第100話 ムキ

ブグラクが銀貨を渡したおかげというべきか、お昼ごはんを食べていってくださいと言われ、孤児院でしばらく待機することになった。

その間、ブグラクと孤児院について話をする。


あのおばあさんが院長で、もう長い事孤児院を運営しているようだ。

パッと見でも孤児の数がかなり多いように感じたが、常に定員オーバー気味で大変だと話していたそうだ。

どうやら魔物狩りが子供連れだったりすることは結構あるらしく、そういった類の人が無念の死を迎える度に孤児が発生してしまうのだという。いろいろと迷惑な話であるが、金に行き詰った貧民が、イチかバチかで挑戦するケースは阻止しようがないのだとか。

ブグラクも、そういった夢を見てテーバに向かう行商崩れを何人か見送ったことがあるという。


「近年出来たという『魔物狩りギルド』は、そういった人間を戦力化する意図もあるのだと商人組合で聞きましたよ」

「ふむ」


なるほど、戦力化か。

最初に説明を受けた際に「魔物狩りの互助・支援」を目的にしていると言われたが、実際に活動してみると魔物狩りが死なないように手厚くサポートするという感じではなかった。あくまで、個人の手に余る煩雑な手続きや情報収集を容易にする程度だ。

実際には、「今まで無駄に死んでいくだけだった連中のなかから、戦力になる奴が出てくるようにする」というのが目的なのかもしれない。

あるいは、挫折してスラムに落ちたり、傭兵団に雑用として吸収されるしかなかった夢見勢を、ちゃんと魔物狩りとして死ぬまで戦うように仕向けているとか。


「それで、どうするんだ? ここには素材はなさそうだが」

「ううむ。一応、素材を卸していた者は判明したが……」

「それが『龍剣』ということ、だろう? 正直に言うが、『龍剣』と関わるなら俺は降りるぞ」


そう先に宣言しておくと、ブグラクは怪訝な顔をした。


「それほどなのか? 素材の交渉をしにいくだけなのだが」

「それほどだ。詳しくは言えないが、ヤバい筋から警告を受けたこともある。関わるな、とな。ブグラクさん、『龍剣』と関わるのは本当にお勧めできない」

「……」


ブグラクは頭に手を添え、考え込んでしまった。


「素材、その黒翔鳥というやつは珍しいのか? 時間があるなら、俺が代わりに狩ることを考えても良いんだが」

「これから、か。少し時間が厳しいが」


ブグラクは微妙な反応であったが、これに反応したのがサーシャ。


「ご主人様、黒翔鳥は魔物ではありません」

「んっ? そうなのか」

「動物に分類されるようです。以前にこの辺りの動物について調べたときにありました。生息域はタラレスキンド南西のあたりのようです。あまり数が出回っていないことを考えると、数は少ないのでは?」

「むっ、そうか」


魔物ではないということは、戦力としてそこまで脅威ではないことになる。それで出回っていないということは、そもそも数が少ないということだろう。


「それに、魔物ではないとなりますと、狩猟組合の管轄になるのかもしれません。魔物狩りギルドのギルド員でも、自由に狩ってはいけない可能性が高いでしょう」

「それも、そうだな」


調べてみないと分からないが、かなり面倒な手続きが必要になるかもしれない。


「……今から狩るというのは少し厳しいものがあるだろう。ブグラク、今回は縁がなかったと考えるべきではないか」


口を挟んだのはテヤン。ブグラクも諦め顔になった。


「ここまで来たが、収穫なしか。仕方ないな。素材は色々揃ったから、そっちで儲けを出そう」

「ああ」


そういうことで素材のことは流れ、孤児院でしばらくの歓待を受けた後、ギルドまで彼らを送って任務終了することとなった。



「こちらへどうぞ」


おばあさんと同じような制服を着た、孤児院の職員らしき女性に連れられて、中庭へ案内される。

長机が出され、焼いたり炒めたりと簡単な調理がなされた様々な食材が順番に運ばれてくる。簡素な食事だが、どこかバーベキューのような風情がある。

全体的に肉が少なく、イモ類を焼いたものが半分以上であったが。

孤児院としてはそれなりに贅沢なメニューらしく、同席した子供たちは分かりやすくテンションが上がっていた。



食後、子供たちにねだられ、軽く稽古を付けることに。またブグラクを見て助けを求めたが、付き合ってやれと言われてしまったので仕方がない。

木剣を構えて、威勢よく振り下ろす少年。タイミングは見え見えで、膂力も弱いので簡単にはね返すことができた。それを見て周りの少年・少女が一斉にかかってくるが、順番に力ずくで返す。


「おっちゃん、意外と強いな」


最初に飛び掛かってきた少年が悔しそうに言う。


「一応、現役の魔物狩りだからな」

「りゅーけんにも入れない雑魚のくせに~っ」

「……あのな、子供に言い返すのも空しいが言っておくぞ。入れないんじゃない、入らないんだ」


なんか物凄く負け惜しみ臭がするセリフになってしまったが、事実は事実だ。

だが子供たちには受け入れられないらしく、うそだ~っと声を揃えて抗議される。

むかついたので殺傷力のない魔弾を乱射してうっぷんを晴らすも、年少の子を中心にそういう遊びとして認知されてしまい、手合わせに参加していなかった子供まで乱入してきて遊び始めてしまった。漫画を真似ての必殺技ごっこを披露すると一層受け、盛り上がる。

魔弾遊びは子供たちに受けがいい。


子供サイドは小石を投げて反撃してくるようになり、いつの間にか鬼ごっこ+サバゲ―のような混沌とした遊びに夢中になってしまった。


「ヨーヨー、そろそろ」

「あっ、ああ。ついムキになってしまった、ははは」


ブグラクに促されて子供たちに終了を告げ、解散する。

子供たちは泥だらけになりながら、また来いよなどと生意気な口をきく。


「あの……」

「ん?」


院長さんにも改めて挨拶をし、いよいよ孤児院から辞そうとするタイミングで、昼飯を運んでくれていた女性が物陰からこちらを伺い見ていた。

周囲には聞かせたくない話かと思い、こちらから物陰に寄って小声で対応してみる。


「どうした?」

「あの、先ほどの話。盗み聴きする気はなかったんです。ですけど、聴こえてしまって」

「先ほどの話?」

「……皆さんだけで話していたときの。あの、龍剣の」

「ああ」


どんな話をしていたのだっけ、龍剣がやばいという話をした記憶はあるのだが。


「龍剣のみんなは……それほど大変な状況なのですか?」

「……」

「たまに会っても、詳しい話はしてくれなくて。団が大きくなって、仕事も増えて、忙しくなって、それだけだと思ってきたのですけれど。同じ魔物狩りの方が、関係したくないというほどに何かまずいことをしているのでしょうか? だ、大丈夫なのでしょうか? 皆!」

「どうどう、落ち着け」


両手で抑えるようなジェスチャーでそう促しつつ、考えを巡らせる。


「どう答えたものかな。そもそも、俺は個人パーティでやってるハンパものだから、中途半端な情報しか持っていない。鵜呑みにしないで、彼らに訊いてみてほしいのだが」

「……はい」

「その上で知っていることを言うならば、だ。『龍剣』が他のパーティと揉めてる現場に居合わせたことがある。そのときは知らなかったが、あちこちでやってるみたいだな。それで、多少警戒しているというのが1つ」

「なんで、そんな、そんな……」

「もう1つは、俺も良く分からない所なのだが。『龍剣』はやばいから関わるな、という話を聞いた事が何回かある。それも、いろんな立場の人からそれとなく言われた。何か大きなトラブルに巻き込まれているのだろうと判断した。さっき言ったが、俺も個人パーティで動いていて後ろ盾となるものがない。だから、その辺は慎重にいきたい。だから関わりたくないと言ったまでだ。実際に、どうなっているのかはわからん」

「……」

「全然問題なく、俺の考えすぎだったってことも十分ありえる。理解したか?」

「ええ……でも、火のないところに煙は立たないと言います。きっと、何か大きなトラブルに巻き込まれているのでしょうね」

「さあな」

「あの、こんなことをお願いするのは、筋違いと言われても仕方のないことなのですが」

「なんだ?」

「彼らを……『龍剣旅団』を、助けてやってはくださいませんでしょうか。もし、本当にトラブルに巻き込まれていて、大変な目に遭っているとするならば、でいいのです。トラブルを解決して欲しいなどと言うつもりはありません。彼らを少しだけ、ほんの少しだけ、背中を支えて下さいませんでしょうか」

「……」

「他所の方から見ると、怖い人たちだと思うかもしれません。厄介なトラブルの元だと思うかもしれません。でも、本当は皆、弱くて、意地っ張りで、優しくて。そんな子たちばっかりなんです。きっと話してみれば分かると思うんです。悪い子たちではないんですっ!」


そんなこと言われてもな。根が良い人だろうが悪い人だろうが、トラブルメーカーと関わる気はしないぞ。そうストレートに言える雰囲気でもないが……。


「約束はできない。彼らなりに背景があることは分かったが、俺はしがない個人傭兵だぞ? あまり期待しないで欲しい」

「そう、ですよね……はい。失礼しました、取り乱してしまって」

「ああ。あんたも、思い詰めすぎないようにな。俺たち庶民にはできることに限りがある」

「……そうなのかもしれませんが」

「では、俺は護衛任務の続きがあるのでな。失礼する」


そう言って半ば強引に話を終わらせる。

ブグラクたちは挨拶を終え、入り口で雑談して俺を待っているようだ。急いで向かわなければならないのは本当なのだ。




ギルドの待合室にて。

ここまで護衛することで、今日の任務は無事終了となる。

報酬の手渡しと確認も終了し、まったりと雑談タイムをする。


「ブグラクさん、ここでやりたいことは全部やったんだろう? すぐに外に帰るのかい?」

「ああ、そのつもりだ。……ああ、そういうことか。ヨーヨー、また護衛を依頼できるかな?」


むっ。そういうつもりでもなかったのだが、言われてみれば、そうか。

このまま流れで護衛任務というのもありだな。


「サーシャ、どうだろう?」

「はい。クイツトまでの送り迎えでしたら、二週間ほどで帰って来られるはずですから、大丈夫です。ですが、その間に自由型の決勝戦が見られなくなってしまいますが、よろしいのですか?」

「ああ、いいだろ。知り合いが出ているわけでもないからな」


岩っさんは一応顔見知りにカウントして良いのか。いい人だったし決勝に残っていたら応援しても良かったが、そのために依頼キャンセルするほどの関係はない。

自由型ではないが、ピーターが残っていれば応援したかもしれないが、敗退しちゃったからなあ。


「それに、闘技大会は見るより出た方が楽しいわ」

「はっはっは、何とも参加者らしい意見だな」


ブグラクが愉快そうに、出っ張った立派な腹を叩きながら笑い出す。


「で、護衛をするならテエワラも探しておくか? あ、報酬はどんな感じになるかね?」

「報酬は前と同じ。銀貨20枚でどうだい? テエワラさんを誘うかどうかは、君に任せるよ」

「いいのか? テエワラがいなくても同じ値段ってことになるぞ」

「一応これでも、闘技大会はチェックしていてね。ヨーヨーがそれなりの手練れってことも把握したからね」

「ああー、自由型も見てたのか」

「直接観戦したわけではないけれど、勝敗表に見知った名前があったからつい色々聞いてしまってね。活躍したそうじゃないか?」

「まあ、な。自由型のルールに助けられたところは多々あるが」


殺傷力のない魔弾が有効打として認められたところが大きかった。それがなければ、遠距離の撃ち合いでも勝てないことになって苦しい戦いになっていただろう。

ガバガバルール万歳。不利だったこともあったけども。


「そういえば、これから色んな種目のベスト4とか決勝があるわけだろう? 見なくて帰るんだな」

「そうだねぇ、観光だったら是非とも観戦していきたいところだけど。今の私たちにそんな余裕はないよ。この時期のテーバが色々儲かるってことが分かっただけでも、収穫さ」

「へぇ、儲かるのか」

「うん。おそらく、食品の類は飛ぶように売れるし、他にも儲けが出そうな商材は目星をつけたよ。敷居が高い分、リターンも大きい感じだよ」


なるほど。魔物だらけという風評が、商人の足を鈍らせ、その分フロンティアとして残されているということか。個人商人のなかにも、テーバに夢を見て野に散る人達が一定程度いそうだなぁ。


魔物狩りの聖地、闇が深い。


「さて、そうと決まれば準備だ。そうだな、明日午後出発くらいでどうだい?」

「ああ、いいぞ」


仕事があっさりとまとまり、なかなか幸先がいい。

俺たちも、色々と装備品チェックなどして準備しないとだな。




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