第63話 6日目

おはようございます。

ほのかに良い匂いがして目が覚めた。


自前テントから顔を出すと、サーシャが鍋をへらでかき混ぜている。料理担当だった大剣のおっさんたちと別れたので、食事は主にサーシャが用意してくれている。

それを他の面々が手伝っている感じだ。

あんまり存在感のない荷物持ちのおっさんも頻繁に手伝ってくれているようだ。


「おはよう」

「おはようございます。すぐに朝食が出来ますよ」


少し離れた場所では、リーダーたるセンカが地図を広げて何やら考え込んでいる。

今日の行程を確認しているのだろう。


「今日でクロスポイントまで帰るのか?」


話しかけると、センカは目線を地図に落としたまま、眉を寄せた。


「どうかな。どこまで討伐するかだが……」

「討伐対象はもう分かってるんじゃなかったのか?」

「北に行くほど情報が薄い。周囲を虱潰しというわけにもいかんしな」


ん?

ああ、そうか。

予定を変更したアルメシアン隊の代わりに川沿いを調査してくれた部隊は、北から南へと進んで折り返し地点に着いた。そこで情報を受け取った俺たちはいま、南から北へと逆行している。つまり北に進むほど、調査時からの時間差が生じて、魔物の位置なんかも変わっているということか。

たぶん。


「ある程度絞って行くか。絶対に討伐せねばならないのは、亜人ケーマン」

「亜人か」

「相当数が群れているらしい。放置はできん」


亜人ケーマン。前に資料で見た。なんとなく人面魚っぽい名前だな……と思った記憶があるので、覚えている。

灰色の小人って感じで、人型だが、移動するときは手を使って4足歩行的に動く。

指輪に執着して「愛しいしと」とか言ってそうなフォルムの魔物だ。

力はそこそこ、魔法等を使う個体もない。ただ、知能が高い。群れると数を活かした集団戦法で追い込み漁のように獲物を狩る。

その数が増えているというなら、たしかに放置はしたくないだろう。


「本命に当たるまで、今日は魔法を温存しておけ」

「了解」


ちょうど『剣士』の新しく出たスキル、「強撃」を試したかった所だしな。

前衛もどきをしてお茶を濁していよう。


朝飯の野菜スープと黒パンを食べ、6日目の任務がはじまった。

今日は川沿いに北上するだけなので、迷うことはない。ただ、水に近付きすぎると水棲の魔物が急に襲ってきたりするので少し離れる必要がある。また川辺が歩きやすい地形とは限らない。最適なルートを探りながら、ちょこちょことルートを調整する。

ついていくだけでもまぁまぁ疲れる。流石に6日目、慣れてきてはいるが……。


「前方、ギレッジいますね」

「倒すか?」

「アリかと。単体ですし、邪魔な位置にいます」


斥候の人とセンカが話している。

途中で魔物が出ると、回避するかついでに討伐するかを選択するのだが、今回は討伐していくようだ。


「今回は少し大物だ、気を抜くな」


指示されたルートでそろそろと近付き、報告されていた魔物を見る。

ほう、ゴーレムっぽいな。単眼のゴーレムのような外見。全体的に灰か濁った緑の地味な色で、人で言うところの眼の位置に派手な赤い球体があるのでそう見える。そして身体のところどころから、ドロドロの何かが漏れ出している。

こいつも「魔物図鑑」で見た気がする。確か魔法抵抗が強いんじゃなかったっけ?


「ヨーヨー、最初だけ防御魔法を何か頼む」

「ああ」


ファイアウォールを発動。

トラーブトス、ケルスメメが突貫するのですぐ後ろから付いていく。あんまり前に出られると、防御魔法で防御できないんですけど!?


ウィイイン……カッ!!


魔物、ギレッジの単眼が一瞬光り、ファイアウォールに光の束が刺さる。

貫通されたが、こちらには命中しなかった。冷や汗もんだ。


「ビームかよ!?」


こんなロマンのある魔物がいるとは。

恐るべし中流域。


正面からトラーブトスが単眼部分を蹴り上げ、その隙にケルスメメが背後に回っている。

魔法を温存するよう言われているので、横に回って2人の合間を縫って剣を振る。


ガギィン……


うん、硬い。斬ったこっちの手がしびれ、痛い。突きを入れてみるが、刃が入らない。

ドロドロした何かが出て来る場所を狙って突いてみるが……やはり硬くて入らない。

やってみるか。


「(強撃!)」


小声で言って発動させてみる。

ザクッ、という手応えで魔物の岩のような身体が少しだけ抉れる。

よしよし。


強撃を何度か織り交ぜ、その性質を実験してみる。

どうやら、継続発動型ではなく、単発で発動するものと思われる。発動すると、その後2,3秒のうちに攻撃した場合に攻撃力が増す。具体的には、斬った瞬間の運動エネルギー的なものが増大している、気がする。

同じくらいの力、体勢で斬っても、結果が異なるのだ。ただ、そのわりには自分への身体への反動みたいなものが少ないというか、変化がない気がする。

どういうことだろうか。

そのへんもシステムの謎パワーで調整している感じか。


しばらくザクザク刻んでいると、3人に囲まれてボコされていた魔物が動きを止めた。最後はトラーブトスが頭をかち割ったようだ。


あ。魔力を節約すべきなのに、スキル割と使っちゃったわ……。ま、まぁいいか。うん。

強撃はあまり自由度がないようで、持っていかれる魔力も平均して1程度でほぼ一定、効果も固定のようだった。

だがそれはそれでいい。単純に攻撃力が増す、使い勝手の良いスキルだろう。


「魔法職のくせに、ギレッジの表面普通に削るとか、どうなってんだ」


素手ではないが、パンチでギレッジを粉砕していたトラーブトスが何か言っている。


「まあこれ、魔導剣だしな」


武器のせいにしておいた。嘘は言っていない。

トラーブトスは感心したような表情になる。


「なるほどな、攻撃の補正がないぶん、魔導武器と魔力でゴリ押しか。考えたもんだな」

「どうしたって本職の前衛には見劣りするがな」


誤解、なのかも良く分からない納得をしてくれたので、謙遜しておく。

こんなことばっかしているから『詐欺師』とかが出たんだろうか。

うん。


部隊は更に北上し、小さな飛びエイの群れを討伐したあたりで昼食休憩となった。

周囲の安全が確保できていないので、匂いの出るものはなし。堅パンと干し肉を齧る。

慣れてくるとなかなか食える。

ただ、口の中の水分が全部持っていかれるし、とにかく塩辛いので水を体が欲する。

MPはだいぶ回復してきたのでいいだろうと、魔法で水球を浮かべて飲んでいると、ケルスメメが話し掛けてきた。


「ねぇ、魔法の水ってあんまり美味しくなくない?」

「あ? まあ、そうだな。最近は慣れてきたけど」

「慣れたんだ……まあ、旅続きじゃ仕方ないかもしれないけどさ。あんまり身体に良くないらしいよ」

「えっ!?」


詳しく聞いてみると、水魔法で創った水ばかり飲んでいると体調不良になる、というのは昔から言われている旅人の知識らしい。マジかよ。初めて知ったわ。

原因は不明らしいが、一応の仮説はある。土魔法で創り出した土壁は、そのままだと砂に還り散っていくらしいのだが、それを一部では魔素帰りと呼んでいる、らしい。砂になったあとも更に細かくなり、魔素に戻っているのではという説だ。

それと同じことが水でも起こっているのではないか?そうすると、身体に入れた水が魔素帰りを起こし、悪影響を与えているのではないか?というのがケルスメメの見解だ。


うーむ。

水魔法の水ばかり飲んでいると、一時的にはともかく、長期的には脱水症状のようなものを起こすということか?

にわかには信じられんが、否定する根拠もない。解決策としては水魔法以外の水もそれなりに飲んでいてれば大丈夫らしいので、あまり心配はいらないか。

今まで美味しくないから多用しすぎないようにしていたのが正しい行いだったということになる。

サーシャはこの事、知っていたのだろうか?


「いえ、申し訳ありません……。魔法使いの方と旅をするようなこともなく、知りませんでした」


なるほど。


「それはそうかもね、『旅人』なんかのスキルにも水関係があるけど、そっちは平気らしいし。そっちの方が馴染み深い人が多いだろうね」

「ふぅん。『魔法使い』も万能とは言えないわけか……」

「そりゃそうでしょ」


ケルスメメ少年のおかげで、割と重要なことを知れたな。

お礼に水魔法で創った水をやろう。



休憩を終えると、亜人ケーマンが確認されたエリアへと出発だ。

この辺りの川の東岸は、崖とは言えないまでもやや急峻な地形で、人が近寄り辛くなっている。

その地形のあちこちに巣穴を空けて、数を増やし続けているらしい。この部隊以外に近くで見張っていた人がいたらしく、休憩中に情報が入って未だに移動していないことは確認されている。


「最新の情報では、数が少なくとも40体……倍以上いるかもしれんとのこと」

「うへぇ……」


皆の前に立ったセンカの説明に、フィーロがうめく。


「これ、本当に俺たちだけでやれんのぉ?」

「やれる」


センカの答えは簡潔だ。


「根拠は?」

「奴らの巣は隠れるには容易いが、護りやすいとは言えん。先手を取れれば、高地から援護射撃しつつ、簡単に挟撃できる」

「……」

「こちらは弓2に、魔法2だ。火力は十分だ。危ないとしたらケルスメメだな」

「待って、弓2? ヨーヨーのとこの従者ちゃん加えたら3人いるよね?」

「考慮している。俺は下で白兵戦組だ」

「えっ……本気かよ」

「最悪の想定で100体いたとしても、1人10体ちょっと片付ければ良い。可能な範囲だ」

「それはどうなんですかねぇ」


たしかにちょっと脳筋すぎる判定基準だ。まぁベテランのセンカが可能だと言うなら、可能な条件が揃っているんだろうけど……。


「周囲の個体を排除しつつ、攻撃開始ポイントまで前進する。そこで討伐不可能と判断したら退く。とりあえず行ってみないと始まらん」

「へいへい」


まだ本決定ではないらしい。フィーロも渋々と引き下がり、説明が終わった。


巣に近付くにつれ、少数の個体がうろついているのを確認、弓組が速攻で排除。

そのまま、そろそろと進んで夕方には、巣のある場所の東、急峻な地形のすぐ上の辺りに布陣した。偵察が、目視だけで50体ほど確認したとの最終報告。こちらには感づかれていないとのことで、センカが作戦の決行を決断した。

今回の任務の、最後の大仕事となりそうだ。


それぞれ迂回して、左からケルスメメ・トラーブトスの2名。右から偵察役をやっていた人と、センカが前進。高場に布陣している俺たちが両者とやりとりすることになるので、どうするのだろうと思ったらツブラカが手信号で指揮を執った。

だいたいだが、このグループの力関係はセンカ>トラーブトス=ツブラカ>ケルスメメ>>>フィーロ、と見た。トラーブトスはあまり意見を言わないが、言えば通るし、ツブラカはセンカに信頼されているように感じる。


そんなどうでもいいことを考えながら、俺も剣を抜いて準備する。


高台で見通せる場所にツブラカ、フィーロ、サーシャと並んでいるわけだが、俺だけ皆の少し前に出ている。防御魔法係、兼白兵戦要員ということのようだ。

つまり後衛部隊員の壁となれ、というわけですな。まあ適宜ファイアボールでもブチ込もうかなとは思ってるけどね。

戦闘開始直前のジリジリ、ビリビリとした緊張感に身を委ねながら、草陰に身を潜める事小一時間。ツブラカが作戦開始を信号で合図した。


バチバチバチ……と電気が爆ぜる音が大きくなり、フィーロが特大の雷玉を放つ。

俺も負けじと火球を創る。こちらは大きさでなく、数を用意してばらまく。


ほとんどあてずっぽうで、果たしてどれだけ命中したかは分からない。

騒がしくなる下の亜人たちを尻目に、ウィンドウォールの準備をして待機。

サーシャとツブラカが次々と矢を番えては放っていく。前にいるから、後ろから矢が飛んで行くのが見えるだけだが。


ちょっとヒマなので、こちらに登ってくる亜人たちのルートを見て、山肌をいくつかバシャバシャで泥沼にしてみる。少しでも手間取ってくれるといいけど。


下では、遠回りで上に登ってこようとしたケーマンの別動隊が、左右それぞれに潜んでいた戦士たちと交戦。

護衛すべき魔法使いという重りもなく、敵も人型で技を掛けやすいという好条件で、トラーブトスは暴れまわっている。

そして、こうして上から観察すると、ケルスメメの戦い方は堅実だ。周囲の状況を確認して決して囲まれないのと、土魔法?か何かを使って相手の動きを阻害しているっぽい。明らかに敵の動きが一瞬鈍り、そこに一撃という攻撃を繰り返している。

右のセンカは……何だありゃ。敵の攻撃を躱しつつ、近距離で弓を速射。たまに思い出したように、やや離れた位置の敵も射って敵の混乱を誘っている。

左右それぞれ10体ずつくらいが向かったのだが、全く危なげがない。


数瞬の間、左右に向けた意識を正面に戻すと、巣の奥から何やら石を持った個体が複数出て来て、こちらに投石しはじめた。

だが高低差があって単純に届かず、たまに届きそうなものはウィンドウォールで簡単に弾き返せる。その間にツブラカが正確に反撃していくので、撃ち合いは早々に決着が着いてしまった。

ただ、それに気を取られているうちに急峻な壁を登ってきた個体がいる。

4つ足で身軽に登ってくるので、人間では無理そうな角度でも余裕でやってくるな。いや、この世界の人間なら、垂直の崖面をスイスイ登れても驚かないけど。


「ファイアボール」


近付いて来た魔物を順番に落としていく簡単なお仕事です。ただ、かなりの数が登ってきていたらしく、だんだん距離が近付いてきた。

モグラ叩きに移りますか。


剣を構えて立ち上がる。


「前に出る!」


身体を弾ませて飛び掛かってくるケーマンを身体の軸をずらしてスカす、その直後に振り上げの剣戟で一閃。

牙犬なんかを相手にしてきたときに、直線的に飛び掛かってくるモノへの対処として身体に染み付いた動きだ。目を瞑っていても出来る。

いや、瞑っていたら流石に無理かも。ちょっと格好付けた。片目だけで勘弁。


「オラァ!」


ケーマンは登り切ってこちらに近付くと、迷わず飛び掛かってくるから楽だ。

途中で、バシャバシャに妨害されたり弓で落とされたりしているので、登ってくる間隔が疎らで、攻撃のタイミングもバラバラ。

これでは脅威にはならないだろう。


しばらくモグラ叩きを続けていると、登ってくるものがなくなって一息吐く。下を覗くと4人が揃って10体ほどのケーマンを包囲する形になっている。


「がんばれー」


MP切れ、という態で応援していると、ほどなくしてケーマンが全滅。巣の中も軽く見回って、隠れていた個体に止めを刺す。これで終わりか。


「思っていたより楽だったな」

「……これでも70体くらいはいたかねえ。先手を打てて、若い個体が多かったから運が良かったよ」


ツブラカが肩で息をしている。

下を狙撃できる位置にいた分、休む暇がなかったようだ。フィーロは吐きそうな顔色をしている。また魔力使いすぎたのかな?

サーシャも座り込んでお疲れモードに入っている。お疲れ様。

うん、俺以外の面子にとっては楽ではなかったようだ。


「おい、ヨーヨー。お前余裕ありそうだから下に降りて来て剥ぎ取りと死体の処理手伝え!」


しまった。

楽そうにしていたら指名で追加の肉体労働が入った。しゃあない。


ケーマンの素材は魔石くらいだということで、ひたすら喉を裂いて魔石を取り出す。

それでも3体に1つくらいしか発見できない。湧き点産だけでなく、巣で繁殖していたのが多いので数が少ないのだろう、とのこと。

金にならない魔物なんだな。残った死骸はまとめて焼き、こいつらの巣に押し込んで土を掛ける。

こいつらがボコボコ穴を空けてくれたお陰で、穴を掘る手間がないのは評価する。

巣の位置が悪いという話だったし、まさに墓穴を掘っていたわけだな!


処理が終わるころには陽が暮れており、大急ぎで野営地を確保、夕飯は干しレーズンを湯がいたもので簡潔に済ませ、任務6日目の活動を終えた。


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