第41話 詐欺は犯罪です
昇給した日の夜から宿もグレードアップして、スプリングの効いたベッドのある静かな個室を取っている。実に気分の良い目覚めだ。
いつも通り、サーシャは先に起きていたようで「おはようございます」と挨拶をして部屋の掃除をしている。従業員の仕事だと思うのだが、手持無沙汰なのが嫌なのかもしれない。あるいは掃除にこだわりがあるのか。
「工事に1区切りついたら、そろそろ西に向かおうと思っている」
「そうですね、気付けば長いことここにいましたから」
「そうだな」
最初にここの東門を潜った時から数えると、1か月近く経っているはずだ。まるで定職に就いて真面目に生活しているようでむず痒い。
工事現場のおっさんたちは口が悪いが気の良い者が多く、こちらの事情に深入りしてくることもないのが有難かった。でなければすぐに辞めて去っていただろう。
俺が土魔法の習熟に夢中になっていたことも大きい。周りの雑音は遮断して、修行のつもりで仕事ができた。ステータスを確認すると『魔法使い』のレベルがまた上がっている。……一応『干渉者』も上がっている。
今のステータスは、こんな感じ。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(16↑)剣士(6)魔法使い(9↑)
MP 31/31(↑)
・補正
攻撃 F-
防御 G
俊敏 F(↑)
持久 G+
魔法 F+(↑)
魔防 F(↑)
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限、スキル説明Ⅰ
斬撃微強
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法
・補足情報
隷属者:サーシャ
隷属獣:ドン
***************************
順調に『魔法使い』が育っている。長い間、レベルが最も高かった『魔銃士』のレベルも9だから、ついに追い付いた。
魔法を習ってからは、結構夢中になっている期間が長かったからな。異論はない。
さて、ついでに思いついて獲得ジョブの方も久々に確認してみたのだが……。
(選択可能なスキル)
旅人(3)
市民(1)
ごろつき(1)
サバイバー(4)
(中略)
警戒士(1)
暗殺者(1)
演技者(1)
詐欺師(1)
魔撃士(1)
土魔法使い(1)
うおおい。
そおおおおい! いや、実を言うと『暗殺者』は、前に見たときにもあった。ジョイスマンや盗賊を殺したせいか、魔物を気付かれる前に先手必勝していたせいだと分析している。
まあ、物騒なジョブだが、ゲームなどでは斥候職の一種だよな、と考えれば? 納得できないこともない。
だがしかし。『詐欺師』。これはまともな人間が持っていたらアカンやつだ。犯罪だ。犯罪でしかない。もう言い訳できないよ。
愚考するに、色んなところでちょっとずつ嘘を吐いたり、勘違いを助長するような振る舞いをしてきたことが原因ではないか……と。
最近も、現場ではどこかの豪商か弱小貴族あたりの息子だろうということになっている。
それらしい振る舞いと、たまにそれっぽいことを口走ってしまうというあざとい演技をしたこともある。
だって便利なんだもん、その設定。
異世界から来た男が。良く分からない神っぽいガキから渡された武器を使いながら奴隷ハーレム目指してます、なんて言うより信用できるに決まってるじゃねぇか!!
必要な嘘なんだよ! 必然的ですらある。必定なんだよ。詐欺とかじゃ……ないんだよ。
まあ、いいか。人間、諦めが肝心だ。『詐欺師』のスキルは……っと。
『ポーカーフェイス:感情の動きが表情に出にくくなる』
ほーお。使えるじゃねぇか。人間、こいつどこか怪しい、と思って見るとポーカーフェイスも却って怪しく感じる。しかし、そもそも怪しいと思わせないためにポーカーフェイスは有用なのである。
別に詐欺をした感想ではなく。かつて、疑われると村人に吊られてしまう過酷なゲームを体験して掴んだちょっとしたコツである。
これが有用だと思える時点でダメなのか。『詐欺師』は天職なのかもしれない。でも詐欺をする気はないですよ、お母さん。安心してください……。
あと1つ判明したこともある。
『暗殺者』や『詐欺師』が出たように、この世界のジョブシステムは必ずしも善悪に頓着していないということだ。ジョブシステムは魔物に対抗するための善なる神の授けたものという考え方が主流だと以前どこかで読んだ記憶があるが、それに矛盾する、かもしれない。
清濁併せ持った力で魔物を退けるため、と抗弁することも可能かもしれないが……。
俺にとってはそんなことより、今後敵対する人間が、犯罪系のジョブを保有している可能性もある、ということが重要だ。
かの名著の(と俺が言っているだけだが)『ジョブシステム概論』を読んでも、犯罪系ジョブのことは載っていなかった。
普通は司祭などにジョブを変更してもらうはずだから、犯罪系ジョブは事実上死にジョブになっているのか、あるいはあまり出ることがないから載っていなかったのか。悪しきものだから特に論じないという方針だった可能性もある。
「情報がない、というのが怖いな。トラブルを起こさないのが一番なんだろうけど……ジョイスマンみたいにあっちから降ってくる災難は回避しようがない」
深く深く嘆息する。
異世界転移者のなかに、こういった犯罪的なジョブ、裏ジョブばかり集めてのし上がっているようなやつが居なきゃいいけど。白髪のガキは、そうしても特に止めたりはしなさそうだし、なあ。
……もし権力者になった転移者とかいたら、間違いなく他の転移者も探すよなぁ。『干渉者』ジョブって、使い方によってかなり便利な手駒になりそうだし。
悶々としつつも、いつまでもそうしているわけにもいかない。さっそく朝食を取りに出る。
「さ、サーちゃん、今日で最後だと?」
「おいおい、癒し枠が……」
「くそっ、サーシャだけ置いて行けよボンボン」
おっさんたちの暖かな餞別の言葉を受けながら、俺は親方に出発の予定を告げた。
「今日じゃないが、もう少しで工事も区切りが付くだろう? それを待って出発することに決めた」
「そうか、なかなか便利な坊主だったんだがな。ま、最後まできっちり仕事していけよ」
「ああ、もちろんだ」
土いじり、もとい壁の建設も結構たのしかったんだよな。
力仕事は嫌だが、こういう単純作業は向いていたのかもしれない。まあ、向いているかどうかと、やるかどうかは別物だけどな。『干渉者』チートを活かすためにも、奴隷ハーレムのためにも、俺は魔物狩りをする。
作業の工程としては、土を盛って堅土でコーティングし、形を整えるというのは初歩の初歩だ。
ここから、更に柵で囲ってみたり、石垣を並べてみたり、別の物質でもっとコーティングを重ねてみたりといった作業がある。
だが、この集団が請け負った東部の新規城壁工事は、とりあえず堅土のコーティングまでだ。そこからは別の集団が石を運ぶなりしてきて、次の工程に移るらしい。
この親方たちは別の現場に行って、またこの基礎工事を担当するのだそうだ。
その区切りで、一旦契約でノルマとして定められていた区画を完成させたタイミングで離脱するのだ。別に途中で抜けても良かったが、一か月近く工事に携わってきたので、切りの良いところまでやりたいという気持ちはあったからな。そこまでは粘ってみた。
「おかげで土魔法の良い練習にもなったよ。『土魔法使い』のジョブも獲得できたんじゃないかな」
「バーカ、おめぇ、ジョブをもらうってのはそう簡単じゃねぇぞ。じいさんになっても派生職が出ないやつだっているんだからな」
親方はそう言って諫めるが、出てるんスよね、『土魔法使い』。嬉しい誤算だったけども、まさか最初に出る魔法使い系の派生職が『土魔法使い』とは思っていなかった。
一番微妙だと思っていたし、基礎練習も足りていない属性だったからな。
1か月近く、土魔法ばかり練習して実践していたことが原因かもしれない。ジョブ獲得のためには集中訓練が良い、かもしれないというのは今後の参考になろう。
「サーシャさーん……」
「クソう、今日は娼館でパーッと豪遊するぞ!」
「最近あの薄顔がタイプになってきたのに。娼館になかなかいないタイプなんだよなぁ」
おっさんたちも口々に寂しさを伝えながら別れを惜しんでくれた。セリフと説明に齟齬があるって? ……ハハッ。
さて、街を出る前にもう1つ寄っておかなければならない。
「テレの刃店」の工房である。
魔導剣は一度修理が完了したのだが、また新しくちょっとした依頼をして預かってもらっていた。
「魔導剣を預けたヨーヨーだが」
「あっ、ヨーヨーさん。店長呼んで来ますね」
エプロンさんがそそくさと階段を昇っていくので、店の奥の工房へと進む。きちんと依頼をした客ならば、案内されなくても勝手に入っていてもいいらしい。オネェがそう説明していた。
ちなみに、エプロンさんには店長と呼ばれているが、違うらしい。鍛冶長には「代理」と呼ばれている。オーナー代理とか、そういう立場なんだろうか。
もうそれ店長じゃない? と思うが、何やら事情があるみたいなので深くは訊かなかった。オネェの素性にそこまで興味はないしな。まぁまぁ偉い人、というだけだ。
「あらぁ、来たのねヨーヨーちゃん」
「ああ、そろそろこの街を出ようと思っているからな。魔導剣を受け取りに来た」
「あらそう、ついに街を出るのね。意外といるから、このまま居付くのかと思ってたけど、違ったのね」
「ああ、ここに住む気はない。やっていた仕事が面白かったから、区切りがつくまではいただけだ」
「その仕事って……城壁造りでしょう? また変なものが面白いのね」
「まぁな。世の中変な人だらけだ」
「そぉね~」
あんたを筆頭にな。という言葉を飲み込んで待つこと、少し。
鍛冶長が剣を抱えて降りてきた。
「ふう、なんとか間に合ったぞ。しかし調整に大いに手間取った」
「物は大丈夫なんだろうな」
「当然、問題はない。後は実際に使ってみて、だな。出来れば使用感も聞きたかったが」
「もう街を出るからなぁ。またここに寄ったら、伝えるよ」
「そうしてくれ。どこの街に向かうんだ?」
「さてな。しかし、そろそろ魔物狩りはしようと思ってる」
「だったら魔物狩りの聖地か? まぁどこでも良いか。良い素材が出たら売りに来てくれよ」
「約束はできないかな」
鍛冶長に頼んだのは、魔導剣の改造、というか魔道具としての機能の追加である。
まず、盗難防止の魔道具を付けてもらった。これだけで銀貨10枚が飛んだ。警戒モード設定中に無断で持ち出そうとするとけたたましい音が鳴るため、睡眠中のコソ泥などに対しては実に有効だ。
盗んだと認定された場合、鞘から外れなくなるというちょっとしたギミックも搭載した。これはどちらかというと鍛冶長の趣味である。新しい機能の実験台にされたとも言える。
持ち運びが不便だったため、背中に固定するためのちょっとした装置も取り付けてもらった。以前の剣のときに用意した仕掛けでは収まらなかったのである。これで背中から大剣をスラッという演出ができる。うむ、満足だ。
目玉としては、シンプルだった魔導回路に多少の手を加えて、許容される魔力量の拡大と出力の向上に取り組んでもらった。以前、焼き切れかかっているといったことを言われたから、流せる魔力が少ないのじゃないかと思ったのだ。調べてみると、まさにその通りだった。
というか、複数ジョブを付けられる俺の魔力がちょっと多すぎたのだ。もっとMPの少ない、剣士系ジョブでも使えるくらいの魔力量を想定して作られていたようだ。
後は魔力回路の自己修復機能も、微弱なものながら取り付けてもらって、完成である。ちょこちょこ支払っていたが、総額では銀貨20枚以上は飛んだんじゃあるまいか。
いや、それくらいで魔導剣を強化できたのだからお得だと思う。
鍛冶長と話しながら、その場その場で思い付いたものを足していった形だから、純粋な技術料くらいで、あまり付加価値を考慮してこなかったのだ。オネェをあまり噛ませなかったのが良かった。
「本当に良い物ができた。礼を言う」
「まったくだよ。半分趣味みたいになってたが、それまともに売り出そうと思えば金貨が出ていくんじゃないか」
「かもなぁ」
もともとの質も高かったみたいだしな。ジョイスマンはどこからこの武器を調達したんだろう。
「ちょっといいかしら。その剣の代金は、今後への投資として勉強しておくとして。もし貴重な魔石を手に入れたら、ぜひ売りに来て頂戴。必ず相場以上は出すから」
「ああ、何だかんだとこの店には世話になったしな。手に入れたら、ここに売ることを考えるよ。ただ、またあんなのが取れるとも思えないが?」
「どうかしら。まあ、1割の可能性があれば儲けものと思っておくわ。色々と開発したい魔道具も多いし、質の高い魔石はお金を出してもなかなか手に入らないのよネェ……」
「……魔石を集めているのは、開発のためだったのか」
「そうよぉ、商売もしているけれど。一番は魔道具の為かしら」
「オーナーが宝石代わりに集めてることもあるけどな」
鍛冶長がそう突っ込みを入れる。
「そのオーナーの趣味で、あの外装なんだよな?」
「……そうねぇ」
「あれも魔道具の1種、だよな?」
「その通り」
「めちゃくちゃ魔石を喰いそうだけど……」
「このお店自体を魔導装置みたいにして、出来る限りの節約はしているけど。クズ魔石はいくらあっても足りないわ」
「ほーん……」
「その工夫のおかげで、職人たちの開発のヒントになっていたりするから、無駄ではないのだけど」
「そのために敢えてって感じか?」
「いえ、あくまであの外観はオーナーの趣味よ」
そ、そうか……。
会わなかったけど、このオネェ以上にインパクトのある人がオーナーだということか。
どんまい。
エプロンさんたちに別れを告げ、ピカピカ光る店を辞去した。
また魔道具の調整に訪れるだろう。そんな予感がした。
数日後、工事集団の仕事終わりの飲み会という乱痴気騒ぎにも顔を出した翌朝、俺は西門から出立した。長いようで短い1か月間だった。さて、行こうか。魔物狩りの聖地。王領、テーバ地方へ。
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