第91話 言葉

臨時の講習会?ではあったが、一応1人銀貨1枚ずつをもらった。

会議室の使用量で銀貨1枚をギルドに収め、臨時収入で銀貨2枚である。ないよりはいい。

もっと内容を詰めて防御魔法講座みたいなものを開ければ、そこそこ儲かるのではないかとミエルタに言われた。


なんだかんだと良い時間になっていたので、外に出て親睦会がてら飲みに出ることになった。

飲みニュケーションである。まさか異世界に来てやることになろうとは。

先輩・後輩も、上司・部下もないゆるゆるギルドだからこそ参加するつもりになったのだが。



「おう、久しぶりだなぁおい」


飲みに出た先はいつぞやのイヌミミマスターの店。もしやと思っていたが、そこで既に出来上がった巨躯の知り合いが片手を挙げて挨拶してきた。


「ラムザ、元気か?」

「ああ~? 見れば分かんだろよぉ、変わんねぇよぉ」


相変わらずの様子だが、やはり酒に飲まれて語尾が怪しい。

目はギラギラとしてこちらを鋭く睨んでおり、寝入るような様子はないが。


「あん、そっちにいるのは学院長先生に鳥のダンナじゃねぇかぁ? 珍しい組み合わせ……でもねぇか」

「相変わらずだな、ラムザ。引退したと聞いたが、まだここにいたんか」


羽根をパタパタとして答えるシュエッセン。今はミエルタばあさんの腕の中にいる。そこも守備範囲か。ちなみに彼は、ギルドから出るところで合流した。例によって仮眠室にいたらしい。


「ほかに行くとこなんてねぇよぉ……マスター、おかわり!」


カウンターに向かって大声でお代わりを催促するも、マスターは澄ました顔のままイヌミミを揺らし、水の入ったコップを差し出す。


「極上の水だ、ありがたく飲みな」

「そりゃねぇよぉ、マスターよぉ」

「ここのルールを忘れたか? 泥酔禁止だ。そろそろあやしいぞ」

「あー、おうー、分かったよぉもぉ。じゃあなんか、美味いもん1つ」


ラムザがマスターとやり取りしている間に、隣のテーブルに着く。

気を利かせた一同が近くの席にしてくれたようだ。そこまで親しい仲でもないのだけど。


「あんたらはどうする?」


イヌミミマスターがこちらにも水を向ける。


「じゃ、あたしはエールとつまみを適当に。あ、肉で頼むよ」

「私は『月絞り』と小鳥の丸焼きだ」

「じゃあ私は梅酒と、そうねぇ野菜盛りなんかあるかしら?」


思い思いに注文していく。


「俺は水で良い。なんか腹にたまるもんをくれ」


堂々と飲み会の決まりを破る。しかしここは異世界、特にそれを咎める人もいない。これだけで転移してきた甲斐があるというものだ。


「酒は嗜まないのか」

「まぁな。鱗肌族は酒に強いのか?」

「人によるが、人間族よりは強い者が多いな」

「へぇ」

「それに嗜好もやや異なる。昔、酒に魚の骨を入れて飲むのは鱗肌族くらいだと聞いて、驚いた記憶がある」


魚の骨?

どういうことだろう。出汁でも取っているんだろうか。

そう考えると美味そう……美味いか?


そんな雑談をしている間にマスターが次々と出来上がったつまみや料理、それに酒を持ってくる。


「マスター、ウェイターは雇わないのか?」


見た所、だいたい自分で配膳しているので少し気になった。あるいは常連っぽい人が勝手に運んでいく場合もある。看板娘でも雇えば良いのにと、思わないでもない。


「まぁな」


イヌミミマスターの返事はそれっきり。何か思うところがあるのかもしれない。


「ヨーヨーは明日ヒマかぁ? 相棒の第4試合があるんだが、見に行こうぜぇ」


シュエッセンは、子供用の椅子のように、背が高く座席部分が小さな椅子をミエルタばあさんに持ってきてもらって、それに着席している。

まるでマスコットのよう。


「んっ? 明日試合があるのか。しかし席は取れるのか? 予約とかしていないが」

「当日券なら大ジョブじゃろう。多分立ち見だけどな」


立ち見……。まぁ別に、そこまで苦でもないな。どんどん体力も付いてきている感じはするし。


「じゃあ行くか」

「あたしも行くかね、暇だし」

「私は学院がありますから、残念ですが」

「……」


ジシスだけはだんまりである。彼は、興味がない話題は全く反応しない、ある種の潔さがある。

明日はシュエッセンとテエワラと一緒に、試合観戦となりそうだ。アカーネは体調回復しているかな? しているといいけど。

2人には夕飯代までの食費、プラスアルファの金を残してきているので、宿で食事を取っているはずである。ただ、最近は完全にサーシャと離れることが珍しいことだったので、いないとなんかソワソワする。

心配なような、ただ単に寂しいだけのような。


一言告げに帰って、連れてくれば良かったか。


イヌミミマスターに配膳された俺用の食事は、リゾット的な何かであった。

甘辛い味付けで食が進む。サーシャも喜んで食べただろう。


「……」


一度自覚してしまうと、なんか調子が狂うな。

素早くリゾットを胃に収めると、「従者が心配だから」と素直に述べて別れを告げる。貴重な情報収集の場ではあるが……まぁ、そう急ぐ必要もないだろう。明日も一緒にいるのだし。


隣のラムザにも挨拶し、イヌミミマスターの酒場を離れる。


「おう、テエワラ、オメェ。『龍剣』はどうなってんだ、ちょっとシャレになんねぇぞ。お前が言えば言うこと聞くんじゃねぇのか?」

「……あいつらはね、もうあたしの言うことなんて聞きやしないよ。それより、また何か騒ぎを?」

「ああ……」


後ろでちょっと気になる話が展開されているのが聴こえるが、今は良いか。宿に急ごう。



酒を飲んだわけではないが、なんだかちょっと酔ったような気分になりながら街中を歩く。

夕方に小雨が降って、少しだけ濡れた石畳の地面が風情を醸す。

風が吹くと肌寒く、冬の訪れを意識させる。



一日会ってないだけで寂しいとか、意味分かんねぇよなぁ。

昔は、そんな歌詞のポップ曲をバカにしていてた記憶があるのだが。

ましてや相手は恋人でもなんでもない、奴隷だ。相手は自分がいなくてむしろ楽に思っているかもしれないというのに。


大きく息を吐くと白い息が伸びて、宙に消えた。



************************************



「あ、おかえりなさいませ」

「ただいま」


宿に帰るとサーシャがソファに座ってぼうっとしていた。珍しく何もしていない。

こちらの姿を認めると慌てて立とうとしたので手で制する。


「座っておけ。変わったことは?」

「いえ? 特には。夕飯は食べられましたか?」

「ああ、食べた」

「私たちも先ほど頂きました。ご主人様も必要なら声を掛けてくれればいつでも出せると言われましたが」

「うーん、腹は減ってないな」


腹に溜まるものというリクエスト通り、なかなかボリューミーなリゾットだったし。

ごろごろと根野菜や角切り肉が入っていて、少し経っても腹はくちくなったままだ。


「アカーネの様子は?」

「すっかり元気ですよ。あ、でも、今夜はそっとしておいた方が良いかもしれませんが……」

「今日はそんな気分じゃないよ」


ちょっと気まずそうに言うサーシャに笑いながら否定する。


「明日はシュエッセンたちと闘技会の観戦に行くんだが、アカーネも連れて行けるかな?」

「どうでしょう。ただ、興味はあるようでしたから、おそらく喜んで付いていくのではないでしょうか?」

「そうかそうか」


なら、連れて行くか。

なんか子育てしている気分。


「外で甘い果実酒を買ったが、飲まないか?」

「お酒ですか。……たまにはいいでしょう」


外では飲まなかったが、サーシャとまったり二次会というのは良い。そう思って買ってみた。

一度受付に降りて、夕飯は要らないがつまみを出せないか尋ね、出されたものを食べながら夜を過ごした。

出されたのはおしゃれに盛り付けられたエスカルゴ……かたつむりっぽい何かである。

フランス料理と考えればおしゃれだと思えるが。


当たりか外れか、微妙なラインだ。



************************************



「……おはようございます」

「おはよう」


おずおず、といった様子でアカーネが挨拶してくる。

昨夜は酒が入って、そのままソファーで寝入ってしまった。目覚めると毛布が掛けてあった。おそらく、サーシャがやってくれたのだろう。サーシャはどこで寝たのか分からないが、こちらが起きたときには既に起きていてドンの世話をしていた。

銀貨1枚で買った、ちょっとお高いブラシを使ってのブラッシングである。何かしら仕事を探すサーシャだが、昨日からはやる事が見つからないのか、やることがどんどんどうでも良いことになっているな。


アカーネは俺から少し遅れて起き出し、慌ててサーシャに謝っていた。

どうやら、アカーネは夜遅くまで寝室で魔石いじりをしていたらしい。道具がないというのに、よくやるもんだ。


「何か出来そうか?」

「えっと、あっと、はい。あ、でも、戦闘の役に立つわけでは……」

「気にするな。とりあえず色々試してくれ」

「はい」


サーシャに説明されているかもしれないが、もう一度今日の予定を説明しておく。


「はい、闘技大会、ですよね。楽しみです」

「そうか? 興味あるのか」

「うーん、ちょっとは……。それに、色んなスキルを見るのは、魔道具造りの良いアイディアになるっておじいちゃんが言ってた、ました」

「なるほどねぇ」


この娘の行動原理は魔道具ありきだな。やはり早めに道具を揃えてやりたいが……。

異空間から財布用の革袋を引っ張り出し、中をじゃらじゃらとして数える。


銀貨が65枚に銅貨が94枚。あとはクズ銭と呼ばれる小さな貨幣がいくつか。

実際には、銀貨10枚分の大銀貨、銅貨10枚分の小銀貨も入っているので枚数としてはそこまで多くない。

ちなみに銅貨10枚分のものは大銅貨というものもある。つまり銅貨10枚=大銅貨1枚=小銀貨1枚である。ややこしいが、貨幣価値が統一されているだけでも先進的なのだろう。


さて、魔道具製作道具の値段が安くて半金貨。つまり銀貨50枚分と言っていた。

現在、かろうじて買えなくもない額。

どうせ買うなら、良い物をという気もするが。


「アカーネ、良い道具を買おうとしたらどれくらいかかる?」

「道具? 良いものは……金貨10枚以上ものものもあるから……」


なるほど。天井を見ると果てしないな。良い物というは一端脇に置いておこう。


「とりあえず最低限ではなく、アカーネから見てそれなりのものになると?」

「えぇっ? うーん、金貨1枚あれば、それなりに……。あっ、でも、魔石粉とかは別、です」

「ああー、そうか、道具一式だけでその値段で、消耗品は別になるのか」

「そう、ですね」

「その、魔石粉とかだけ買って、道具は大会後に買うか」

「あ、はい」

「魔石粉は、えーと、魔道具屋で買えるのか?」

「うんっ。そうだと思う、ます」


……。


「アカーネ、もういいや。敬語はいったん忘れろ。こっちが変な気分になる」

「えっ、でも……」

「サーシャにも言っておくから。とりあえず、対外的には敬語を使えるように練習。で、普段は気にするな」

「あ、はい……」


喜ぶかと思ったが、思いっきりシュンとしてしまった。どうやら怒られたものと受け取ってしまったらしい。そうではないということをサーシャからも説明させて、普段は素の喋りをしてもらおう。元気な喋り方の方がボクっ娘ぽいし。

ちなみに、ボクっ娘というとボーイッシュなイメージが強いが、アカーネはそうでもない。髪型はショートなのでそれらしいが、顔は風呂で汚れを落として、やつれが取れてくるとかなり女の子っぽい。中性的な魅力もなくはないが、個人的にはボーイッシュという括りではない。どうでもいいか。


「とりあえず出掛ける準備をしよう」


アカーネにも手伝わせて、最低限の装備を着込む。戦闘する予定はないが、一応ね。

あ、そういえばアカーネの装備どうしよう。魔道具造りの道具の前に、そっちが必要だったか。



「ヨーヨー、おはよぅー、と。あれ? 増えた?」

「おうシュエッセン」


サーシャの胸に飛び込まんとするシュエッセンをインターセプトして抱き留め、脚を握っておく。つかまえたぞ。


「離せー、あと誰なんだぜー」


バタバタと羽根を動かすが逃がさん。後でテエワラの胸に放牧するとしよう。


「最近仲間になった、もう一人の従者だ。アカーネという」

「むぅ。アカーネ、よろしくな。儂はシュエッセン。陽気な丸鳥族だぜ」

「よ、宜しくお願いします。シュー……」

「シュエッセン」

「シュエッセン、さん」

「おうっ!」


シュエッセンは諦めて、肩によじ登りふりふりと尻を振る。


「貴様。アカーネも魅惑するつもりだな」

「儂のかわいさは止められんよ」


チィ。手強い。


「か、かわいいです」


アカーネもおどおどしつつしっかり目線が固定されている。


「手遅れだったか……」

「馬鹿やってないで、行くよ」


パシリとシュエッセンの頭を叩いたテエワラにそのままシュエッセンを引き渡し、闘技大会場へと向かう。


「当日券って確実に買えるものなの?」

「ああ、だいたいね。あんまり人気が高い日は難しいけどね。立ち見だし、そうそう満員ってことにはならないよ」

「ふぅん」


スポーツと呼んでいいのか分からないが、現地で観戦するのは実は初めてだ。割と楽しみだ。


「そういえばピーター、4回戦って言ったか? 3回は勝ち上がったってことになるか」


テエワラに話を振ったつもりだが、いつの間にかサーシャに抱き留められる形になっていたシュエッセンが話に入ってくる。


「そうだぜー、あれでも剣の腕はピカイチだからな?」

「あれでも、というか、普通に歯が立たないわ」

「そうだったかー、ヨーヨーは色々やってんもんなー」


うーむ、剣も魔法も、対人戦となるとあまり勝てていない。中途半端になってしまっているだろうか。剣も魔法も使える、ついでに言えば魔銃や不意打ちも可能な実戦ならそれなりに戦える気もするのだが。


「俺の出番に向けて、ヒントになればいいけどな……」

「いやいや、剣の部だぜ~? 正直、何でもアリの試合で役に立つかは疑問だと思うぜ」

「そういうもんか?」

「割となぁ。剣の部は、こう、渋い駆け引きと体力勝負って感じだかんな」

「そう聞くと地味そうだが、大会競技では人気種目なんだろ?」

「そうだぜ~。でも、やっぱり剣技は花形っていうイメージがあるのと、タラレスキンドでは武芸を嗜んでいる連中が観客になるかんな。派手な演出がないと喜ばない都会の客なんかとは違うんだぜ」

「ああー、客もそっち側だから渋くても人気が出るのか」

「そんな感じ。他所の大会になると、剣技も王道としての堅実な人気はあっても、一番人気ではなかったりするんだぜ」

「なるほど、なるほど」


タメになるような、どうでもいいようなシュエッセンのうんちくを聞きながら、会場へと着いた。


「ギルド員3人と、他2人」

「あ、サーシャもギルド員だぞ」

「ああ、じゃあギルド員4人」

「はい、ギルド4に他1でいいかい?」

「ああ」

「全部で銀貨1枚に銅貨30だ」

「あいよ」


窓口的なところで金を払ってチケットを貰うのかと思いきや、そうではなかった。

いつだか「何に使うのだろう」とか言っていた広場にチケット売りのおじさんが点々としていて、そこで入場証のようなものを購入するという塩梅である。


チケット売りのおじさんがどういう立場の人か分からないが、値段は決まっていて、それを思い思いに広場で売っている感じだ。中にはおじさんと交渉して値引いている人もいるので、そういう裁量はあるらしい。

多分だが、外の人間が運営からチケットを購入して、どうにかしてそれを広場で売る権利を得て売っているのではなかろうか。


とりあえずの金を出してくれたテエワラが入場証を受け取り、こちらに渡してくれる。赤く染められた木片のようだ。表に何かの紋様と、番号が彫られている。


「これは?」

「入場証だよ。一応魔道具というか、そんなもんだからね。失くすんじゃないよ」

「どういう道具なんだ?」

「単純に、これを持っていないと警報がなるのさ。数字が彫られているだろ? そこで指定されている以外の会場では効果がないから、迷ったら素直に近くの人にでも聞きな」

「……なるほど」


地味に高度なテクノロジーである。

とりあえず木片は異空間に入れるのを止め、リュックに放り込んでおく。異空間では効果が働かないかもしれないからだ。

ちなみに、半径2メートル程度の人に作用するということで、くっつけば2人以上が1つの入場証を使うこともできそうだ。が、もちろん規約違反なので、見つかったら罰金を取られる。素直に人数分の金を払うのが賢明、とのことだ。


「アカーネ、仕組み分かるか?」

「えっと、うん。あっ、はい。あっう、うん。多分だけど、入り口に探知の魔道具があって、探知した人が入場証を持っていれば警報が発動しないように条件付けされてるんじゃない、かな……?」


敬語かタメか。混乱しすぎて一層おかしなことになっているが、その内慣れるであろう。放置。


「お利口だね、たぶんそうだと思うよ」


テエワラがにこやかにアカーネの頭を撫でる。

日本人にしても童顔ではあるが、そこまで年少ではないぞ。

嫌だったら本人が言うだろうから、とりあえず放置するが。

さっきから放置ばかりしているが、仕方がない。俺が余計なことをしても困らせるだけだろう。


「さて闘技大会、どんな感じかね……?」


入り口はさすにが少し混んでいて並ぶこととなったが、5分とせずに番がきて中に入る。

暗い通路をぞろぞろと歩いて、入場証に記された場所への扉を潜る。抜けた先から太陽の白い光が差し込む。


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