第61話 焼きガニ
リー、リー、と虫の鳴く声が響く。
うるさいけど静か、そんなおかしな感覚に陥る。
結局、作戦2日目は目的地であるフェレーゲンの巣までは進むことができず、森の中で一夜を明かすこととなった。
前日見張りを免除された俺も、今日は遅番に駆り出されている。戦士団では夜間の見張りは3交代制が基本で、早番、遅番、朝番と分けられるらしい。俺は気を使ってサーシャと組ませてくれた。魔法班からはもう1人、無口おじさんのセンカが一緒。……おかげで会話は一切ない。
魔法使いはここでも固定砲台としての役割を期待されているため、たき火が焚かれている中央に陣取って警戒する。
「気配察知」を発動するなら目を瞑りたいところなんだが、さぼって寝ていると思われても困るので止めておく。
目で警戒しながら、気配察知でも探る練習だと思って少し頑張ってみる。
パチパチとたき火が爆ぜる音が聞こえる。
うーん、平和だ。
「……あの、センカ」
「待て」
沈黙に耐えかねて、軽く言葉を交わそうとすると、センカがそれを止めて急に立ち上がった。
キョロキョロと周りを見渡し、弓を手に取る。
周辺に展開する見張り番がハンドサインを交わしている。
俺も中腰になりながら剣を握り、いつでも抜けるようにした。
しばらくするとセンカが無言のまま矢を番え、闇に放つ。
しかし外れたのか、何も起きないまま静寂が辺りを支配している。もう一度センカが矢を番えると、そのままの態勢で動かず、じっと遠くを見詰める。ジリジリとした時間が過ぎ、センカがフッと息を吐きながらついに矢を放った。
その行く先を見詰めていると、矢が途中で木に刺さりそうになった寸前に、クイッと方向転換をして木を避けた。……なんだそれは。木の陰に入って見えなくなった矢の飛んだ先をそれでも睨んで警戒していると、獣のような叫び声が聞こえて、遅れて何かが地面に落ちる音がする。
その方向に近い見張り番が何人かでその方向へ向かうと、小さな猿のような生物を肩に担いで戻ってきた。
魔物だろうか。
「隠れ者だな」
「隠れ者?」
生物を見分していたセンカには正体が分かったらしく、ナイフを首に差し込むと、薄緑色の物体を取り出す。魔石だろう。
「小型の亜人だ。厄介だな」
「強いので?」
「いや、戦闘能力はそれほどでもない。が、名の通り隠れる能力だけは一級品だ。いや、この際それはどうでもいい。この亜人が、ここに現れたというのが厄介だと言った」
「……この辺にはいないはずという事か?」
「この辺、どころかテーバ地方では確認されていないはずだ。新しく湧いたと考えられるな」
「なるほど」
湧き点は数年から数十年くらいで閉じ、また新しくどこかで開く。
ここらに新しい湧き点が出来ても何もおかしくはないが、どんな魔物が出てきているのか分からないのは面倒だろう。
「ここら辺には湧き点はなかったはずだが、どこかに出来た可能性がある」
最近の魔物が多かったのは、新しく湧き点が増えたからか。まあ、戦士団としては大変だろうが俺にはあまり関係ないかな。
……いや、関係はあるか。もし強い魔物が湧くようになっていれば、クロスポイント周辺で狩りをするのも危険だと考えられる。
隠れ者は群れで行動する魔物だということで、その後も警戒しつつの夜の番となったが、それからは、交代時間まで何も起こらなかった。
寝袋にくるまりイモムシのようになって寝ているフィーロたちを起こし、就寝。森の中、少し開けただけの場所なので自前のテントは許可されなかった。イモムシ状態な他の隊員たちの隙間に場所を確保し、寝袋にくるまる。おやすみなさい。
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今日もうっそうとした森を進みながら、慎重に巣の位置を目指す。
今まで出てこなかった種の魔物が確認されたということで、いっそう丁寧に索敵し、警戒しながらである。もちろん、いつフェレーゲンが襲ってくるとも知れないのでその警戒も必要だ。そうなると、もはや進みは亀の歩み。俺でも余裕で付いていけるようなスピード。今日中に辿り着くのだろうかと疑問に思う。
昼飯に、道中出くわしたヘビを捌いたものを頂きながら午後に突入。歯を剥いて威嚇していたヘビはあっさりと大剣班の人が処理したのだが、当然のことながらこの世界でも普通の動物はいるし、普通の動物も脅威足り得るのだなと思った。
ヘビの肉の味?
よく、鶏の肉っぽいと聞くが、正直良く分からなかった。とにかく骨っぽい。それが感想。
陽が傾いて、ひんやりした空気を頬に感じるようになる。暦はもう8月で、だいぶ秋めいてきている。この世界の季節は、日本よりも暦通りになっている感じで、6月が最も暑く、12月が最も寒いようだ。だから、8月はそこそこ涼しくなってくる。
隊長の合図で全体が停止。
今日はここで野営か? という考えが過ったが、押し殺したような隊長の言葉でそれが誤りだと分かった。
「……少し行けば巣があるとされている場所だ。全員、一層気を引き締めろ」
目的地に着いたらしい。長かった。
皆、無言のまま頷く。さて、死なないようにがんばろうか。
前方には、切り立った崖が通せんぼをするように存在している。その正面には穴が空いており、フェレーゲンの巣だと見られている。崖になっているのでそこで木々が途切れているわけだが、少し離れて森の中に潜むようにして、アルメシアン部隊が展開している。
前方には、隊長班を中心に左に大剣班、右に普通班だ。一歩下がった位置に俺たち、魔法班がいる。
更に、そのすぐ後ろを護衛するように、応援にきた小部隊が2つ展開。彼らは後方警戒兼、予備兵力だ。
斥候からの情報で、巣の周辺には人喰いガニが多数うろついていることが確認されている。フェレーゲンの所在は不明だという。最悪なのは、戦闘継続中に狩りから帰ってきたフェレーゲンが後ろから乱入してくることである。
なので、各班から斥候を多めに出して周辺情報を集めている、らしい。
ジリジリとした時間が過ぎていくなか、巣を見張っている斥候チームからが隊長に報告する姿が見える。後は、隊長がゴーサインを出せば交戦開始だ。
隊長が後ろを振り返る。
「……フェレーゲンの姿が確認された。巣の近くだ。やるぞ!」
声を落として話す隊長の声が、やけに大きく聞こえた。
全員が中腰になり、歩調を合わせて前へ。ほどなく森が途絶えた場所が見えはじめ、その奥に土色の壁、そして件の巣を思しき穴が小さく見えてきた。その手前には、薄青色の物体が蠢いている。群れた人喰いガニだろう。
隊長がハンドサインを示し、センカが前を見たまま手を挙げる。センカが手を下した瞬間に、魔法での攻撃開始だ。センカの姿を視界の隅で捕えながら、魔導剣を突き出して魔法の準備をする。
まだか。
まだか。
手が下ろされた!
少し溜めて、ファイアアローを発射。少し遅れてフィーロが雷玉を放ったのが見えた。
1拍置いて、弓の弦がしなる音と、矢が放たれる風切り音がそこかしこから聞こえてくる。ファイアアローは順調に飛んで行って、人喰いガニの群れの中央で爆発。ドゴンという短い音が響き、何体かが宙に舞い上げられる。
と、巣の中から黄土色のひときわ大きな影が出てきた。
8本脚の甲殻類の身体に、人の上半身をくっつけたような造形を持つ化物。フェレーゲンだ!
前に川で見たものと色合いが違う。大きさも一回り小さい。ここは川からやや離れた崖だから、生育環境の違いだろうか。
飛び出した前衛はまだ接触していない。後衛が牽制すべきだろう。続けざまに火球を創り出し、フェレーゲンへと投げ付ける。
と、フェレーゲンが、人の手の部分に生えているハサミをブンブンと振り、水の塊が現れる。火球は水塊と衝突し、消滅。
……もしや、防御魔法、か?
いつも便利に使っている身だが、敵に使われると厄介だな!
そうしているうちに、前を走る前衛のうち1人の姿がぶれて、上空に飛び上がる。見間違いでなければ、多分隊長だな、あれ。……そしてそのまま、敵集団に向かって落下していく。
なんだあの攻撃……。たしかに、RPGであんな感じの技があったりするけどさ。
左右の大剣班、普通班が人喰いガニの群れを抑えに回り、隊長班の槍持ちがフェレーゲンへと牽制の突きを入れる。
そちらに気を取られたフェレーゲンの背中に、落ちてきた隊長が剣を突き刺す。
特に派手なエフェクトが起こるわけでもないが、これは痛かったらしくフェレーゲンが暴れ馬のように身体を揺らして苦しがっている。
フェレーゲンは、隊長班を中心として5,6人以上で囲んでいる感じなので、魔法の援護はしにくい。
左右に展開する雑魚担当を火力で援護すべきだろう。
そう思って、全体の戦況を確認しようと目配せをした瞬間――サーシャと、ドンの声が耳に聴こえた。
「ご主人様、ドンちゃんが!」
「ギーッ! キューッ!!」
ドンの声は、いつだったか寝込みを襲われたとき並に緊迫感を感じさせるものだった。
思わず振り返って、サーシャの背中の位置を見ると、ドンがリュックから出てサーシャの肩に乗り出すようにして、ヒクヒクと鼻先を忙しなく動かしているのが見えた。
「敵か!?」
「わ、分かりません」
「キューッ! ギッギッ!」
ドンは、素早く顔を振って気配を探るような仕草を見せるが、見つからないのか、落ち着かない。ドンが気配を探っている方向から、おそらく後ろからだろうというのは予想できるのだが。
ステータスを表示させ、ジョブ3に『警戒士』をセット。即、気配察知を展開する。
動き回っている気配が多くて、絞り込みが難しいが……後ろを向き、範囲を絞って情報を取捨選択するよう努める。
どこだ? どこだ?
!!
確かに、微かに感じる……気がする! ある程度大きな……人か、もう少し大きな何かが急速に接近する気配。
しかし方角が絞り込めない……左か、右か……いや、これは?
後方警戒の小部隊2隊の隊員に、気付いた気配はない。サーシャとのやり取りを耳にした何人かが、緊張して警戒しているくらいだ。
とても迎撃準備が整っているとは言えまい。
気配がする方角をじっと認めていると、何だろう、違和感がある。
さらに注意深く、気配察知から感じるだいたいの距離を意識しながら……見えた。2メートルほどの身長で、甲殻類の身体と人の上半身のような部位のある魔物。間違いない。フェレーゲンだ。
何故今まで気付かなかったのか、確かに森に溶け込むような保護色なのだが、急速に近付くそれは周囲の風景からは浮いているように見える。気付くこと、認識することさえできれば。
大きめの火球を1つ創り出し、左30度くらいに真っ直ぐ放り出す。
剣を構え、身体強化魔法を発動。
一気に前進するため、踏み込む。
「左右から敵襲! 左は任せたぞ」
そうとだけ叫ぶ。火球の意味は、まぁ、多分何人かが気付いてくれるだろう。
魔力を流した剣身がうっすらと光る。俺は剣を握り込んで下段に構え、切り上げながら迫る。
でないと間に合わない。それくらいのスピードで、間近まで近付いてきているのだ。
「うおおおおお!」
自分がはっきり認識されたことに向こうも気付いたのだろう、腕代わりのはさみを振り上げて突進してくる。
両者が激突し、剣を握る手、それを支える腕を通して、とんでもない衝撃が伝わってくる。
身体強化魔法を手に入れ、そして練習していなければこれだけで押し負け、大けがを負っていたかもしれない。
こちらの剣を両はさみで受け止めたフェレーゲンは、前足?にあたる脚を振り上げて追撃する。
勢いのままぶつかった俺は、その衝撃で足が宙に浮いたような有り様で、回避は難しい。
あえて身体が流れるままに任せ、そのままフェレーゲンの人っぽい部分の腹を蹴るようにして後ろで跳ぶ。
気付けばフェレーゲンの頭上には水塊が浮かんで投擲されようとしていたので、更にエアプレッシャーを発動して後ろへ下がる。
魔法を躱したらもう一度前に踏み込み、剣を振るう。
難なく左のはさみで受け止められ、もう1つの右のはさみを避けようとして体勢を崩され、前脚で反撃まで喰らう。
「ぐぇっ!?」
軽く叩いてみた、程度のモーションだったのに、叩かれた胸への衝撃が重い。軽く息が詰まるくらいだ。
こいつに接近戦では勝てん!
足に身体強化魔法を発動させ、地を蹴り一気に距離を取る。
しかしフェレーゲンの甲殻類部分の8本足がわしゃわしゃ動いたと思うと、あっという間に近くまで詰め寄られる。
突き出された左ハサミを剣で受け止め、鍔ぜり合うように押し合う。力比べは分が悪い。体勢が後ろに流れていたこともあって、ずるずると押されて下がる。
頭のあたりに出した火球3発は、偶然なのか狙ってのものか、ほぼ同時に撃ち出された水魂と相殺し、むわっと熱気の乗った空気が頬をなでる。
とにかく一旦距離を取りたい。今のところ、火魔法はわざわざ迎撃してきているから、有効打なのか、あるいは単に火が嫌いなのか。
ならばこれだ。
シュゴオォ……
両手で支えていた剣から左手を離し、突き出すようにしてそこから魔法を発動する。
フレイムスローワー、火炎放射の魔法。
最初、これまでと同様に水塊で迎撃しようとしたフェレーゲンだが、嫌がらせのように火の吹き出す方向をずらしていると、一向に止む気配のない火の奔流に驚いたのか、ギィギィと叫び声を上げながら距離を取った。
やっと離れてくれたか。安堵と苦笑を浮かべながら、ジョブ3を『警戒士』から『剣士』に変更。
ここまで、付け替えるヒマがなかったのだ。今はより戦闘向けのジョブが欲しい所だ。
「スイッチしろ!」
すぐ後ろから怒鳴り声が聞こえる。気配察知をするまでもなく、複数の気配がこちらへ猛ダッシュしているのを感じる。
すぐ左隣を、体勢を低くして突進していく影が過る。
援護として、火球を生み出してはフェレーゲンの胴体へと発射していく。
視界の隅で、バチッという音とともに光る何かが見える。
……多分フィーロの雷魔法だろう。位置的に、左から来ていたもう1体のフェレーゲンに向かったのかな?
そして、それ以外の魔法班の面々はこちらに来たらしい。
「無茶をしましたねっ!」と言うツブラカの声が聴こえ、何本もの矢が風を切って飛んでいく。
突っ込んだのは『格闘家』のトラーブトスっぽい。
メリケンサックのようなものを手に着け、フェレーゲンにカウンター気味のストレートを叩き込んでいる。
独特のステップを刻んで間合いを取り、上半身の動きで左右のハサミを掻い潜っている。その動きのせいで、どことなくボクシングの試合でも見ているようだ。
ただ、水魔法は避け切る余裕がないのか、何発かクリーンヒットしており、その度に動きを止められている。
それを援護するように、何拍か遅れて俺の右を通って前に出るのが、剣と小楯を持った小兵。
たぶんケルスメメ少年。
フェレーゲンが振り上げた前脚に盾を合わせるようにして受け止めている。
気のせいでなければ、盾の表面が何やら小さく動いているというか、蠢いている気がするのだが……何をしているのかは分からない。
ケルスメメ少年に受け止められたことでバランスを小さく崩したフェレーゲンに、トラーブトスが身体全体のバネを使ったアッパーを食らわせる。
昇なんとか拳! と脳内でアテレコ。
「硬ってぇな!」
トラーブトスの大技にも大して怯むことなく、フェレーゲンが魔法で反撃する。
さらに身体を反らし、後ろの2対の脚だけで踏ん張って、今まで攻撃に使っていなかった2対目の脚でトラーブトスを蹴っ飛ばす。
予想外の攻撃をまともに食らったトラーブトスが空中に投げ出される。
「チィ!」
後ろからまた矢が飛んで行くが、右ハサミを一閃して落とすと、ケルスメメへと、左右1対のはさみと2対の脚、合計6つでの攻撃を繰り出していく。
こりゃまずいな。
また身体強化魔法をかけて踏み込み、剣を突き出すように構えて一気に接近する。
左ハサミで受け止められるが、そのまま剣先から火球を放つ。ゼロ距離射撃ってやつだ。
一瞬動きが止まったので、そのままもう1発、2発と火球を撃ち込んでいく。
フェレーゲンが残りのハサミ・脚もこちらに回して対処しようとするのを見て、力を抜いて後ろへ下がる。
横から、復帰するトラーブトスの1撃が人型部分の横腹に刺さる。
ケルスメメも体勢を整えて、またジリジリと接近する。
トラーブトスの身体の周囲に、少年マンガの戦闘シーンにあるような、気?とかオーラ?のようなものが見える気がするが、まぁもう気にしたら負けだ。
と思っていたら、追撃とばかりに振り上げた足の先から、そのオーラのようなものが飛んでフェレーゲンの顔に直撃。
あ、飛ばせるんですね、ソレ。
その横で、ケルスメメが慎重に剣と盾を繰り出して注意を惹いている。
これなら、俺が付け入る隙もありそうか。
次の矢が飛んで行くタイミングに合わせて、もう1度加速して突き。
人型部分の胴体に対する攻撃は敏感に反応するようなので、振り上げて威嚇してくる脚を狙って斬り付けてみる。
人型とか、熊型の魔物相手には、相手の攻撃に対応して小手を狙うのはよくやっていたのだが、フェレーゲンのハサミとかは見るからに堅そうだったので、考えていなかった。
だが、奴の8本脚はそれほど太くないし、間接部分があるのだから柔らかいところもあるはずだ、と考えたのだ。
前衛二人のどちらかが飛ばされたりして危なくなったら、身体強化魔法とエアプレッシャーで緊急離脱。
また隙が出来たら急接近して、迎撃してくる脚を斬りまくる。
単純な前後運動だが、前衛、特にトラーブトスがフェレーゲンの脅威になって注意を反らしてくれるおかげで、敵は対応できずにいる。
3回ほどそれを繰り返すと、たまたま間接に剣が入ったらしく、フェレーゲンがギュオォォと悲痛な声を上げて身体を大きく揺すった。
逃すか、と身体強化魔法を全身に発動して、エアプレッシャーで回転運動の勢いを付け、剣を押す。堅い物を圧し折った感触がして、脚先が宙に飛んだ。
「よし、一本」
「ギオオオォオオウ! グォオオ!」
血が噴き出したりはしなかったが、神経は通っていたのか、フェレーゲンは一層大きな声で鳴き叫んだ。
と、そのタイミングを狙っていたかは分からないが、空中から何かが落ちて来る。
そのままフェレーゲンの甲羅に着地、何が起きたかと見れば、上から長剣を突き刺した隊長が目に入る。
そのジャンプ攻撃、本当になんなの。
「無事か」
「隊長!」
「隊長~!」
隊員たちが目を輝かせる。
後ろを振り返って見ると、正面での戦闘は収束しているっぽい。いや、遠い方ではまだ人喰いガニの群れを抑えているようだ。左を見ると、こちらは10人以上でフェレーゲンを囲んでいる。何人か地に伏している人の姿もあるが……。喧噪を感じて右を見ると、また別のフェレーゲンを5人程度で囲んでいる。更に新手も居たらしい。
いずれも、現在は拮抗した状態に見える。つまり俺たちがコイツに早く止めを刺せば、なんとかなる。
また正面を見る。隊長は既に剣を引き抜き、翻弄するようにぐるぐる位置を入れ替えながら立ち回っている。それに対応しようとするフェレーゲンに、トラーブトスとケルスメメが強打を狙って妨害する。隊長が2本、ケルスメメが1本脚を折り、動きは鈍くなっていく。
これなら、俺は援護すればいいだけだとは思うが……ぶっちゃけ、隊長が動きすぎていて狙いにくい。
どうするか。
奴はずいぶんと火魔法が嫌いなようだったし……
シュゴゴーー
近付いて、反撃に注意しながらフレイムスローワーで頭を炙る。
頭を防御してきたら、腹を、脚を炙る。
カニ焼きだ。
「ギイイィ……!」
根気強く焼き続けていると、ダメージが入っているのか、熱いのが苦手なのか、目に見えて動きが鈍くなるフェレーゲン。
「ふんっ」
最期は、またもジャンプからの甲羅に飛び乗った隊長に、その首を刎ねられた。
もしかするとその前に、ジャンプの威力で胴体を貫かれたときに死んだのかもしれないが、フェレーゲンの弱点は良く分からない。
人型部分って完全に偽装なのか、それとも人体のような構造になっているのか。
なんにせよ、フェレーゲンを打倒した魔法班は左の部隊への加勢に、隊長は右に加勢して流れは完全にこちらへと傾き、ほどなくして戦闘は終了した。
「……5体か」
戦闘中、俺が関知していなかったフェレーゲンがもう1体いたらしく、集められたフェレーゲンの死骸は5つ残っていた。
「これより、巣の内部に突入する。まだ魔物が潜んでいる可能性もある。気を抜くな」
隊長をはじめとして、突入隊が結成されて穴の中へと入っていく。
俺は、後ろにいたフェレーゲンを最初に察知したこともあり、警戒要員として外に残された。
巣の入口には、フェレーゲンとの戦闘で傷付いた隊員たちが寝転がっている。
重症者が多く、手足を失ったり、今後の戦士人生が危ぶまれる状態の者もいる。
今のところ、死者は出ていないというのが救いかもしれない。
戦闘後の応急措置と、1人だけいた癒術の使い手によって命に危機のあるものはいない、という話だった。
それを横目に見ながら、森の方角を注視する。狩りに出ていた別の個体が戻って来る、なんてケースは考えられる。
ただ、あのとき背後からのフェレーゲンの接近に気付けたのはドンのおかげ。もう1度同じことやろうとしても、出来るのか疑問だ。
それでも、やらないわけにはいかない。残りMPは10を切っているが、気配察知を作動させる。
緊張しながら30分も待っていると、洞窟の中から突入部隊が帰還した。
モノ言わぬ何人かの戦士団の仲間を抱えて。
……危惧した通り、中には、「食べかけ」が残っていたらしい。だが、残念ながら生きたまま保存されていた者はいなかった。
分かるだけで、3人分の人骨と、3人分の「食べかけ」があったらしい。間に合わなかった、ということか。やるせないなぁ……。ため息が出る。
巣の中には無数の卵が産み付けられていたらしく、それも処理したとのこと。
たまたま巣の近くにいなかった個体がおらず、あの隠密能力がこの巣のフェレーゲンの固有のものであれば、これでこれ以上の被害はなくなったことになる。
「それにしても、あの能力……斥候が1匹も発見できなかったというのは……」
隊長が嘆息する。
話しているのはセンカだ。1匹も、というのは、隠れていたらしい背後のフェレーゲンを指しているのだろう。前にいた1匹は、どう考えても囮だったのだから。斥候は見破ることができず、むざむざ敵の術中に嵌ってしまったことになる。
自画自賛のようになってしまうが、俺が背後からの奇襲に気付くのがもう少しでも遅れれば、死者が出ていた可能性はかなり高かった。というか間違いなく出ていただろう。
最初に遭遇した部隊が半壊した理由も、おそらくこの隠密能力による奇襲なんじゃなかろうか。
「気配遮断……いや、認識阻害が近いか。そんな能力のあるフェレーゲンなど、聞いたことがないがな」
「そうよな。巣に卵があったということは、湧いているわけではない、と思いたいが」
クロスポイント南方で確認された今回のフェレーゲンは、フェレーゲン隠密タイプとして記録され、今後継続的な調査が入ることになるらしい。
これでクロスポイント付近の人気がなくなると、また人の流れが変わるんだろうなぁ。
新人がクロスポイントを回避するようになるから、北のエネイト基地あたりが活気づくんだろうか。
積み上げられたフェレーゲンと人喰いガニたちの死骸を眺めながら、そんなことを考えた。
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