体で出て来た亜人が次点。軍に追われていたらしく、ほとんどの個体が当初から矢傷を負った状態で楽に対処できたが。
料理上手の男の子と、働き者の女の子とはアカーネがそれなりに親しくなっていたようだ。お互いにやや涙目になりながら別れを告げている。
「考えてみれば、今タラレスキンドは何かキナ臭いしなぁ。いい時期に抜けたかもしれないな、ブグラクさんたちは」
「うん、そうかもね。ヨーヨーも十分気を付けて」
「ああ、ありがとう。約束があるから一度戻らなきゃならないけど、すぐ狩りに出て山にでも籠るかな……」
野宿はアレだが、ギルドが管理していた拠点ならそれなりに安全を確保できるはずだ。
さすがに狩りの拠点として使っている場所が騒動に巻き込まれることはないはずだ。たぶん……。
「それがいい。さて、ここでまた新しい護衛を集めないとなぁ」
ブグラクは頭に手をやってボヤいている。
テーバ地方に入る前に、今までの護衛が何人か抜けてしまったそうなので、一時的な依頼ではなく専属で護衛してくれる人材を探さなければならないのだ。
さっそく商人組合に寄って情報を仕入れるという一行に手を振り見送って、来た道へ踵を返す。
一応ギルドに寄って伝言がないことは確認したが、タラレスキンドから情報が伝わっていないだけかもしれない。
大会日程が終わってからという話はしたが、案外もういいやとなって俺たちを待っている可能性もある。急いで戻るのだ。
小走りになりながら、先を急ぐ。
鎧を着けて動くのに不慣れなアカーネがひいひい言っているが、良い訓練だろう。頑張れ。
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毎日急ぎ気味で動いていたこともあって、汗もかいた。
そして汗を吸って、ほとんど洗濯もできないまま野営暮らし。さすがに鎧下の匂いが気になるようになってきたころ、タラレスキンドへと着くことができた。
いや、従者2人はもっと前、というか引き返した日あたりから気になっていたらしいが。
あっちで一日くらい羽根を伸ばして、洗濯もすれば良かったかな。
テントと、その他の荷物が詰まったバッグを背負ってなお、小走りで移動できたことに体力の向上を実感する。
ステータスがじわじわと向上していることもそうなのだが、素の能力というか、筋力も順調についてきている気がする。
サーシャはもちろん、アカーネも良く食べるようになったことで、全体的に少し肉付きが改善し、筋肉も増えてきたように思う。
アカーネは村にいた頃は本当にひもじい食生活をしていたらしく、加入当初は肉と甘味を毎日のように食しているのが信じられなかったらしい。
俺の方針というよりは、サーシャによってそう誘導されているという感じではあるが。
そして、狩りだけでなく準備や稽古で毎日のように動き回るので、太るというよりはしっかり肉の引き締まった身体になる。ヨーヨーズブートキャンプである。地球でやっていたらさぞ流行ったことであろう。
戻って来た北門には相変わらず魔導移動砲台が鎮座し、上に乗った杖を構えた兵隊さんがこちらを一瞥し、すぐに視線を外へと向ける。
「帰ってきたな~」
「つ、疲れた~。ご主人さま、宿を、取ろう……」
アカーネが嘆息する。かなり疲れた様子。このヨーヨーズブートキャンプのうちに、アカーネも少しずつだが我々に慣れてきた様子。
サーシャとも話し合って、外向きに従者として振る舞う場面では敬語を使うが、この3人の身内では崩した口調で喋れということにした。
おじいちゃんと暮らしていた頃には、工房の姫?としてチヤホヤされ、村で辛く当たられてからはボッチ人生を送ってきたため、敬語がかなり苦手な様子。崩した口調ということになると、友達に接するような言葉になってしまうが、それで良いということにした。
もちろん、ボクっ娘っぽくていいよねと思ったからである。
ボッチ人生が長かったせいで、どもったりビクビクしたりするクセは完全には治らず、親し気なのにビビってるという謎な感じにはなってしまうが。
「そうだなぁ~。今日くらいはいい宿を取るか」
「やった……!」
「ご主人様、それならば気になる所があるのですが」
「……ほう?」
サーシャが情報提供したのは予想通り、飯が美味いとされる高級宿屋のことであった。相変わらずぶれないサーシャである。
「むむっ? これさぁ」
「はい」
「スラゲプターの揚げ丼じゃない?」
「あ、はい。そうかもしれませんね」
宿を取って、3人で銀貨5枚を支払う。そして部屋に運ばれた飯を食べていたのだが。どこかで食べた懐かしい味がして思わず箸を止めてしまった。
「懐かしいなぁ、たしかスラーゲーで最初の方に食べてたよな」
「そうでしたでしょうか? そうだったかもしれませんねぇ」
なんか、外はカリッと中はジューシーで高級な器に盛られていて。全体的に趣はことなるのだが、味は似たようなものだ。
あっちで食べたのは、下層民向けの激安料理店だったはずだが、こうして全く違う地方の高級宿屋で同じ料理を味わうというのも、不思議な感じがする。
アカーネ―は初めて食べたらしく、かき込むように喰らっているところである。
しかも流石高級店と言うべきか。着いたのが夕方だったので、普通にドンさんが起きていたのだが。アカーネの肩に頭を乗せたドンの姿を認めた受付のタキシード姿の紳士が、ミックスナッツ的なものを与えてくれたのである。
高級な味がするのかは分からないが、ドンさんも満足げにそれを吟味している。
「ギュギゥ~」
どうやら美味しいらしい。今回の任務は安全すぎて出番がなかったが、またよろしくお願いしますぜ、ドン様。ピュコの実の在庫はもうほとんどないらしいので、新しく狩りに出る前に少しだけ出してやるか。
……甘過ぎるかな?
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