第66話 まったり

夜闇のなかをひたひたと歩く。


完全に予想外の収穫があった。

おニューの装備である怪しいヘルメットだが、暗視効果があった。

暗視効果があったのだ!


テレビで見たような周囲が明るく見えるレベルのものではなく、暗いが何となく物が見えるというくらい。

だからか、今まで夕暮れ時に被っていても気付かなかった。

だが、今回月の光があるとはいえ真夜中に被ることになり、流石に暗くて良く見えんな~、と思っていたら見えるようになった。


驚きである。

ただ、通常よりも多少多くの魔力が流れているっぽい。当然、MPの消費も相応に増加するだろう。


それを差し引いても、有用だ。


それでも昼と比べれば視界は狭く、短くなっているはずなので、ジョブ3には『警戒士』を付けて厳戒態勢だ。

いつもと違うことがもう1つ。

ドンがサーシャの背中から降り、自分の脚で移動している。

ふん、ふんと鼻を小さく動かしながら周りを警戒してくれている。かわいい。


「ギー、ギッ!」


ドンが短く鳴くと、進行方向の遠くに小さく青い光が見えた。

道を外れてじっとしてみるが、こちらを完全に補足しているようで向かって来るので、観念して待ち構える。ジョブ3は『剣士』に付け替え。


「ヒヒェーーーーッン!」


改めて見ると、まさに燃える馬。昼間に見たのと同じ種類の魔物。炎走りである。

背中の火の色が赤から青に変じているのは、別種なのか時間的な違いなのか。

しゃがみこんで地面に手を当てる。土が盛り上がり、胸あたりまで高さがある壁が生まれる。そして……


「サンドニードル」


普通の炎走りと同じなら、魔法抵抗が強いはずなので土魔法を放つ。

土針は炎走りの体表を削るが、止まらない。

サーシャの矢が放たれ、首筋に刺さるが、これも意に介さずに走る。


いよいよ相対距離が近付き、壁を前にする。

軽く後ろ脚で地面を蹴って飛び上がって……くれたら楽だなぁと思っていたのだが。より一層の加速を見せて、そのまま壁にぶち当たる選択をした。


「まあそれはそれで」


炎走りが足を取られてガクンと身体が揺さぶられ、そのまま姿勢を崩したまま壁と激突する。

先に壁を作るときに、手前の地面にバシャバシャを使っておいたのだ。

いつぞや、熊の魔物にも使った戦法である。

やや勢いを削がれながらも身体全体で突っ込んで来る形になったので、エアプレッシャーの自己使用で緊急回避しつつ、剣を当てて受け流し、出来る限り馬体の軌道を右に逸らす。

完全に転び、4つ足を投げ出す形となった炎走りだが、首だけで振り向いた目はランランと輝き、闘志を衰えさせてはいない。

剣を左手だけで持ち直して、流すように斬り付けながら右手を胸元に入れる動作をする。異空間に手を入れ、取り出すのは久しぶりに使う魔銃。

炎走りが起き上がろうとする眼前に構え、威力重視で連射する。途中で散弾バージョンも入れてみる。あ、ジョブも『魔銃士』を付けておくか。


キュイイイイン……バシュウッ

キュイイイイン……バシュウッ

キュイキュイキュイキュインッ……


懐かしさすら感じる甲高い音と共に、何度も炎走りに光の塊が降り注ぐ。


「ヒィィン……」


再び4足を投げ出し、今度は力を失って嘶いた。


「ふっ」


最後は魔導剣に魔力を通し、『剣士』のジョブに付け替えると「強撃」を発動し、真っ直ぐ剣を振り下ろす。

ビクビクと痙攣し、炎走りは力尽きた。背中の青い光が薄れ消えていく。


「どういう原理なのかな~、これ」

「解体はしますか?」

「ああ、軽く魔石だけ取ろうか」

「お肉は取らないのでしょうか?」

「……少しだけ取ろうか」


危険な夜の旅だし、先を急ごうかと思ったが、食欲魔神に負けて少しだけ解体の時間を取る。

解体するのはサーシャなんだけどね。

ろくに血抜きもしていないので味は期待できないが、サーシャはお腹の肉を切り取り、背中にあった魔石を切り取って死骸を俺の掘った穴に埋めた。

所要時間20分強くらい、かな?


いつぞやの「夜闇の狩人」みたいな二つ名のあった魔物のように、闇に紛れる系の魔物に狙われると厄介だ。

先を急ごう。


しばらく進むと、少し先にたき火の光が見えた。


「ご主人様」

「敵か?」

「分かりません。ただ、おそらく戦士団の人です」

「見えたのか?」

「遠目で確認したところ、装備に紋章のようなものがありました。ただ、盗品かもしれません」

「そうだな。警戒しながら、だな」


お互いの声が叫ばなくとも届くほどに近付くと、あちらから話し掛けてきた。

なかなか立派なテントの前でたき火をしており、テントの前とたき火付近に何人かの歩哨が立っているようだ。


「よう」

「どうも。戦士団か?」

「そうだ。そちらは個人傭兵か」

「ああ、魔物狩りギルドに所属している」


一応、ギルドのカードを用意しておいたので取り出して示すようにして見せた。


「……そうか。夜に進むとはせっかちな野郎だな。気を付けろよ」

「ああ。何か近くで魔物の情報はあるか?」

「さあな」


こちらに情報をくれるつもりはないらしい。まぁいいか。

気配察知で動きを十分に警戒しながら、テントの前を通り過ぎ、遠ざかる。問題はなかったか。


「たしかに鎧に紋章があったように思うが……前のと違う紋章じゃなかったか?」

「はい。あの紋章は、王都の戦士団の方ではないでしょうか?」

「そっちか」


てっきりテーバ戦士団の方だと思い込んでいた。

あれが王都のエリート戦士団って奴か。

情報共有もしてくれそうになかったし、たしかにテーバ戦士団より親切な感じはなかったな。


「領都と野営地の間でキャンプか……何をしていたんだろうな?」

「うーん……大人数のようでしたので、野営地は避けていたのでは?」

「ああ、まぁありそうだ」


人数ゆえの他のパーティへの配慮というよりは、身分の低い傭兵と一緒の場所に泊まるなんて!みたいな選民意識が理由になっていそうだが。


それから更に歩き、街道が緩やかな登りとなったために必然的に口数も減った。

その途中で黒い蛇の魔物に遭遇したりしたが、気配察知で接近を感じ取って火球を放ってやると、逃げ出した。奇襲専門の輩なのかもしれない。


そして空が白みはじめ、完全に夜闇が晴れるころになって、やっと上り坂が終わり、やや急な下りへと変わる。

その眼前に広がっていたのは、スラーゲーやサテライトといった、今までに見たいくつかの街よりも数回りは巨大な、一面に広がる都市であった。

流石に港都市とは比べるべくもないが。


「おおー、これがタラレスキンドか」


色合いの調整はなされていないようで、全体的に雑多な印象を受けるが、全体としてはやや茶色い色彩。奥の方の壁は石造りで立派だが外側には粗末な壁がいくつも重なっている。街全体としては歪な形状をしており、何度も増築を繰り返しながら付け足し、付け足し、カオスに成長してきたというのが見て取れる。

港都市にも、壁外に新市街という名の貧民街が広がっていたが、ここまでカオスではなかった。抱え切れないカオスが壁の外に追い出された感じの港都市と対比して、タラレスキンドはカオスそのものを町が内包している感じ。

カオスでない部分の方が少ないのだ。


「さて、行こうか」

「はい」


早朝から入口の受付はしているのだろうかと思いながら近づくと、幸運にも入門の受付が開始したところであった。


「朝っぱらからご苦労さん。身分証か何かあるかい?」


剣を佩いてスケイルメイルを着込んだ門番の男に促されて、魔物狩りギルドのカードを見せる。サーシャも胸の前に示すようにして見せている。


「魔物狩りギルドね、通って良いよ。1人銅貨30枚ね」


あっさりと通過。だが通行料はかかった。

クロスポイントなんかではなかったのだが、タラレスキンドでは徴収されるらしい。

領都だからだろうか。


門を潜ると、また正面に門が見える。左右にもいくつか門が開いている。まるで迷路のようだ……。

事前の下調べで魔物狩りギルドの場所は知っているので……サーシャ、頼んだ。


「場所を探すのは、私も苦手なのですが……」

「俺も」


2人で何度か迷子になりつつ、魔物狩りギルドのある区画に到達する。


粗末な壁の門はだいたい開けっ放しになっていたし、手続きが必要な場所も税は取られなかった。

どうやら最初の入口でのみ徴収する設計のようだ。



************************************



コミカルな魔物に向かう剣のマーク。見覚えのある、いや、すっかりと見慣れたマークだ。

しばらく迷っているうちにすっかり昼前になっていたので、魔物狩りギルドは当然開いていた。


「いらっしゃいませ~」


ギルドのものとしては、今まででダントツで大きい建物。正面には、初めて入った魔物狩りギルド、サーストリラのギルドにあったものと同様の円形の受付。周囲の無駄にだだっ広いスペース。

金を掛けているなと分かる造りだ。

しかも受付が……受付が……美人の妙齢女性……しかも……兎耳……!

まるで物語のような……ギルドの受付……!

ざわ……っ! ざわ……っ!


「……いらっしゃいませぇ~?」

「ご主人様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、すまん、ちょっと寝不足で惚けてしてまったか。この周辺の危険な魔物の情報を集めて欲しいのだが」

「無料のものですか?」

「いや、有料でいい。以前、時間をかけてまとめてもらったことがあったのだが、そういったサービスは可能か?」

「はい、可能ですよ。ではギルドカードをご提示ください。いつ情報を聞きに来ますか?」

「明日か、早いようなら明後日」

「畏まりましたぁ~明日で結構ですよ」

「あ、あと、今日はしないが講習会の予定や、摸擬戦の方式なんかを聞いておきたい」

「講習会ですか。色々ありますよ~それもまとめたものを明日お見せしましょう~。摸擬戦ですが、本ギルドでは職員のみならず、他のギルド員が受け付けていることもありますよ。調べ方をご説明しましょう~」


そういった情報が集められているコーナーがあるらしく、それを見ろということだった。なるほど。


「他に、そうだな、個人的な依頼として、斥候の技術を習うとか、そういった学習面でのサポートはないか?」

「それもありますよ~。摸擬戦と同じです。でも気に入る募集がなければ、自分が依頼するというサービスがあります。有料ですけどね~」

「ほう」


流石に人が集まっているだけあって、色々サービスがあるな。活用しよう。


「とりあえず情報のとりまとめだけお願いして、今日は休みたいのだが。お勧めの宿などないか」

「特にそういったことはございませんねぇ。近いところいう意味で、出て左に4軒進んだところにちょうど良い宿がありますね~」

「そうか。どうもありがとう」


ウサミミお姉さんにほんわかしながら本日の活動は終了。

出店でスープや串焼きを買い込みながら宿を探し、目についたものに宿の部屋を取った。

4軒隣の宿は近すぎてスルーしてしまった。すまん、美人ウサミミ受付嬢のお姉さん。


宿の室内で買ったものを貪り、いいかげんに眠気がピークなのでベッドにダイブ。俺は寝るぞ~。


************************************


……目を覚ますと、夕陽の赤光が窓に映っていた。夕方まで寝通したか。

隣ではサーシャが突っ伏すように寝ている。

最初は隣に並んで寝ていたはずなので、一度起きてまた力尽きたっぽい。好きなだけ寝させてやるか。


荷物をまとめた一角がモゾモゾと動き、邪魔なものを投げるようにしてドンが姿を現した。

ぐぐっーっと伸びをして、「ギィーッ」と一鳴き。

おはよう。


「キュー」


ややふらふらとしたままリュックを漁り、そのポケットの1つを器用に開けると干しブドウを取り出す。

タイミングが合ったようだし、多少はお世話してやるかとドン用の更に水を注ぎ、置いてやる。

あとは干し肉もひとかけらナイフで削り出す。


ドンはふんふんと匂いを嗅ぐようにしてから、肉をパクリ。モシャリ。半分ほど残して鼻で押した。

もういらないらしい。

ドンさんは肉も食う。食うのだが、あまり量は食わないし、場合によっては全く食わない。

とりあえず出してみて、欲しい分だけ取ってもらうことになる。

別に出さなくても文句を言わないので、放置することも多いのだ。手間がかからない。

それでもサーシャが起きていれば、あれこれと世話したがるのだが。俺は放置か、気付いても見物している。女の子と動物の組み合わせは最強なのだ。俺がその世界を壊すこともあるまい!


ドンさんの食事観察も終わり、やることのなくなった俺は武器の手入れを始める。

それも終わるとベッドに寝転がり、またウトウト。

そうだ、いまのうちにステータスチェックしてもしておくか。

ステータス~オープンッ!



************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(19↑)魔法使い(12)警戒士(7)

MP 38/40

・補正

攻撃 G+

防御 G+

俊敏 F-

持久 F-

魔法 E

魔防 F+

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法

気配察知Ⅰ

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

***************************


『干渉者』が上がったァー!

さて、変なテンションは止そうか。

冷静に、あまり変化はない。サーシャはどうだろう?



************人物データ***********

サーシャ(人間族)

ジョブ 弓使い(10↑)

MP 6/6


・補正

攻撃 G-

防御 N

俊敏 G+

持久 G+

魔法 N

魔防 N

・スキル

射撃微強、遠目

・補足情報

ヨーヨーに隷属

***************************


うむ、地味にレベルアップ。レベル10で新たにスキル習得とはいかなかったようだ。普通は何らかのスキルがレベル10で習得できるはずが、サーシャの場合に早く習得できたのが「遠目」なのだろう。

ここは2ケタレベルに達したことを素直に喜んでおこう。

おそらく、戦士団などでは見習いの域だが……。


「ギ~」


通り掛かったもふもふな物体をわっしと両手で確保して、ついでにドンさんもいっとく。



************対象データ***********

ドン(ケルミィ)

MP 7/7(↑)


・スキル

気配察知Ⅱ、刺突小強、危険察知Ⅰ

・補足情報

ヨーヨーに隷属

***************************


覚え違えていなければ、MPが地味に成長しとる。

こいつMPが減っているの見たことないけど、スキルは使用しているんだよな……?

「危険察知」は消費がないのかな。それだったら便利だけど。


現状、この方の索敵スキルには大いにお世話になっている。

昼間の時間は本当にまずいときにしか反応してくれないが、それが保険として作用している。

戦士団の任務に同行したとき、本職じゃない人も斥候として動いて安全を確保していたのを見た。

本当はそうすべきなのだろう、とは理解したものの、現状出来ないものは仕方がない。

せめて、ギルドで斥候用の講義をしている人がいれば勉強してみるつもりではある。

それでなんとかなればいいけど。


外に出る気にもならず、室内で水球を飛ばしながら簡単な魔法の制御訓練をして過ごす。


「んぅ……おはようございます?」


しばらくするとサーシャが覚醒。


「おはよう。そろそろ夕飯の時間だがどうする? 腹は減っているか?」

「んー、はい。大丈夫です、食べられますー」


昼飯を食べてから寝てしかいないのだが、食べられるらしい。流石である。


「あっ。昨日の夜に狩った馬肉、どうしよう」

「あー……そういえば。悪くなってしまったでしょうか」


サーシャがしょんぼりしながら言う。


「どうだろうな……どこかに持ち込みしてみるか」


サーシャの完全覚醒を待って、念のために鎧も着て、外へ出る。

職質されそうなので、ヘルメットは装着していない。

宿屋に備え付けの食堂はなく、近くにあった安居酒屋っぽい店に入って、肉の調理をお願いしてみる。


「このお肉? ん~あんまり状態は良くなさそうだね。ミンチにして調理してみるよ」


恰幅の良い給仕のおばさんは渋い顔をしながらも了承してくれた。

普通に一品頼めるくらいの手間賃は掛かったが、捨てるのも忍びない。

しばらく待って出てきたのは、ミンチにした肉をつなぎで固めたような料理。

野性的なコロッケとでも言うべきか。

口にすると、ほろほろと肉が崩れ、甘辛い味付けで食える味だ。

獣臭さとかも特に感じない。


「なかなか」

「はい。美味しいです」

「ギーギー」


ドンさんが珍しく欲しがっている。どうぞ。


「ギーキュ」


まぁまぁかな? って反応ですね。たしかに可もなく不可もなくな味です。

他にも野菜炒めなんかを注文して飯を食べる。

宿に戻ってからも特にやることはなく、ぼんやりと過ごす。


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