第65話 湿った薪
「一度、奴隷商会でも探してみるか」
「奴隷商会、ですか」
俺のつぶやきを聞き咎めたサーシャは微妙な顔。奴隷に思う所があるのか、また無駄遣いするつもりだと思われているのか。
「いや、すぐにメンバーを増やすつもりではない。ただ、前衛もできて俺たちと相性の良い相手となると、すぐには見つからないだろう。新しい街に行くたび寄ってみるのも手かな、と思って」
「……そうですね」
サーシャの同意に感情が乗っていなくて怖い。反対なんだろうか?
「意見があれば忌憚なくしてくれ」
「いえ、意見というほどでは……すみません」
そういうのが一番困るって!
まぁ金が出来たら増やしていくぞ、ということは既定路線なのであえてここは貫き通す。
どこまで増やせるかは分からないけど、エリオットみたいに拠点を管理する人とかも居たらいいよね。その前にまず拠点を構えないといけないけど。夢が広がりんぐ。
「この際俺の意見は置いておくとして、新メンバーを加えるなら要望はないか? 以前否定したが、男ということでも構わないぞ」
サーシャを前向きにするために意見を取り入れよう。
冷静に考えて、戦闘に役立つなら男の奴隷もアリっちゃアリだ。サーシャといちゃいちゃする俺を見て不満を溜めそうなのは怖い。が、子供とか枯れているベテランじじいといった選択肢もある。
……子供や老人なら、若い女性の方がいいのか。うう~ん。
「そうですね……あまり自己主張の強い人だと大変だと思います。性別はどちらでも構いません。実力のある若い女性が一番なのでしょうが、そうなると金貨の1枚や2枚では難しいでしょうし……」
「やはりそうか」
サーシャは金貨3枚を超えていた。それまで戦闘経験はなく、際立った特技があったわけでもない。少し薄い顔は奴隷の売れ筋ラインからも外れていた。
それでも妙齢の女性、ということで金貨3枚したのだ。戦闘系のジョブで腕が立つといった好条件を加味すれば、どこまで跳ね上がるか。
もちろん、出来れば見目好い方がいいが、そうなるともう、天井知らずの値になるはずだ……。
「ま、まあとりあえず、一度機をみて行ってみよう。サーシャとの相性も大事だから、その際は積極的に意見を出すように頼むぞ」
「はい」
ちょっとだけ前向きになってくれたかな?
ぶっちゃけ夜のムフフな運動のお相手というだけなら、サーシャでかなり満足しているから、戦闘面だけ吟味して妥協すれば金貨2枚で掘り出し物があるかもしれない。
なんとなく気分ではなくなって、積極的に奴隷商会を探すことはなかった。道を歩きながらキョロキョロしてみたが、それらしいところはなし。
タラレスキンドに着いてからでも良いか。今は旅の支度をしよう。
「明日には出発したいが、最後に必要なものはあるか?」
「そうですねぇ……食糧です」
「うん」
相変わらずだわ。サーシャ主導で道中の保存食なども揃え、早めに寝た。ついに領都に出発だ。
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怪しいガスマスク風のフルフェイスヘルメットをすっぽり被り、ボロくなってきた革の鎧を装着。背中には反りの入った長剣を背負い、テント用品を縛り上げて担いでいる。
俺です。
怪しい……! 怪しすぎる!
サーシャはドンの入った大きなリュックが浮いているが、長くなってきた髪を鉢巻きで抑え、皮の鎧にグローブに弓といかにもな狩人スタイル。
同じような皮の鎧装備なのに、どこかスタイリッシュ。解せぬ。
「よし、出発だ」
「はい」
サーシャは一瞬俺の顔、というか怪しいヘルメットをチラ見してから目を逸らしたように見える。んん? なんだね?
ヘルメットの魔道具に魔力を流して出発進行。
この魔道具、だいたい1時間にMP1くらい消費するということが分かった。割と省エネ。
現在、そのときの状態にもよるのだが、歩いているときでも1時間に2から3程度MPが回復する。つまり戦闘中でもなければ、ヘルメットのせいでMPが枯渇することは考えられない。
安心して普段使いできるということだ。肝心の防御力がどれほどのものか分からないのが不安だが。まぁこれまでの安物のヘルメットと比べて落ちるということはあるまい、と楽観している。
あとは見た目さえよければ……いや、何も言うまい。
半日ほどかけて、カンセン川を渡る橋まで辿り着いた。ここまでは、戦士団の任務でも辿った道だ。
魔物も出ず、平和な旅である。
「ついにこの川を渡るか~」
なんだかんだと、北のほうでも川の近くまで行ったし、任務では川沿いをひたすら移動していた。
そろそろカンセン川にも飽きてきたというものだ。
この川を渡ることで行政区域も変わり、西地区と呼ばれる地域に入ったことになる。
川からすぐ西はなだらかな平原が広がり、視界が開けている。もっとも、左手には遥か先に断絶山脈が聳え、右手には魔物狩りのポイントだと教えられた小ぶりなサザ山があるため、どこまでも広がる、という感じではない。
このままサザ山に進んでも良いのだが、まずは一度領都まで行ってみたいので素通り。
今は右前方に見えるサザ山だが、タラレスキンドから見るとちょうど北東。現在の進行方向からすると右に位置し、後ろに流れていくことになる。街道はほぼ西に真っ直ぐなので、サザ山がどの位置に見えるかで進行の度合いが分かるという具合だ。
午後は高低差もほぼなく、なだらかな街道を進むこと半日。
途中で前方から来る乗合馬車とすれ違ったくらいで、事件もなく日暮れ時。
サザ山は右前方から、ちょうど右から少し前くらいまで位置が変わっている。
「お、あれが野営地かな」
街道脇に、小さな池といくつかのテントのある場所を発見。
野営に向いた場所というのは限られているし、一日に進む距離もある程度決まっているので、特に整備されていなくても街道脇には自然と野営地が出来上がる。
この野営地は、そういう自然発生的なものに見える。
「兄さんたち、薪いらねぇか?」
野営地の端を確保し、テント用品をばらしていると、小汚いローブを着た小男が木片を束ねたようなものを持って寄って来た。
「いくらだ?」
「銅貨20枚くらいでいいよぉ」
「貰おう」
自分で木の枝を拾ってもいいし、いざという時の薪代わりとなるものも持っているのだが、買えるなら買ってしまってもいい。
もう日暮れ時を迎えてしまったし、拾うのも一苦労だろうから。
「まいどぉ!」
男から買った薪を受け取る。少し湿っているな……外れか。
行事でキャンプファイアーしたときなどはかなりの時間燃え盛っていた気がするのだが、この世界の枝に火を点けても思ったよりも短い時間で消えたりする。キャンプファイアーのときは、引率の先生たちが何か着火剤でも混ぜていたのかもしれない。そして湿気ている枝を使うと更に火の寿命が短い。といっても、その辺で拾うよりは余程乾いていたりするので、買って損とはいえないのだが……。
即席のかまどを設置し、火魔法でこころなしか乾燥させてから火を点けると、サーシャが鍋に水を汲んできてその上に置く。
道中で摘んできた野草と買ってきた肉、調理玉を入れる。
調理玉というのはインスタントのスープの素のようなものだ。
わりと各地にあって、サーシャは新しい味を見つけるといつも買っている。
各地で違う味があるので、食べ比べをしているようだ。
今日のスープは……うん、みそ汁っぽい味。なかなか。
「悪くありませんね」
「うん。……今日はなんというか、平和だったな」
「魔物が一度も出ませんでしたからね……本当にテーバ地方なのでしょうか」
「そうだよなぁ……」
楽でいいが、ちょっと物足りなくなっている自分もいる。
ただ歩いているだけでは疲れるだけで楽しみがない。たまの魔物の襲撃は、旅のいいアクセントなのかもしれない。そんなことを考えた。
空を見上げると雲1つなく晴れていて、満天の星。
主要な街道の野営地なのに柵すらないのは、この辺の平和さを表わしているのかもしれない。
「でも、たまにはこういうのも普通の旅っぽくて良いな」
「普通ですか」
サーシャは首を傾げている。
こちらの世界の普通の旅は、魔物と戦うのが普通でピンとこないのかもしれない。
「魔物の危険の少ない旅をしたいのでしたら、北の地に向かうべきですね」
「北?」
「はい。北は魔物が少なく、南に行くほど多い。また東西も似たようなことが言われます」
「ほう」
「王都はちょうど北東にありますから。それから離れるほどに危険が大きいのだと教えられたことがあります」
「そうだったのか……エリオットたちが北を中心に旅をしていたというのも、そのせいか?」
「そのぶん、魔物を目当てとした仕事はしにくそうですが……護衛仕事などを中心にやっていたのかもしれませんね。それに、北東が安全というだけで、北でも西に向かうほどに危険ということになりますから」
「そういえば、オーグリ・キュレス港のあたりは魔物が少なかったな。王都に近いって言っていたもんな」
「そうですね。魔物が少ないからこそ栄えた北東の地を中心にして拡大してきたのがキュレス王国ということでしょう」
なるほど。サーシャの言うように、王都キュレスベルガは王国全体の北東に偏った位置にあり、それでいいのかと思ったことがある。
だが、むしろ北東を中心にして成り立ってきた国だから、それを動かすわけにはいかないのか。
「なんでもっと、王都が中心になるように拡大してこなかったんだろうな? 南西の端っこにある領地とか、連絡を取るだけで大変そうだが?」
「それは分かりません。詳しい方に訊けば、何か知ってる方もいるでしょうが。思い付くとしたら、外交関係でしょうか」
「外交関係?」
「北には古くからの同盟国であるスウェイ王国とイイアゲア王国という国があるそうです。2国まとめてもキュレス王国の半分の面積もない、小さな国らしいですが。もう1つのウィンスニア王国という国も親しいそうですし」
「北には友好国があったから、南に拡張していったってことか」
「推測ですが……」
「南の何とか言う国とは戦争しているらしいから、間違ってないかもね」
「ズレシオン王国……連合王国でしたか。新しい国なので、秩序が保たれず大変な国だと聞かされました」
それはプロパカンダってやつじゃないかね。
「まぁ戦争に巻き込まれるのは嫌だけどさ。魔物が多いなら、南の方に旅してみるのも稼ぐには良いのかもな」
「そうですね」
魔物狩りの聖地たるテーバ地方には及ばないのかもしれないが。
あるいは、南と同じく魔物が多く、戦争も起っていない西って手もある。
現在、東の玄関口であるターストリラからクロスポイント、そしてタラレスキンドへと西に移動しているのが俺たちだ。
そのまま西に抜ける感じで、テーバ地方を横断してみるのも面白い。
タラレスキンドでしばらくは過ごす積もりだけどね。
ゆったりとした時間を過ごし、この日も早めに就寝した。
警戒役はドンさんに丸投げである。
供物として木の実を献上しておく。
「キュキュ」
よろしくおねげぇします。
************************************
近くに山のある影響か、道にややアップダウンが生じるようになったが、今日もほぼ真っ直ぐに西への街道が伸びる。一面の平野という雰囲気はなくなり、山の近い右手は木が生い茂って見通せなくなってきた。
ただ、変化と言えばそれくらいで、後は前から来た他のパーティとすれ違ったり、後ろから何度か馬車に抜かれたくらい。またも平和な時が続く。
野営地で一晩を過ごすとどうしても同じ方角へ向かう他のパーティと行動が被る。その場で協定を結ぶなり、ノリで一緒に行動するパターンもよくあることのようだ。
俺以外のいくつかのパーティが足並みを揃えて出発するのを朝、見送った。
俺はむしろ、団体行動が嫌なので出発時間を後ろにズラしていたが。
少し右曲がりになっていたカーブを超えた辺りで、その合同パーティと思しき先に出発した面々が視界に入った。
馬っぽい生物を囲んで気勢を上げている。
少し距離を取って、サーシャの遠目で実況してもらおう。
「背中が燃えるように揺らいでいます……炎走りという魔物でしょうね」
「やはりか」
「魔物攻略本」で見た特徴と一致するのでこれは分かり易い。
1時間以上先に出発したはずの合同パーティに追い付いてしまったのは、人数が膨れて速度が落ちたのか、こうして魔物に散発的に襲われていたためか。
「勝てそうか?」
「脚を完全に止めて一方的に攻撃しているようですから、勝てるでしょう」
「じゃあほっとくか……」
しかし、横をしつれいしまーすと素通りなどしたら、どう思われるか分からない。
仕方がないので、カーブの手前、あちらから見えない場所の木陰でしばらく休むとしよう。
「昨日も少し前を他のパーティが進んでいたようだし、俺たちの旅が平和なのはそのせいか……?」
「かもしれませんね」
おこぼれで楽をしやがって……とか思われていそうだが、今更である。
前のパーティが苦戦していたら手助けするくらいの方針でよかろう。
そして無事に本日の野営地へと辿り着いて、夜。
別の調理玉を入れたスープを啜ってまったりしていると、ごついジャケットのような防具を着た男が近付いてくる。
「おい、おめぇら」
「あ? 俺たちか?」
「他に誰がいんだよ? ちっと面貸せ」
「……」
いつだったかのサーシャに手を出そうとした傭兵団を思い出す。
嫌だが、なるようにしかならんか。切り札は今も異空間にある魔銃と、魔法全般かな……顔見知りはいないので多分、使えることは知られていないはずと考える。
問題は、こいつ個人が襲ってくるならともかく、他の野営者全体が敵になったときか。
「黙ってねぇでなんとか言え」
「用件を言ってくれ」
「ああん? おめぇら昨日も見張りも出さずに、ハイエナみたいに後ろ付いてきてたろ」
おっと、それか。
「共同での見張りにもパーティにも誘われた覚えはないが? 話があれば考えただろうが、なかったからな」
「その割にゃ、誰も見張りに立ててなかっただろう。他のパーティの出した見張りにタダ乗りってことだろうが」
「そりゃ誤解だ。俺たちだけの野営と変わらない対応だった。むしろいつもより警戒ぎみだったぞ」
「はぁん? 意味分かんねぇな」
相手が喧嘩腰なのでますます警戒心を高めていると、男の後ろからローブを着た前髪パッツンな大柄な女が入ってきた。
「ゾヴィー、そう喧嘩腰じゃ話になんないでしょ?」
「でもよぅ……」
「はーっ、あんたの言いたいことも分かったから。私が話付けるから、食事の準備でも手伝ってきな」
「チッ、分かったよ」
男が引っ込んでいって、大柄な女がこちらに向き直った。
「血の気の多い奴で悪かったね、私は『見えざる手』ってパーティのハル。魔物狩りギルドに入ってるの」
「そうか。俺も同じようなもんだ」
「……名前を聞いても良い?」
「いや、正直警戒しているから勘弁してほしいな」
「……はぁー、そう。まあ、さっきのゾヴィーみたいに、あんたらに不満があるって奴が仲間内にいてさ。呼んで話を聞こうっていう話になったわけ」
「そうか」
「その警戒のしようじゃ、こっちのテントに呼んでってわけにもいかなそうだね。ここででいいから、話をしても?」
「別に構わんが、手を出してくるようなら反撃するぞ」
そう言うと大柄女のハルは大仰な仕草で肩を竦める。こっちでもそういう仕草するんだなぁ。
「それでいい。こっちで不満を言っている奴はさ、夜警時のタダ乗りとか、すぐ後ろに着いて来て楽をしてるから護衛料金を取れって言っているね」
「それには当たらない。野営時の警戒は独自にしているし、すぐ後ろってのも先に出たお前らに追い付いてそうなっただけだ」
「野営時の警戒って? 誰も見張りに立ってないように見えたけど、違うのかい?」
「手の内を話すことはしない。ただ、ぐっすり寝てようが信頼に足る警戒方法があると言及しておく。あんたは割合まともそうだから言っておくが、正直に話してお前らがそれを奪おうとしない保証がない」
「ふーん、魔道具か何か、か」
「さぁな。で、そもそも共同で見張りを立てようって誘いすらなかったんだが。そっちが不要と判断したんだろう? なぜ後出しで護衛がどうのと言い出す?」
「まあ、そっちの言い分も分かるよ。こっちも、手を組みたいってよりは、結果としてのタダ乗りが気に喰わないってだけみたいだから。今はまだ表立って問題としているのは少数だけど、明日もその調子じゃあ無用な諍いを生むかもしれないってことを警告しているだけ」
「そうか。それで、提案が何かあるのか、それとも単に警告するだけか?」
「護衛料金を払う気がないんだったら、何某かの行動はした方が良いんじゃないのかい? それくらいだね」
「曖昧だな……とりあえず、明日はお宅らよりも先に出りゃいいのか?」
「そうだね、それも1つ。後は自分で考えて」
「……」
面倒だなぁ。夜の見張りは……ドンを表に出していても舐められるだけの気もするし、どうしようかな。
それに今更俺が一晩中起きていても、1日目にサボっていた証拠みたいになるしなぁ。
……いや、1つだけあるか。戻りかけていた大柄女に声を掛ける。
「おい、少し待て」
「はい?」
「少し面倒だが、俺たちは別の場所で野営する。まだ不満そうなやつが居たら、それを伝えておいてくれ」
「はいはい」
大柄女は面倒そうにそう言って軽く手を振って去っていく。
はあ、面倒くさい。
一度作ったテントを解体し、調理道具等もまとめて夜の旅に出る。
今日は月が出ているので、少し前までは見える。
もういっそ、このままタラレスキンドまで寝ずに進んでいい。
「ご主人様、夜は危険では?」
「とは言ってもな。あのまま連中の近くにいたら、少なからずトラブルがありそうだ」
「大丈夫でしょうか」
「夜の狩りってのはあんまり経験がなかったし、この辺りで一度試してみるってことで」
「……はい」
少し不安そうなサーシャを連れ、しばらくドンをリュックから出ないように言って出立する。
野営地から十分に離れると、リュックの口を緩めてやり、ドンが顔を出す。
移動中にずっとドンが元気っていうのも新鮮だな。
夕方近くになると起き出すので、途中から顔を出すことは結構あるのだが。
不幸中の幸いというべきか、タラレスキンドまではもう少し。着いてからゆっくり寝溜めしよう。
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