第99話 羽根
会場から出ると、観客席から抜けてきたらしいシュエッセンに突撃された。後ろからサーシャとアカーネ、それにピーターもいる。
「おつかれさん!」
「おう。なんか、負けたけどファイトマネー貰えるんだな」
去り際、ファイトマネーおじさんを無視して外に出ようとしたら、慌てた様子で「金受け取らないのかよ!?」と声を掛けられた。もらえた金は、銀貨12枚と銅貨がじゃらじゃら。
初戦突破したときよりも額が大きい。
「あくまで戦ったことに対する対価だからな。端金だが、ベスト8ならそこそこもらえたんじゃないか」
流石のベテラン参加者ピーターがそう言う。銀貨12枚とちょっとが多いのかどうかは分からない。
「それなりだったな。今日はピーターも応援してくれていたのか」
「予定より早く負けてしまって、暇だったからな」
予定では今年こそ決勝進出するつもり満々だったそうだ。
ドンマイ!
「そうだ、大会期間直後くらいにラムザと狩りに出る話があるんだが、乗らないか?」
「ほう」
今日は屋台で食い物を調達し、いつもより人通りが多い広場で話す。
色んな場所に机と椅子が設置されているので、座る場所に困ることはなかった。前の客が置いていったらしいゴミを片付ける必要はあったのだが。
「狩りの話、我々も参加しよう。報酬は利益の頭割りか?」
「基本そう考えてる。うちのアカーネはまだ戦力として半端だから、半分ってことでどうだ?」
「それで構わん。人数も増えるし、大物を狙えるな」
「……前のアーマービーストも大物じゃなかったか? あれ以上を狙うのか」
「まあ、また大物を狙えるな。アーマービーストでも良いが、どうする?」
「アーマービーストは儲かったなぁ。サザ山なら、南か西が良いんだが。アーマービーストくらい儲かる奴は何か知ってるか?」
「難しい質問だ。大物狙いなら、あまり同じ物を狩っても値崩れの危険がある。最近狩られていない獲物を狙えるといいのだが」
「ふむ。じゃあ、大会終了までに情報収集しておいて、ラムザも交えて決めるか。何か狙わずに、場所を決めるって手もあるのか?」
「ああ、それもいいな。ではまた機会を作って決めるとしよう。それまでは観戦と小銭稼ぎでもしている。大会出場者ともなれば、多少は需要もあるのでな」
「へぇ、俺も需要あるかな?」
「……どうかな。自由型は少し難しい」
「そ、そっすか」
「だが試合内容を見れば、優れた魔法使い……いや、臨機応援な、か? 何にせよ実力があるのは伝わったはずだ。引く手数多とはならずとも、引き合いはあるだろう。仕事にもよるだろうが」
ピーターが長文でフォローしてくれている。無表情だがやや早口だ。困らせるつもりはなかったのだが。
「そうだな。……おや?」
言葉を探していた俺の目の前を、完全武装した一団が通り過ぎた。
見た所、ここの衛兵っぽいが。
「何かあったかな?」
「客が喧嘩でもしていたかな」
そうだなぁ。
ありそうだ、まさに外からの客に喧嘩を売られた人がここにいるもの。
衛兵たちが忙しそうにしている以外では、鎧姿の人、ターバンを被った人、デートをしている男女、色んな人が穏やかに過ごしている。季節もすっかり冬めいて、肌寒い日が続くが、今日は良く晴れて白い陽光が気持ち良く。街は活気に溢れている。
せっかくのお祭り期間であるし、しばらくのんびりと過ごすか。街中での仕事も1つくらいやってみよう。
************************************
「さて、と」
宿のベッドにて。
久し振りにゆっくりと寛ぎながらステータスを点検している。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(21↑)魔法使い(16↑)剣士(14↑)
MP 26/41
・補正
攻撃 E-(↑)
防御 G+
俊敏 E
持久 F
魔法 E+
魔防 E-
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
斬撃微強、強撃
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ
隷属獣:ドン
*******************
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(21↑)魔法使い(16↑)警戒士(12↑)
MP 31/46
・補正
攻撃 F-
防御 F-
俊敏 F
持久 F+(↑)
魔法 D-(↑)
魔防 E-
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
気配察知Ⅰ
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ
隷属獣:ドン
*******************
大会参加前と比べ、『干渉者』『魔法使い』『剣士』『警戒士』がそれぞれ1レベルずつアップした。
新たなスキルはないが、着実に成長中である。
『魔法使い』+『剣士』の魔法剣士タイプは、攻撃補正が一段階上がり、よりバランス型に。
スキルも『剣士』の「強撃」が使いやすくて良い。
ネックは全然成長しない防御。
『魔法使い』も『剣士』も防御補正が全然伸びないイメージはあるので、予想通りと言えば予想通り。防具の刷新を目指す他には、防御魔法を磨くしかあるまい。
『魔法使い』+『警戒士』も、『警戒士』が成長して使いやすくなってきた。
ステータス的には「魔法」が抜きんでている魔法戦タイプ。おそらくそこは『魔法使い』の特性なので、『警戒士』自体は平均的にステータス補正が上がるジョブなのだろうと思う。
せっかくなので、最近あまり選択しない組み合わせもチェックしてみる。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(21)魔法使い(16)魔銃士(11)
MP 31/46
・補正
攻撃 F-
防御 G+
俊敏 F+
持久 F-
魔法 D
魔防 E-
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
魔撃微強、魔銃操作補正Ⅰ
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ
隷属獣:ドン
*******************
『魔銃士』アリヴァージョン。最近は魔銃はワンポイント的な使用なので出番は多くない。
ましてや、大会中は武器を持参できなかったので魔銃を使うことはなく、必然選択の余地なし。
ステータスとしては第3ジョブが『警戒士』のときと似ているが、全ての組み合わせのなかで「魔法」のステータスが最も高いのはこれ。
*******人物データ*******
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(21)魔法使い(16)隠密(3)
MP 23/38
・補正
攻撃 G
防御 G
俊敏 F-
持久 F-
魔法 E
魔防 E-
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ、獲得経験値増加
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
気配希薄
・補足情報
隷属者:サーシャ、アカーネ
隷属獣:ドン
*******************
『隠密』を選択したとき。
レベルが低いだけあって、さすがにステータスは控えめ。
少なくともレベル10程度までは育てたいが、なかなか機会がない。街中での隠れん坊だけではなんともね。狩りでの探索中にでも、積極的にジョブを入れ替えて使ってみることにしよう。
従者2人については、アカーネだけレベルが上がった。毎日のように魔石をいじっている成果だろうか。
*******人物データ*******
アカーネ(人間族)
ジョブ 魔具士(15↑)
MP 20/20
・補正
攻撃 G-
防御 G-
俊敏 G-
持久 G
魔法 F(↑)
魔防 F-
・スキル
魔力感知、魔導術、術式付与Ⅰ、魔力路形成補助
・補足情報
ヨーヨーに隷属
*******************
「魔法」の補正がアップ。やはり『魔具士』も魔法戦タイプか。
……うーむ、後衛ばかりが増えていく!
しばらくはテーバ地方で狩りを続ければ、ピーターやラムザといった頼りになる前衛とパーティを組めるだろう。ただ、ラムザは正式には引退しているらしいから、あまり引っ張り出すのも憚られる。ピーターは時期が来ればテーバ地方を離れるだろう。
今のうちに稼げるだけ稼いでしまおう……。
テーバ地方から離れるなら、ピーターにくっついて出て行っても良い。それでしばらくは前衛不足を解消できるかもしれない。あっちが嫌だと言わなければ。
あるいは、魔物狩りギルドの「仲間紹介」の機能をまともに使うときが、ついに訪れたのかも。
他にも知り合いは出来たとはいえ、狩りに誘えそうなのって……魔法使いギルドの面々くらいか。テエワラ姐さんは大会期間中以外は良く組む相手がいると言っていたから、組んでくれるか不明。研究バカのゲバスは、上手い事言いくるめれば参加してくれそう。
でもどっちも、バリバリの後衛戦力なんだよなぁ。
前は後衛だけで戦うのもありなのでは、と思っていたりもしたが。
実際にテーバ地方で戦ってきて、そしてテーバ地方の戦士・傭兵たちを目の当たりにして、その考えは揺らいでいる。
特に防御職は、単に攻撃が通じないというだけではないということ。ラムザのように、敵の意識を引き付けたり、良く分からんスキルで拘束したり広い範囲を守ったりできるというのを確認した。
そうなると、やはりパーティに1人いると全然違うな~とは実感する。
むさくるしい筋肉男奴隷を加えたくはないが、命には代えられない。それも選択のうちだ。ただ、前衛で実力のある防御職など、どこでも欲しがる人材だろう。果たして、買えるものか。そもそも、そう都合の良い人材が見つかるものか。
うーん。
せめて、防御職でなくとも、前線で立ち回れる戦士系のジョブが1人は欲しい。
そのためにもお金が要る。
結局そこだな。お金を貯めよう。
明日は街中での仕事を探しに、ギルドに行くか。
************************************
明くる日、起きたらすっかり陽は登っていて、二人を連れてギルドに同伴重役出勤。
何かいい仕事はないのかね、チミィ。と職員に絡んでみたところ……。
「うーん、今日明日の仕事かい? それで対価が良いの? そんなもの、朝早くに捌けちまってるんじゃないかねぇ」
職員の三つ編みおばさんは難しそうな顔をしてそんなことを言った。ちなみに、頭の上に兎っぽい副耳がある。もしかしたら、うさみみ受付嬢として(俺の中で)名高いイリテラさんと血縁関係があるのだろうか。
「一応、明日からの仕事ならこっちにまとめてあるよ。条件が色々あるから、自分で探してみな」
「あ、はい」
渡された書類の束を抱えて備え付けの席に座り、手分けしてチェックしていく。
護衛の手が足りないから増員したいだの、あの素材を狙ってきたのに売ってないから取ってこいだの、テーバで狩りをしてみたいから案内しろだの。色々あるみたいだが……。
「なんか、ギルド在籍何年以上とか、タラレスキンド在住何年以上みたいな条件が多いな?」
「はい、そうですねぇ。やはり、テーバ地方に慣れている者に頼みたいという心理の現れなのでしょうねえ」
「……仕方ない、情報だけ出しておいてもらって、待つか」
緊急の依頼はこうして依頼側が情報を残しておくこともあるが、逆に依頼待ちのパーティの情報を残しておいて依頼者がそれを見て依頼先を決めるというパターンもある。重要度が高い相手の場合、受付が判断してマッチングすることもあるそうだが、声が掛からなかったということは俺の場合特にないのであろう。仕方ないので自分の情報を残し、アプローチを待つことにする。
「金は欲しいが、今は切羽詰まっているというわけでもないからな。やれることをやりながら、待ちに徹しますか」
「そうですねぇ。一日銅貨40~50枚程度の仕事ならありそうなのですが」
「贅沢を言うようだが、今更銅貨仕事はなぁ……。それなら近場に狩りに出てた方が精神的にも楽だ」
「そうでしょうか?」
そうなのだ。ギルドで情報を残してリストに載せてもらい、銅貨数枚の手数料を払って宿への伝言を頼む。これで、照会があれば、タイムラグは多少あれど連絡が来るようになるわけだ。一応、毎日依頼がないか見に来る気ではいるのだけど。
************************************
結局、依頼を出してから連絡があったのは2日後。その間、アカーネのために筋トレメニューを考えたり、分かる範囲で戦闘・探索での立ち回りを教えてみたりと細々とやっていた。
伝言を受け取り、ギルドの待合室に向かうとそこにいたのは、見知った顔が2つ。
「来たか」
「テヤンに、ブグラクさん。しばらくぶりだな」
大会前に護衛依頼を熟した個人商人たちである。
それなりに日数が経っている気がするが、まだここにいたらしい。
依頼は、街中での護衛。2人以上のパーティで合計銀貨2枚が報酬。
まあ、それなりだ。見知った顔でもあったので、受けることにした。
「商人組合や行商ギルドで紹介された傭兵団も捕まらなくてな。困ったよ」
ブグラクが脂ぎった顔を撫でる。口には苦笑が浮かんでいる。
「傭兵団?」
「あー、『龍剣旅団』とか知っているかね?」
「……龍剣かよ」
よりによって。いや、大きな傭兵団のようだから、推薦されるのも妥当なのか。
というか前にテーバ地方の情報として一応名前を教えた気がするのだが、覚えていなかったようだ。
「魔物狩りギルドを通じて依頼するかと思ったら、見知った名前がね。知らない人よりは安心だから依頼させてもらった」
「なるほどな。正直、タラレスキンドに長いわけじゃないから、アレなんだが……。まあ、頑張るよ」
護衛の舞台となるのは、ここから北に行った区域にある住宅街周辺。ぶっちゃけ、半分スラムみたいになっている貧困区だ。探し物のために、その辺りに行かねばならないらしい。
既に持ち込んだ品は売り切ったが、逆に外に持ち出すための魔物素材の流通が滞っており、フリーマーケット的なところで掘り出し物を探す必要もあるという。大変そうだ。
というかだ。その流通が滞ってる原因って、おそらく『龍剣』がギルドの邪魔をしているせいだと思うんですけど。
商人組合とやらは、その辺を分かっていて推薦しているのだろうか。
アカーネは宿に置いてきたので、貧困地区に向かうのは4人。護衛隊商となるブグラクを中心に、前にテヤン。後ろ左右に俺とサーシャが展開する形。
気配察知を展開しながら、後ろから襲われないように注意しよう。
まあ魔物と違って人を見れば襲ってくるなんてことはないだろうから、基本は大剣をこれみよがしに背負いながら威圧するのが仕事だ。
いくつかの門を潜り、北の貧困地区へと踏み入れる。ここはまだ来たことがない。ブグラクの指示でまず市に向かう。道脇に風呂敷を広げて、思い思いの物を並べてある露店スタイルである。屋台を持ってきて商品を並べる者も多く、中央アジアや南欧あたりの市場を彷彿とさせる。
ブグラクは何度か立ち止まりながら商談をする。見た所、食品系をまとめ売りしているような所が多い。後は、何に使うか分からないような魔物素材。こちらは同じ物をまとめ買いするわけではなく、バラバラな素材を適当に買い込んでいるようだ。
「うーん、とりあえず仕入れはぼちぼちかな。探し物の方に移ろう」
「了解」
大通りから離れ、どこかへ向かって歩いていく二人を、警戒しながら追いかける。
「向かう先が決まっているのか?」
「そう。手掛かりを一応聞いてきていてね……と。ここだ」
ブグラクが一軒の建物の前で止まり、確かめるように上を見上げた。
「うん? ここだと思うんだけど」
「ブグラク、こっちだ。イース商店だろ?」
テヤンが、建物の脇に隠れた、地下へと向かう階段を指し示した。たしかにその脇に小さく、「イース商店」と書いた小さな看板がある。
「ああ、そっちか」
ブグラクは戸惑うことなく、その階段を下っていく。物凄くアングラな感じがするが、ためらいがない。
仕方ない、俺も行くか。
「っしゃいませー」
やる気のない感じの挨拶が聴こえて、ブグラクが朗らかに話しはじめた。
「こんにちは。行商ギルドのティスの紹介なのだけれど」
「あー、商談か? 儲け話なら歓迎するぜ」
店の主人は、背の小さいおっさんのようである。
いや、良く見るとあれは、小鬼族とか呼ばれていた種族じゃないかな?
「探し物でしてね。黒翔鳥の羽根を仕入れているところを訊いたら、ここでたまに扱うと教えられたのだけれど」
「あー、お客さん。すまないなぁ。今はないんだ」
「ない、か……」
「あれはたまに売りに来る奴らがいて、それを流しているだけなんだわ。最近はとんとご無沙汰でね」
「ううむ。そうでしたか」
「どうしても必要なのかい?」
「ええ。テーバの方に向かうと話したときに、是非にと頼まれた品でして。何とかして揃えたかったのですが」
「ううん、そうかい。こういうのはどうだい? ここの素材をうんと買ってくれたら、いつも羽根を下ろしに来る連中の場所を教えるよ。もしかすると、売ってない素材があるかもしれないぜ」
「ふむ。……いいでしょう。在庫のリストなどありますか?」
「おうおう、ちょっと待ってな」
小鬼族のおっちゃんが紙を持ってきて、ブグラクと丁々発止のやり取りを始める。
飽きてきたので、背後を警戒する態で後ろを向き、置いてある素材を眺める。
おっちゃんの座っているカウンター席以外は、ほとんど素材が無造作に載せてある棚が占めている。爪や羽根、毛皮といった分かりやすいものから、目玉や内臓を何かに漬けたものなど、怪しい雰囲気のものもある。
30分ほど経って、商談がまとまったらしく、ブグラクがサンタクロースよろしく大きな袋を担いで立ち上がった。ここでも素材を色々と買ったようである。
「次はどこに向かうので?」
「素材を卸している場所を教えてもらったから、そこに行こう。少し先だね」
またブグラクを囲うようにして隊形を組み、小さな路地を進む。
うつろな表情で座り込んだ人達や、枠だけの窓から覗いている子供。様々な視線を感じる。
「ここかな?」
「多分そうだろう」
ブグラクがテヤンと話しているのを聞いて、立ち止まった先の建物を見る。建て壊し寸前のボロアパートといった風情の建物。
「ごめんくださーい」
呼び鈴を鳴らしてブグラクが大声を上げる。
「はーい! ちょっとお待ちになって下さいな!」
建物の中から怒鳴るような返事が返ってきて、しばらく。ドアがきしむ音を立てて開き、中からおばあさんが姿を見せた。
「あら? どちらさまでしょう」
「突然のことで失礼ですが、フィゲル孤児院でしょうか?」
「ええ、ええ。ここがそうですよ」
「表札がないので少し迷いましたよ、ハハハ。今日うかがったのは、この院が素材屋に売っているというものについて話を聞きたかったのですが」
「素材屋ですか? まあまあ。それはおそらく、ここを巣立った者たちが送ってくれる物のことだと思いますわ。あ、ここでは何です、中にお入りになられますか?」
「では失礼して」
ブグラクが中に入り、テヤンと俺たちも続く。
大きなテーブルと、革の禿げたソファーのある大部屋へと通される。途中で小さな子供たちがこちらを覗いているのに気付いたが、目が合うときゃあきゃあ言いながら引っ込んでしまった。
今日は不気味なヘルメットはしていないはずだが、怖がられてしまったか。
「元気な子供たちですな」
ブグラクが話を振る。
「そうですねぇ、元気過ぎて大変な位です。でも最近は少し厳しくて」
「ここは私設なのですか?」
「そうですよ。一応、代官様から援助金も頂いておりますが、わずかなものです」
「そうですか、それで出身の人達が援助してくれるというわけですか」
「有難いことに。出身ではない傭兵の方で、援助してくださる方もいらっしゃいます。それでなんとか成り立っているのです」
おばあさんはにこやかに、穏やかにそう話す。それを聞いて、ブグラクが銀貨袋を取り出した。
「これは気持ちですが……」
「あら。催促したみたいで申し訳ないわ」
「いえいえ。子供たちの小遣いにしかならないような金額ですがね」
それから今度はブグラクが、黒駆鳥の素材を探していることや、心当たりがここしかないこと、見つからないと大変困ることなどを悲劇のような語り口調で話しはじめた。
おばあさんは大変同情した……ような素振りを見せるも、素材のことは詳しくなく、持ってきてくれたものを若い者に任せて売っているだけだと説明する。
そんなやり取りをぼーっと眺めていると、部屋の入り口に子供が数人隠れて見ていることに気付いた。
本人たちは隠れているつもりなのだろうが、頭が普通に見えているのはバレバレだ。ばっちり目線を合わせて「ばれてるぞ」アピールをすると、諦めたのかぞろぞろと出て来て話し掛けてきた。
「なあなあ。おじさん、魔物狩りなのか?」
答えていいものかとチラリとブグラクの方を見るが、特に気にもせずに話を続けている。
テヤンを見ると、興味なしといった風に目を逸らされた。
「そうだが」
「やっぱりなー! りゅーけんか? りゅーけんの新入りなのか?」
「あ? 龍剣? なんでその名前を知っている」
なんかつくづく、龍剣と縁がある気がして気が滅入る。まさかここでその名前が出てくるとは思わなかった。
「違うのか? 敵か? 敵なんだな!」
「はぁ? ブグラクさん……」
助けを求めてブグラクの方を向くと、その向かいにいたおばあさんとばっちり目が合った。
おばあさんは神妙な表情をして語り始める。
「……今はお掃除の時間でしょう? 戻りなさい。そちらのお兄さん、気を悪くされたなら申し訳ありませんね。後でよく言い聞かせますから」
「いや、別に気を悪くしたわけでは。ここで『龍剣旅団』の名を聞くとは思っていなかったものですから」
「……そうですか」
しばしの沈黙。耐えかねてつい訊いてしまう。
「ここは、『龍剣』と関わりが深いのですか?」
「ええ。まあ。『龍剣旅団』の団長は、ここの出身なのです」
「ええっ」
「ご存知ありませんでしたか。結構有名ですよ、この界隈では。それは誇らしいことでもありますが……子供たちが巣立って、旅団に加わって命を散らしていくのは正直、口惜しくもあります」
「そう、だったんですか。知らずに込み入ったことを聞いてしまった。すまない」
「いえ、いいんですよ。最近はあの子たちも組織が大きくなって、色々と忙しくなっているみたいで。それで魔物素材もあまり、渡しにこなくなったのです。代わりに、現金を送ってくれるようになったのですが」
「なるほど」
ここに魔物素材を送っていたのは『龍剣』だったのか。
あー。何か、繋がったわ。
闇ギルドの人が言っていた、「ガキどもの相手をしている」みたいな発言は、孤児院出身の集団と知っていたからの発言か。
そして彼らが街中をパトロールしている理由として「地元だから」と言っていたのは、活動拠点という意味だけではなく、文字通り生まれ育った場所ということだったのか。
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