第55話 寝てない
おはよう。
時間制限もないのでダラダラと起きてダラダラと飯を食い、部屋に戻ってダラけている。うん、これが本来の俺って感じだわぁ。
「今日は、出かけないのでしょうか?」
「補給は出る前の日にやればいいし、剣を振り回す気分じゃないし。何か、こういう時にこそ出来ることって思い浮かぶ?」
「時間があるときということですか? 少し考えますね」
ポク、ポク、ポク、チーン。……ポク、ポク……。
「思い出したのですが」
「はっ! いや、寝てないよ。少し意識飛んでたけど」
「……思い出したのですが、かなり前に教会に行くとか言っていませんでしたか?」
「……あー」
教会関係かー。一度見てみるつもりだったんだけど、ステータス開示される危険があるから足が向かなかったんだよね。
「いきなり教会はちょっとハードルが高いが。とりあえず、神話関係でも習っておこうかな」
「ご存知では?」
「軽く調べたけどね。ほとんど覚えていない気がする」
馴染みがない神話だしね……。神様がいっぱいいて、いくつか世界を創ったのは覚えてるんだけど。
「では、念のため最初からお話しますね」
サーシャの語りで、この世界の神話を聞く。ところどころでつっかえたり、曖昧になったりするのはご愛敬だ。
いわく、神は7つの世界を創ってこう述べた
「自ら成したいように成せ、世界は成したように成るだろう」
ある世界は怠惰のために衰退し、ある世界は欲深いために相争い瓦解した
しかし、最後に創られた世界は互いに助け合ってよく働き、繁栄を果たした
その繁栄に嫉妬した欲深い世界の住人は、尖兵として魔物を送り出し、その世界を手に入れようとした
その欲深い世界こそが魔界と呼ばれる異界であり、亜人と呼ばれるのがその世界の住人の末路である
魔界からの侵攻を見咎めた神は、最後の世界の住人を心配し哀れみ、魔物と戦う特別な力を与えた
それこそがステータスシステムである
これが基本の教義だ。ここに、色んな神様の話が付随して神話を成している。うん、この世界の人が亜人種を殺すことに何のためらいもない理由が分かる気がする。神敵みたいな扱いを受けているのか。
他の神様の話は宗派によって様々で、互いに矛盾するような話もあるので何が正しいのか論争がある。
サーシャの知っている限りでだが、それぞれの神についても聞いてみた。世界を創ったという神がいて、ステータスの神と同視されることが多い。
これがいわば、主神だ。
元の世界の宗教のそれとは趣が異なるようだけど。ともかく、創造神だけは特別扱いであり、また名前がない。名乗るまでもないってことなのかねえ。
他には、光の神、火の神、水の神、海の神、風の神、土の神、戦の神、魔の神あたりがメジャーどころらしい。これでメジャーどころって。数が多い。そして、そう。魔の神がいる。魔神だ。ラスボスになりそう。
……と思うじゃん?
ところがどっこい、この世界の魔神、聞けばかなりいい人、いや神である。放任主義の創造神や、好き勝手にする他の神々の尻拭いをしたり、調停役を担ったりと苦労人臭がすごい。そっとコーヒーとか差し入れしたくなる神様だ。
「魔の神ペペトロイカ様は、魔法使いの人達が信奉することが多いですから。私はそれほど知りませんね」
「うん、うん。その少ないエピソードでここまで苦労人臭がするのは凄い」
「そ、そうですか?」
サーシャは俺が魔の神の話に特に食いついたことが理解できない様子だったが、この世界の人は何も思わないのだろうか。彼の苦労に。
ちなみに神話には登場しないらしいが、魔物を送り込んで来ている魔界の覇者を「魔王」とするのが一般的らしい。まさか……いるのか!?
「どうでしょう、あくまでお話の中のことですから」
サーシャはそう言うが、この世界、実際に魔物がいるからなぁ。神が授けたっていうステータスシステムも実際に稼働しているわけで。元の世界の神話とは、信憑性みたいなものが違う気がする。魔王を信じる人もかなりいそうだ。
「サーシャは信じていないのか? 神話の中の出来事」
「どうでしょう? 神話になるくらいですから本当なのかもしれませんが、現実感がなくて分かりません。ただ、実際にあったのだと信じている人は多いですね。魔王もいると思っている人は少なくはないですが、こちらは神話にない話なので、作られた嘘だと言う人も居ます」
「ふぅん。魔王かぁ~、居て欲しくないけどなぁ」
次の報告書で、白髪のガキに質問してみるか。
毎月出すことになっている報告書は、いちおうは真面目に出している。単なる旅の日記みたいになりつつあるけど。異空間に入れておくと、いつの間にか消えているので受け取ってはいるのだろう。そこで訊きたいことを最後に質問として載せてみたりもしているのだが、今のところ回答があった試しはない。ダメもとである。まあ魔王がいようがいまいが、俺の行動に変化はないか。
「そういえば、サーシャは何かの神を信奉しているとか、あるの?」
「そうですねぇ……特にこれ、という神はないです。あ、でも小さい頃から、光の神に祈ることは多かったかもしれません」
「光の神クラス、だっけ。光の神ねぇ。宗教国家で信奉されていて、人間族以外の種族を異端者として弾圧していたりはしないかね?」
「なんですかそれ? そういった宗派を聞いたことはありませんねぇ。そもそも私は、親がそうだったので光の神に祈っていましたけど、それほど熱心な教徒と接していたわけではありませんでしたし。どこかの地域では、そういった宗派があるのですか?」
「いや、ありがちな設定というかなんというか……。ないなら、いいけど」
あったら果てしなく面倒くさそうな設定だし、存在しないならない方がいい。
「そもそも、特定の種族を差別するというのは禁忌に近いのでは? 辺境に行くと、特定部族と抗争がある影響で差別感情があるとは聞いたことがありますが……」
「禁忌なの?」
「ええ。よく覚えてはいませんが、神話のどこかにあるのではないでしょうか? 敬虔な教徒であれば、差別のようなものはあり得ないと聞きますし」
「あら。いい宗教なんだな」
それだけで決め付けるものでもないが。宗教は排他的というイメージは、日本人が抱きがちな偏見の1つなのかもしれないな。
まあ、差別や争いの原因となっている宗教でも、教典そのものではそれをダメとか言っていたりするし、結局はそれを受け止める、あるいは利用する人間の問題か。
「欲望で相争った世界が荒廃したように、種族ごとに相争うことも世界が荒廃するから禁忌ということじゃないでしょうか?」
「そうか。それで筋は通っているな。……多分だが」
まあ、異世界の宗教の教義の細かい解釈とか、わりとどうでもいいのだ。
この世界の住人たちにとって常識的なところを抑えておければ。
「サーシャは光の神がメインだったということだが、地域や種族によって結構その辺が違ってきたりするのか?」
「そうですね。地域色は結構あるかと思います。光の神は王国では北部を中心に盛んに信奉されていると聞きますし、東部の海近くでは水の神や海の神が奉じられているそうです。種族は、どうでしょうか、各人のルーツによって信奉する神は異なりますから、種族ごとに影響があっても私は驚きません」
「ふむふむ。ルーツによって、というのは?」
「私のように、親が信奉していた神に祈り、家族で行っていた儀式を引き継いで行うことが多いですし。そういった意味でルーツですね。後は、魔物や外敵との戦いを責務とする在地の貴族などであれば、戦の神を奉じていることが多いらしいですし、そういった家というか祖先の歴史によって異なることもあるのではないでしょうか」
「ふぅむ、なるほどね」
宗教として、信仰内容としての基本は同じ。ただし、多神教的な側面があって、どの神を重んじているかは人それぞれ、って感じかな。ただ、よくあるファンタジーのこの国は光の神、隣の国は火の神を信じている……みたいな対立は薄そうだな。なんせ、大本の創造神が一番偉い、というところは共通しているようだから。サーシャの常識だから、実際に旅してみたら違う、という可能性も捨てきれないけどね。
さて、そろそろ話を進めるか。
「で、教会とか組織みたいなものはどうなんだ? 知っている範囲で教えてくれ」
「組織ですか。各地に神殿や教会があり、それぞれ司祭さんがいます。 ……と、いう程度しか……」
「神殿と教会の違いは?」
「えーっと……特定の神様を奉じて祈りの場を提供しているのが神殿、教えを広めて様々な日常の儀式を行うのが教会でしょうか。教会はあちこちにあります」
「なるほど。神殿にいるのも、教会にいるのも司祭なの?」
「司祭というのが教会に属している方々の一般名ですね。司祭のなかで、神殿に勤めている方は神官と呼ばれたりしますが、それほど厳密な区分けはされていないと思います」
「教会でステータスの変更なんかが出来るということだけど、司祭の人達は専用のジョブがあるの?」
「そうですね。『助祭』『司祭』『司教』といったジョブがあるらしいです。教会に特に親しい知り合いはおりませんでしたから、詳しいことは知りません。私は教会で司祭さんに祝福を頂きましたが、その方のジョブは『助祭』だったと思います」
「ふむ」
各地にある末端の組織が教会で、そこに『助祭』がいて日常的な儀式やステータス操作を担う。聖地的なところには神殿があったりして、ちょっと偉い『司祭』や『司教』がまとめているって感じかな?
「宗教の元締めというか、一番偉い人は誰なの?」
「……誰でしょう? 王都にある教会にいらっしゃる、王国の最高司教様は偉いのだとは思いますが。他国にも当然教会はありますから、どちらが偉いのでしょうね?」
うーん? 王都には神殿じゃなくて教会か。教会<神殿のパワーバランスではないらしい。そして最高司教様という役職が偉いと。
「宗教的に、ここが一番大事だという聖地とかないの? 神様が降り立った地だとか……」
「どうでしょう? 人々を導いた聖人ゆかりの地というものはあるそうですが。どの場所が大切だとか、そういった順位付けはないと思っていました」
「そうなのか。ま、地球と同じように考えるのが間違いなんだろうな」
創造神を中心とした宗教だが、多神教でもあって、様々な要素を内包できる、良いように言えば懐が深い宗教だからな。はっきりした宗教対立みたいなものは起こりにくい風になっているのかもしれない。それこそ、一度大陸を統一したという古代の帝国が苦労してそうなったのかもしれない。
「それで、教会に行くと『助祭』のジョブを持った司祭さんが……ややこしいな。司祭が、ステータスを表示したり操作してくれるんだよな? どの辺りまで見られるものなんだ?」
「私の覚えている範囲ですと、名前と種族、ジョブまでを表示するのが一般的でしたね。ステータス補正や、スキルなどを表示したい場合は別途の寄付が必要になりました」
「ジョブを変更する場合は?」
「司祭さんにステータスを表示してもらった状態で、魔道具を使うことで変更できます。ただし、獲得している全てのジョブが表示されるわけではなく、3つとか4つのジョブから選ぶ形だったかと思います」
「何? その選ぶジョブはどうやって選別されるんだ?」
「今のジョブに加えて、その人にとって相応しいジョブが表示されると説明されたことがあります。私は『弓使い』『市民』『学者』でした」
「ほほう。それで、市民にされたのか」
「はい。それから両親を手伝っていると、商人が選択できるようになったので変更しました。4つ目のジョブとして追加された形ですね」
「そういう感じなのか。ちょっと不便だな」
「そうでしょうか?」
「ああ、俺は獲得したジョブを全て選べるっぽいからな。いや、何かの条件がある可能性もないとは言えないが」
「それは凄いですね。獲得した全てのジョブを選択できるようになるのは、とても偉い司祭さまだけだと聞いたことがあります。『司祭』のジョブが高レベルになるか、上級のジョブになると会得できるのだと考えられています」
「なるほどね。だから『助祭』の場合は全てのジョブではないと分かるわけか。高レベルの『司祭』と比べれば一発だ」
「はい。そういうことでしょうね」
「他に教会でやってくれるサービスはないのか? どのジョブの素質が高いか判定するとか、現在のジョブの経験値を数値化するとか」
「うーん。そういったことを私は聞いたことがありません。神殿での儀式や、偉い司祭さまであれば可能性はあるかもしれません」
「そうか。まあ、そうなるとイマイチ教会に行くメリットは少ないかぁ」
ステータス表示制限があるから、教会でもジョブがばれる心配は少ないと思うんだけど、確信はできない。それに、行くメリットが少ないとなると、行かないで良いか。うん、そうだな。
「教会はまた今度にしよう」
「そうですか」
サーシャは特に残念がることもなくクールに言った。暇なうちにやれることを挙げてくれただけで、特に教会に行きたいというわけではなかったのだろう。さて、そうするとどうするか。
魔法の練習でもしながら、ゴロゴロしてサーシャに色々訊いてみる日にするかな。
さて、何を訊こう?
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