第98話 岩

今日は生憎の雨模様。

小雨程度だが、濡れたままというのも嫌なので合羽のような防雨装備を着込み、闘技会場へと繰り出している。

今日はシュエッセンとは別行動。たぶん、会場のどこかにいると思われる。


会場では、ピーターが金髪の女性と顔を合わせている。

髪を後ろでまとめ、ポニーテールにしている。大会では、髪の長い女性はああするのが普通なのだろうか。

これで勝てばベスト16に入るという試合。相手は、この試合から参戦するスーパーシードと呼ばれる参加者。かなりの強敵なはずだ。


試合開始の合図とともに、剣を倒して構えるピーター。

これに対し、自然体のまま向き合う金髪女性。

顔まではよく見えないが、肩が筋肉で盛り上がっているのは分かる。華麗な女剣士というよりは、アマゾネスファイターという雰囲気。剣士をやってたら多少なり筋肉も付くだろうし、そうならないと不自然なのかもしれないけれど。


間合いを図る1分強の睨み合いの末に、飛び込む女剣士。

それを双剣でいなしつつ、反撃の隙を図るピーター。女剣士は、一度も後ろに下がらずに斬る動作を重ねていく。まるで格ゲーのコンボのようだ。完成された型の演技を見ているような、自然で流れるような美しさがある。

双剣であるピーターの方が手数という意味では有利なのだろうが、それを感じさせない戦いになっている。なんというか、文字通りの手数を覆すほどに身体能力に差がある。ピーターが1動く間に、女剣士が1.5くらい動いているように見えるというか。


くるりと身を翻した女剣士が、そのまま一回転してピーターの逆を突く。腹に一撃をもらったピーターの方が先に後ろへと身を引いた。再び始まる、間合いを図る間。


女剣士がゆっくりと剣を持ち上げ、踏み込む。

と、ピーターの身体がぶれて、打ち下ろしを躱し一瞬のうちに迫る。

決まったか、と思った瞬間、吹っ飛んだのはピーターであった。女剣士は左の拳を振り上げるような姿勢で、そこからピーターを追撃するように前に出る。

どうしようもなく、剣で滅多打ちにされたところで、勝負ありと宣告された。


「うーむ。今、女剣士の方が殴ったように見えたが? 剣の試合でアレってありなの?」

「良いのではないですか? 昔、剣を習ったときも、拳で反撃することは許されていましたよ」

「そういうものか」


あくまで実戦に根差した闘技大会だから、武道あるいスポーツとしての剣道なんかとは意味合いが異なるのかもしれない。

最後は一応、剣で打つまで決着していなかったし……。


それから、別の試合もきっちり見てから外に向かう。

前は割とすぐに出てしまったが、今日は普通に観戦客である。金を払った分楽しませてもらった。

試合結果に一喜一憂する前の席のおっさんたちが楽しそうだった。俺も公式の賭けってやつを試してみるべきだっただろうか。ギャンブルは負けるイメージしかないから買わなかったのだが。


さて、午前の試合が一段落して観客もぞろぞろと外に向かう。

その流れに乗っていると、見知った姿が上を通り過ぎていったので声を出す。


「おうい、シュエッセン!」


一度通り過ぎたシュエッセンだったが、耳聡く声を拾ったようでUターンしてサーシャの腕の中へとダイビング。


「ピーターさんはどうしたのですか?」

「今から合流するところだぜぇ、サーシャちゃんたちもどうじゃ?」


遂に、ヨーヨーたち、じゃなくてサーシャがメインになったようだ。


「じゃ、俺たちもお邪魔するか」

「おう、落ち込んでるかもしれんから、元気づけたってくれ~」

「そういう気の利いたことは期待しないでくれ」


ピーターと待ち合わせているという広場の時計塔に向かう。

時計塔なんてあったのか。訊くと、魔道具の一種らしい。たまに店中に時計の魔道具が置いてある場所もあるので、そこまで珍しいものではない。だから、時計塔もそこまで重宝がられているわけではない。

渋谷のハチ公よろしく、待ち合わせスポットとして知られているようだ。


ちなみに時計といっても、円形に数字が並んでいて長針と短針があり……といったものではない。直線的に数字が並び、そこに棒が少しずつ下がっていって何となくの時刻を示してくれるというものだ。仕組みは不明。


「相棒、とヨーヨーか」

「おう相棒! 残念だったのぉ」

「ああ。だが良い試合だった」


緑色のマントを羽織った普段着ヴァージョンで現れたピーターは、案外さばさばとした様子であった。相変わらずの無表情なのでどういう感情なのかは分からないが、あまり落ち込んではいないようである。


「よう。相手の女剣士がえらく強かったな?」

「あれは王都戦士団の腕利きだ。『麗剣』という二つ名を聞いた事がないか?」

「いや、ないな。しかし王都の戦士団のか……なるほど」


それにしても。二つ名カッコイイなおい! 『偽剣』と取り替えてくれや。

いや、俺に『麗剣』とか付けられてもそれはそれで困るか。せめてこう、『臨機応変剣』とかにならんかな。


「スーパーシードはどれも強い。今回は特に運がなかったが、これも私の現在の実力だ」

「ふむ。『麗剣』ってのはそれほどか」

「一昨年の優勝者だぞ」

「へぇ~、って優勝者か。強いわけだわ」


いつもより饒舌なピーターに『麗剣』の解説を聞きながら移動する。

王都戦士団の古株で、5年ほど前に派遣されてきてから大会に出場しているらしい。王都の高名な剣術道場の師範でもあり、基本に忠実でありながら変幻自在な剣筋はピーターも大いに参考にし、憧れてきた存在なのだとか。


そんな話を聞きながら辿り着いたのは、コミカルな狼人間に対峙する剣のマーク。


「おい、なんで魔物狩りギルド?」

「む? 少し身体が動かしたりなくてな。せっかくヨーヨーもいるのだから」

「いるのだからって。疲れてないのかよ」

「少し疲れているくらいが丁度いいのだ。力が抜けてな。それに、『麗剣』の剣筋を覚えている内に稽古を付けたい」

「本物の剣術バカだな……」

「そういえば、ヨーヨーも大会に参加しているのだったな? どうなった?」

「一応まだ勝ち残っている。ベスト8だ」

「ほう。やるではないか」

「自由型だからって感じだけどな」

「それでも大したものだ。ここは1つ、今後のために稽古を付けてやろう」

「結局そこに辿り着くんか」


諦めてピーターの相手役をすることとした。

シュエッセンは仮眠室にこそ行かなかったが、サーシャたちと戯れてのほほんと見学に回った。

おのれ……。



************************************



「あんたはもしかして」


声を掛けられたのは、入場前に控室で精神集中をしながら待っていたときであった。


目を開けて声の主を見ると、いつぞや部屋違いを指摘してくれたナイスガイな大男がこちらを見ていた。もしかして、今回の相手って。


「……そっちも勝ち残っていたようだな。あのときは世話になった」


そう返すと、大男はくしゃりと顔を笑顔にして嬉しそうに喋りだした。


「覚えていたか、覚えていたか。あの様子から見て初参加だろう? よく勝ち残ってきたな!」

「まあ、運と、少しの機転でな。そのせいで不本意な二つ名が付けられそうだが……」

「ほう、二つ名? どのようなものだ」

「それは……秘密だ。出来れば不発であってほしいからな」

「ふはは、そうか。俺は二つ名という訳ではないが、部隊では『岩っさん』と呼ばれている」

「岩っさん?」

「この皮膚を見ろ。岩のように硬いだろう? そしておっさんだ。合わせて『岩っさん』と呼ばれる」

「うーん、なんというか。安直だな」


この世界のネーミングセンスどうなってんの。いや、『岩っさん』は二つ名というわけでもなく、単なる同僚のあだ名のようだから、そんなものかね。


「ふははっ」

「岩っさんは……格闘家だったか。なんで格闘の部に出なかったんだ?」


格闘の部も、剣の部ほどメジャーではないが存在している。

リアル格闘技という感じで盛り上がるかと思ったが、他の競技と同じサイズの競技会場を使う上、ルールが「自分の身体を用いた攻撃ならOK」くらいの練られていない状態であるので、剣以上に地味な試合が続くらしい。


「色んなやつと戦いたかったからだ。それに、純粋に格闘というわけではないからだな」

「ふぅん」


改めて近くで見ると、岩っさんの皮膚はなるほど岩っぽい。肌が灰色っぽいのは、もうこの世界では驚くほどのことではないという感じなのだが。その質感と言うか、存在感が普通ではないのだ。

そのせいか、同じ大男であるラムザともまた違う大男だ。なんでこんなに大男のバリエーションばかり増えるんだ、テーバ地方って奴は。


「両者準備はいいか? 時間だ」


審判が呼びに来た。今回もそれに続き、明るい方向へ歩み出す。

会場へと足を踏み入れ、いつも通り石畳で描かれた円の淵に立ち、相手を見る。

岩っさんも定められた位置に着き、こちらに構える。武器は持たず、両の拳を叩きつけるようにしてから上に持ち上げ、ファイティングポーズ。ほんとに素手なんだなあ。


「両者よいか? それでは……開始ッ!!」


審判の声を聴こえ、すり足で後ろへと歩を運ぶ。どう見てもインファイターなのだから、距離を取って戦うべきだ。


水球を浮かべ、サンドウォールの準備をしつつ、魔弾を放つ。

岩っさんは手をクロスして防御し、それを受ける。

よく見ると、手に接触していない場所でも魔弾がかき消されている。何かのスキルか。


こちらの魔弾をかき消すと、拳を振り上げ、パンチをするように突き出す。

とっさにサンドウォールで防御すると、壁の中央がひしゃげ、爆ぜ、何かの衝撃が襲ってきた。

辛うじて身をよじるも、肩のあたりの木片が赤くなっている。

いやいや。格闘術を使う人が何か飛ばすって情報、なかったんですけど。


岩っさんはと言うと、手を再びクロスさせ、防御状態のままこちらへドスドス接近してくる。

少し考え、やや時間をかけてファイアアローを放ってみるが、これも弾き飛ばされる。


「おいおい、ありかよそんなん」


左へ、左へと移動しながら間合いを保とうとするが、次第に隅へと押し込められる。

線を引かれた部分よりも外に出ると場外、場外に長くいると失格だ。短時間いるだけでも減点材料。

それでも逃げに徹すれば逃げられるかもしれないが……それは悪手だろう。

このまま時間切れまで粘っても、押されているのはこっち。しかも、ダメージの蓄積度合いも明らかにこちらが負けている。これを覆さなければ勝利が見えない。


「チッ、やるか」

「こい」


岩っさんは剣の間合いに入るとクロスさせた手を解き、再びファイティングポーズを取った。

射程で有利なので突きを放ってみるが、右拳で弾かれて終わり。

一応、渾身の力での突きだったのだが。流れた身体に左手のパンチが伸びてくるも、エアプレッシャー自己使用で強引に離脱。あ、胴体の木片がうっすら赤くなっちまった。強く魔力を当てすぎたか。


「その挙動……仕組みが分からんな」

「さてな」

「面白い。あんたのようなクセの強いタイプと戦うのは、面白いぞ」

「こっちは必死なんだぜ……」


フェイントを入れて剣で斬りかかっても、読んでいたように拳で迎え撃たれ、意外と身軽な動きで反撃が返ってくる。鍔迫り合いのようになれば色々手癖の悪いことが出来るのだが、あちらが圧倒的に膂力が強いのでそうはならない。防御魔法を張っても粉砕され、まあり意味がない。これ詰んでいないか?


受けるのではなく、避けるしかないので必死に攻撃を見切っていると、攻撃が空振りした瞬間にくるっと一回転して、裏拳が出てくる。思わず剣で防御すると、根本から折れ飛ぶ。

身体の周囲を飛ばしていた水球を操って反撃を加え、その隙になんとか間合いから脱出する。


「武器破壊! 交換するか?」

「ああ、たのむ」


審判が間に入り、試合が中断する。

ルールに助けられた形だ。改めて防具を見ると、まんべんなく赤く染まり、いくつか濃い赤になっている部分もある。

もう、いつ判定負けしてもおかしくないと感じる。


一発逆転のなにか……。

考えているうちに交換が終わり、新たな木剣が差し出されたので受け取る。

試合再開だ。


「その程度か? まだ奥の手があるのか」


岩っさんが挑発的に訊ねてくる。俺なんてこの程度ですけどね。


「さあ、な」


会話をしてくれるようなので流しながら、魔力を練る。


「何をするか楽しみだ」

「……」


岩っさんは獰猛な笑みを浮かべ、こちらへと突進する。

正面に防御魔法を発動。使ったのは土魔法、それに火魔法、水魔法、風魔法。

エレメンタルシールドである!


「ほう」


岩っさんは正面からそれをぶち破るべく、拳を掲げる。これまでの対応からそうしてくれると思ったんだ。

拳が衝突し、風、水、火の層が弾ける。そして最終層の土に衝撃が伝わり、亀裂が走り、はじけ飛ぶ。それと同時に、その背後に隠しておいた火の塊が無数の塊となって敵を襲う!


強敵との戦いで何回も助けられた、魔銃の散弾。あれを火魔法で低威力ながら再現してみた。

殺傷力がなくても認められる大会ならではの方法かもしれない。


「ぬぅっ!」


岩っさんは攻撃を中断して身をよじって拳を振り、半分くらいの火が消し飛ぶが、残りの火が岩っさんを直撃する。

だが勝負ありの宣告はない。威力不足のようだ。

だがダメージの差はいくらか埋まったはずだ。もう一手、何か考えなければ。


と、身体の周囲を周回させていた水の球が急に引っ張られるように制御を失い、身体に命中した。

えっ!?


「ふむ。干渉できたか」

「あっ」


審判を見る。


「……勝負あり。1023番の勝ち!」


呆然としていると、ワアアアという会場の喧騒が耳に入ってきた。

あー。負けちまったか。ここで終わりか。


「岩っさん、あんた魔力に干渉なんてできたのかよ」

「ふふ、ちょっとした工夫でな。魔法使いでなくても、似たようなことができる場合がある。参考になったか」

「ああ、完全に油断してた。いや、油断してなくても無理だったかな。完敗だよ、完敗」


お手上げポーズで降参する。


「魔法使いにしては剣の扱いもいい、力も弱くない。才能はある、腐らずに鍛えることだな」

「ああ、あんがとさん」


副審の人が駆け寄ってきて、岩っさんの手を取りアピールする。俺は会場と相手に一礼し、暗い控室の方向へと下がった。


なんだろう。

ここまでなんとか勝ち残ってきて、望外の結果であるし。黒字になったし。岩っさんはちょっと強すぎて、勝てるイメージが湧かなかったから、妥当な結果だろうし。

ただ、なんろうなあ。

思っていたより、ずっと悔しいな。泣くほどではないが、すぐに忘れられるほどではなく。

またいつか挑戦したいな。

背後から聴こえる明るい歓声を寂しく思いながら、そんな風に思った。


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