第40話 土魔法

小さな個室で魔石の入った袋を渡す。


「ほう、これはこれは。風属性ですか……綺麗な色をしていますね。形も良い。銀貨50枚は出るでしょうね……」


魔石買取センターは、査定をお願いして売却は拒否することもできる。その場合は手数料を支払うことになるが、せいぜい銀貨1枚未満だ。

丁寧に売却をお断りして、その他の小さな魔石のみ買い取って貰う。魔石の鑑定にかかった手数料とトントンといったところだ。

早目の夕飯を食べて、ゆっくりと魔道具屋「テレの刃店」へと戻った。


「お待ちしていました」


エプロンさんが1階で待機していた。急ぐべきだったかな?


「奥へどうぞ」


案内されて、店の奥、工房のような場所に移動する。こういう構造になっているのかぁ。


「それが言ってたお客か?」


うずくまって作業していたらしい、歴戦の傭兵みたいな向かい傷を負った男がこちらに気付いて立った。迫力あるなぁ。


「ええ」

「俺がここの鍛冶長をしている。よろしく」

「よろしく」


案外礼儀正しい。鍛冶長とは何か分からないが、まあ技術職の責任者ということで間違いなさそうだ。握手を交わして商談に移る。


「あら、来たの? 遅かったじゃない?」


オネェも顔を見せた。やっぱりちょっと遅刻ぎみだったか。そこそこ当たりの店だったから、いつもの調子でサーシャにご飯を貢いでいたからな。1時間はムリだった。


「預かってた物の見積もりも出来ているわ。予算はどれくらい?」


見積書的な紙を抱えている。急場で用意してくれたらしい。


「ちょっと待て。その前に魔石の話を済ませよう」

「あら、もういいの?」

「ああ。銀貨50枚は下らない、60枚程度で売れるだろうと言われた」

「ふう~ん」


ちょっと誇張している。まあ交渉のうちだ。


「伝手を辿ればもうちょっと跳ねるとは思っているが、即金が欲しいのでな。銀貨60枚でなら売るが、どうだ?」

「60ね……いいわ、それで手を打ちましょうか。商談成立よ」

「よし」

「現金は、後でこの子達の調整等の請負代金と清算するんでいいかしら?」

「おお、そうだな。それでいい」


魔石1個が銀貨60枚か。でかいな。護衛の報酬合計よりも高額じゃん。


「で、魔道具の方だけどね。あー、技術的なことは鍛冶長からお願いしようかしら」

「そうだな、俺が説明しよう。まず魔銃の方だが、特殊な作りをしていて難解だ。それに、核となっている変質した魔晶石なんて怖くていじれねぇ、これは放置だ。周辺の分かる部分だけを調整して、一日仕事だ。それで銀貨10枚ってところだなぁ」

「銀貨10枚ね、分かった」


お高いが、調整しないのは怖いからな。出来る範囲でやってもらおう。


「で、問題はこっちの剣の方だよ」

「問題なのか?」

「ああ、回路は焼き切れかけてるし、機構自体にガタがきてる。壊れてはいねぇようだから修理できるとは思うが、かなり時間も金も掛かるぞ」

「マジか……?」

「特に、まぁ回路に負荷が掛かっているのは仕方ないがよ、魔力を流さずに振り回したことあんだろ? ひどい有様だぞ」


……ジョイスマンだろうな。


「魔力を流さないと壊れるのか」

「まあ、そういう風に作られてるからな。その分、魔力を流しておけば切れ味も増してるはずだ。シンプルな機能だからこそ、雑に扱ってもなんとかなってたようだが、な? 今後は丁寧に使ってやらねぇと可哀想だぞ」

「注意するよ。最近、魔力流せるようになったんでね。今後はそうやって使うさ」

「それで、修理代はざっと銀貨20枚ってとこだな。高い魔石も売れたようだし、なんとかなるか」

「あー、だな。それがなければ厳しかったが、払えそうだ」


貰っていてよかったザーグの魔石。調整と修理だけで銀貨30枚、30万円だぞ。やっぱ金を食うわ。


「……そういえば、アナタ魔道具を買ってたのよね」

「そうだな」

「それ用の魔石は買わないの?」

「あっ」


忘れてた。……また金が……。


「いくらだ?」

「ちょっと見せて頂戴。ああ、これね……小型真球タイプになるから、ウチで扱ってるわね」


オネェはエプロンさんに指示して魔石の在庫を用意した。


「ほう、小さいけど綺麗だな」

「でしょう? ちゃんと磨いた魔石は綺麗なのよ、宝石みたいでね」


オネェは喋りながらもサーシャの魔道具をカチャカチャといじって、手際良く内部へ魔石を嵌めた。一瞬、小さく光ったようだ。


「よし、これでいいわね。1個、銀貨2枚……と言いたいところだけど、面白いものも見せてもらったから、銀貨1枚と銅貨50枚でいいわよ」

「……1個、だよな」

「当然でしょう? 魔石はそこまで安い物じゃないの」

「1つでどれくらいの間、使える?」

「そうねぇ、使い方にもよるんだけど、慣れない内は数回も使ったら交換しないとダメって感じかしら?」

「うーん、そうか……」


そうなると、1日に1個は使うくらいのつもりで買っておいた方がいいか。念のためにな。


「じゃあ、20個もらおう」

「ワオ、剛毅ね。いいわ、まとめ買い価格として銅貨は20枚にしてあげる」

「ありがとう。そうすると……25か」

「そうね、銀貨25枚。さっきのお金と併せて、銀貨55枚を貰うわ。差し引きで銀貨5枚を渡せば良いわね」

「ああ、そうなるか。ギリギリ黒字になったか」


……いや、魔道具本体の値段も考えれば赤字だな。高額魔石の売却代が一瞬にして消えた。

大金が入るとすぐになくなるのは何故だ。今回も、魔石売却の時点で一瞬だけ資産が銀貨100枚、金貨1枚を超えていたはずだ。

一気に減って……それでも銀貨50枚弱は残ったか。またコツコツ貯めていこう。明日からは城壁建設のアルバイトも熟すし。


「魔銃はできれば明日の朝までに仕上げて欲しいんだが、可能だろうか?」

「明日ァ~? ま、なんとかならぁな」


鍛冶長が請け負ってくれたのでお願いする。


「剣の方は悪いけんど、3,4日は掛かるな。大丈夫か?」

「ああ、しばらくはこの街で城壁工事に加わる予定だから。3日後あたりから顔を出すわ」

「そう~してくれぃ」

「あら、城壁工事なんてするの? 貴重な魔石をポンと出すから凄腕かと思ったら、意外と地味な仕事を受けるのねェ……?」

「臨時で雇ってくれるのがそれくらいだったんだよ。ま、いいトレーニングにもなる。剣が戻ってくるまでは続けてみる」

「そ~ぉ、じゃ、そういうことでいいかしら。一応、契約書とかを書くからサインして頂戴」

「了解」


オネェはきっちりとしていて、正式な契約書類を用意して、預けた魔道具の預かり証も交付された。エプロンさんかオネェがいれば顔パスで構わないとのことだが。

さて、久しぶりにゆっくり休んで、明日から頑張るとしようか。目指せ億万長者。



************************************



朝、起きるとまずは整理体操をして身体をほぐす。それから、素振りをするなりランニングするなり、魔物を探してみるなりとその場でできるトレーニングをする。今日はまあ、軽く剣の型をおさらいしておこう。

それが終わると、魔法のトレーニングに移る。余裕があるときにしか出来ないから、こういう安全な場所にいる期間は貴重だ。

今回の旅は何度か魔法に救われた場面があった。精度もそうだが、もっと切り札的な、あるいは意表を突く魔法の使い方も開発しておきたい。

ザーグ戦では、魔法の引き出しを増やす必要性を痛感した。

水魔法専門家の道を歩んでいるじいさんはともかく、出来るだけ多様な魔法行使をできることが必要だ。

例えば、魔法抵抗の強かったザーグであるが、土魔法ならそれなりにダメージを与えられた可能性があったらしい。


魔法というのは、魔法的なエネルギーと物理的なエネルギーの双方が関係してくる。

細かいことは省くが、そういうものなのだ。スローストーンというそのまんまな名前の魔法で魔力を石に干渉させて投げたとき、何らかの影響で魔力がごっそり抜けたとしよう。

それでも、飛んでいった石に当たれば、普通に石を投げられた程度には痛い思いをするのである。


魔法的なエネルギーと物理的なエネルギーの比率は魔法によって異なるが、属性によってその傾向は決まっている。

おおまかに、最も物理エネルギーの比率が高いのが土魔法である。次いで風魔法、水魔法、そして火魔法となる。火魔法はほぼ魔法的なエネルギーしかない。だから魔防のステータス補正が高かったり、魔法抵抗の強い防具を着ていたりすると、威力は激減する。

その点、土魔法なら物理的なエネルギーでダメージを与えてくれるので、魔防のステータス補正が高くても、魔法抵抗が強い魔物でも、ある程度はダメージが通るのだ。その分、防御のステータス補正の影響を受けてしまうらしいが。


出来れば1つの属性だけでなく、物理攻撃に強い相手のために火や水、魔法攻撃に強い相手のために風や土の攻撃魔法を練習しておくのが理想なのだ。


火魔法はファイアボールを中心に練習を重ねてきたし、風魔法もエア・プレッシャーなんかを練習したりした。防御魔法では水と風属性でウォールを形成できるようになっている。土魔法の習得は遅れていたが、城壁工事が練習のいい機会になるはずだ。


「風属性の攻撃は、もうちょっと威力が高いのが欲しいな……ウィンドカッターあたりを練習してみるか」


ウィンドカッターは、ゲームでもお馴染みの「風で切り裂く」的な魔法なのだが、よくよく考えると風で切り裂くって滅茶苦茶だ。地球で、風で切り裂かれた経験があるだろうか? 普通に考えて、そんな危険事態は起こらない。

そもそも空気を刃のように鋭くするという時点で、途方もないエネルギーが必要になりそうだ。そこを魔法パワーでどうにかするのがキモなのだろうが。

……文句ばっかり言っていないで、試してみるか。


それから1時間以上集中していたようだが、気持ち強めのエア・プレッシャーになっただけだった。ウィンドカッターはまだまだ再現できそうにない……。

後ろから不意に声が掛けられて鍛錬を終了にする。


「ご主人様、そろそろ仕事に向かう用意をしませんと」

「サーシャか。そうだな」


汗を拭いて、傭兵組合にお邪魔する。


「ヨーヨーだ、昨日仕事の斡旋をお願いした者だが」

「ヨーヨーさん、ですね。少々お待ち下さい」


窓口で待っていると、昨日のお兄さんが書類を抱えてこちらへと向かって来た。


「ヨーヨーさん、おはようございます」

「おはよう」

「昨日の話ですが、すぐに向かえますか? 南門を出てすぐのあたりなので、分かるとは思うのですが。その気があるなら現地に来て欲しいということでした」

「そうか、では行こう。報酬の話などはしたか?」

「はい、銅貨60枚が基本ですが、後は魔法の腕を見て決めるとのことです。傭兵組合も噛んだ話ですから、そうそうおかしな判断はされないですよ」

「ちなみに、そういう現場に出てくる魔法使いの平均月給とか分かったりするか?」

「あ、いいえ。そこまでは」

「んーじゃあ、魔物が出たときの危険手当みたいなものはあるのか?」

「いや、護衛として雇うわけじゃなので出ないと思います。詳しいことは現場で責任者と話してみてください」

「そうか、色々と世話になったな。行くわ」

「はい、それでは」


お兄さんはまた書類を抱えてバタバタと去っていった。あれは俺用の書類ではなかったのか。単に忙しい時だったらしい。


「工事現場か、ブラックじゃないといいけど」

「? そうですね」

「……」


最近、サーシャが「よく分からないけどとりあえず頷いておこう」のスキルを手に入れた気がする。まともに相手してくれなくなってちょっと悲しい。



途中で魔道具屋に「テレの刃店」に寄って、魔銃を受け取る。エプロンさんが朝から店舗を掃除していたのでスムーズだった。魔銃は見た目にそんなに変わっていないようだが、調整はしてくれたのだろう。汚れが綺麗になって、引き金に当たる部分がスルスル動くようになっている。満足して懐に入れて異空間にしまい込む。

エプロンさんに道筋を聞いて、南門へと向かう。

入ってきた東門と同様、南門も朝から馬車で混雑していたが、歩行者用の出入口から案外スムーズに出ることができた。確かに住人は少ないようだ。


「さて、分かるだろうとは言われたが……」


道なりに進んでいくと、開けた草原に座り込む集団がいた。

あれかな?

近くに土が持ってあるから、それが壁になるのだろう。


「傭兵組合からの紹介で来た、魔法使いのヨーヨーだが」

「お、新入りか? 親方呼んでくるから待ってな」


上半身裸のおっちゃんが責任者を呼びに行ってくれた。

残りのおっちゃんたちはこちらに興味津々だ。


「その若い娘はなんだぁ? あんたも工事すんのかい」

「重~い土とか運ぶよ? 平気なのかい、嬢ちゃん」


汗と汚れで見た目は汚いが、ジョイスマンたちのような嫌らしい口調ではない。とりあえずあまり警戒しなくてもよいかな?


「従者だ。宿に置いておいてもやることがないから、俺の世話をさせるために連れてきた」

「じゅうしゃぁ? なんだい、いいトコのお坊ちゃんかい」

「まあ、魔法使いらしいしな、そりゃ金持ちだろう」

「なんだい、良い人じゃねぇのかよ、つまんねぇなぁ」

「お嬢ちゃん、今俺は女房募集中なんだが」


口々にやいやい言うから聞き取れんわ。まあ大したこと言ってないようだし流しておくか。

すぐに責任者だという身奇麗な男が現れた。親方というわりにはスマートな男だ。


「待たせた、ここで監督をしているキャストンだ」

「ヨーヨーだ、よろしく」

「ああ、ヨーヨー。魔法を使えると聞いたが?」

「ああ、基礎4属性は多少使える。土属性もそれなりに。ただ、堅土? とかいうやつは初めてだ。まずそれを試してみたいんだが……」

「いいだろう、おい、誰か通し前の堅土持ってこい!」


こちらを遠巻きにしていた作業員の1人が慌てて堅土を探しにいった。


「今のうちに契約の話をしておこう。基本は銅貨60枚、魔法が使えるなら銀貨1枚でもいいが、それなりに使い物になるなら、だ」

「……じゃあこういうのはどうだ? 堅土を成形する作業ができるまでは銅貨60枚でいいが、ちゃんと成形できるようになったら銀貨2枚だ」

「なんだと?」


親方は目を瞑って難しそうに考えるが、小さく頷いて口を開く。


「まぁいいか、それでやる気が出るなら。ただし、単に成形できるんじゃなくて、一端の戦力になるまでは銅貨60枚だぞ」

「努力するよ」


どっちが得かは分からないが、魔法使いの付加価値を売るなら安売りはしたくない。


「さぁて、土が届いたようだぞ。やってみせろ」

「何かアドバイスはないのか? ただ魔力を流せばいいのか」

「そうだな、基本は魔力を流して、普通に土を操るときのようにすればいい。十分行き渡ったら、徐々に形を変えてみろ。急に力を加えると失敗するから、それだけは注意するんだ」

「了解」


目の間に土がこんもりと盛られる。幼い頃の粘土遊びみたいで妙な気分だな。土に両の掌を当て、魔力を流していく。

うーん……抵抗があってなかなか先に進まないなぁ。もっと細かくして浸透するイメージを使ってみるか。

……よし、多少だがスピードが上がった気がする。あとはじっくり時間をかけるだけ……これいつまでやればいいんだ?


「よし、一応魔力は通せたようだな。少しずつ、形を球にしてみろ」

「……」


集中するために、目を閉じて球のイメージを浮かべる。砂の形を作る練習は何度もしてきたが、重量のある土そのものを変化させるのは骨だな……。

それに、硬土の性質なのか、一度力を加えると固くなって、魔力をなかなか通さなくなる。一度で成形する必要があるが、困難だ。


「はぁ、はぁ……」


集中しすぎて息を止めていた。苦しくなって息を吐き出すと、集中が途切れて堅土に魔力が弾かれた。


「ふぅ……」


見てみると、何となく楕円になっているが表面はぼこぼこで、真球とはとても言えない形になっていた。


「ふん、まあ初めてならそんなもんだ。今日のところは銅貨60枚だな。土運びをしながら、魔法使いたちの仕上げを手伝え」

「ああ」


悔しいが、力量不足だな……。


「希望すれば、朝にテストしてやる。ただし、今度からは自分で堅土代を支払えよ」

「了解」


毎日昇給テストが受けられるらしい。それは助かる。

午前中は土運びをしながら、堅土でない土砂でこっそり土魔法の練習をした。

遮るものがない草原で、空には雲1つなく照り付ける日差しが痛いほどだ。気温もかなり高く、昼前に30度は超えていそうな体感だ。湿度がそこまで高くないのが救いであるが。

汗を拭いながらの作業となった。脱水症状に気を付けなくちゃな。

いいと言ったのだが、サーシャも力仕事を手伝って、おじさん達のアイドルと化していた。


「主従とはいえ、文句1つ言わずに力仕事を……泣かせるじゃねぇか」

「工事の手伝いなんぞしている放蕩息子にはもったいないな。嫁に来ないか?」

「意外と力あるなぁ。おっちゃん驚いたよ」


……まぁいい。好感度稼ぎはサーシャに任せて、俺は土魔法を物にするのだ。


「くぅー! あんな若い娘にご主人様って言われてんぞ。たまんねえな」

「俺、大店の旦那が、ついついメイドに手を出しちまう気持ちが分かったよ」

「あんな早漏っぽい若造で満足できてんのか!? 一度俺のところ来なよ、従者ちゃん」


……。

気にしない、気にしない。

昼休憩を挟んで、魔法使いの仕上げの手伝いとやらに回る。昼をわざわざ街中まで戻って食うといったら、とても驚かれた。いちいち入門料払うのかと言われて、確かにもったいなかったなと反省する。交易の街だからか入門料はかなり安く、銅貨10枚程度であるが、毎日続けると大きい。明日からはお弁当にするとしよう。


「堅土で固めたのを、この削り器で均していくわけ。表面がデコボコしてるだろう? これがすっきりするまでやる。この作業も、土魔法の心得があった方が捗るんだけど、人手不足でねぇ。魔法使いはこっちまで回ってこないんだよねぇ」


削り器というのは一種の魔道具で、魔力を込めて土を削るこてっぽい道具……だろうか。やっている仕事は左官っぽい。土を塗っていくのではなく、削っていくところが違うけれども。魔法使い落第の俺にぴったりの仕事だ。


「ま、これで堅土の性質も勉強できるかもしれない。さっさと仕上げよう」


その日は、割り当てられた3ブロックを終えるころには陽も暮れはじめ、クタクタになって終業、帰宅した。


「チクショー、練習あるのみだな」


その日から、夜は仕事が終わってから宿の庭で土魔法の練習。朝も土魔法を練習してから親方のテストに挑戦。

そんなサイクルになった。


堅土も、街中で売っている店を紹介してもらって練習用に購入したが、俺のリュックに収まるほどの大きさで1つ銀貨2枚もした。く、出費が……。


5日ほど続けたところで、ちょっとしたコツが見えてきた、と思う。

今まで、土魔法の練習というと、サラサラとした砂を使っていたから、魔力も通しやすいし、形を変えるのも楽だった。

しかし、堅土のようにある程度まとまっている固体を変形させるときは、単に魔力の形を変えるだけでは不十分なのである。

そこからは、俺なりの感覚の勝負になってくるから、とにかく試行錯誤を続けた。


俺の見付けたコツは、簡単に言うと成形前に下処理をする、という感覚である。

練り込んで、ひとまとめにしたあと、良く揉んで柔らかくして、粘土遊びのように力を加える、つまり強弱を付けながら成形するのだ。

庭の土はこれで不細工な人形を作れるほどになった。

堅土はもう1ランク難易度が高いが、やることは同じで、それをより正確に、そして一瞬で成形すればいい。難しいが、工事でやることは積み上げた土塁を堅土でコーティングするように成形することだから、そこまで細かい作業が必要とされるわけではない。

後で知ったが、球状にしろという親方の課題も、通常は球がイメージしやすく、力も加えやすいことから、つまり初歩的な成形ができるかどうかの基準として用意されたものだった。


工事の休日を挟んで、最初の試験から10日ほど経ったある日、ついに俺は試験に合格した。


「最初はまるでダメだったが、上達が早いな。これが若さか」


親方は皮肉気に賛辞を述べた。ふふん。渾身のどや顔をしておく。周りのおっさんたちもやんやと騒いで祝ってくれた。


「魔法ってのは難しいんだろう? 大したもんだな」

「さすがはサーシャちゃんの主人か……畜生……俺も大店の跡取り息子として生まれていれば」

「金があっても、魔法使いになれるかどうか運が要るらしいぞ」


珍しく俺に肯定的な意見が占める。一部やっかみも混じっている気がするが。


「さて、今日からは成形作業に加わってもらおう。1人で1日5ブロックはやってもらうぞ」

「……5ブロックも?」

「なに、実働時間はそこまででもない。魔力のやりくりこそが大変なんだ。1ブロック成形しては、少しでも回復を早くするように休憩する、これを繰り返す感じだな」

「親方も土魔法使いなのか?」

「そうだぞ。俺は休憩時間に、工事全体の指示も出している。給料はいいが、忙しさも人一倍だ」

「なるほど。親方が妙に身綺麗な理由はそれだったか」


魔法使いは、力仕事をやらないから土が付いていないわけだ。汗も掻かないし。


「ただ、集中して魔力を限界近くまで使って、回復させる、これの繰り返しは精神的にクる。楽な仕事じゃないぞ」

「ああ。休憩時間で仕上げ作業をしてもいいのか?」

「あん? 気に入ったのか? まあ、自分で成形したところは自分でやってもいいぞ。その分は給料に少し色を付けておいてやろう。ただ、無理はするなよ」

「了解した」


一度魔力を通し、硬くなった堅土を魔道具で削るのは、魔法抵抗の強い相手への攻撃のデモンストレーションとして有効な気がするんだよな。

魔法抵抗が強くて、硬いから城壁のコーティングに使用されるんだろうけど、全く通らないわけではなく、魔法の使い方によっては削りやすくなるのがよく分かる。特に土魔法。地味だと思っていたが、魔法使いの切り札としてはかなり重要な属性なんじゃないかと思えてきた。


「とりあえず今日のところは、ノルマ達成を優先にするよ」

「そうか、そうしろ。早く終わったらこの辺に報告に来い。担当するブロックの地図は後でやる。最初は誰か説明させるが、後は自分で調整するんだぞ」

「ああ、サーシャもいるし、適度に休憩するさ」

「そうか、その娘が現場にいなくなると、他の奴らが寂しがるな」

「仕方ないだろう。ま、食事のときにでもこっちに顔を出すとするよ」

「そうしろ。今やここの看板娘だからな」


時期を見て魔物狩りの聖地に旅立つのだが、大丈夫なんだろうか?

サーシャも解放されてここで働きたいなんて言い出さないよな。言い出しても手放すつもりは全くないわけだが。

……休憩中に久しぶりにイチャイチャしてもいいな。


作業を説明してくれた先輩魔法使いは領主お抱えの魔法部隊に所属しているらしく、自信のようなものが垣間見えた。

丁寧に説明してくれたので特に思うところはないが。作業も1ブロック、20メートルほどの土塁を一気にコーティングしていくのはなかなかに手間だし、気が抜けない。

これを涼しい顔でできることが、彼の実力を示している。有望なんだろうなぁ。


「さて、分かったか? そろそろ誰かに案内させるから、自分の割り当てを確認して作業してみるといい」

「ああ」

「最初は、端っこの細かいところをやってみるといい。途中のところは、始めたら終えるまで作業を中断できないから」

「なるほど、そうしてみるよ」


結果として、5ブロック終えたころには初日のようにクタクタになって帰った。

それでも、銀貨2枚がもらえるようになったのは大きな前進だ。

それまでは、出ていく金とトントン……いや、もろもろの経費のせいで赤字だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る