第56話 質問

やや時間がある日の宿にて。サーシャに基本的なことを訊いてみる。


「そういえば教会について、ふと思ったのだが」

「はい」

「教会で寄付でもすれば、助祭とかいったジョブを獲得できるのか?」

「いえ? そういうわけではないです。司祭さまたちのジョブの獲得条件はある程度、明らかになっていまして」

「ほう」

「簡単に言うと、真剣に祈りを捧げると良いそうです」

「真剣に祈りを捧げる。そのためには場所は特に教会ではなくても構わない。ということか?」

「そうです」


なんだそれは。簡単じゃないか?


「もちろん、かなり真剣に、そして継続して祈る必要がありますから。その修行の場として、教会にお世話になることは有効でしょう」

「そうなると、悪人系のジョブがあるのも頷けるな。正式な司祭でなくても、誰かにジョブを取らせてやればいい」

「うーん、どうでしょうか。正式な司祭さまでなくて、『助祭』等のジョブに就くのは違法です。それに、初めから悪用するつもりで祈っても簡単にジョブは獲得できないのではないでしょうか?」

「うん? 違法なのか、いや、それはそうか。勝手に悪人系ジョブを変更できるようになったら、国も管理が大変そうだしな」


悪用するつもりで祈っても獲得できないという指摘も、そうだろう。ただそちらに関しては、抜け道が色々と思い付きそうだ。

最悪、徹底的にイジめて神に縋らせても、真剣な祈りになりそうだし……。

ああ、でも、獲得してからジョブ変更する必要もあるから、結局、教会関係者でないと違法になるというのがネックになるな。どうにかして司祭職の1人目が作れたなら、後はそいつに協力させて変更すればいいのだけど。


どちらにせよ、俺には『干渉者』による自由なジョブ変更能力がある。自分と隷属者のみという制限はあるものの、自分と隷属者以外を変更したいという動機もない。

サーシャに祈らせてジョブを獲得させるなんて必要はないだろう。この話はここまで。

あ、いちおう。


「他に、教会に行くことで何かメリットがあるという話はあるか?」

「……思い付きませんね。普通はステータスを確認するために、自然と足が向かうのですが」


必要ないもんね。

まあ、教会には行かなくて済みそうだ。よしよし。


「うーん、後……基本的なことね」


何か聞き忘れていたことがあっただろうか。色々ありそうだが、すぐに思い付くものは少ない。


「あ、そうだ。魔石ってさ、小さい物でも売れるじゃん」

「はい、ですね」

「でも、例えばサーシャの使うマジックシールドの道具の燃料になる、小さな球あるだろう。それにもならないような、歪だったり小さすぎるものって、どういう用途があるんだ?」

「魔道具の燃料ですね。後は、砕いて使うとか、触媒にするとか、色々あるようなのですが……正直、あまり関わってこなかった分野なので疎いです。申し訳ありません」

「ゴブリンの魔石程度の小ささ、歪さでも、燃料になるのか?」

「なります。いえ、詳しく知っているわけではないのですが、なるそうです。大きな魔道具になりますと、むしろ形は関係なく、魔石の総量を必要とする場合があるそうです。ああ、それと、あれもですね。土地を管理するために使われる領主のスキルなどでも、細かい魔石を必要とするそうです」

「領主のスキル?」

「はい。領主の方は、どれくらいの割合かは分かりませんが、『領主』ですとか『土地管理者』といったジョブを選択していることがあるそうです。そのスキルには、魔石を消費してさまざまな効果を発揮するものがあるのだとか」

「へぇ~、結構重要そうな情報だな……」


だが、それを知って何かに役立てることは思い付かない。


「それと、ゴブリンの魔石程度でしたら、使える魔道具も多いのではないでしょうか? 大きな魔道具の燃料にするしかないようなクズ魔石という呼び方がありますが、ゴブリンの魔石は含まれていなかった気がします」

「あれでも十分大きな方ってことか」

「魔石は、本当にピンキリですから。もっと小さくて、歪なものも探せば多いですよ」

「そうかぁ」


最初の街で、魔石は1個銅貨10枚とかだったかな。

あれ以上に安いものとなると、本当に10円、100円レベルのものも存在するわけだ。

魔道具系のスキルがあると、魔石を売る以外にも活用できるようになるし、メンテナンス料も安く済むようになる。

ちゃんと調べた事はないが、絶対に魔道具関連のジョブはあると思うんだよな。


「サーシャ、魔道具系のジョブって何か知ってるか?」

「魔道具系ですか。『魔道具製作者』『魔道具使い』といったジョブのことでしょうか?」

「おお、やっぱりあるんだ。製作者と使いって、何が違うんだ?」

「……なんでしょう? おそらく、製作することに重点を置いたのが前者、既製品を使うことに特化したのが後者でしょうか。そう考えると随分違いますね」

「うん、なるほど。どうやって獲得するかとかは何か知っていることは?」

「うーん。ありませんね。正直に考えて、魔道具の作成をしたらとか、魔道具を使っていたら獲得できるのでは。あれ、ではご主人様の魔銃もそうなのでしょうから、獲得できているのかも?」


確認してみる。が、獲得していない。魔銃って、魔道具の括りではないのかね。

サーシャのジョブも確認してみるが、獲得していない。まだマジックシールドの使い込みが十分ではないのかもしれない。


さて、サーシャへの異世界の常識についての質問はこの辺で良いか。また、時間があれば機会を設けよう。



昼を挟んでの午後はサーシャを宿に置いて荷物の整理を頼み、ギルドに向かった。魔法の練習をするためだ。宿の部屋でやっても良かったのだが、そうするとできる訓練が限定される。出来れば訓練場のようなところを借りたかったのだ。



「解体用のスペースであれば貸せるかもしれませんが」

「訓練場のようなものはないのか? ターストリラにはあったが」

「職員用のものがありますが、現在使用中ですので」

「そうか……。解体用スペースでは動き回っても構わないのか?」

「備品を壊すようなことがなければ、大丈夫です。また、職員が業務で使用することになった場合は、速やかに出られるようにしておいてください」

「了解した」


職員に連れられ、ギルドの建物外に出た。裏通りの、倉庫が立ち並んでいるような一角に、ギルドが所有する解体用のスペースが確保されているようだ。こうなるとあまり攻撃力が高そうな魔法は使えまい。ただ、貸出料はいらないというから良し悪しだ。


「では、遅くとも夕刻の鐘が鳴る前に出てくださいね。戸締りはこちらでしますが、窓を開けたら閉めて出てくださいよ」

「ああ」


さて、何を試そうか。現在、自分用にとっている魔法用のメモはこうだ。


・魔法(実用レベルのもの)

火魔法:ファイアボール、ファイアアロー、フレイムスローワー、ファイアウォール

水魔法:ウォータボール、ウォータウォール

風魔法;エアプレッシャー、ウィンドウォール

土魔法:スローストーン、サンドニードル、ウェイクウォール、サンドウォール

複合魔法:バシャバシャ(水+土)

身体強化魔法


魔弾もスキル化しているが、実用レベルではないので入っていない。

解体スペースは広いし、下が土だ。多少床が荒れているくらいなら怒られないだろう。というか、出る前に土魔法で整えればいい。というわけで、端に立って遠くの床を目掛けて軽く攻撃魔法を撃ってみる。


火球、水球、土針が立て続けに床に吸い込まれ、バシュ、シュウ、ザザッと音を立てる。初歩的な攻撃魔法はもう習得したと胸を張れるだろう。


最後に火球を出し、中心のエネルギーを高めるようにして、それを叩きつけるように放つ。歪な形になった火の塊が地面へと飛ぶ。爆ぜるようにして地面の表面がめくれ、火花が散る。……ちょっとやりすぎたかもしれない。

これがファイアアローだ。俺なりの。

ピカタ師匠に見せてもらったものよりも形が歪で放つまでの時間も掛かっている気がする。が、魔力を籠める時間さえあれば実用レベルと言えるだろう。


土魔法で爆ぜたあたりの地面を丁寧に均してから、身体のあちこちを伸ばして準備体操を行う。お次は動きながらの魔法だ。


何もないのはなんなので、土魔法で小さな的を作ってから、身体強化魔法を発動させながら握り拳を叩き込む。スムーズに魔法を発動し、力が伝わるように何度も繰り返し動作する。

汗が滲んでくる。

今度は愛剣を抜き、斬る動作を確認しながら素振りしていく。それから身体強化魔法を発動しながら斬る動作も試していく。これがムズい。


俺の剣術は、前に同じ宿だった剣マニアの夫婦から習ったものがベースだ。そこに、稽古を付けてもらった人たちの教えと、俺が使いやすいように改変した部分もあってオリジナル剣法と化している。何せ、得物も最初に習っときよりだいぶ長い太刀に変わってしまっているので、技術的に怪しい部分はかなりある。


それでも、剣マニアの夫の教えてくれた理論をベースにしながら、戦うときはセオリーを意識しながら振るっている。そのセオリーを意識しながら、身体の動きを制御して身体強化魔法が効率的に、効果的に働くように魔力も操るのである。

端的に言って、無茶だよと言いたくなる作業になっている。無茶を言っているのは自分なのだから、誰に文句を言う訳にもいかない。


「ふぅー、疲れた疲れた……」


MPが減ってきたところで休憩とし、水を飲む。水魔法の水は相変わらず不味いので、わざわざ宿で汲んできた飲み水だ。

最近、筋トレに加えて剣術、魔法と自主トレ内容が増えてきて、大変だ。余裕があれば出来るだけ毎日やるようにしているが……魔法などは、魔法そのもので出来る内容が無限に広がり続けているから、そのおさらいをするだけで時間がなくなる。MPも有限であるし。

曜日によって今日は風魔法、とか決めた方が良いのかもしれない。身体強化魔法はマスターするまでが長そうだから、できれば毎日続けよう。


小一時間休憩して少しMPに余裕も出来たところで、ちょっと前からやってみたかったことを試す。

まず地面に手をつき、魔力を流して変形させる。土魔法の基本的な技能だ。その感覚を試してから、剣を手にする。そして立ち上がって剣を逆手に持ち、おもむろに地面に差す。そして、そのまま魔力を流す。魔力を細かく流して操作し続け、ずいぶんと時間が空いてから、少し離れた地面がちょっぴり隆起する。成功だ。


名付けて……名付けてなんだろう?

やりたかったのは、大剣を地面に刺すと地面がどーん! である。なんか強そうじゃない?

実用性? 知らんがな。


地面がちょびっと隆起するだけじゃなくて、剣みたいな硬く尖った土が飛び出したりすれば、必殺技っぽくなる。


遊ぶのはこの辺にしておいて。

帰る前に、エアプレッシャーによるブースト・ブレーキ動作を練習しておこう。

痛いのであまりやりたくないが、痛くなくするためには練習するしかない。ジレンマである。前後にブーストしながら間合いを調整するのは、実戦でも何度か成功している。ただしかなりの集中が必要だし、自由自在にできるわけではない。


それに、前後以外の、左右、あるいは斜めに動いたり、回転させるように姿勢制御したり……といった使い方はまだまだ完成していない。精進あるのみだ。


どれだけの時間そうしていたかは分からないが、MPがすっからかんになった所で止めた。窓から空を覗くと、陽は傾き、赤く染まり出している。もう夕方になっていたか。とっとと帰ろう。



宿の部屋に帰ると、サーシャがベッドで寝入っていた。部屋の隅には荷物が整理整頓されており、服は畳んでベッドに並べられている。サーシャは服を潰さないよう、ベッドの端で丸まるようにして力尽きている。

なんだかちょっとほっこりした気分になりながら、下から持ってきた湯を浴びる。


「ギー」


どこにいたのかドンが不服そうに手を噛んできた。サーシャが珍しく寝てしまったから、エサを貰い損ねたかな。帰りに買ってきたマスカットっぽい果物をやろう。こらこら、半分は俺たち用だぞ。小動物と戯れて疲れを癒す。もっふもふのふわふわの毛並み……いやされるわぁ~。


完全に陽が落ちたころには、サーシャが起きて来てしきりに謝られた。頼んでいた仕事はしてくれていたし、特に問題はないと伝えるが、どこかばつが悪そうにしている。

根が真面目だから仕方ないのかもしれない。



************************************



数日ほど、自主練と情報収集をしながらダラダラと過ごしていると、魔物狩りギルドで呼び出しがかかった。


「すみません、ヨーヨーさんですよね? 戦士団から依頼が入っていますが」

「ああ、ヨーヨーだ。戦士団から……来たかぁ」


個室に案内され、白髪の混じった年配の職員からさっそく詳細を聞く。


「昨今の魔物の増加を踏まえ、周辺での討伐の強化を図るそうです。護衛、巡回任務を制限して戦力を集中させ、中流域一帯と南の荒野一帯を重点的に浚(さら)うようですな」

「荒野というと、亜人が出る……南東のあそこ?」

「そうです。亜人グェッタは数が増えるばかりでなく頭の良い個体が出たようで、徒党を組んで襲われるケースが増えています。全体的に数を減らし、出来れば厄介な個体を討伐してしまいたいと」

「なるほど」

「聞いた話ですとヨーヨーさんは先日の大規模襲撃にも立ち会ったとか」

「戦士団が50体以上の亜人と戦ったことか?」

「そうです。あの時も結局、状況を指揮していたと見られる個体を取り逃がしています。これ以上脅威となる前に何とかしたいというところでしょう」

「そうだったのか……」

「後は中流域で、そういう時期なのか個体数の増えている魔物が何種類か確認されています。こちらは定期的な討伐任務の範疇(はんちゅう)ではありますが、少し人を増やしてやりたいという話です」

「どちらにも参加せよという依頼で?」

「いや、詳細は戦士団の方から話されるそうです。その気があれば説明会に参加してほしいと」

「……ストレートに訊いてしまうが、これは断ったら問題となるだろうか? たとえば、戦士団に協力的でないとして目を付けられてしまうとか」

「それはないでしょう。受ければ評価は上がるでしょうが、逆はありませんよ。何か事情があるならば断わっても構いませんが?」


大丈夫なのか。そうすると、どうしようかなぁ。いっそ断るのが駄目だったら悩むことがなかったんだけど。


「では、説明を受けてから断ることは可能だろうか?」

「それは……出来なくはないでしょう。ですが、そうするくらいならば初めから断っていただきたいというのが本音です」

「ううむ。他に、任務内容について判断できる情報は?」

「はい。報酬は一日銀貨2枚以上とのこと。推測ですが、魔法を使うのであれば、倍くらいは見込めるのではないでしょうか。任務内容、危険度などは情報が下りてきておりませんが……戦士団とは協力的な関係を築いてきていますから、損耗を前提とした使われ方はしないと思います」

「ほうほう……倒した魔物の素材などはどうなる?」

「不明ですね。一般論でいうなら、基本的に戦士団のものとなります。際立った貢献が認められれば、こちらに魔石等が譲られるケースも珍しくはありません」


このおじさんの見立てが正確なら、一日で銀貨4枚、プラス素材もゲットできるかもという具合か。収入としては悪くない話だな。


「そうだな……前向きに検討する」

「説明会に行きますか?」

「……そうしよう。いつ、どこに行けば良い?」

「はい。明日、南の戦士団駐屯地に行けば良いようです。入り口からは案内が付きます」

「明日か、了解した。入り口でギルドのカードを示せば足りるということだよな?」

「そうです。いやぁ、良かった。肩の荷が下りました」

「……ん?」

「戦士団から依頼があれば、こちらとしても最低限呈示された人数を揃えないといけませんからね。ヨーヨーさんが受けてくれたのは助かりましたよ」

「そうか」


大丈夫だよな? さっきの説明に嘘とかないよな? とちょっと不安になりつつも、戦士団の依頼を受ける方針になった。



訓練場に寄って、サーシャと合流する。サーシャは的に向かって自前の弓を射て、練習にはげんでいる。

矢籠から矢を引き抜き、弦に添えて静かに構えを取る。緊迫した空気数舜、ビュッと周囲の空気を裂くような音がしてから、トンッと小気味良い音を立てて的に矢が刺さる。

しばらく放った態勢のまま構えを続けて、息を吐くと同時に全身の力を抜く。見惚れてしまうような美しい所作だ。


「やってるな」

「ご主人様。少しの期間、怠けておりましたが大分感覚を取り戻せました」

「そうかそうか。明日、戦士団の依頼の説明がある。基本的には受ける流れになるから、今日は色々準備をしようか」

「そうですか、携帯食を揃えなくてはなりませんね」


サーシャの関心事はそこか。放っておいてもそこそこ日持ちがして比較的味の良い物を揃えてくれるので、楽と言えば楽なんだが。


「ここの職員の話じゃ、一日で銀貨4枚は固いらしい。儲けるぞ」

「それは頑張らないといけませんね。稼ぎ時です」


サーシャも拳を握って燃えているようだ。うちは割と、その時々の懐具合が日々の食費などに反映されるきらいがあるからなぁ。食魔神サーシャは金にも飢えている。


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