第64話 文官

「アルメシアン中部隊所属、戦士センカ以下8名帰還しました」

「確認する、練兵場にて待機を願う」


クロスポイントの基地へと帰還した一行は、中へと通され練兵場へと向かった。

小学校のグラウンドのような練兵場に到着すると、フィーロが手足を投げ出して座り込む。


「あ゙~っやっと帰ってきたわ! 疲れった~~」


残りの面々はそれに苦笑しつつも、緊張感を解いて思い思いにくつろぎはじめる。


「今回は特に疲れた……風呂で汗を流したいです」

「ツブラカのメス臭が臭いからのぉ~」

「うるさい、トラ。あなたの加齢臭よりはマシです」

「加齢臭って。さすがにそんな歳じゃねぇよ! ……え? 加齢臭しないよな? 俺?」


トラーブトスが救いを求めるように周りを見渡すが、誰も目を合わせない。


「まぁいつも通りと言えばいつも通りだったけど……あの巣はヤバかったね」


精神的ダメージを受けて沈むトラーブトスを尻目に、ケルスメメ少年が言う。


「フェレーゲン?」

「他にないでしょーが」

「俺っちの魔法で止め刺したの見てた?」

「いやフィーロ、あんただけ別の個体に向かってたろ? 全然見てないから分かんないよ」

「そ、そんなぁ~」


わいわいと楽しそうだ。

そんななか、戦士団の建物から出てきた文官っぽい制服の人がこちらに向かってきた。


「アルメシアン中部隊の者たちだな? 確認できた、各自宿舎にて待機」

「俺は?」

「ん? ああ、傭兵の2名は付いてきてくれ、清算する」

「すぐにするのか」

「後日に回しても良いが、どうする」

「いや、すぐでいい」


文官に付いて建物へと向かう。


「じゃあな、ヨーヨー!」

「今回は助かった」

「また見かけたら、メシおごれよ!」


フィーロ班の面々の言葉に振り向き、軽く手を振る。

なんだかんだで長い付き合いだったが、別れるのはあっさりだな。テーバ地方で活動していれば、そう遠くない内にまた会う気はするけど。


「じゃあな」

「お世話になりました」


サーシャも腰を折って挨拶していた。

俺は戦士団風の、拳を胸に当てる敬礼ポースで締め括る。

あちらも全員で揃っての敬礼ポーズを返してくれた。



文官に通されたのは、4,5人が入れるくらいの小さな個室だった。

何分か待っていると、何やら難しい顔をして書類を見やる、先ほどとは別の文官が入室してきた。


「えーと、ヨーヨー君かね?」

「そうです」

「うむ、すまないがアルメシアンの部隊は予定と違った動きをしたのでな。後日また清算でよいか?」

「あ、はい」

「すまんな」


ということなので、正式に?解散となり、戦士団の敷地を出て街っぽい方に入った。



ちょっと固い蒸しパンのようなものを屋台で買い込み、ブラリブラリと街中を歩く。

時間はもう夕方、これから魔物狩りに出る気にもならないので、今日は長旅の疲れを癒すことにしたのだ。


「やわらかいですねぇ……中入っている実は何でしょうねぇ?」

「くるみっぽい……でもちょっと酸味もあるな。何かに漬けてるのか?」


そこで、買い食いをしながらの街巡りだ。

まあ、戦士団の基地のおまけで作られたような町だから、そう広くなく、すぐに歩き終わってしまうけどな。


「小さいけど公園かな、ここ。ベンチがあるから座ろうか」

「はい」


小さな池を中心として、周囲に木が植えられており、長椅子がいくつか設置されている場所を見付けたので、座る。

落ち着いたところで水魔法を発動させ、指の周りをくるくると回転させながらパンを食べる。


「あー疲れた、流石に疲れたよ今回は」

「すっかり魔法が上達されましたねぇ」

「んーうん、魔法は相性が良いらしい。今回は結局魔銃も使わなかったなぁ」


ピンチになったら使おうとは思っていたんだが、そのタイミングがなかった。火魔法でそれなりに威力が出るようになってきたのも大きい。

それ以外にも、今回は防御魔法が期待されていたことや、火魔法が弱点の敵が多かったことなどが魔銃の出番がなかった原因だろう。

正直、魔銃を隠す意味はだんだん薄れてきた。

それなりの威力の火魔法が使えるなら、相手も魔法による攻撃を警戒するはずであり、魔銃による不意打ちの価値が下がっているのだ。

いまのところ魔銃の方が威力が高いので、いざいという時の切り札としての意味が全くないわけではないのだが……。


公園の中心の小さな池には、水鳥が飛んできて群れをなしている。

こっそりと近付いて水魔法でその足元の水を抽出し、引き寄せる。驚いた水鳥が一斉に羽ばたく。

その水球を、さきほどの水球と追いかけっこさせるように頭の上をぐるぐる回転させる。


「……そうですねぇ」


サーシャは水球のデッドヒートを眺めながら、気の抜けた返事をする。これで大道芸人として食っていけないかな?


「予想外の大仕事になった気がするが、問題は次、どうするかだな」

「次、ですか」

「最低で日給銀貨3枚だったはず、だから明日にはそこそこ金も入る」

「はい」

「そして、どうやらクロスポイント南方は湧き点が増えたのか、なんなのか知らないけど、ちょっと危険になってるっぽい」

「そうでしたね」

「そうなると……選択肢としては、ここを拠点に北の方を探索するか、ターストリラに戻って草原をまた探索するか。もしくは領都に移動するか、かね」

「領都ですか……危険ではないですか?」

「危険な魔物もいるみたいだけど……場所によりけりって感じじゃなかった?」

「それはそうですが」

「まあ、もう一度調べてみないとな。それと、領都に行く動機はもう1つある」

「といいますと?」

「買い物だ。サーシャの魔道具の魔石を補充しなきゃいけないし、剣や弓のケアも必要だろ」

「そうかもしれませんね……」


喋っていると考えがまとまってきて、領都に向かうのが最善な気がしてくる。


「でも、ターストリラで武具を揃えることもできます。魔石も、売っている店を探すか、前に買った町まで戻るという手もあります」

「あー、たしかに。魔石を前に買った町というと、だいぶ遠いけどな」

「それは仕方ありません。あとは、領都に行くリスク、そして領都にそのようなお店がないリスクを考えて選ぶしかないのでは?」


反論する余地がありませんな……。

とりあえずここの魔物狩りギルドで情報集めといきますか。

でも活動は明日からな。



************************************



ベッドの上で心地良い温もりを感じながら目を覚ます。

ちょっと頑張りすぎたようで、サーシャはまだ夢の中のもよう。寝顔を見ながらしばらくイタズラしていると、起きたようだ。

宿に食堂が付いていなかったので、最低限の装備を着けて外に出る。朝食はおやきのようなもの。中に甘辛い野菜炒めが入っていて食が進む。サーシャと揃ってお代わりしてしまった。

ぶらぶらとしながら魔物狩りギルドに向かうと、既に開場しているようなのでお仕事モードになる。


「領都……タラレスキンドの情報ですか? ちょっと漠然とし過ぎていて、絞れませんね」

「むっ、それもそうか。町そのものにどのような施設があるかということと、ここから向かう道中の危険度を測りたいのだが」

「そうですか。町中の施設については概略が公開中の資料にあると思いますから探してみてください。クロスポイント-タラレスキンド間の街道の治安情報等については、少し時間を頂ければアナウンスできるかと。有料の情報も取得されますか?」

「そうだな、銀貨10枚以内で収まる分の情報は全てくれ。余るようなら、それ以外の領都周辺の魔物についての有料情報も」

「かしこまりました」


個室で待つように言われたが、その前に公開されている資料も調べたかったので一旦保留。

時間を合わせて、1時間後くらいに指示された個室に向かうことに決まった。


資料の置かれているスペースで、サーシャと手分けして情報を集めていく。

職員が整理しているわけではないのか、資料の内容はバラバラでお目当ての情報を引き出すのが難しい。


「……一応見付けた、タラレスキンドには魔物狩りギルドの本部、傭兵組合の支部があると。街中の施設については良く分からんな」

「行ってみないと分かりませんか」

「だな」

「こちらは、街道に出没する魔物などの基本的な情報が載っていました」

「お、やるじゃん。どれどれ」


……んむ、名前の羅列で覚えられる気がしない。


「いつもの魔物攻略本もありますから、一通り確認できますね」

「そうだな」


残りの時間は、魔物の情報に目を通すことに費やす。

1時間ほど経ったころに指定された個室に向かうと、まだ職員はいないようだった。

5分程経って、年配のデブ……健康的な女性が紙束を抱えて入ってきた。


「あなたたち、ヨーヨーさんのパーティ?」

「そうだ」

「はいはい、ちょっと待ってね。銀貨10枚分の情報なんて太っ腹ねぇ。おかげで探すのも大変で」

「それは……ありがとう?」

「ちょっと運ぶの手伝ってくれる? お兄さん!」

「……ああ」


引き返す女性に付いて、資料を運ぶのを手伝わされた。


「……結構な量だな?」

「タラレスキンドの情報っていったら多いよぉ。絞る時間もなかったから、とりあえず持ってきたってわけ!」

「なるほど。早速説明してもらっていいか?」

「はいよぉ。まずだけど、最初に持ってきた……これ。簡単な地図ね。持ち出せないし、写すのもダメ、覚えて帰ってね」


示されたのは簡潔なタラレスキンド周辺の地図。簡潔すぎて書き写す意味もなさそうだが。


「中心がタラレスキンドね。東にずーっといって……3日くらいでここ、クロスポイント。下に……南にずーっと行って、茶色に塗られているあたりが分断山脈。その手前が魔の森だね」

「魔の森、ね」

「まあそこまで行くわけじゃないんだろう? あまり気にしなくていいよ。山脈の中心から北東に流れてるのがカンセン川。タラレスキンドの南東、カンセン川にぶつかる辺りまでは平地だけど、王都の戦士団が駐屯してる」

「そんなこと聞いたことあったな」

「あらそう? だったらこれも聞いたかもしれないけど北西も平地で、そっちは国軍が駐屯してるからね」

「ああ、あんまり近寄らない方が良いんだっけ……」

「そうねぇ。でも街道を移動するくらいなら文句の言われようがないし、あんまり気にしなくていいわよ」

「そうか」

「不用意に基地なんかに近付くなってこと。クロスポイントみたいな感覚だとダメってね。で、北東は小さい山があって、ここは傭兵や魔物狩りが多いわ」

「ほう」


地図にはタラレスキンドの北東に茶色い部分がある。分断山脈と比べると狭いだけでなく、色合いも薄くしか塗られていない。小さな山なのだろう。

その山を越えて更に北の方に進むと少しの空白と北側の壁が描かれている。そこから東へ向かえば、テーバ地方全体における北東地域であり、俺が少しの間滞在したエネイト基地などがある草原地帯となる。

もっともエネイト基地まで行くには、途中でカンセン川を越える必要がある。エネイト基地から直接領都に向かうなら、そのルートを取ったことだろう。

クロスポイントを経由した方が街道が整備されているので、そちらを選択して正しかったとは思う。


「南西は湖や魔の森に近いから近付いちゃダメ。熟練の者でも死んだりするらしいから、過信しちゃダメよ」

「そうすると、魔物狩りとしては北東の山に向かうのが常道か」

「そうする人が多いみたいね。それで、たまに一攫千金を狙ってパーティを組んで森や山脈に挑む人がいるってことらしいわねぇ」

「タラレスキンドで有名になるとどうこうの、という話を聞いたことがあるんだが、それはどういう意味だ?」

「うん? まあ、タラレスキンドには魔物狩り目当ての人がいっぱいいるからねぇ。聞いた話だと、毎日のように金貨の稼ぎを叩き出すパーティなんてのもいるらしいからね、あそこで有名になるほどなら安泰ってことかしらね。ちょっと目立つと酒場で下品な奴らが二つ名とか言って仇名付けて喜んでるからね、あんたたちも頑張るんだよ」

「ああ……もしかして、タラレスキンドにいたことあるのか?」

「何度も行ったことはあるよ、もし酒場で『不倒のラムザ』ってのに出くわしたら、エリザが話をしてやれって言っていたって伝えてみな」

「……知り合いか?」

「元夫だね」

「そ、そうか」


深ーい人生のドラマがあるっぽい。あんまり深く踏み込むのもアレだな、うん。

スルーしようか。


「それで、街道の情報は?」

「あんたたち、資料は調べたよねぇ? あんまり付け加える事はないね、無料だと」

「有料だと?」

「特に危険な魔物の分布予想やら、戦闘記録やらがあるよ。戦士団から買ってるやつね。街道が接している南側と北側を合わせると、結構な数があるけどどうする? そっちの箱に入っているファイルは全てそうよ」

「うーん、そのなかから、今まで街道に出現したことがあるものに限ってもそんなに多いのか?」

「それを調べることからして手間だね……。まあ、私の独断で選んでいいなら、選ぶけど」

「たのむ」


健康おばさん、ことエリザの知識に頼って資料を選別し、危険な魔物について情報を得る。

街道沿いについては、戦士団によってかなりの安全が確保されているもよう。いや、ターストリラからクロスポイントの街道もかなり安全なはずだったが、それでも亜人の襲撃に巻き込まれたっけ。警戒を緩めることは許されない。

気を付けるべきは、炎走りと呼ばれる早馬型の魔物と、グーテという翼竜型の魔物。

どちらも機動力が高く、戦士団の警戒を掻い潜って街道の通行人を襲うことがあるらしい。

クロスポイントに向かうときに遭遇した亜人のように、集団戦を仕掛けてくるような魔物はいない。

街道から寄り道をせず、領都タラレスキンドまで直行すればそれほど問題はなさそうだ。

ちらりとサーシャを見るが、いつもの無表情である。反対ではなさそうかな……?


「だいたい分かった。ありがとう」


ひとしきり情報を得て、要点をメモしたところで話を切り上げ……ようとした。


「そう? あなたたち、タラレスキンドでは気を付けなよ? あそこは治安がね……」

「このまえ聞いた話だと、商人が連れて来た子供がね……」

「おススメのお店があるんだけど、使っている香草がまた特別な……」


気付けば怒涛のトークラッシュで、調べ物に費やしたのと同じくらいの時間が過ぎ去ろうとしていた。


「す、すまない、これから用事があってな。名残惜しいが、行くことにするよ」

「……ん? そう、残念ねぇ。ちょっと余計なこと話過ぎちゃったかい? 若いのに2人旅なんてしてるから、ついおばさん心配に思ってね……」

「それは大変ありがたいが、また」


またトークラッシュに移行しそうだったので流れをぶった切って脱出する。


「はいよ、またいつでもいらっしゃいな!」


観念したのか、最後は元気よく送り出してくれた。

良い人なのだろうが、おしゃべりマシーンぶりは厄介だった。まぁ切り替えて、今後のための準備をしよう。



清算の準備が整ったら戦士団からの連絡が来る手筈なのだが、なかなか来ない。

仕方がないので近場で軽く狩りをしつつ、次に向けて物資調達などをする。

訓練だとか自主トレも再開。

毎日、午後に魔物狩りギルドで有償での摸擬戦を依頼し、居合せた職員を相手に訓練場で軽く汗を流す。ここは摸擬戦の相手が固定ではなく、毎日違う職員が相手になるスタイルだった。

それはそれで面白い。

昔は戦士や傭兵だったというベテランが出て来ることが多いのだが、そういう人にはなかなか勝てない。力や早さで勝っていて優勢に進めても、最後の最後でひっくり返される。対人戦のリアルスキルはまだまだ発展途上だ。


同時に、時間が出来たので街中の店を巡り、露店も覗いて物資の補充も行う。


サーシャの魔道具に使えそうな磨かれた魔石を銀貨3枚で3個分ゲット。これはなかなかの掘り出し物。ドンさん用のナッツも安かったので袋で買ったが、下の方に砂が詰まっていた。

完全にやられたよ……。露店買いはリスクが高い。身に沁みた。

そうして露店巡りをしていると、ちょっと気になるものを発見した。


「店主、これは?」

「んん? はて、たしか魔道具じゃったと思うが……」


見た目は怪しげなヘルメット……というか、毒ガスマスクに近いか?

目のところにはサングラスがはめ込まれたような見た目になっており、顔全体が隠れるようになっている。被ったら息苦しそうな感じ。


「へぇ、魔道具? 少し魔力流してみても良いか?」

「良いが、それで壊したなら買っておくれよ」

「……いくらだ?」

「銀貨5枚」


たけぇ。かな?

あえて試させて壊れたように仕向け、金を巻き上げる詐欺という線も思い浮かぶが、好奇心に負けて魔力を流してみることにした。

詐欺だったら戦士団との関係を示唆しつつ武力を誇示しよう。と完全にチンピラ思考になっていた。


まず被る。思った通り、顔全体をすっぽりと覆う構造で、息苦しい。目のところは思った通りにサングラスっぽく、景色が黒ずんで見える。


「……お?」


だが、魔力を流して見ると景色が一変。カラー映像になり……上下にあったサングラス以外の、金属で遮断された部分まで映像が浮かび上がってくる。


「……ッッ」


思わず息を飲む。まるで何も被っていないかのような視界。上下、左右と視線をやっても、クリアな視界のまま。

そういえば、息も苦しくない。普通に呼吸できる。

そして頭を動かしても、全くガチャガチャ言わない。ぴったり頭にフィットして邪魔な感じがしない。もしや、自動的にサイズ調整でも行ったということか?


「……店主、これ自動的にサイズが変わるっていうものか?」

「おや、そうなのかい? 私には何が何だか分からなかったからねぇ」

「そうなのか。ちょうどヘルメットの代わりを探していたし、買おうと思うよ」

「へぇ、まいど」


自動調整機能すら気付いていなかった店主だ……この何も被っていないかのような視界とか、便利機能には気付いていないのかもしれない。

だから敢えて告げることもない。言い値の銀貨5枚を支払い、新ヘルメットを受け取る。


「しかし買っといてなんだが、見た目完全に怪しいよな」

「……返品は受け付けないよ」

「ああ、返品はしないさ」


ちょっとぶっきらぼうに言われたので否定しておく。これを返すなんてとんでもない! 店主もそう言っていることだし、これはもう俺のものだな。


「行こう」

「……ご主人様、その、そのまま着けていかれると?」

「すまん、街中では脱いでおかないと困るな」


街中で表情の見えないフルフェイスヘルメットを被ったままの人もいるのだが。流石にこのガスマスク風ヘルメットは見た目が奇抜すぎる。

なんかこう、荒廃した世界でスカベンジャーとかやってる人たちが被ってそうなやつだからな。

今までのヘルメットと入れ替えて、普段は異空間に収納しておこう。

武具店で最近あまり着用していなかった旧ヘルメットの買取も依頼したが、無料で引き取ってくれただけだった。

後で潰して材料とするらしい。残念な行く末だが、成仏してほしい。



その後もなかなか連絡は来ず、小銭稼ぎと掘り出し物探し、情報収集をやりながら、少し稼いでは泡と消える……どころか残金が目張りしていく。

銀貨10枚を切り、そろそろ危険水域かなと思ったところで戦士団からの連絡が宿の主人から伝言として届く。


「ようやったとか」


すっかり目減りした金を数えながら、ため息が零れた。

気付けば、任務から帰還して1週間ほど経過している。もしや踏み倒し……? と疑いが浮上しつつあったので、連絡があっただけでも一安心だった。



************************************



「こちらへ」


文官用のヒラヒラを羽織った戦士団員に案内され、以前帰還したときに待機した個室に通される。

しばらく待つと、ヒラヒラの増えたちょっと偉そうな文官と、皮鎧のようなものを身に着けた銀髪ロングの美中年が連れ立って部屋に入ってきた。


「ヨーヨー殿、色々と遅くなって申し訳ない」

「隊長どの!」


銀髪ロングは、もちろん隊長どのこと、貴族のアルメシアンであった。


「色々と予想外のこともあり、本部詰めの預かり方も混乱しておってな。情報が錯綜していた」

「なるほど」


個人で参加した傭兵の報酬計算などは、後回し案件として放置されていたってことですかね。


「お詫びと言っては何だが、その分君の活躍は十分に伝えさせてもらった。報酬にも色が付くはずだよ」

「はっ」


リップサービスかもしれんが、本当なら有難いことだ。いつもの事ながら金がないのだ。


ヨーヨーとアルメシアンの気安いやり取りを憮然として眺めていた文官チックな人が、一段落したのを見計らってか口を開いた。


「戦士団も火の車なんですがねぇ……まあ、戦士団の任務が割に合わないなどと喧伝されても困ります。しっかりと公平に計算いたしましたよ」

「はっ……お心遣いに感謝します」


貴族なのかは分からないが、何となく偉そうなので丁寧語スタイルでいく。

最近、戦士団との絡みもあったことで、ここの言語における丁寧語・尊敬語の加減が今までよりも分かるようになってきた。

これが敬語です、という知識が頭の中に植え付けられていても、実際にどこまでが自然なのかの知識がないと使うのが難しかったのである。

下手をすると、現代日本で「拙者……」とか言っている痛い感じになったり、逆に相手を馬鹿にする感じになるおそれもある。これまでは、かなりおっかなびっくりで使ってきた感じだった。

だが、とりあえず戦士団で飛び交っていた敬語を聞いて、ここまでならOKなんだなという感覚を学習できたのだ。もっと早くサーシャに訊けば良かったとは思っている。商人をやっていたくらいだからある程度知識はあったはずだ。


「書類はこちら、あと契約完了のサインか血判をこちらに」


渡された書類を読む。契約完了はいいのだが、肝心の金額の載っている紙がないぞ。


「あの、契約完了の前に、報酬の確認はできますでしょうか?」

「ふむ、それが筋だな」


文官は怪訝そうな顔をしたが、隊長どのの援護射撃をもらってサイン前に報酬確認となった。

これ、文官だけなら報酬が不当に安くても文句が言えないとかあったんじゃないの?


「君の基本報酬は契約にある通り、魔法使いとしてなので日銀貨3枚。従者の者が1枚。ただし今回、魔法や料理で戦闘以外での両名の貢献があったことから各1枚ずつ、そして全体的な活躍を鑑みてもう1枚の3枚加算し、合わせて7枚とする。いいかな?」

「はい」

「実を言うと、最後の1枚は本当は賢獣殿の分だよ。野営中や、討伐中に世話になったからね」

「ああ、ドンですか」

「そう。任務はちょうど7日目に終了したため、49枚が基本報酬となる」

「はっ」


いいね。一気に危険水域を脱した感があるぞ。


「次に、君の参加した討伐での魔石を中心とした売却利益。正確には売却したと仮定しての試算だが、これが金貨1枚」

「えっ」

「不満かな?」


ニヤリ、とニヒルな笑いを浮かべてそう訊く美中年。分かっていて言っているな。


「いえ、そこまで高額でしたか」

「詳しくは紙に書いて渡すこともできるが、不正はないと私が誓おう」

「であれば、問題ありません」


としか言えないだろう。そうですか? 疑わしいので見せてください。なんて言えるか?


「ありがとう。評価額が高くなった要因としては、新種のせいだな」

「……あのフェレーゲンですか?」

「そうだ。名前はまだないので色々な呼び方がされているが、たとえば隠密型などと呼ばれている。他の地方でも確認されたという情報がないため、今回の遭遇が新発見となる可能性が高い。そこで、然るべき機関が高価で買い取るだろうという話になった」

「そうですか……」


魔石は様々な属性と形状があることは知っていたが、それによって使い方は千差万別だ。新種の魔石となるとまず、何に使えるのかの研究から始まるらしい。

今回は形も大きさもそれなりで、認識阻害っぽい特異な能力を保有していたことから、期待が高まって研究者たちが挙って手を挙げるだろうと考えられる、とのことだ。


「さて、最後に危険手当だな。今回は突発的な任務に巻き込んでしまったし、その危険度も高かった。いくつかの大規模な戦闘中の貢献度も低くなかったとの証言もある。よって銀貨51枚を与える」

「ありがとうございます」


危険手当が安いのか高いのか不明だ。51枚という半端な枚数は、おそらく基本報酬と併せて銀貨100枚、つまり金貨1枚となるように気を利かせてくれたのだろう。


「さらに……」


ん? まだあったのか?


「今回は色々と助けられた。私のポケットマネーから銀貨50枚を出そう。おっと、これは記録に残さなくても良いぞ」

「……はい」


サラサラと書き留めていた文官が不機嫌そうに手を止める。不機嫌そうなのがデフォなのか、俺の報酬が思った以上に高くて不満なのかは分からない。


「計金貨2枚半、おい、金貨2枚分あるか? ないなら用意してきてくれ」

「金貨2枚ですか……。取って来ます」


文官が金を用意しに向かい、隊長が部屋に残る。ゴソゴソと懐を探り、革袋から半金貨を1枚取り出した。


「私からのポケットマネーだ。受け取ってくれ」

「はっ……恐縮です」


断るわけにもいかないだろう……たぶん。ぶっちゃけ断る気もないが。


「銀貨数十枚単位の仕事とは思っていましたけど、思った以上に高額で率直に驚いています」

「ははは。代わりと言ってはなんだが……」


なんかあるのか?


「そう構えるな。予想外の被害も多く、これから戦士団はしばらく、傭兵団や魔物狩りギルドを使って人材を補填していくことになる。おかげで予算は火の車のようだがな。そこで、訊かれたらで構わんから、戦士団の仕事は割りが良かったと話してくれたらありがたいと思うよ」

「そのようなことでしたら、お引き受けしますよ。実際、割は良かったですから」


戦士団のポジティブキャンペーンをやれってことか。

……ほとんど知り合いいないから、俺がやって意味があるのかと思うけど。


「たのむ。人件費が高くなって裏方は裏方で大変なようだが、まずは現場が乗り切らねばどうにもならぬ。たかが評判だが、切実なのだよ」

「大変なのですね……」


組織人って本当に大変。美中年に苦労皺が出来ないように祈っていますよ。一方で、予想外のモンスターパニックに勝手な行動をする現場、増える支出……偉そうな文官さんにも同情してしまう。

そんな勝手な想像をしていると、文官さんが小さな布袋を抱えるように持って戻ってきた。


「持ってきましたよ、金貨2枚。さっさと確認して」

「はい」


袋の入口の紐をほどき、中を覗く。たしかに輝くような金貨が2枚。ムフフ、いただきました。


「たしかに」

「では私はこれで失礼しますが、アルメシアン隊長、契約書類等を後でおねがいしますね」

「了解した」

「では」


どうやら文官さんは隊長どのに俺関係を放り投げることに決めたようだ。

隊長に説明されるように書類を埋め、正式に契約完了。差し出された握手を交わす。


「そういえば、報酬と言えるかは分からんが、ギルドに口添えもしておいたぞ」

「口添え、ですか?」

「多大な貢献をした、とな。おそらくだが、更新料がしばらく免除されるはずだ」

「おおっ」


ありがたい。

そういえば、ギルドに貢献すれば免除されたりするという話だったな。忘れていたけれど。地味に助かるフォローだ。さすがの隊長殿。最高のプレゼントである。


「思えば不意の亜人との遭遇戦から何かと世話になったな」

「いえ、こちらこそお世話になりました」

「ははは。最後だから言っておくが、最初の印象とは大分違っているね」

「あー、口調ですか? 貧しい生まれですが、練習中なのです。それに、隊長どのは貴族だと教えられましたし」

「ふむ、そうか。たしかに世渡りしていくには必要な能力かもしれんな。今後も何かあれば頼むかもしれん。そのときはより一層上達しているかな?」

「……精進します」


美中年との爽やかな別れを交わし、基地を退去した。手には(異空間に入れているが)、金貨2枚半。

やっと人心地つけるという感じだ。


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