第57話 バレテーラ
「こちらで待たれよ」
ゆったりした衣を着た、戦士団の文官っぽい人に案内され、館の一室に通された。見ると、先に到着していたらしい面々がいる。左側には、同じような黒い鎧を着込んだ一団。20人くらいはいるだろうか。その集団に圧迫されるように、右に寄っている残りの人たち。何人かずつで別れて座っており、パーティごとにまとまっていると考えると、おそらく3パーティ程いるようだ。
「お待たせしたようだな」
部屋の右後ろに陣取って1人寂しく座っていると、しばらくしてゴテゴテしたデザインに、緑の垂れ幕のようなものがかかった豪華な鎧を着込んだ偉そうな人が急ぐように入ってきた。一番前、教壇のようになっている場所に到着すると、左右に付き従っていた部下っぽい人たちが何やら資料を広げ、準備を始めた。
「忙しないが、早くはじめよう。諸君らは此度の戦士団の任務に与力すべく集まってくれた者達で相違ないな?」
「……」
集まっていた傭兵たち(おそらく)は互いに周囲を見て、様子を窺う。それを肯定と取ったのか、偉そうな人は軽く頷いて話を進める。
「私はクロスポイント基地の戦士長補佐、エルドットだ。まぁ名前は覚えなくても構わない。さて、今回の作戦について軽く説明しておく。ここから南東の荒野では亜人グェッタが活動を活発化させており、また、すぐ西に流れるカンセン川流域では魔物が増え、それとは別に上流域から魔物が流れてきている。これらの問題に対処するため、クロスポイントの部隊をまとめて討伐作戦を実行することになった」
戦士長補佐と名乗った偉そうな人、エルドットはそこまで言うと一旦溜めを作り、こちらの反応を探るように周囲を見渡した。
「討伐作戦は大きく分けて、2つに分かれる。1つは荒野の亜人どもの包囲殲滅、もう1つがカンセン川流域での魔物の調査、討伐だ。傭兵団……『黒き刃』の者達と、えー……パーティ名『星追い』の者は前者に参加することになる。ここに残ってくれ。残りの者は手数だが隣の部屋で説明を行う。移動を始めてくれ」
そう言うとエルドットは手をパンパンと叩いて行動を促す。どうやら俺は移動組のようだ。
あの黒い鎧で統一した集団は、『黒き刃』って傭兵団なのか。いかにも敵キャラとして出てきそうな見た目と名前だよなぁ。今回の件でこれ以上関わることはなさそうだけれど。
再び文官っぽい戦士団の人に導かれて別の部屋に向かうと、今度は中学校の教室のような雰囲気の小部屋に案内された。中には戦士団の別の担当者、偉そうな人その2が教壇の位置に資料を広げて準備をしており、ヨーヨー達に気付くと腰を上げて迎え入れた。
「ようこそクロスポイント基地へ。私が今作戦を担当するエストーク上級戦士だ。話によると、諸君は正式に契約しておらず、今日の説明によって契約する流れだと聞いている」
こちらに投げ掛けるように言葉の空白が出来たので、またもお互いを見渡しながら微妙な空気が流れる。
「……俺達はそうだが」
1人が掠れた声でそう返事をすると、エストークが頷いて話を進める。
「そうか。ではまず作戦の概要を説明して納得してもらわなければならないな。先に軽く説明されたかもしれないが、参加を要請する内容はクロスポイント付近、南方方面のカンセン川流域への調査、討伐任務への同行だ。ここには魔物狩りギルドより紹介を受けた3パーティ……2パーティと1人かな? がいるが、それぞれ別の隊への配属となる。2パーティ、『灰色蜘蛛』とセリオンのパーティには中流域での魔物狩りの実績を買って、主に斥候役としての働きを期待している。もう1人……ヨーヨーか。君には魔法使いとしての役割を期待する。いずれも中部隊、20人程度の部隊に同行してもらい、最低3日間の任務を遂行してもらいたい。詳しくは後でまた説明する時間があるが、最短で3日間、長ければ1~2週間ほどと思ってもらいたい」
「1~2週間か……」
「それなりに大きな作戦だからな。少なくとも1週間は予定を空けて欲しい」
「報酬は?」
他の魔物狩りパーティたちが質問する。最初は様子を窺っていたものの、次第に自由に質問をしていく空気になってきた。
「基本報酬が1日銀貨2枚。たとえば4日目の昼に終わったとしても、4日分の報酬は支払う。2枚だと少ないと思うかもしれないが、これはあくまで基本線だ。斥候役、あるいは魔法役として役割を果たせばそれだけで追加報酬で毎日銀貨1枚は付くことだろう。他にも活躍に応じた手当は付く。危険な魔物と遭遇して対処できれば、ボーナスもある。稼ぎは良いはずだ」
「魔物を倒した場合、素材はどうなる?」
「戦士団がもらうが、その分人数割りした程度の報酬は出す。他にも、過去の討伐任務への協力要請の先例を参考にして、報酬を支払う。基準はあるが、公開できるものではない。気になることがあればその都度訊いてくれれば対応しよう」
「参加したときの危険はどの程度になると判断している?」
「それを含めての調査を兼ねているから正直不明な点が多い。私見を述べれば、魔物が増えているのだから危険は増している。それも逐一討伐していくのが任務となるしな。ただし、仮にも戦士団の精鋭との共同任務だ。普段の狩りよりもそういった意味では相当安心できると思う。総合的に考えれば、普段中流域で魔物を狩る場合と同程度と見込んでいる」
「……」
魔物狩りたちはこそこそと仲間内で話して考えているようだ。さて、ここは受けるべきか否か。
「質問してもいいでしょうか?」
手を挙げて存在をアピールしながらそう発言する。他のパーティの面々もチラリとこちらに注目したのが分かる。
「許可する」
「俺には1人従者がいますが、その場合の報酬はどうなります?」
「従者か。ふむ……。すまないが、君は魔法使いとしての腕を見込んだため、ソロでと考えていたのだが。仲間がいたという報告もなかった。しかし、1人なら、そうだな、従者の分は半人分として計算して支払う。従者の活躍については君の報酬分としてカウントしよう。如何かな?」
「……その条件であれば、俺は参加するとします」
「ほう、それは有難い」
エストークがにこりと胡散臭い笑顔をこちらに向けた。ここで変に粘っても仕方ないからな。先ほどの説明なら、1日で銀貨3枚は固い。そこにほぼ確実にプラスアルファの報酬がある。悪くない条件だと思う。さらにサーシャの分の報酬も出るというのはちょっと予想外だった。言ってみるものだ。これで収入が実質1.5倍になった。参加するのが賢明だろう。ここで最初に依頼を受ける感じの流れを作ってやれば、わずかにだが戦士団に恩を売れるという打算もある。それが何らかの形になるのかは不明だが。
「我々も参加する」
「……俺たちも構わねえぜ」
他の2パーティも参加を承諾し、改めて作戦の説明がなされることになった。契約文書の取り交わしなどは最後にやるらしい。
「さて、諸君らの参加、大いに歓迎する。正直、南東の荒野の作戦に人員を引っ張られてな。作戦延期も考えていたところだった」
エストークが苦笑する。
あー。荒野の亜人って火の魔法が弱点だったし、魔法使いは特に引っこ抜かれてそうだからな……。それで俺はこっちに割り振られたのか。
「細かいところは正直これから詰めるところだが、現在決まっている部分を話すぞ。調査兼討伐部隊はそれぞれ中部隊、20人程度の部隊となる。4つに別れて、南方テクーバ方面に展開する。いずれも魔物の分布と種類を調査しながら野営地を経由し、戻ってくる。確認した魔物は、可能と判断すればその都度討伐していく。基本はこれだ。単に行って帰ってくれば2日で済むが、道を外れて担当地域をくまなく調査することになるから、最低3日と言った。1部隊は西岸に向かうが、こちらは諸君らには関係ないため東岸と思ってくれて良い。川に近いルートから順に、ヨーヨー、『灰色蜘蛛』、セリオンと配置される」
「俺たちは川から離れて進むってことか?」
セリオンと呼ばれた男が確認する。
「そうなる。荒野ギリギリを掠めるようにして、こう蛇行して野営地に向かう」
「……ルートによって移動距離が違うように思えるが」
「その通りだ。出来るだけ横の連絡も取って歩調を合わせるが、絶対ではない。ヨーヨーのルートが一番短いが、魔物が多いと推測されるためペースとしてはそれほど変わらないだろう」
「なるほどな……」
魔物多いんかい、俺のルート。まぁ仕方なし、か。
「そう不満そうにするな。川辺の魔物は火が効くことが多いからこそ、火の魔法を得意とするヨーヨーを配置したまでだ。それに、アルメシアン隊の隊長とは顔見知りなのだろう? それも考慮した」
「アルメシアン?」
「む? こう、銀髪で、髪が長くて……中年のくせに顔が良いヤツだ。心当たりはないか?」
「あーあー。隊長どのか。そんな名前だったのですね」
「アルメシアン・ヘ・ウルブーネル上級戦士だ。奴は優秀だから、そう簡単には死なんぞ。安心せい」
「はぁ」
アルメシアン・ヘ・ウルブーネルね。貴族か、やっぱり。っていうか、またフィーロと一緒になるのかな。
「他の隊員も、自分が同行したときと同じメンツになるのでしょうか?」
「多少の入れ替えはあるがな。アルメシアンのところはほぼ固定しているから安心せい」
はい。安心します。
「さて、出発は3日後となる。詳しい話は当日の朝に団員と一緒に受けることになる。異存ないか?」
「はい」
「ええ」
「おう」
それぞれ依頼の契約を交わすことになって、終わり次第そこで本日は解散となった。3日後か……あれ? 明日にも出かけるのかと思って保存食とか買っちゃったんですけど。完全に勇み足だ。
帰る前に、先生に質問よろしく教壇へと向かい、道中の消耗品などについて確認しておいた。重要なことだ。
「ああ、そうか、それを説明していなかったな。一応団員と同等の食糧、消耗品は支給するように考えている。ただ、急なこともあって余裕がないから、多少は用意してくれる方が嬉しい、というところだ」
「……分かりました。一応自分達用の保存食はいくらか買っておきます。では今日のところは失礼します」
「うむ」
もう質問することはなさそうなので、そそくさと退散する。こんな、偉い人や貴族の人がひしめいている空間は毒だ。どこでトラブルに見舞われるか分かったもんじゃない、こんなところに居られるか!
部屋で待機していたサーシャえもんにダイブして、依頼の内容を一通り話して聞かせる。
「いや~、3日後とは思わなかった。考えてみれば日程確認を怠ってたわ」
「そうですね……、私も気が付くべきでした。少し勿体ないことをしましたね」
「まぁまぁ、足の早いものは3日後までに食ってしまおう。問題はそれまで何をするかだな」
まあ、食っちゃ寝して、自主トレして、夜サーシャに挑むくらいかな。つまりここ数日と何も変わらないということだ。
さて、サーシャのステータスを確認しておくか。いつも通り招き寄せて抱き締める。
************人物データ***********
サーシャ(人間族)
ジョブ 弓使い(9)
MP 5/5
・補正
攻撃 G-
防御 N
俊敏 G+
持久 G+
魔法 N
魔防 N
・スキル
射撃微強、遠目
・補足情報
ヨーヨーに隷属
***************************
うーむ、特に変化なし。
「あの、ご主人様?」
「なんだ?」
「前に亜人との戦闘中、確認したとき……手を握るだけで確認できていませんでしたか?」
「……」
「……」
「……」
そうだったっけ?
思わずサーシャの顔を見ると、がっつりと目が合ったので、そっと逸らした。ばれてーら。
「緊急事態だったからな、接触が少ないと正確には読み取れないが、あの場は仕方なかった」
「正確に読み取れない……なるほど」
誤魔化せたか? チラッと顔を見るとがっつり目が合ったので、また逸らしておく。
「そういうことならば、仕方ありませんね」
サーシャが微笑む。
バレてそう。
「この時間であれば、まだ食事どころも空いているはずです。行きましょう」
「……そうですね」
何でもない様子のサーシャに背中を押され、夕飯を食べに出るのであった。
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