第67話 ウサウサ

左足を前に出し、半身の姿勢で木剣を掲げ持つ。

相手は剣を2つ、前に突き出すようにした構えから動かない。

どう打ち込んでも返される予感しかしない。これが隙が無いって状態なんだろうなと感心しながらも、呼吸を整えて強引に接近して剣を振る。

案の定、剣を受け止められ、流され、返す剣で首筋にビタリと寸止めされる。


場所は魔物狩りギルドの訓練場の一角。

朝ギルドを訪ねると、ちょうど手すきの人がいるから摸擬戦していく?と誘われたのである。

相手も魔物狩りらしく、ウォーミングアップとして丁度いいので金を取らないという。

喜んでと飛びついたのだが……ちょっと技量の差が大きすぎたようで、申し訳ない。あちらの練習相手になっているのだろうか?


普通サイズの木剣と小サイズのものを2つ構える独特のスタイル、まさかの二刀流である。カッコいい。

こちらでは双剣流というらしい。


「よろしく頼む……」と言葉少なに挨拶され、無口剣士キャラかと思ったが、違った。

双剣流に興味を持って休憩時間に質問すると、けっこうペラペラと喋ってくれる。表情は無表情のまま固定なのがちょっと怖い。休憩を終えて摸擬戦を再開するとまた、空気が変わって達人然とした雰囲気に切り替わる。

そういう人物らしい。


いわく、小さな方の剣で相手の攻撃を防御し、利き手の剣で攻撃するのが基本となる戦術とのこと。

小剣の方は実戦では普通の直剣ではなく、地球でソードブレイカーとか呼ばれる類の突起が付いたものになるらしい。

と、いっても実際に相手の武器を破壊することなどそうそうないらしいが。

突起で相手の武器を受け止め、あるいはうまく引っかけて動きを制限し、もう片方の剣でのカウンターに繋げるのだという。


弱点もあるらしく、矢を射掛けられたり、槍などの長柄の武器で突かれたりしたときに、面で防御できないのが大変らしい。

相手が剣士だとしても、この世界の剣士はスキルで斬撃を飛ばしたりしてくるので、やはり小剣で防御するのが大変。

ただ一方で、相性の良い相手……まさに今の俺のような相手には安定的に対処できる強さがある。


どちらかというと対人用の技術という気がして、魔物狩りに有用なのだろうかと疑問を持ったが、そこはもう1つの利点が大きいという。

まさに『剣士』のスキルのように、剣を媒介するようなスキルの発動は防御用の剣でも可能である。

そうなってくると、防御的側面が強いと思っていた小剣からも不意に斬撃が飛んできたリと、トリッキーな戦術が使える。

左右の剣でスキルを連続発動あるいは同時発動することで、いざという時の力押しも出来る。

この世界の二刀流……双剣流は防御が強いだけに留まらない、ということだ。夢がありますな。


双剣流を続けていると、相手の力と真っ向勝負せず、隙あらば敵の武器を巻き取るような手癖の悪さが付くという。

俺のような単純な剣筋は彼らのご馳走だ。

結局相手が任務の時間になるまで、いいように往なされて打たれ、転がされて打たれてとさんざんであった。もうちょっと時間があれば、身体強化魔法やエアプレッシャー自己使用を解禁して格上の武者に太刀打ちできるのかも試してみたかった。

それはまたの機会ということで。

摸擬戦を終え、予定していた情報の受け取りのためにギルド内の個室へ向かう。



「こんなところですかねぇ~」


昨日受付で応対してくれたウサミミ職員が資料を手に説明を終える。イリテラ、というらしい。

イリテラから聞いた周辺の情報は、クロスポイントで調べた情報とかなり被るところがある。

だが、こういうところは過剰なくらいでいいと思うので、復習がてら静かに聞いていた。そして、本番はここから。


「さて、サザ山の魔物について詳しく、ということでしたねぇ~」

「ああ」

「まず前提として、どういったルートでの挑戦を考えてますぅ?」

「難易度が低いルートがあれば、そこで。特にないなら……クロスポイントへの街道を使うのが楽そうだから、南からかな」

「そうですか~……難易度はそう違わないと思います。強いて言えば南側からになりますから、それで間違ってないかと~?」

「ふむ」

「では、街道を使って東に行き、その後北上してサザ山の南西から一般的なルートを登るとします」

「それでいい」

「そうしますとぉ~、まず気を付けて欲しいのは、植物ですねぇ」

「植物?」

「サザ山はもう、魔物の巣窟ですぅ。北東の草原などの感覚でいると、思わぬところで襲われたりして危険です~。特に、その辺に生えている植物が魔物だった、なんていうのが初挑戦でありがちな負傷原因なんですよ?」

「なるほど……」

「この辺は、油断しなければ勝つこと自体はそう難しくないはずです~、頑張ってくださいね。それで、サザ山の魔物と言えば、多いのがビースト系と爬虫類系、ですかねぇ~」

「分かるようで分からないネーミングだな」

「ビースト系、っていうのは単純に、最後に『ビースト』って名付けられた魔物のことですねぇ。だいたい4足歩行で、かつ何らかの動物に例えられていない魔物に付けられる名前ですぅ。爬虫類系というのは、トカゲっぽい魔物ですかねぇ。ドラゴンなんかも広義の爬虫類系に入る、カナ?」

「ドラゴンか……」

「はい。サザ山にも、それほど脅威度は高くありませんが、ドラゴン種と呼ばれる魔物、いますからねぇ? 油断は禁物ですよぉ」

「一応、一通り資料では確認したんだが、サザ山にいるドラゴンってのは、例えば熱岩熊なんかと比べてどれくらい脅威だと考えられているんだ?」


テーバ地方で初めて遭遇した強敵だからか、俺の中の基準は熱岩熊になっている。熱岩熊より強いなら、今のパーティで安定的に狩るのは難しい、みたいな。


「熱岩熊ですか……そうですねぇ。そもそもサザ山には、熱岩熊よりも強い魔物もいっぱいいますよ? 中層以降には特に。それで、ドラゴンの強さのことでしたよね、うーん……」

「……」

「南に出てきやすいのは角二足竜っていうドラゴン種ですねぇ。このドラゴンは、熱岩熊を安定的に単独で狩れる戦士が、チームで対処すべきだと言われていたかとぉ」

「めっちゃ強いじゃねぇか」


さすがドラゴン。まぁ魔物攻略本の絵を見る限り、ドラゴンというよりは恐竜、ティラノサウルスっぽい感じなんだが。


「そりゃあ、そうですよぉ。ドラゴンですもん。弱いドラゴンなんてぇ、鳥小竜くらいですよ」

「鳥小竜? 何だっけ」

「えーと、正式にはドラゴンじゃない魔物です。ちっちゃいドラゴンみたいな見た目で、ちょっと可愛いんですよぉ」

「可愛いんかい」


大して脅威じゃなかったから覚えていなかったっぽい。多分サーシャは記憶してたな。


「あと遭遇しそうなのは、岩地竜っていう下級ドラゴン種ですかねぇ。動き遅いんで、戦い方によっては熱岩熊より弱いかも。とんとんくらいかな~?」

「ふむ……ちょっとサザ山、行きたくなくなってきた」


多くの魔物狩りが向かっているとか言われて、ちょっと甘く見ていたのかもしれない。

熱岩熊レベルがごろごろいる山か……。


「まぁまぁ、南西のふもとにはテーバ戦士団の拠点に近いキャンプ地もありますし、その周辺でウロウロしていれば危険はない……かもしれませんよぉ?」

「まあ、うーん。情けないが、そんな感じでやるか」

「後はぁ、パーティを募集されたらどうです? サザ山なら、パーティメンバーを募集している人たちが色々いますからね。戦力を充実させましょ~」

「パーティ募集か。そう言えば、魔物狩りギルドの売りの1つだって言われたっけ。やったことなかったけど」

「そうですよぉ、魔物狩り目当ての人がそこらじゅうをウロウロしているこの地方だからこそ出来る夢のサービスですよ!」

「別に、パーティ募集なら傭兵ギルドでもできたが」

「そこらの個人傭兵の数合わせとは違いますよぉ。やってみれば、どれだけ需要があるか分かりますってぇ」

「ほう……そうだな。その辺も考えておこう」


敵の強さにちょっとビビり気味だからね。うまく波長の合う人が見付かればいいのだけど。


「ぜひぜひぃ。それでぇ、さっき挙げたドラゴン種と、ピエータと、アングリービーストあたりかなぁ? 目撃情報や討伐記録なんかの有料情報にも目を通すべきかとぉ~」

「なるほど。ではそれで」


熱岩熊のように、縄張りを避けて通れば遭遇しないというわけではないようだが、遭遇情報から見てどういう状況になっているかを知っていれば、遭遇確率の低い場所を選ぶことができる。出発直前にも調べるとして、とりあえず予定を立てるためにも情報を入手する。


「ではでは~、討伐記録も探してくるから、今あるの読んでおいてくださいねぇ」

「了解」


そう促された時には既に資料を読み始めていたので、生返事をして続きを読む。


総じて力強い魔物が多い印象。盾役がいないのはちょっと辛いかもしれない。

その分バシャバシャで嵌めて補うようにするか……やっぱりパーティを組むか、だ。

う~ん。


魔物の弱点などはサーシャが覚える気がするので、目撃情報などを中心に、持参した藁半紙に書き写す作業をする。

写してはダメな資料にはウサミミチェックが入る。

軽く読み流して、情報を写してはサーシャに渡す作業を数時間続けただろうか。


途中でウサミミ……イリテラは業務に戻り、たまに様子を見るだけになった。

その隙に書き写し不可な資料をどうにかできるのでは? と思うが、当然やらない。王家が後ろにいるらしい組織とつまらないことで対立は起こさないですってば。

途中で休憩も挟み、本日の情報入手を終えた。


「なかなか情報収集に熱心で感心だわ~。また何かあれば来てくださいねぇ」

「ああ、いろいろと世話になった」


ウサウサと頭の上で揺れるウサミミに触りたい衝動に耐えながら、イリテラに別れを告げギルドを出る。


もう時刻は夕方だ。今日はこれからどうしよう。

調べ物と書き写しでだいぶ気疲れしたし、あまり根を詰めることはしたくない。

そうだ、と思い付いて、あまり雰囲気の暗くない酒場を探して入ってみる。



「らっしゃい」


カウンター越しに声を掛けてきたのは垂れたイヌ耳のあるダンディーおっさんだ。せっかくのケモミミ付きなのにおっさんかよ。

誰も座っていないカウンターにサーシャと二人して並んで座る。

テーブル席に空きが少ないのもあるが、マスターに話を振りたいからである。


「おっさん、『不倒のラムザ』って人のこと知ってる?」

「ん? まず飲み物何か頼みな」

「ああ、すまん。俺はこの、オリジナルエールで。サーシャは?」

「私は……果実汁などありますか?」

「あるよ。アルコールはいらねぇのかい?」

「ええ」

「あいよ」


イヌミミマスターが手早く飲み物を用意し、カウンターの上に置いた。


「さて。で、人探しだっけ? 何て言った」

「不倒のラムザ」

「ああ、ラムザね。知ってるよ」

「お。本当か」

「お兄さん、こういうのは等価交換だぜ」

「あ? ああ……」


思い当たって銀貨を取り出し、エールを取る代わりにカウンターの上に置く。


「まいど。不倒のラムザってのは、まぁまぁ有名な魔物狩りだな。ああいや、元魔物狩りかな?」

「有名だったのか」

「そこそこ、な。腕……も悪くないらしいが、それ以上に見た目だな」

「見た目?」

「でかい。とにかく目立つ、知らずに探してたのかい?」

「人からの紹介でね。会えなくても困るわけではないが、一応探してみようかと」

「そうかい。今は一線からは引退して、慣れない情報屋と、教官の真似事みたいなことやってるって聞いたよ」

「教官の真似事? 現役時代に培った技術を売っているって事か?」


マスターは葉巻を取り出して咥える。手をかざすと、その端に火が点いたようで煙をくゆらせ始めた。

めっちゃハードボイルド。イヌミミだけど。イヌミミだけど。


「よくは知らねえが、そんなとこかねぇ。護衛仕事みたいなこともやってるらしいぜ」

「物を教えながら、初心者の護衛も引き受けるって感じか」

「そうそう……フゥーッ」


そう言って葉巻を指で挟んで口から離す。煙がもくもく。イヌミミがゆらゆら。

技術教官と初心者向けの護衛か……丁度いいかも?


「どこに行けば会える?」

「んー、ラムザの行きつけね……強いて言えばここか。あとはちょっと分かんないね」

「ふぅむ。ラムザの見た目の特徴なんかは? デカイ以外で」

「んん? デカいのが一番なんだけどねぇ。フゥーッ、まあ、後はハゲ頭で筋骨隆々の……そんなとこかな」

「聞いてるとかなり強そうだな」

「かもな」


イヌミミおっさんがニヒルな笑いを浮かべた。



お礼として更に銀貨1枚を置いて、街中に出る。あ、エールはフルーツの香りが強めに混ざっていて美味しく頂いた。何かつまみを頼んでみても当たりの店だったのかも。

しばらく、店の中には入らずラムザらしき人を目視で探してみるが、その日は発見できず。明日に持ち越しとなった。



************************************



翌日、やや寝坊して陽はすっかり昇り、重役出勤で街に繰り出す。

といっても魔物狩りギルドではない。今日はその前に、行っておくところがあるのだ。昨日、ギルド周辺の店を探しているときに目に入った文字。


『ジル・ストンの奴隷取引商会』


そう書かれた看板を一瞥し、押戸を空けて中に入る。


「ん? お客さんかい?」


入ってすぐの椅子に座っていたのは、チェインメイルを着て短めの槍を持ったお兄さん。

警備担当だろう。表にはいなかったが、中で警備しているのか。


「ここは奴隷の売買もしているのか? すぐにではないが購入を検討しているから、差し支えなければ相談したいのだが」

「やっぱりお客さんね。ちょっとお待ちになってくだせぇ」


槍を置いて店の奥に走る兄ちゃん。

武器置いてくのかよ。なんか練度は低そうだな。


「お待たせしました、当商会の販売担当をしておりますヤマーナです」


出てきたのは、意外にも若い女性であった。

長髪の黒髪で、眼鏡のようなものを鼻に乗っけている。真面目そうな人だ。


「即日購入というわけではないのだが、ここで扱っている奴隷を見ることは可能だろうか?」

「はい、可能ですよ。高い買い物になりますし、お互いの将来のためにも吟味は必要ですから。いつでもいらしてください」

「では早速?」

「ええ。こちらへ」


ヤマーナの後に付いて。部屋の中に入る……と、いくつかの扉を通過したところで大広間のようなところに出た。

中には何人かの男女が椅子に腰掛けたり、本を読んだりしている。


「ここは?」

「彼らも奴隷です。当商会では、問題のない奴隷はこのように過ごしてもらい、お客様に普段通りの姿をお見せすることと決まっています」

「ほう、なるほど」

「商会の従業員や、販売できない奴隷は首元に赤いスカーフを巻いております。逆に青いスカーフを巻いた者は本日の契約も可能です。何も巻いていないといった場合は私の方に確認してくだされば説明いたします」

「青いスカーフがOKサインと。うーん……」


周囲を見渡す。

何かを持って移動しているような、仕事しているっぽい人はだいたい赤いスカーフを巻いている。従業員か何かなのだろう。

本を読んだりと、やや暇そうにしている人は半分くらいが青いスカーフを巻いている。

紫のスカーフを巻いているのはどうなんだ?


「紫のスカーフは……」

「紫は暫定的な契約先が決まっている者になります。条件次第で契約可能と考えて頂ければ宜しいかと」

「条件次第、というと?」

「ええと、例えば先約があったとして、それよりも優れた条件を示していただければ契約可能、と」

「ああ。そういう……競りみたいなものと考えればいいのね」

「競り……うーん、はい、近いかもしれませんね」


ふぅむ。


「こちらの指定する条件の者を集めてもらうことは?」

「可能ですよ。そちらの会議室に集まってもらうことになります。そう致しますか?」


それが楽だろう。楽だが、せっかくの趣向?を楽しむのも手か。


「先ほど、問題がない奴隷はこのように暮らしている、とのことだったが……問題があった奴隷というのも?」

「問題がある、と判断された者は、奥の鉄格子で区切られた区画に入っております。そうしなければならない理由がそれぞれありますので、虐待などしているわけでは……」

「ああ、それはそうだろう」


今日来たばかりの商会に信頼もなにもないのだが、真面目子さんが気にしているようなので理解を示しておく。


「そちらを見せて貰うことも?」

「可能です。ただし奴隷教育が進んでいない者もおりますので、ご不快なことがあってもご容赦を」

「承知した」

「では、こちらへ……」


また後ろに付いて、更に奥へと案内されていく。

鉄格子部屋は、まさにイメージ通りの「奴隷の居場所」っぽい間取りであった。

中央に従業員と客のための通り道が通され、その左右の鉄格子で区切られた区画に老若男女が数人ずつ閉じ込められているのだ。

ただ衛生面などは悪くないようで、特に臭いとか汚いといって印象は受けなかった。トイレとかどうしてるんだろう?


「こちらは、単に教育時間が足りていない者達になります。特に反抗などしているわけではなく、直に通常の部屋で暮らすようになるでしょう」


最初の部屋で客前に出せる直前の、準備段階の奴隷の居場所ってことか。

奴隷達は俺が入ってきたことに気付くと、各々軽く頭を下げて挨拶をする。

比率としては、男6女4、老が1に対して中年・青年が3、若年が6ってところかな?

歳が若い人が多い。


「……先に進んでも?」

「ええ」


ざっと若年女性を中心に室内を見渡してみたが、これといってピンときた者がいなかったので、先を促す。

1人、赤肌の人がいたのは目立っていたが、筋骨隆々のオヤジだったからなぁ……。


「……こちらは、反抗的というわけではないですが挙動不審などで表に出しづらい者達になります」

「ほう」


いくつかの部屋を巡った後、連れていかれたのがここ。奴隷たちはこちらに気付いても挨拶する者は少なく、中の椅子に座り込んで様子を窺っている者が多い。

ここは男比率がやや高く、しかも女性は高齢の者が多い。


「あっ……あっ」


ここはないな、と思って次を促そうとしたとき、奥のほうの部屋にいた男が鉄格子を掴むようにして前に出た。


「どうしました? テュモー?」

「ああっ……あ、あんた、俺を買わないか?」


やや過呼吸のようになりながら、そう話し掛けてきたのは金髪の青年。顔つきは北欧っぽい感じ。


「落ち着いてください、テュモー。申し訳ありません、お客様。彼は期限奴隷なのですが、いささか情緒不安定のためこちらに入っているのです」

「……期限奴隷?」

「解放までの期限の定められた奴隷です。多くの場合、彼もですが、契約できず一定期間を過ぎるとそもそも奴隷契約が成立せず、商会に手数料分の借金だけが残ります。なので契約したいのでしょうが……」

「問題がある?」

「問題というほどでは……。ただ、やや妄想癖が入っているのか、良く分からないことを言ったり酷く落ち込んだりして大変だったので、一時的にこちらへ移しました」

「ふぅん?」


それって問題があると言っているに等しいのでは。


「あ、あんた! 俺はな……俺は……ここじゃない世界から来てるんだ! 嘘じゃねえ!」


……おっとー?

まさか、同業者?様か。


「嘘じゃねぇんだ! 俺を雇えば、この世界にはない発想が手に入る! こ、ここより進んだ文明も知ってるんだ!」


こちらに血走った眼を向けて喚く金髪男奴隷。真面目子さんをちらりと見ると、困惑気な表情をしていた。


「魔王崇拝者、というわけではないようなのですが……まあ、彼が嘘を言っているという証拠もありません。読み書きもできるようですから、それなりに使える人材なのでは?」


と、ちょっと売り込みアピールしてくる。真面目子さんも彼に同情している部分があるのかもしれない。


「うーん、と……そもそも、俺が探しているのは戦闘奴隷だ。魔物と戦った経験はあるのか?」

「まま魔物? ないが……くそ、銃さえあれば! 何で持って来られないんだ!」


うん。銃ね。こいつ完全に転移者だろ。こっちの世界にもあるとはいえ、あまり出回っていないようであるし。


「……すまないが、事務用員は必要なくてね……縁がなかったと考えてくれ」

「くそっ! このまんまじゃ、また借金まみれで……永年奴隷になるしかないっ! それじゃ意味ないじゃないかっ?」


ブツブツと文句を言い出す金髪奴隷。うーん……頑張れ。俺にもっと余裕があれば助け……たかな?

どう転んでも面倒にしかならなそうだし、どれだけ金や時間があってもスルーした気もする。


「ここまで案内した以外ですと、素行の悪い者や、犯罪奴隷達となりますが……ご覧になりますか?」

「犯罪奴隷か……いや、今日はこのへんで遠慮しておくよ」


なんか、ご同輩に遭遇したことで気が抜けてしまった。

戦闘奴隷希望の者だけで集め直してもらってなどと考えていたのだが、今日はもう撤退しよう。


「参考になった。また機をみて来るよ」

「いつでもお待ちしております」

「今日は無駄働きになってしまって、悪かったな」

「いえ、お気になさらず」


真面目子さんに別れを告げて通りに出る。

後ろから付いて来ていたサーシャが、おずおずと前に出てこちらの顔を覗き込むようにした。


「ご主人様、お加減が悪いのでしょうか? 様子がおかしかったですが……」

「ああ、いや。なんでもないんだがな」

「……そう、ですか」


上手くいっていない転移者が多いと白髪のアイツが言っていたが、本当にそうだったな。

俺も一歩間違えればそうなっていたのだろう。本当に、お金は大事にしよう。

……今更だが。


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