第92話 イロモノ

会場は、入ってみるとシンプルな構造であることが分かった。

中央に、サッカー場と同じくらいの楕円状に開いた空間がある。石畳で舗装されているように見えるが、色違いの石で丸い模様が描き出されている。あれが参加者が闘う場所になるのだろう。

その周りをぐるっと囲むように観客席があるわけだが、同じくサッカー場で例えれば「ゴール裏」になるような両端は立ち入れないようになっている。人も疎らで明らかに気色が異なる人たちが座っている。貴賓席というやつだろう。

あとは普通に闘技場だ。ぐるっと一般用の客席に囲まれている。なんというか、古代ローマのコロッセオのような雰囲気。石造りで、外が高くなるようにせり出していて、後ろの客も見えるように作られている。


一般用の客席は、座席が並べられているものと、ざっくりと仕切りで区切られ、それ以外はほぼ何もない空間があるだけの立見席がある。当日券で入れるのがこの立見席だ。

立見席はゆるやかな坂になっていて、それがブロックごとに仕切られている。そんなスペースがいくつもある。暗い通路を出ると、ブロック間の中ほどにある場所に出て、そこから割り当てられた場所に移動することになる。

ただ誘導がきちんとあるわけでもなく、それぞれが駄弁りながら進んでいるので結構緩い感じだ。たぶん別のブロックに紛れ込んでも問題なさそうだ。

ただ、入場証としての木片が魔道具だったように、その辺もぱっと見分からない方法で管理されている可能性もある。


とにかく自分達に割り当てられたブロックに向かい、中ほどに空いていた一帯を確保した。

立見席ではあるが、キャパシティに対して客はそれほど入っていないので座る余裕がある。前の人が立つと見えなくなるので本番が始まったら立つ感じかもしれない。

現在は試合間の休憩時間のようで、会場ではスタッフが何やら掃除のようなことをしている。


「もうちょい時間がかかりそうだね」

「テエワラ、これ上が空いているけど、雨とか降ったらどうすんだ?」


暇を持て余すテエワラに疑問をぶつけてみる。

会場全体の構造はシンプルなコロッセオ方式なので、もちろん屋根がない。雨が降ったら客も濡れる。ただし貴賓席には屋根が付けられているが……。


「どうもしないよ? 流石に客足は減るし、運営側は困るかもしれないけど。悪天候で順延ってのは相当荒れてないと起こらないね」

「雨でもこのまま見るのか……荒れるってのは、嵐とかか?」

「そうそう。あとは雷とか雪とかひどい時もそうだろね」


本当に無理なときでないと延期にならないのだな。

見る方も大変だが、雨降ったら参加者は大変そうだな……。自分のときは晴れて欲しい。


「おっ、静剣が相手かい? ついてないねぇ」

「ん?」


テエワラが訳知り顔で言うので会場を見ると、何やら運営っぽい人たちが看板のようなものを抱えて四方に示している。

どうやら次の対戦カードを発表しているらしい。遅れて拡張器のようなもので音声案内も始まったが、間延びしてよく聞こえない。


「ピーターの相手か?」

「そうそう。3回戦までで一度仕切り直して、シャッフルするはずだから。運だよね」

「へぇ、強いのか? その静剣って奴は」

「強いねぇ」


テエワラが簡単に説明してくれるが、その内容は戦い方とかではなく、肩書についてであった。

どうやら外部の戦士団所属でたまに参加しにくるベテランらしい。

「静剣」というのはテーバ地方で付けられたあだ名、二つ名であるとか。

静かなる剣……めっちゃ強そう。



しばらくして、会場全体に声が響く。

こちらは聞き取りやすい調子だ。



「F組ブロックB、4回戦を開始する」



事務的な調子でそう声が響き、手前の控室から両選手が入場する。

ちょうど今座っている座席の下が控室のようで、出てくるところは直接見えない。手前から背中を見せて登場するのが見えるだけだ。


「両者、所定の位置につけ」


再び声が響く。これは、2人に付いて出て来た3人目の人物が発したものと分かる。白くて少しひらひらした、どこか柔道着のような制服を着た人物。どうやら審判であるらしい。


「それにしても、よく声が響くな」

「『大声』のようなスキルでしょうね」


「大声」は、サーシャのかつてのジョブでもある『商人』に良くみられる基本的なスキルだ。サーシャも保有していたっけ? ずいぶん前のことだから、もう分からないな。


このために『商人』をスカウトして審判にするとはちょっと思えないし、似たようなスキルがあるのだろう。審判に相応しいジョブというのが何かは分からないが……。案外そのまま、『審判』というジョブがあってもおかしくはないか。闘技大会は色んな地域で盛んだという話だし、そのためのジョブが作られていてもおかしくないだろうし。


そう考えを巡らせているうちに準備が整ったようで、会場ではピーターと相手の「静剣」さんが円の外周に乗って相対する形で睨み合っている。

大会では運営が用意した武器、まあ木剣のようなものを使う。ピーターもいつものものではなく、木剣を二振り。左手に短剣サイズのもの、右手に普通の長剣サイズのスタイル。

対する「静剣」さんは、一回り大きな両手剣を構え、自身の前に立てるようにして捧げ持っている。


防具の方は、ジャージのようなクセのない、そしてカッコよくもない運営指定のもので、その上に判定用の木片を貼り付けているので、正直ちょっと不格好だ。

それでも、睨み合う二人からはある種の迫力がひしと伝わってくる。


「静剣」の方は白髪交じりのおじさん、いやおじいちゃんといった風情で、ただ筋肉のせいで身体の膨らみが凄い。顔と身体のギャップが大きいのだ。印象としてはそのまんま、「筋肉じいさん」である。


「始めぃっ!」


審判の宣言と同時に太鼓のような音が響き、二人が動き出す。


一気に近寄るようなものではなく、互いに様子を見ながら前に進む。位置関係や足の位置、角度を細かく変更しながらジリジリとにじり寄る。既に筋肉じいさんの方の剣の間合いには入っているように見えるのだが、動かない。


開始直後にシンとした客席から、次第に声が飛ぶ。

というか、隣の位置にいた大人しそうな風貌の人が急に「おらー! びびってんじゃねぇぞー!」と叫び出したことにとてつもなくびっくりした。


その声を受けてというわけではないだろうが、ゆっくりと筋肉じいさんが剣を引き上げて振るおうとすると、すかさずピーターが前に出て双剣で猛撃する。

剣の角度を変えながらそれを受けたじいさんが何やら身体を捻るような動作をした直後、ピーターが身体ごと弾き飛ばされるようにして後ろへ下がる。

いったい何が起きたのか分からないが、攻守が逆転したようでじいさんが連続して斬り付け、それをピーターが何とか流すといった展開。双剣なので片方の剣で受けもう片方で攻撃という形にしたいのであろうが、じいさんの剣捌きが上手なのか、気付けば距離を空けられていて追うことができない。

これが剣の実力者たちの試合なのかぁ。


地味だわ。


サッカーコートのような広さで1対1の試合をするわけだから、少々見にくいのは仕方がないとして。それでも、思っていたよりはその動きが見えるのだが。ただまあ、近距離で剣で打ち合うわけだからして、かなり地味である。

スキルは申請しての許可制であることはこの競技でも自由型と同じルールのようだが、こちらは「剣技に関係する範囲」でのみその使用が許可されるらしい。

とすると、ド派手に光ったり剣閃を飛ばしたりするスキルはないことになる。


やっていることはたぶん高度なもので、すごそうなのは分かるのだが、いかんせんどうすごいのか分からないので盛り上がり方が分からない。盛り上がるシーンとしては、攻撃をぎりぎり見切って躱すような動作が出ると、観客も沸く。試合始めのようにどちらかがラッシュを仕掛けると、それを応援している側が沸く。

そんなところだ。


剣部門は人気があるが、地味であるというのは本当らしい。


と、じいさんに良いようにされていたかに見えたピーターが姿勢を低くすると、横薙ぎしたじいさんの剣筋を潜るようにして懐に飛び込む!

じいさんは長剣を手放して脇に差していた小さなサイズの木剣を取る。

初撃を防御する事には成功するも、勢いに乗ったピーターの双剣に対処しきれず、胴にいくつもいいのを貰って、防具の木片部分が赤黒く染まる。


致死相当、という判定でピーターの勝利が宣告された。

攻めに回ってからは一瞬であった……。


「やるなぁ、ピーター」

「やったー相棒! 静剣相手に圧勝したぜ!」


シュエッセンがパタパタと羽根を騒がせている。抱き留めたまま羽根の直撃を受けたサーシャに迷惑そうな……いや、なんかちょっと嬉しそうだわ。


「正直何があったか分からなかった」

「ヨーヨー、たぶんありゃぁ身体強化でブラフをしたね」

「ん? ブラフか? テエワラ、どういうことだ?」

「んー、合っているか分からないけどね。最初こう、ガッと突っかかっていっただろう? 見てるこっちも、短期決戦で決めにいったと思ったよ。スタミナを削り合っての持久戦は『静剣』の思う壺だからね」

「でも、上手く切り返されたよな」

「そうそう。それで勝負ありかなと思ったんだけど……最後の、仕掛ける直前の身体の加速。あれはスキルを使ったとしか考えられない。つまり、もう身体強化は使ったと思わせておいて、勝負所で使うってプランだったんだろ」

「だとしたら前提として、そのスキルは一回しか使えないということになるな?」

「そうだよ? そうか、あんまり剣士系のスキルには詳しくないんだねぇ。あの手の強化スキルはクールタイムと、魔力の問題で多用できるもんじゃない。闘技大会の試合中に使えるのは1回か、長引いて2回だよ。だから、今使われることはないだろうって相手も思い込んだんじゃないか?」

「ほーう……」


なんか地味だとか失礼なことを考えているうちに、高度な読み合いが発生していたらしい。この大会、漫画などの闘技大会イベントではありがちな「実況」というやつが存在しない。

だから何が凄いのか分からないのが困る。こうして終わった後に振り返り解説を聞くのも、ちょっと楽しいことではあるが。


「作戦勝ちか」

「まあ、作戦もそうだけど、強者を相手に『身体強化を使った』と思わせる動きが出来ることとその技術も純粋に凄いんだけどね」

「そう言われればそうか。やっぱ凄いわ」


今日のところはもう、ピーターの試合はない。

その後キリの良いところまで試合を見続けて、外に出た。入場証があればいつでも出入りが可能らしい。入場証の期限内であれば。夕方になるともっと注目のカードなんかが組まれて仕切り直しとなるらしく、再度入場証を買う必要が出てくる。



「ピーターは合流しないのか?」

「相棒は会場に残って、敵情視察だろうよ。例年期間中はそんなもんだ」

「熱心だな」

「今年は調子良さそうだし、ベスト16にも行くかもだしな~」

「ベスト16が目標なのか?」

「一応は。本人は優勝目指すって言ってるぜ」

「凄いな」

「まぁな~」


去年はベスト32だったらしい。ベスト32の時点でまぁまぁ凄いのだが、そこからスーパーシードと呼ばれる優勝争いレベルの強豪が出て来て負けてしまったらしい。その壁を超えるのがとりあえず今年の目標というわけだ。

ちなみにあと1つ勝つとベスト32だ。つまり現時点でベスト64か。


「ピーターレベルの剣士が60人以上いるのか……」

「剣士部門は毎年、外からもかなり人が集まるからね。それに、戦士団や大きな傭兵団も人を送り込んで来る。層が厚いのも分かるよ」


そう解説するテエワラはシカ肉の包み焼を開いて嬉しそうな目をしている。


「この区画には美味しいものはないと思っていましたが……情報収集不足でした」


サーシャもローストビーフのようなものをパクつきながら悔しそうにしている。外で露店も出ているのでそこで食べても良かったのだが、テエワラが美味しい店を知っていというので連れて来てもらっているのだ。

アカーネはハンバーグを頼んで無言で食べている。


「毎年参加してそれなりに成績を残してるなら、ピーターに仕官の誘いとかもありそうじゃないか?」

「相棒にか? そりゃぁあるぜ。それなりに。ただ、相棒はベスト32の壁は破れていないし、そこまで行けるのもスキルが闘技大会向けだからだって評価なんだぜ」

「大会向け? さっき使っていた身体強化か」

「そーそ。あの手の強化は、剣技大会でも使用許可されるからのぉ。代わりに、飛ばすスキルとか派手なものほとんど使えない。だから、実戦だと微妙って評価する野郎もいるんだぜぇ~」

「ふぅ~ん」


微妙な評価でのスカウトに応じるよりは、個人パーティで居た方が楽か。

そもそも、あんまり立身出世に興味がなさそうな性格ではあるが。


「なんだぁ? ヨーヨーはスカウト目当てかヨ」

「いや、ないな。そもそも、そこまで勝ち進めないと思うが」

「あー。まあなぁ」


シュエッセンも特に否定はしない。ポッと出のルーキーが優勝できるような大会ではないということだろう。たとえそれが半ば「お笑い」部門であったとしても。

組み合わせにもよるが、早ければ5日後には俺も初戦がある。思っていたものよりは緩い感じの観客席であったが、それでもあれだけの人の前でやるわけだ。ちょっとだけ緊張してきた。


午後はそのまま魔法使いギルドに向かい、シュエッセンに頼んでまた魔法の模擬戦をやってみた。前回も顔見知りとなった魔法研究者、ゲバスもいたので協力してもらう。

魔法使い相手に、何が有効で何が効果がないのか。少しでも知っておこうということである。



************************************



その後数日間は、依頼や、狩りに出るには微妙な期間なので、タラレスキンド内で過ごすことになった。とはいっても、アカーネの物を揃えたり魔法の開発をしてみたりと、やる事は色々ある。


アカーネはとりあえず、日用品に加え、安い革鎧を見繕った。シンプルな造りの上半身にスカート状の鉄冊で下半身をカバーしたもので、なんというか、足軽である。


そんな足軽と一緒に、以前もお邪魔した魔道具店を見に行ったりもしたが、やはり使える予算次第で全然違うということで、大会後に考えることにした。問題を先送りしたとも言う。

しかし「これだけは欲しい」という、鉄のストロー?みたいな道具を買い与えたので本人は機嫌がよかった。



そして今日、魔物狩りギルドの大部屋に来た。大部屋には多くの人集まっており、ざっと40人くらいはいるだろうか……。

パッと見て分かる、あまりに個性的な集団だ。集団が個性的なのではなく、個性的な人達が集まっている集団なのである。



異世界から来て奴隷買ったりとかしちゃっている俺のキャラが薄く感じるほど。


まず気になるのは、戦隊もののように色とりどりの鎧を着つつも、形は同じで非常に規律正しくしている一団。軍隊っぽいのだが、だったらその鎧の色はなんだとなる。意味不明。

あとなんか、大量の人形?と一緒に遊んでいる子。もしかしたら小人族かと思ったが、顔の造りが明らかに不自然で、たぶん人形だと思う。その人形が順繰りに動いて、踊って、飛んでとしているのを嬉しそうに見ている女の子。恰好はゴスロリ。できれば関わりたくないのであまり見ることはしない。


で、一番気になるのが右後ろに陣取った俺の対局、左前の位置を占拠する一団。

なんか、なんだろう。

おしゃれな恰好をしたイケメン男子が10人ほどいて、その中心にまあ、普通の、至って普通レベルの顔の女性がいる。

逆ハーレムというやつか。

ハーレム仲間と言っていいのか、なんなのか。


他にもいくつかの集団がいる。

いずれも統一感がなく、どこか変な印象を与える者ばかり。

ちなみに右後ろの方向には、そのなかではあまり目立たない、モブっぽい人たちが固まっていたのでそこにした。物語なら引き立て役として「な、なんだって!」とか言ってそうな人達である。いや、俺も含まれているのだが。


さて、これが、イロモノと言われる「自由型」の参加者だ。


なるほど、イロモノだわー。

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