第60話 戦う理由
魔物「フェレーゲン」。
エネイト基地付近の川を探索したとき、サーシャが遠くから発見した魔物である。
甲殻類が人型の上半身を生やしたといったような見た目で、頑丈な殻を持ち、なおかつ動きが素早く、水魔法まで使う。強敵だ。
フェレーゲンは、人食いガニと呼ばれる魔物からの変異によって発生する。湧き点から出て来るケースもあって、上流域にいるのはそうらしいが、数は多くないらしい。それ以外の要因があるとすれば、人喰いガニが変異したということになる。
魔物の変異は分かっていないことが多いが、その大まかな要因は明らかになっていることも多い。例えば、かつて出会ったナイトゴブリンなんかは、環境変異によってゴブリンから変異することが知られている。
環境変異というのは、つまりは暮らす環境に沿って変異するということで、何らかの理由で夜に活動しているゴブリンはナイトゴブリンに変異することがある。
では人食いガニが変異する要因は何だと考えられているか。有力なのは「摂食変異」らしい。摂食、つまり食べた物によって変異する。
では人型を取るフェレーゲンは何を食べたのか?
……言わずもがな、人である。フェレーゲンが大量に発生しているとしたら、それなりの人が喰われている可能性が高いということになる。
地方によっては、フェレーゲンが悪魔のような存在として恐れられているのも分かるというものだ。まあ、亜人を食べてもフェレーゲンになるという説が有力らしいので、必ずしも人が食べられているとは限らないようだが。
そんなフェレーゲンが巣を作っているという。巣、というからには、少なくとも2体以上が確認されたということか、卵でも見付けたのか。
その辺の情報は入っていないらしい。
巣を発見し、直後に襲われ、半壊して敗走。このとき巣を見付けた斥候役が亡くなっており、そのため正確な情報が分からないのだとか。半壊したという部隊がどれだけ死んだのか、あるいは死者は斥候1人なのかも分からないらしい。
どちらにせよ、戦士団から死者が出たということで周りはお通夜状態だ。
こうして魔物と戦う、死の身近な職業とはいえ、それ相応のノウハウがあり、準備と対策も怠らないプロフェッショナル達だ。実際はそう簡単に死者は出ない。
その戦士団を少なくとも1人は殺害し、部隊を半壊に追いやった相手。……割りの良い仕事だと思ったが、ババを引いたかな?
「情報はほとんど入ってきていない。現場も、上も混乱しているようだ。だが、今その場に向かい、事態に対処できるのはこの部隊だけだ。皆の力を貸して欲しい」
隊長はそう言い、隊員たちは当然とばかりにそれに応じた。俺はちょっと冷めた目でそれを見つつも、拒否はできないだろうと腹を括った。
全員で準備を進める傍ら、助勢に来たと思われる小部隊や、伝令役が次々と到着する。その中でビックリしたことと言えば、伝令役が馬に乗っていた。
だから何だと思われるだろう。ただの馬ではないのだ。地球の「馬」そっくりの馬だった。
呆然とそれを見ていたら、サーシャが「早馬」と呼ばれるのだと説明してくれた。
地球の馬に酷似したフォルムだが、一回り大きくなった、というか足回りががっしりしている。
伝令用に鍛えた軍馬なら、2日ほど全力疾走しても潰れないという豪胆な存在らしい。
馬だけど、馬じゃないんだなぁ……。
「人によっては、私達が練習した馬よりも乗りやすいらしいです」とはサーシャの言。地球の馬のイメージが強い俺も、こっちの方が乗り易かったかもしれん。
軍馬レベルの早馬となると、金貨どころか希金貨で取引されかねない代物らしいが。希金貨がたしか金貨10枚分の価値だったはずだから、1000万円程……かな? 馬一匹にとんでもない値段だが、高級車、いや軍用車両か。そう考えれば、高くって当たり前か。
もっと線が細くて、おそらく地球の馬に近いのもいるらしいが、そちらは出せる速度は優れているがすぐ潰れるひ弱な馬として扱われている、らしい。
まあ、そんなお馬さん事情は良いとして、その軍馬に乗って報せを持ってきた伝令によると、斥候役が見付けた巣の位置と、部隊が攻撃を受けた場所は少し離れているらしい。
つまり、フェレーゲンは巣から離れて行動している。どこで遭遇するか予測が付かないから、ゆっくりと全周警戒をしながら、巣の方向に進むということになった。
途中で合流した小部隊は、2部隊が同行。後ろを守る位置に配置される。残りは、川沿いの探索、警戒を引き継いでもらうという。総勢30人程にまで人員が増えたアルメシアン部隊は、先行する隊長班から順に、川から離れ東へと向かった。
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足を進めると、パキリと木の枝が折れる音がする。
昨日も険しい道を行っていたが、今日は完全に予定を外れて進むため、道なき道だ。周囲は薄暗く、視線は木々に遮られるため、先行している部隊ははっきりと見えない。すぐ前を歩くセンカの背中を見失わないように、それだけを注意してひたすら足を動かす。
しばらく奥へ進むと、指揮を執るセンカが、しきりに普通班の目立たない男に現在位置を確認しだした。どうやら、現在位置を確認する何らかの手段、おそらくスキルを持っているらしい。
東に向かっているため、川から離れて森の中を進む形。道なき道なのはもう仕方がないが、出来るだけ通りやすいルートというのはあるらしく、出発前に隊長たちが難しい顔をしてルート確認をしていたのを思い出す。
視界も悪いため、歩みをゆっくりにして、斥候が近くを探索しながら進む。
「!」
センカが何かに気付いて右手を挙げる。停止の合図だ。
前を歩いていた普通班の面々が防御態勢を取る。飛び出してきた大きな影が、盾使いに受け止められる。
「ドグモだ。火魔法使え」
恐らく俺への指示だろう。
一瞬、ウェイクウォールの準備をしていたがキャンセルし、ファイアボールを剣先から発射する。
「ファイアボール!」
「ギィェーッ!」
魔物が苦しそうに呻く。落ち着いて見ると、たしかに鹿っぽい。角はちょっと小さいが、鹿の体格を良くして目つきを悪くしたような見た目。
鹿型の魔物、ドグモだ。
ドグモは暴れ、憎々し気にこちらを見詰める。
だが、ターゲットを変更して襲い掛かってくる前に、盾使いの盾が発光したかと思うと、光の束のようなものでドグモの身体を拘束した。
「10秒は持つ、やれ!」
俺はもう一度火を生み出し、今度は少し溜めてから放つ。
「ファイアアロー!」
「パワーアロー!」
隣で、ツブラカが同時にスキルを発動したらしい。
ドグモの首あたりに光る矢が突き刺さり、顔に炎の矢が直撃、爆発する。
「止めだ、オラァ!」
身体が硬直したドグモに、剣士が何やら剣を光らせながら斬りかかる。首を半分ほど切断されたらしいドグモが、断末魔を上げて倒れ込んだ。
「無事に対処できたか」
前から隊長が姿を現した。
「隊長も御無事で」
普通班の班長っぽい人がそれに応じる。
「ああ、だが一匹抜けたようだな。すまん」
「群れでしたか?」
「多分な。襲ってきたのは3体ほどだった」
隊長班も前で戦っていたようだ。
「昼飯には丁度いいかもな。開けた場所も見付けたし、昼にしよう」
少し進んで、隊長の言っていた開けた場所で休憩に入る。
一応開けてはいるのだが、人数が多いので狭く感じる。
今狩ったばかりの鹿の魔物の肉を処理しつつ、食べるのは昨日狩った赤牛のサンドイッチだ。
堅パンをスライスして、肉の塊を挟むだけの簡易サンドイッチ。野菜など皆無の漢メシだが、こんな場所で食う野営食としては贅沢な部類か。
「明日の分の肉も確保できたな」
調理担当?の大剣使いの人はニコニコだ。
手の込んだ保存処理をしている余裕はないので、狩った肉は短いスパンで消費することになる。だから、肉が手に入らないと翌日は拠点から持ってきた保存食を食うことになる。いささか不味いし、量に限りがある。だから、毎日1回くらい食べられる魔物と遭遇するのは歓迎なのだ。
休憩時間ではあるが、何かあればすぐに動き出せるようにと、部隊編成そのままの配置で腰を下ろしている。なので、自然とフィーロ班の面々が固まる。サンドイッチを受け取った弓使いのツブラカ、格闘家のトラーブトスが隣に座る。
魔法が使えることが判明したケルスメメ少年、無口なリーダーのセンカは少し離れた場所で立ったままサンドイッチを齧っている。フィーロはどこに居るか分からない。
「思ったより進まないですね」
ツブラカが眉を寄せてつぶやく。
「予定外のルートだしな、仕方ないんじゃないか?」
トラープトスが返す。護衛に徹しているためか、この人が握っているメリケンサックが使われているところを今の所見ていない。何度か連絡役として走っていることはあったが。
「なあ、無理をしないで、もっと情報と部隊を集めることも出来たんじゃないか?」
隊の運営批判と受け取られてもいけないので、ちょっと声を潜めながらそう訊いてみた。
「あん? まあ、そういう方針もありかもなあ」
トラープトスはそうとだけ言った。長文で答えてくれたのはツブラカである。
「間違ってはいないですけど。放置しておくと、不測の損害が出るかもしれない。けれど、拙速に動いて致命的な被害を出すのも拙い」
「どっちもリスクがあるってことか」
「そう。だけれど、もう1つ、忘れていることがあるかな」
「なんだ?」
「……本気で分かっていないみたいですね。いいですか? フェレーゲンというのは人を喰って変化した化物ですよ」
「うん」
「奴らはフェレーゲンになってからも、人を喰う。それが好物だから」
「……」
「もし私達が、一晩で食べ切れないくらいの獲物を取ったら、どうします? 赤牛とか」
「食い切れないくらい? 捨てていくか、持って帰るかじゃないのか」
「そうです。フェレーゲンも同じ。多くの人間が狩れたら、一部を食べて、食べ切れない分は持って帰るんです」
「……」
「奴らには、塩漬けにして長持ちさせるような知恵はない。ここまで言えば、分かりますかね?」
「鮮度を保つために、生かしたまま連れて行かれた奴がいるかもしれない?」
「そういうこと。その救出の可能性があるのは、すぐに私達が動いた場合しかない。動いても動かなくてもリスクがあるなら、仲間の救出って特別報酬がある方を選ぶというのが自然じゃありませんか?」
なるほど。俺なら一時撤退を考えそうなもんだけど、戦士団の仲間としては救出一択なんだろうな。
「だが、どれだけ被害が出たのか、連れて行かれたのかは情報がない、んだよな?」
「そうですね。色々と混乱しているみたいですし。ただ、情報を待っていたら、救出の機会は失われる」
「……なるほど」
戦士団全体のリスクとしては行っても行かなくても同じだとしても、自分の安全という意味ではこの選択はリスクしかない。
が、戦士団の選択を拒否するだけの権限も度胸も俺にはない。ここに置いていかれても、それはそれで困るしね。
やるしかないか。分かっていたことだが、改めて諦観する。
「1つ付け加えるとするなら、だ」
黙って聞いていたトラープトスが口を出す。
「もし戦士団に大きな被害が出て、人間が巣に持ち込まれたとしたら。それを喰った人喰いガニが変異を起こすかもしれねぇ。そうしたらももっとフェレーゲンは増える。最悪の循環だな。待つ、というのはお前が思っている以上にリスキーなんだよ」
「なるほど、その視点はなかったな」
どれくらい人を喰えばフェレーゲンになるのかは分からないが、言っていることは道理だ。
というか、もうその悪循環でフェレーゲンが増えて、今回のことに繋がったのかもしれない。
「……もし既に複数のフェレーゲンがいるとしたら、何で今まで見つからなかったのでしょうね」
「そこだよな。しかも、1日の行程で見つかるくらいの距離に巣があるのだろ?」
「タイミングが悪かったのかも。ちょうど拡張期で、見回りの数を減らしていたし」
「まあなあ」
ツブラカとトラープトスが議論している。それを傍目に見ながら、振り返って後ろに控えているサーシャに目線を合わせる。
「サーシャ、体調は問題ないか?」
「はい」
「フェレーゲンの弱点とか、何か覚えていることはあるか?」
魔物についての資料は、一緒に見ることが多いのだが、サーシャの方が記憶力が良い。そんなところよく覚えていたな、というところを指摘してくれたのは1度や2度ではない。
「フェレーゲンですか……」
「要注意の魔物だったから、一応色々目を通した気はするが」
「そうですねぇ……過去の討伐記録で、水と土の魔法は通り辛かったという記述があったような……」
「ふむ」
あったかな? あったのだろう。
水に強いのはイメージ通りだし、殻が硬いから土魔法にも抵抗があるか。
「俺のファイアアローで、通じる相手なのかねぇ」
魔銃を解禁すべきか? 苦手そうな火魔法で攻める方が無難と言えば無難なのだが。
「あの、記録だと動きが早く、魔法を避けるということが何度も記述されていました。裏を返せば、苦手な属性の魔法はそれなりに通るのではないかと……思うのですが」
「なるほど」
そうであって欲しいものだ。いかん、戦いたくないので思考がネガティブになっている。
「サーシャ、手を出して」
「あ、はい」
MP残量チェックにかこつけて、サーシャ成分を補給しておく。
もちろん、何も知らない周りの戦士団の人たちからするとイチャイチャしているようにしか見えないだろう。
************人物データ***********
サーシャ(人間族)
ジョブ 弓使い(9)
MP 3/6(↑)
・補正
攻撃 G-
防御 N
俊敏 G+
持久 G+
魔法 N
魔防 N
・スキル
射撃微強、遠目
・補足情報
ヨーヨーに隷属
***************************
うーん、代わり映えのしない……うん?
「サーシャ、魔力量ってレベル上がらなくても増える?」
「え? はい。人によっては、成長に応じて多少伸びると思いますが」
「ふぅん……」
憶え違いでなければ、最大MPの値が1伸びているな。
最近、MPを消費するスキルを頻用していたからか?
「そろそろ出発するぞ」
隊長の掛け声で皆が一斉に立ち上がる。再び隊列を組み直し、さらに奥へと進む。フェレーゲンの巣へ向かって。
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