第53話 亜人
振り落ろした剣先に引っ張られるように、頭上から火球が飛ぶ。手前にいた亜人2体が直撃を喰らう。近付く段階で気付かれると思ったが、うまく意識の隙を突けたのか、火球を受けて初めてこちらを認識したようだ。
「グウウ……」
こちらを向いた亜人のうち1体が骨の棒を振り上げて、こちらに振り向けると、奥にいた亜人が石を投げてくる。それをウィンドシールドで受け流し、軌道を横に反らす。
「助太刀は要るか!?」
「お……おお! 人間か? 助かる!」
今更ながら確認を取る。前線で盾を構える男が返してくれたが、指揮官とは思えない。まあ、いいか。
敵が3体ほど近付いて来たので、火をばら撒く。ファイアボールではなく、新開発した燃焼に重きを置いた魔法だ。名付けてフレイムスローワー……火炎放射機だ。
由来はもちろん、火炎放射機からインスピレーションを得たからなのだが、ポイントはただ火炎を放射しているわけではないところ。
たしか、実物の火炎放射機は、油か何かを浴びせてから燃やすんじゃなかったっけ? という曖昧な知識を基に、火魔法で可燃物の役割をする……と思われる、火球の中心にあるエネルギーを先に吹きかけるようにしてみたのだ。
失敗を繰り返し、改良して、ついに成功すると、面白いように燃えた。ちょっと危険を感じるくらい。本物の火炎放射機と異なり、少し時間が経つと、火が消えてしまうんだけどね。
この場合、魔法エネルギーみたいなものはどうなっているのか、つまり燃えるという物理現象以外のダメージは入っているのかは不明だ。ただ、それがファイアボールよりも弱かったとしても、燃やすだけで牽制としては十分に脅威なはずだ。
「グギャァァッ!」
突進してきた3体はまともに火を浴びて燃え上がり、混乱している。油断なく防御魔法を継続しながら、魔剣に魔力を通し、真正面から斬る。斬れないわけではないが、手に重い感触を残す。ただ硬いというよりは、硬さと弾力性のあるゴムを斬ったような、強い抵抗を感じる。
2体目に斬りかかりながら、身体強化魔法を発動する。全身のバネを、そして剣を支える両腕のパワーを補強する。
「グオオオオオッ!……アア」
よし、手応えアリ。
3体目も同様に切り捨てて、斬った敵の陰に隠れるようにしながら戦況を見る。西に向かう道の南北から挟撃するように亜人が出てきて、包囲状態に至っている。その東を担っていた一隊に、後ろから殴り込んだ格好だ。
15体ほどが東側にいたようだが、半分は戦士団達の一行を抑えていて、こちらに対応してきたのは残りの半分くらいだ。混乱して余剰戦力になってしまっている亜人も何体かいる。
俺が3体斬り捨てて、こちらを向いている亜人はほとんどいない。投石してきた数体は俺と3体が乱戦になると思ったか、サーシャと撃ち合いを展開している。
皮膚が硬くサーシャの矢は効果が薄いようだが、相手の投石も正確性に欠き、また危ない石はマジックウォールで弾いているので膠着状態に陥っている。しかし遠目も使っていたサーシャのMPが心配だ。
俺は急いで投石部隊に斬り込もうとするが、その前を護衛するように骨の盾?を構えた亜人が遮った。すかさずファイアボールを浴びせかけると、浮足立つ。そこを剣で突く。
「サーシャ! 魔力はどうだ!?」
「……分かりませんが、残り少ないかもしれません。一度、下がりますか?」
「そうしろ」
防御魔法を拡大させながら、俺も下がる。下がりながら、投石部隊に向けて火球を撃ち込んでおく。
「無事か?」
サーシャの退いた大きな木の陰まで後退すると、目線を敵にやったまま、サーシャに問う。
「はい。ドンちゃんが石を弾いてくれました!」
「ドンが? 役に立つな」
起こしておくようには言ったが、まさかそんな運動神経を発揮するとは。サーシャの背中のリュックから上半身を出した格好のドンは、心なしかどや顔をしているように見える。まあ、それに値することをしたのだから、存分にドヤるといい。
「……今、様子見をしていた数体に命じて南に向かわせました。援軍を呼んでくる気でしょうか?」
「そうだな。さて、どうするか」
とりあえず、少数戦力でやり合っても分が悪いとは思ったはずだ。護りを固めつつ、援軍を呼んでくるというのが妥当な考えだろう。
二本足で立って武器を使っているとはいえ、見た目は怪物寄りだし、服も着ていない。だが、知能はそこそこ高い感じがするな。
「手を握れ」
サーシャに命じて、手に温かいものを感じたところでステータスを閲覧する。
************人物データ***********
サーシャ(人間族)
ジョブ 弓使い(9)
MP 1/5
・補正
攻撃 G-
防御 N
俊敏 G+
持久 G+
魔法 N
魔防 N
・スキル
射撃微強、遠目
・補足情報
ヨーヨーに隷属
***************************
「……まだ魔力は1残っているか。練習してきた成果かな」
「えっと、そうですね」
「それにしても、MPは心許ない。サーシャは遠目は控えて、いざというときのマジックウォールのために温存しておけ」
「……あの、マジックウォールは魔石の消費ですが」
……あ。何か普通に度忘れてた。マジックウォールの魔道具は、磨いた魔石を高い金を払って買ったんだっけ。
「……魔石は残りいくつだ?」
「先ほど消費し終えたところなので、交換します……残りは5つ、ですね」
「5つか……今、何回くらい使うと1つ消費する?」
「使い方にもよりますが……3回から5回は使えるかと」
最低で計算しても、3×5で15回か。ただし、魔石を消費したら交換のために一旦後退しなきゃならない。
「あの亜人に矢は効果が低いようだな。基本、サーシャとドンは戦況の確認と、退路の確保だけに専念してくれ」
「はい」
「ドン、サーシャの護衛を頼んだぞ」
「ギー!」
ドンが分かった、というように右前足をあげた。
うむ。
「ご主人様はどうなさいますか」
「そうだなぁ。防御魔法があれば投石は怖くなさそうだし、ヒットアンドアウェイで嫌がらせに徹するわ。戦況がまずそうなら撤退するから、そっちの判断を頼むぞ」
「分かりました」
……魔銃、使おうかな? まぁいいか。火魔法で十分に攻撃になっているし。この亜人は、魔法抵抗が低いのだろうな。それに、火魔法にやや弱いという情報があった。
自分のステータスも確認しておく。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(18)魔法使い(11)剣士(9↑)
MP 22/34
・補正
攻撃 F
防御 G+
俊敏 F+
持久 F-(↑)
魔法 E-
魔防 F
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、魔弾、身体強化魔法
斬撃微強
・補足情報
隷属者:サーシャ
隷属獣:ドン
***************************
戦闘中に『剣士』が上がったか。
何かスキルが生えれば万々歳だったのだが、まあ持久が伸びただけでも万歳だ。
木の陰から敵情を窺い、後退していくサーシャを見送ってから飛び出す。斜めに走り、先ほどとはポイントをずらして接敵する。
ご挨拶代わりに、火球を単発で連打しておく。ギャーギャーと騒ぎながら敵が動き出す。
すると、それに合わせたかのように、奥にいる戦士団達から喚声が上がり、盾を構えた重装兵が押し出してきたのが見えた。包囲を突破しようとしているのかな?
「聞こえるか!? これから東に一点突破する、援護してくれ!」
やや遠くから声が聞こえる。これは完全に俺を利用する作戦に出たらしい。ま、いいだろう。
「了解した! 魔法で援護する!」
隙を見て近場の敵を斬り捨てたいが、相手は完全に防御に徹してこちらの動きを見ている。それならこうだ。
火球の着弾地点をやや奥にずらして、戦士団に備える敵の混乱を誘う。
光が瞬いて、奥からこちら側の亜人に雷が飛ぶ。戦士団の魔法使い、かな。
相互の魔法で混乱した敵に、戦士団が押し出してくる。
俺も剣を構えて、意識の逸れた1体を斬る。
そこが弱点かはよく分からないが、顔が突き出ている構造なので、とりあえず顔を斬っておけばいいや。
直後の投石を防いでいるうちに、1体が目前に立ち塞がる。骨を振り上げてきたので、エアプレッシャーで回避してから横薙ぎ、のフェイントを入れて足元を斬る。隙の出来た顔に一突き。
うむ、魔物相手だとフェイントが面白ように決まって気持ち良いな!
奥から打って出てきた戦士団の活躍もあり、周囲の戦況はひっくり返った。敵は南から、更に増援がきて戦っているが、包囲が崩れて、時間を追うごとに敵味方が東西で別れて、正面からの交戦となっていく。
盾部隊で敵を止め、弓と魔法で攻撃。斬り込み部隊が左右から数的優位を作って切り崩していく。
巻き込まれた傭兵部隊も、遊撃部隊として奮戦しているようだ。
これは、勝ったな。
サーシャが傍まで寄ってきて、報告する。
「勝てそうです。奥では戦士団の精鋭っぽい人たちが暴れています」
「そうか。了解した」
とりあえず、撤退する必要はなさそうだ。崩されて孤立した亜人の相手をしながら、終戦を待つ。
10分ほど、無理をしないで戦っていると、亜人が全滅して勝鬨が上がった。
「えい、えい、おお!」
気勢をあげる戦士団を眺めていると、紫色の戦士団のマークの入った金属鎧を着た、ちょっと偉そうな人が近付いてきた。
兜を取っているため見える顔は、長い銀髪をたなびかせた美中年だ。おっさんと呼んで良いのか微妙なライン。
こちらと目が合うと、軽く会釈してくれた。礼儀正しい。
「助太刀感謝する。包囲を崩すのに一役買ったと聞いたが」
「みたいだな。全滅されてこちらが巻き込まれても困るので、助けたまでだ」
「そうか。それでも感謝する。魔石の分配では色を付ける」
「有難く」
再度一礼して来た道を下がっていった。どうやら、トラブルにはならなそうで、安心した。それから、戦士団の人が解体作業をするというので、参加する。
傭兵たちはバラバラになって、戦士団の人達と3人1組になって作業を行う。作業の効率化というのもあるだろうが、横領などしないように相互監視という意味合いが強いようだ。
亜人は、喉の奥のあたりに青味がかった灰色の、割と綺麗な立方体のものが取れるらしい。もちろん、磨いていないので表面はゴツゴツとしているのだが、加工前の状態としては立方体だと認識できる時点で綺麗な部類になる。
ヨーヨーと組むことになった水色のツンツン髪の軽薄そうな兄ちゃんが、沈黙に耐えかねてか、作業をしながら話し掛けてきた。
「あんた『魔法使い』か? ファイアボール撃ってた奴だろ」
「ああ。俺だな」
「なかなかやるじゃねぇか。ほら、向かいから雷撃ってたの見た? 俺よ、それ」
「ほう? あんたは『魔法使い』なのか?」
「そうそう。こんな鎧を着ちゃいるがね」
肩を竦めた兄ちゃんの装備は、戦士団の多くが来ているノースリーブ状の金属鎧だ。何というか、前線の身分の低い兵士が着ていそう、というのが俺の印象だ。いかにもな兵士で、確かに魔法使いっぽくはない。
「あの雷撃の人か。雷の複合魔法を使いこなしているのは素直に感心するよ」
「へへっ、ありがとうよ。そっちもバンバン撃ちまくって、なかなかの腕だろうよ。『魔法使い』じゃなくて『火魔法使い』か?」
「いや……俺は主に剣を使う」
「えっ……『魔剣士』か? それで傭兵やってて、しかもソロなの? 変わってんなぁ、あんた」
サーシャがいるからソロではないのだが、と思ったが奴隷を雇っているのはソロの範疇なのだろうか。悩んでいると、兄ちゃんが何かを察したように咳払いをした。
「いや、いや、深く訊くつもりはねぇよ。あんたが助太刀してくれて助かった身ぃだしな?」
「そうか」
深読みなのだが、まあ面倒がなくてよい。1体をぶつ切りにして、喉から魔石を取り出し終えた。
それから、しばらく作業をしながら雑談をした。この『魔法使い』の兄ちゃんは、フィーロというらしい。
レベルは秘密だと言われた。俺も教えるつもりはないし、構わないが。
「逆に訊いていいか?」
「ん? なんだ、なんだ?」
フィーロも手を止めずに答える。
「失礼なことに当たってしまうかもしれないが、そうだったら済まない。今回、戦士団だけで対応しようとしていたら、倍以上の相手になっていたわけだろう? 想定の範疇だったのか?」
もし、傭兵がいなかったら、自分が参戦しなかったら、どうなっていたのか。ちょっと気になっていたことを訊いた。
「んーそうだなぁ、この辺で50以上っていうのは結構な数だ。だが、想定外というほどの数じゃねぇ」
「ほう」
「隊長たちが気張って暴れてたみたいだし、負けはしなかっただろうさ。ただなぁ、今回は上手く先手を取られて、挟撃からの包囲戦だ。どう考えても上にキレるやつがいる。それを考えると、俺たちだけじゃもっとけが人が増えただろうし、何人か死んでてもおかしくはないと思う」
「そういえば、今回の損害はどうだったんだ?」
「軽傷は多数、骨折程度の負傷も何人か。死者は、傭兵の1人だったと聞いたが」
「そうだったのか」
やっぱり出ていたのか、死者。しかし、戦士団としては0と。
「ま、だから、結果的に、後ろから付いて来た傭兵連中と、あんたの横槍には助けられたな。……ここに転がってる魔石の1つでも懐に入れて置くか?」
「いや、色を付けてもらえると聞いたし、遠慮しとくよ」
「見た目に似合わず、真面目だねぇ」
フィーロはコロコロと笑う。この分だと、役得とか言ってちょいちょい横領していそうだな、この男。
「俺たちも戦士団を利用しているフシはあるし、まぁお互い様ってやつだ」
「そりゃあ、そうだ」
実感の籠った声だった。
実際に、傭兵のルーキーたちに迷惑をかけられた経験があるのだろう。
「暴れていた隊長ってのは、強いのか?」
「えらく強いぜぇ。少なくとも、俺たち魔法組が相手にするべきじゃねぇ……いや、『魔剣士』は別かぁ?」
「『魔剣士』も白兵戦向きというわけではないだろう」
知らんが。
「そうかい。隊長だったら、今回の敵に一人で囲まれても、生還しておかしくねぇな」
「……恐ろしい奴だな」
「ああ。あんたさっき、何か話してなかったか?」
「え?」
「隊長と。ほら、銀髪で長髪の」
「ああー!」
あいつかよ。熊みたいな体格の猛者をイメージしていたから、ギャップが酷い。
「詳しくは知らないが、レアなジョブの高レベルらしいぜ。天は二物を与えるよなー」
「顔と、実力か?」
「そうそう」
「お前たち、喋るのはいいが手を止めるなよ」
「あ、はーい」
「すまない」
黙々と作業していた、3人1組の残り1人に注意された。
その後無事に解体作業は終わり、再び隊長に呼ばれて行くと、解体したばかりの魔石を20個与えられた。
「いいのか、こんなに?」
「少人数パーティであると聞いた。持ち運びの容易い魔石でよかろう」
「ああ、もちろん」
「私が戦っていたのは反対側だった故、直接見たわけではないが。活躍を聞けば、20体分くらいは妥当だ」
「そうか、それじゃありがたく」
最初の話の通り、本当に色を付けてくれたようだ。
「貴君らは個人傭兵か?」
それで終わりかと思いきや、隊長が重ねて尋ねてきた。
特に隠す事でもないので、ここは素直に答える。
「そうだ。魔物狩りギルドに登録したから、魔物狩りってことになるのかな」
「そうか。今後はクロスポイントへ向かうのか?」
「そのつもりだが」
「では、同行するか?」
「いいのか?」
「怪我人も出ておるしな、戦力となる魔法使いの同行はこちらの利益になる」
「ふぅむ、ではそうさせてもらう」
本当は、今回のようにコソコソ後ろを付けていきながら囮にするのが無難かもしれないが。
流石にこれを断って、コソコソ付いていくのは印象が悪いだろう。まともな人っぽいから、同行するのもいい。
「では、先ほど親し気にしていた隊員を案内に付ける」
「フィーロか」
「そうだ。同じ魔法使い系であるし、彼と行動を供にしてくれると嬉しい」
「それは、戦闘中もってことだよな?」
「むしろ、それが主眼だ。それ以外の時にフィーロの相手に疲れたら、放っておいて良いぞ」
隊長は苦笑しながらそう言った。フィーロのおしゃべりは、彼の頭痛の種っぽいな。
「ははは、ではそのように」
フィーロの元に行くと、何故呼び出されたかを聞きたがったので、部隊に同行することと、フィーロと行動を供にすることを告げた。
「ほーお、まあ構わねぇけど。同じ魔法系だしさ、情報交換しようぜ」
「それは望む所だ」
フィーロは、俺が習得できていない雷の複合魔法が使える。彼の話を聞けば、俺にも得る物が多いはずだ。
「ご主人様」
サーシャが、自分の担当していた解体から戻ってきた。うむ、ご苦労。
それに反応したのがフィーロだ。
「ご、ご主人様!? おま、ソロじゃなかったのか」
「あ? おう、こいつは俺の従者のサーシャだ。そうか、俺が単身突撃したところしか見てなかったのか」
「あ、ああ……従者ねぇ」
フィーロがジロジロとサーシャの全身を見分する。サーシャは微動だにせず直立したままだ。
「う~ん、地味だが結構かわいいじゃねぇか。やるねぇ、あんた」
「……そりゃどうも」
ここのところ、俺のなかの「薄い顔はモテない」説がますますグラつきつつある。奴隷を買うような層には不人気、というだけなのかもしれない……。
まあ、このフィーロの反応は、単にリップサービスかもしれないけどな。
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