第90話 練習

場所を移して、少し広い訓練室。

杖を構えたゲバスと、木剣を握ったヨーヨーとが向かい合って立つ。


「では、参る」

「おう」


ゲバスが杖を上げ、水の塊がいくつも宙に浮かぶ。

それを見てパーにした手を前に出し、ウォーターシールドを展開する。


「まずはお手並み拝見ですなっ」


バス、バスと鈍い音がして、水の塊がこちらのシールドに体当たりする。

少し形が歪むが、破られることはない。


「やりますな」


続けてゲバスが創ったのは、バチバチと放電する丸い塊……。

それを放ってくるのでまたも防御魔法で受け止めようとすると、3つの塊が回転するように動き待って、1つが防御魔法を迂回するように腕に当たる。


「いてっ」


バチバチと音がして、腕が軽く痺れる。

ゲバスはなおも雷玉を創っては放り、作っては放る。

ウォーターシールドは1,2発受け止めると崩壊するので、ファイアシールドも創って防御するも、ふよふよと無秩序に動く雷玉を捕まえきれず、1発2発と食らってしまう。

つーか、痛! これ地味に痛いよ! 降参。


「ふー、やるなゲバス」

「ふふふ、これが案外初見殺しでね。捉えどころがないから、対処できないだろう?」


ゲバスがしてやったりの笑顔で説明する。

正直ちょっとナメてたな。ゲバス、なかなかやるではないか。


「防御魔法で対処するといっても、防御一辺倒じゃ勝てねぇぜ」


テエワラに肩を借りて観戦していたシュエッセンがパタパタと羽根を開閉する。


「そうだなぁ、防御魔法をしながら白兵戦はよくやるんだが、同時に魔法ってのはあまり試したことがないな。そのへんが課題か」


今の攻撃に対処するとすれば、被弾を覚悟してこちらから近寄っていって、白兵戦に持ち込むとかだろうか。魔法使いの戦いではなくなってしまうが……。


「次は儂だぜ!」


シュエッセンが飛び立ち、前に出る。

仕切り直しで再び剣を握る。


「はじめぃ!」

「うおっ、声大きいわ」


ノリノリのゲバスが自発的に審判役を務め、シュエッセン戦が開始される。

と、シュエッセンは数度その場で力強く羽ばたいたかと思うと急加速し、頭上を通過する。


後ろを振り向いたころには氷の塊がこちらに飛んできていて、慌ててファイアシールドで受け止める。

近くに来ていたシュエッセンを目掛けて思わず剣を振るも、空中で軌道修正をして華麗に躱すと再び頭上を過り、氷の塊が発射される。


このままやられてばかりというのも、シャクだな。

シュエッセンが通り過ぎる瞬間に、ファイアウォールを発生させて衝突させる。


成功したかと思ったが、シュエッセンは氷に囲まれるようにしてそのままウォールを突破していく。


「防御魔法を使えるのが自分だけと、思わんことじゃよっ!」

「むっ」


いくつかファイアシールドを張りながら、ファイアボールを放つのを試してみる。威力はともかく発射することはできたが、シュエッセンは余裕でそれを回避してしまう。


「チィ」


また後ろから飛んで来た氷塊を剣で叩きながら、策を考える。


といっても、一瞬で考え付くことなんて、単純だ。炎の塊を4つ、5つと溜めながら、身体の周囲でぐるぐると回す。

シュエッセンが飛び回りながら近づく隙を狙って、軌道を操作して当てにいく。


が、読まれていたのか直前で方向転換をして下に落ちると、足元から鋭く氷塊を発射して狙ってくる。

炎塊で迎撃しようとしたが、瞬間不自然な軌道をして外れてしまう。


そのまま氷塊がいくつも胸に命中し、衝撃が来る。降参だ降参。


威力は加減されていたようで、身体にダメージはないが、どっちが先に当てるか勝負みたいになっていたし、先に当てられた俺の負けで良いだろう。


「ふー、シュエッセン。たしかに『暴れ鳥』だな?」

「ふうふう、疲れたぜー。しんどー! 今日一日分は運動したぜ! 今日はもうダラダラするわ~」

「おつかれ」


シュエッセンはフラフラと飛んで、テエワラに抱き留められた。

なんか、いつも女性に抱き留められに行っている気がするのは気のせいだよな?

鳥型だし、人間の女性に性的魅力を感じることはなさそうだと思って、サーシャとのイチャイチャも特に気にしていなかったのだが。疑惑だな。


「最後のはなんかしたか?」

「ああ~、そうそう。ファイアボールで迎撃してくるだろな~と思ったから、風魔法で干渉した! 地味に高度だぜ」

「やっぱり干渉されてたか。剣で叩いておけばよかった」

「それもアリだけどよぉ。あの身体の周りを飛ばすの、実際に使うなら対策が必要だわな。多少腕の立つ魔法使いなら、誰でも干渉して邪魔してやれって思うんじゃないかだぜ?」

「うーん、そうなのか」


なんかこう、ファ〇ネルみたいなイメージでかっこいいと思ったんだけどなぁ。対策ってどうすればいいのか。


「あんたの魔法が干渉されたのは、本人との魔力の繋がりが薄いからだね。やるんなら、もっとちゃんと繋がっている感じにすればマシになるんじゃないのかい? まあ、そこらの魔物相手ならいらない心配かね」

「なるほど」


もっと俺の魔力に紐付けて操作するって感じですかね。練習することに付け加えよう。


「で、戦ってみて、何か分かったかい?」


テエワラがシュエッセンの毛並みを軽く撫でながら問い掛けてくる。

うーむ、疑惑だぞ。疑惑。


「魔法ユーザー相手になると、色々考えなきゃいけないってことは分かったよ。あと、防御魔法が上手くても後手に回るとジリ貧だな。攻撃と一体化できてこその防御って感じかな」

「そうだね。普通は攻撃魔法から入って、防御魔法を使えるようになるって流れだから、やっぱり特殊だね。闘技大会だと1人でどうにかしなきゃいけないから、防御魔法だけってのは確かに厳しいのかもしれないねぇ」

「だよなぁ」


ここで、闘技大会の仕様を少し確認しておこう。


闘技大会とはいっても、実際に命を懸けてやるものではない。そういうものもあるのだろうが、少なくともテーバ公式大会とでも言うべき今回の大会はそうではない。


自由型では、魔法や、その他のスキルは登録制だ。

つまり、「これを使います」と事前に申請したもののみを使用することができる。そこで、殺傷力のあるスキルは不許可となるか、使用に制限が付く。それでも、もともと戦闘のためのスキルだ。相手に危害を加えてしまうことも十分に考えられるが、その場合は罰金、最悪は刑罰の対象となる。

だから、基本は殺傷力がない状態にして相手に当てる。今、二人が俺にやってくれたように、だ。


では、決着はどうするのかというと、審判が判断する。そのときにその判断の基準となるのが魔道具だ。魔道具といっても、大げさなものではない。出場者は鎧の代わりに着込む、ちょっと安っぽい防弾チョッキみたいなものが渡される。その表面には木材がいくつか縫い付けてあるのだが、この木材っぽいものが重要となる。


この木材っぽい部分は衝撃や魔力によって変色し、より強い衝撃、魔力によって濃く変色するため、ダメージの基準となるのである。

すなわち、変色を確認した審判が「これ普通にやってたら致命傷だな」と判断した時点でノックアウト、敗北となる。一定時間経っても両者ノックアウトしない場合、変色度合い、つまり食らったダメージを見ながら審判が判断する。


つまりまあ、ダメージがないからと余裕をこいていると一瞬で敗北判定になるわけで。

衝撃や魔力の強さで判定する以上、「防御」の数値が高くてもあまり意味がない。

そういう意味では、防御職には少し不利な内容となる。


だが、そこの不公平さよりも、出場者の安全が重視されているのだろう。

考えてみれば、テーバ戦士団は「魔物駆除という目的のために、個人傭兵にも協力する」といったことをポリシーとしていた。魔物への戦力となり得る個人傭兵を、みすみす人同士の戦いで再起不能にして喜ぶバカはいないということか。

ましてや、大会には在地と王都の両戦士団や軍からも出場するというのだから、なおさらだろう。

そんなルールだからこそ、こうして物見遊山で安心して出場できるわけだが……。


そういったルールなので、攻撃は基本、かわすか迎撃するしかない。

盾を申請すれば持つことはできるが、大会では大剣サイズの木剣を使う予定なので、今回は使わない。

やはり防御魔法で迎撃しながら、同時に逆襲する技を磨いておくしかないか。


「それと、少し気になったんだけどね」

「なんだ? テエワラ」

「防御魔法の属性、ちゃんと考えて使ってるかい?」

「ああ~、いや、割とノリで選んでるな……」

「それじゃダメだよ。属性ごとの性質は把握しているだろう?」

「ああ。土が物理に近く、火が魔法に強く、水が中間だよな」

「そうそう。基本だけど、ちゃんと考えて使わないとね」


今の戦いでは、ゲバスが火を出したから水で防御、シュエッセンが氷を出したから火で防御していた。相性があるのは分かっているが、なんかこう、ゲーム的発想に引っ張られるときがある。


「せっかく色んな属性の防御魔法が使えるってのに、勿体ないよ。練習しな」

「ああ、そうするよ」


どんどんと課題が発見される。

もう闘技大会までは金の心配はせずに、練習して過ごすか。



さて、練習に付き合ってもらったお返しというわけでもないが、防御魔法の向上についてはそれなりに興味がある者がいるということで、即席の講義……というより座談会のようなものが急遽催された。

主導したのはテエワラなのだが、その手際を見ると今日は最初からそのつもりだったのだろう。


少し休憩を取り、丸机の周りに椅子が並ぶちょっとした会議室のような部屋に入ると、テエワラと見知らぬ2人ほどの参加者がいた。

いや、1人は見知ってはいるか。最初に来た時に入り口にいたトカゲ顔の人だ。


「あー、どうも」

「来たかいヨーヨー。ほら、前に座りな」

「ああ」


部屋の全面にはホワイトボードのようなものがあり、そのすぐ前にある教卓ポジションの椅子に座らされる。なんか、嫌だなぁ。


「注目されるのは、落ち着かないな」

「まあまあ、一応主役だから仕方ないさ。で、こっちの2人は知ってるかい?」

「いや」

「そう、左の鱗肌族のがジシス、こう見えて軍の研究者さ。右のばあさんがミエルタ。この辺の学院の院長をしている」


ジシスはこちらをジッと見たまま動かず、ミエルタは丁寧に頭を下げる。


「ああ、よろしく。と言っても、ジシスは前に会ったな」

「……はて? そうだったか」


あちらは忘れていたらしい。


「初めて来たときに案内をしてもらった。まあそれだけだ、忘れていても仕方ない」

「そうか」

「で、そっちのミエルタさんは学院の院長だって? すごいな」


ミエルタは白髪で背の低い、人の良さそうな腰の低いばあさんだ。どことなく品のある感じ。


「いえいえ、学院といっても小さな、町人用の学び舎といった場所なんですよ。魔法使いギルドに入っているのも、魔法を学ぶのが好きなだけですから。ジシスさんのように研究で身を立てるほどの知識も、技術もございません」

「まあ、ギルドも色々いるからね。謙遜しているけど、基礎的な魔法の使い方を教えるのが上手いよ。学院でやっているからね」


テエワラがそう補足する。


「ほう。実は魔法はほとんど独学でね。機会があれば基本的なことも学びたい」

「そうですか。機会があれば是非、学院に足を運んでみてください。生徒の刺激にもなるでしょう」


うーん、社交辞令なのかどうか分からない反応が来た。


「そんなことより、さっそく始めたいね。ヨーヨー、とりあえず防御魔法を見せてやってくれるかい」


仕切るテエワラにそう言われ、本日何度目か分からない防御魔法を発動する。とりあえずウォーターシールドで良いかな。と思っていたらリクエストが出て、結局4属性全てを熟すことになった。


「ほう、確かに安定はしているな。出力は及第点といったところだが」


長い顎に手をやってそう言うのがトカゲ顔のジシス。感心気に拍手してくれるのがミエルタ。


「上手なものですねぇ。これを独学で?」

「まあ、短期間基礎を学んだ師匠みたいな人もいたけどな。ほぼ独学だ」

「すごいですねぇ。コツなどあるんですか?」


ミエルタが上手にヨイショしてくれるのでそれに乗り気分よく話す。

といっても、ほとんど感覚でやっているから改めて話すとなるとあまり多くは語れない。


ただ、俺が何となくやっている「第三者視点でイメージして、脳内の立体画像を投射する」みたいな感覚なんかは感心された。


「突飛な発想というわけではないが、独学で辿り着くには光る物があるな」


そう偉そうに褒めてくれたのがジシス。


「外から自分を見るイメージということですか。防御魔法が得意だというのも、その辺りに理由がありそうですね」


とニコニコしながら分析するのがミエルタ。さすがに院長をやっているばあさんだ。鋭い気がする。


「そうかもな。後は、最初から防御魔法目当てで魔法を学んだ節があったから、その辺も影響しているかもしれない」

「ほう、珍しいな」

「魔物狩りをやるに当たって、まず身を守ることを意識していたからな。攻撃する分には最悪、魔道具なんかを使ってもいいし、重要なのは命を失わないことだろう?」

「それはその通りだ。軍にも攻撃性能ばかり要求してくる頓珍漢が多くて辟易としている」


ジシスは鬱陶しそうに尻尾を左右に振り下ろす。

ジシスは普通に尻尾が生えており、服の後ろに穴が開いているのだが誰も突っ込まない。そういうものなのだろう。


「魔法使いのイメージはどうしても、威力のある魔法を放っている姿ですからねぇ。攻撃の花形ですから、若い子には輝いて見えるのでしょうね」

「ああ、困ったものだ。最近も大物を持ち込んで整備を依頼してきたが……あのような砲台、平原での討伐任務で意味があるか? まったく」


気になる発言、というか独り言が聴こえたぞ。


「待て、ジシス。砲台というのは、えっと……」

「魔導移動砲台ですか?」

「それだ、ミエルタさん。魔導移動砲台のことか?」

「そうだが……やはり噂が回っているのだろうか」

「いや、噂を聞いたんじゃない。稼働している場面に偶然出くわした。タラレスキンドの城門からすぐ北のところで……まあ、こちらが助けられた形だが」

「ああ、あのときの」


ジシスは眉間を寄せるようにして頷いた。多分表情が変化しているんだろうが、トカゲ顔の人の表情は理解しづらいぞ。


「もしかして、あの魔導小隊みたいのに所属しているのか?」

「いや、私は完全に研究畑だから違う。だが、その後の整備には駆り出された」

「ああ、なるほど」

「現場の連中はすぐに無茶をする。あのときも散々な状態だったさ」


目を細めて窓の外を見るトカゲ顔。これは遠い目をしているってやつだな。トカゲ顔だが分かった。


「ま、まぁ、あんたからすれば迷惑だったろうが、俺は助かったぜ」

「そうか、それは重畳」


ジシスも満更でない様子で矛を収めた。


「さて、防御魔法のことに戻ろう。当初から防御魔法を指向していたという話であったが、具体的にどういった訓練課程、習熟過程を経たのか話を聞かせて貰っても?」

「ああ、まあ覚えている限りで」


それから、港でピカタ、学院の生徒を教師として基礎理論や実践を習ったことを話す。そしてその後旅の間、どういうことをしていたかを覚えていた限りで説明する。

少し間が空いているし、いちいち覚えているわけではないのでどうしても大雑把な話になってしまうが。


「なるほど、水や砂の整形を中心に、その後は身体周辺での浮遊操作を繰り返したか。やはり『浮遊』と『操作』を重点的にやるのが防御魔法習熟の近道と言えるのかもしれんな」

「はぁ」


ジシスは手元に持参した書類をめくりながら自分の世界に突入してしまった。

軍の関係者ということだが、軍内での魔法指導みたいなものにも関わっている人かもしれない。


「こんなもんでいいのか?」

「ええ、ええ。私たちの教育にも取り入れてみますよ。攻撃魔法だけよりも、身を守る術があった方が大人としては嬉しいですから」


ミエルタが笑顔で首肯する。


「ミエルタの学院は魔法学院なのか?」

「いえ、私立の総合学習施設ですね。年齢制限もありませんし、内容も選択できます。周囲の子を集めた学級もありますけれど」

「どういうことだ?」

「ええと、学院には、年齢で区切る教育課程と、一般に開かれ自由に学べるものがあるのはご存知かしら? 私のところでは、どちらも真似事程度ですが受け付けているのですよ」

「ふぅん、なるほど」

「要は、貴族の方がやっている教育制度を庶民が真似っこしていると考えて下さればよろしいのですよ」

「……なるほど」


その貴族の方がやっている教育制度が分からない。が、まあ、義務教育と大学のような関係だろうと理解しておく。


「あ、そうだ。ちなみに魔道具を作る学科みたいなものは存在しているか?」

「魔道具ですか? そうなると、専門学校の方が宜しいかもしれませんね。初歩的なことなら教えられる者も居りますが」

「そうか。そのうち相談させてもらいたいが、いいだろうか」

「ええ、いつでもいいですよ」


にっこりと肯定してくれる。熟女好きではないはずだが、こういう優しい雰囲気の老婆はなんか癒される。男性が求めている母性みたいなものが溢れて見えるからか。


「なんだい、魔道具に興味があるのかい?」

「いや、テエワラ。今回の旅で俺の……仲間になった子がいただろう? あれが、魔道具作りを希望していてな」

「ああ~、あったねぇ。そうかい、魔道具をやりたいのかい。是非学ばせてやんな」

「そのつもりだ」


奴隷を買った直後は厳しい目を向けてきたテエワラだが、俺なりに大切にしようとしていることをくみ取ったのか、今度は優しい目を向けてくれた。

もともと『魔具士』に興味があり、役に立ちそうだったから買ったんであって、打算によるものだ。特別優しくしている気はないのだが、なんかむず痒くて堪らないぞ。

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