第39話 失敗兵器
宿の広間では、酒盛りが行われていた。
ザーグが討伐されてから、すぐに引き返した討伐隊であったが、ゴーティの街に帰ってきたのは真夜中を過ぎてからだった。
顛末を聞いた衛兵は快く時間外の開門にも応じてくれたのだが、明日にも出発したいという一部の商人たちと護衛は、ここまで来たら徹夜で騒ぐということにしたらしい。
今回の討伐で得た収入の分配計算もしながら、広間で酒盛りが始まってしまったのだ。
宿屋の営業妨害じゃないかと思うが……まあ、今日くらいは大目に見てくれるのかな。ザーグの被害は商人に偏っていたとはいえ、いつ地元に被害が出るかと戦々恐々していたのは、街の住人達も同じなのだから。
「見事な体躯ですなぁ」
「普通のザーグよりも1回り、いや2回りくらい大きいのでは? よく倒せましたな」
いつの間にか、護衛だけ出して討伐に直接参加しなかった商人たちも合流してザーグの遺体を見物している。
討伐の最功労者は、文句なしで水魔法使いのじいさんが選ばれた。彼は希望する素材を1つ貰えるそうだ。
俺は、何をしたか分からないが緊急回避して斬り付けたのは凄かったと評され、地味に防御魔法がありがたかったという一部の周囲にいた人たちの評価もあり、ほどほどの手柄が認められた。
活躍する気などさらさらなかったのに、なんとなく、デントルの掌の上って感じがして微妙な気分がした。
それでも、何番目かに素材を選ぶ権利が与えられたので、残っていた爪を貰っておいた。くちばしでも良かったのだが、それは既に売れた後であった。
左右の爪をもらってほくほくしていると、じいさんに呼び止められ、布の袋を渡された。
「これは?」
「大きな声を出すなよ、魔石じゃ」
「えっ!?」
辛うじて声を押しとどめ、袋を確認すると確かに緑の魔石が入っている。
「魔石を選んだのか、じいさん」
「そうじゃ。それで、お主にやる」
「えっ」
今度こそ声が出そうになった。
「ど、どういうつもりだ?」
「なに、わしは隠居した身。それに、わしの目から見て流れを決めたのはお主じゃったからな、それを手にする権利があると思ったまで」
たしかに、緊急回避してから一太刀入れたことで、決定的な隙が生まれたようにも見えた。動きを止めたのはその後の攻撃を受けてからだったから、あまり声高に主張することはなかったが。
「あ、ありがとう」
「素直なことじゃな」
じいさんはにやりとして肩を叩いた。そして酒杯を傾けて大口で笑う。
「それにしても、『魔剣士』のくせに防御魔法ばかり使うし、風魔法の妙な使い方をするし、なかなか面白かったぞい」
「ああ」
じいさんには緊急回避の仕組みも見抜かれていたか。『魔剣士』ではないということもバレているかもしれん。冷や汗が流れるのを感じながら、じいさんと話をする。
「じいさんは護衛から参加してたわけじゃないのか」
「そう、隠居してここ、ゴーティの街で悠々自適に暮らしておる老人じゃよ」
「どうりで1人だけ毛色が違うと思ったよ……昔は戦士団にでも入っていたのか?」
「そんなところじゃ。今回は、討伐のために腰を上げた若い衆を助けてくれと頼まれての。たまにはいいかとこいつを引っ張りだしたのよ」
じいさんが杖の先を手で撫でる。杖、杖か……。
「じいさん、この剣について何か分かったりするか?」
腰から太刀を鞘ごと抜いて渡す。じいさんはそれを受け取ると、鞘から刀身を抜いて何かを見極めるようにしていたが、やがて戻してこちらに返却した。
「それは魔導剣の類じゃないかの」
「魔導剣……」
「この杖も、言うならば魔導杖じゃ。魔法を使いやすいように加工されておる。その剣はお主の物ではないのか?」
「いや、俺の物なんだが、最近たまたま手に入れてな。そうしたら、案外と魔法が使いやすくなって驚いた」
「運の良いことじゃ。魔導武器は数あれど、たまたま手にした剣が魔導剣だった『魔剣士』とは、出来すぎじゃの」
「ふぅむ、魔導剣か。確かに運が良かったな」
ジョイスマンも、それを知って使っていたんだろうか?
……なさそうだな。
多分、どこかで脅し取った高級そうな武器が、『魔剣士』のために作られた代物だったんだろう。宝の持ち腐れ、豚に真珠、ジョイスマンに魔導剣。俺が使ってやるのが世のためというわけだ。おおいに有効活用させてもらおう。……まぁ俺も『魔剣士』じゃないんだけどね。
「ただ、手入れはもそっと気を付けたほうがよいぞ」
「一応、普通の剣にする手入れはしているんだけどな。魔導剣だと余計に何かする必要があるのか?」
「そりゃあるわい。それに、定期的に魔道具屋で魔導回路を調整してもらうのが無難かの」
魔道具屋か。魔銃の件もあるし、次の大きな街では必ず寄ることにしよう。
「ありがとうじいさん。魔石も本当に貰っちまって良いのか?」
「構わん、構わん。見た所、それなりにいい値になるはずじゃから、そいつの手入れ代に充ててやることじゃ」
「おう、そうするか」
なんていいじいさんなんだ。ジョイスマンみたいなのがいれば、エリオットとか、このじいさんみたいな人もいる。それがちょっとした旅の醍醐味なのかもしれない。感謝しながら、魔石の入った袋を懐に入れるフリをして、異空間に収納した。
その日は珍しく一杯だけ酒を飲んで、じいさんの長生きを密かに願った。
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交易都市サタライト。
港都市のキュレス・ベルガが海上交易の拠点だとすれば、サタライトは陸上交易の拠点である。
人口自体はそこまで多くないそうだが、王都と南部、そして西部へと繋がる大動脈を抑えており、門を潜ると巨大な駐車施設が目に入る。
何十という馬車がそこに収められ、また荷物を積んでどこかへと出発していく。
現代地球の感覚で言えば、ハブ空港があるといったところか。
ここまで護衛してきたデントル達一行とも、ここでお別れである。もともと、ここまでという契約で参加していたのだ。
デントルには少し目を付けられている気がしたから、てっきり専属になんて話もあるかと思ったが、それはなかった。
「やはり西へ向かうのかね?」
「ええ、魔物狩りの聖地が目的地でしたから」
「残念だ、出来ればこの後も護衛をお願いしたかったところだが」
「ありがたいお話ですが……」
「はは、まぁ無理は言うまい。タラレスキンドの方に向かうなら、素材採取の依頼など出すかもしれないが、そのときは良しなに頼む」
「はい、それはもう」
社交辞令なのか本気なのかは分からないが、小規模とはいえ商人との繋がりが増えるのは歓迎すべきことだ。デントルは金払いも良いし、頭も回る感じだからな。
「さて、これが今回の報酬になるが」
「おお、そうですか」
渡された布袋には銀貨50枚が入っていた。
「基本の報酬として10枚、成功報酬として同額の10枚と計算した。そして途中の危険手当として盗賊の時の10枚、後はこの前の討伐の依頼で20枚、である」
「たしかに」
基本報酬は、1日銀貨半枚という計算で契約していた。一日中拘束されて命の危険もあり、日給5000円というのは安く感じるかもしれないが、そうでもない。
食事代などの諸経費を負担してくれて、旅にかかる金が浮いたうえで、金が貰えるのだ。5000円でも好条件と言えるくらいだ。
「しかし、討伐で銀貨20枚というのはどうしてだったんでしょう? 正直、あのまま何もしなくても商人達がザーグを倒したと思いますし、丸損では」
「いや、あれでいいのだよ。素材の一部や討伐報酬なんかも分けられたが、金銭だけを見ると赤字。しかし、その分討伐に協力したという名声と信用を手に入れた。そういった類のものは、後になって金貨を出しても買えないものだよ」
「なるほど、信用を買った、ということですか……お見それしました」
商人には商人なりの事情があるようだ。ヨーヨーはそれ以上追及することもなく、ありがたく銀貨を自分のリュック……に見せかけて異空間へとしまった。
デントルはそこまで説明をしなかったが、実は討伐の場面で彼が得ていたものは参加したという信用、それだけではない。
『魔剣士』は貴族の十八番とも言うべきジョブである。専属ではないとはいえ、その『魔剣士』をどこからか雇い入れたことを見せつけ、貴族とのコネがあることを喧伝したのだ。
それを見ていた他の商人たちは、もしかするとどこかの貴族家に頼まれて、家を出た子息を預かっているのではとまで考えた者もいる。そう考えるようにデントルは誘導したのだ。彼は、東部の商人仲間のなかでは「貴族に強いコネを持つ」という名声を得て、一目置かれるようになる……かもしれない。
そんな評判を活かすも殺すも、今後のデントルの使い方次第ということになる。
もちろん、そんなヨーヨーを囲い込むことも考えたが、下手につつけば貴族家が出てくるというリスク、そのヨーヨーを死なせてしまった場合のリスクも考えて決断できなかった。もし仮に提案していても、ヨーヨーは間違いなく断ったのだが。
デントルはやや複雑な思いを抱きながら、去ってゆくヨーヨーの姿を見送った。
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「交易都市と称するだけあって、賑わってるなぁ~」
「馬車が、多いですねぇ」
「キューゥ」
ヨーヨーとサーシャはお上りさん状態で街をうろついていた。ドンも新しい街に興味があるのか、喧噪で眠れないせいか、リュックから顔を覗かせて何か鳴いている。
と、旅行気分を満喫している場合ではないな。まずは傭兵ギルドから……。
「ん~、ないな……」
剣のマークを見付けて傭兵ギルドに入ってみると、個人傭兵の受付前に仕事票があった。さっそく西に向かう護衛の仕事を探してみるが、全く見当たらない。
「どのような依頼をお探しでしょうか」
カウンターの中にいた若いお兄さんがこちらに話し掛けてきた。
「えーと、魔物狩りの聖地に向かう商隊の護衛でもあれば受けようと考えていたのだが」
「護衛、ですか。それは些か難しいかと」
「そうなのか?」
「ええ。魔物狩りの聖地、というとテーバですよね。あそこと行き来する護衛となりますと、大きな傭兵団と契約している場合が多いです。小規模な商隊となりますと、王都などで雇うか、さもなければテーバで雇うのが通常ですから」
「テーバという名前だったか。ここで雇う者はいないのか……」
「あまりいませんね、不測の事態でも起こらない限り。この辺の個人傭兵は、空きがあるとテーバに向かうものですし、わざわざ中継地点であるサタライトで待機する者は少ないですから」
「なるほど」
護衛乗り継ぎ作戦は失敗だったか。少し時間が掛かっても、テーバまで行く商隊の護衛依頼を港都市で探しておくべきだったかもしれん。
「テーバへと向かう者は、普通はどうするんだ?」
「定期的に乗合馬車がありますから、それに乗って向かわれますね」
「乗合馬車か。その護衛依頼などはないのか?」
「うーん、そういったものは戦士団等が行うか、民間のものでも傭兵団と契約するものですし。小さな非公認の馬車の場合、安い代わりに自己責任ということで護衛を依頼したりはしないそうです」
(白タクみないな奴もいんのかよ)
「……となると、普通に金を払って乗客になるのが無難ということだな」
「そうですね、徒歩で向かってもよろしいかと思いますが、安全性を考えれば乗合馬車が無難でしょう、はい」
「分かった。その資金を稼ぎたいが、ここで受けられる短期の仕事は何かあるか?」
「短期ですか? ……少々お待ち下さい」
仕事票をひょいと取り上げると、パラパラ捲りながらうんうんと唸るお兄さん。
「これなんかどうです? 珍しい仕事ですよ。薬草の採取、の手伝い」
「ほおっ?」
めちゃくちゃゲームっぽい仕事来た。今更感のある内容だが。
「興味アリですか? えーと、近くの山の浅いところまで行くそうで、魔物や危険な動物なんかからの護衛を兼ねているいると、あと荷物持ちも欲しいので依頼を出したみたいですね。1日で基本銅貨30枚」
「安っ!?」
「あ、ダメですか? じゃあこれはどうです。新規城壁建設の手伝い」
「城壁建設?」
「ええ、壁外での仕事になりますから、それなりに自衛能力がないとダメなので傭兵を募集しているみたいです。臨時で入っても、1日銅貨60枚から80枚にはなりますよ」
「うーん、肉体労働か。銅貨60枚というのは安くないか?」
「そうですか? 臨時での肉体労働ですから、この位が相場だろうと思うんですが」
うーん。
「こう見えて俺は魔法使いなんだが、使えそうな依頼はないか?」
「魔法使いですか」
お兄さんはじろじろとこちらを見て訝しげにしている。何が言いたいかは分かる。
「そうは見えない、ってんだろう? その点は自覚しているが本当なんだなこれが」
「そうですか……失礼しました。あ、では魔道具など作れたりしますか?」
「魔道具? 作るのは無理だろう」
「そうですか。いえ、魔道具の作成または修理で高額依頼が回ってきていたんですが」
「傭兵の仕事か、それ?」
「もともとは違うと思いますよ。個人傭兵は色々と変わった経歴の人もいますから、念のために回ってきただけかと思います」
「そうか……」
「あるいは、さっきの壁外での建設工事はどうでしょう? 魔法使いなら、給金アップの交渉も出来るでしょう」
「そうなのか?」
「ええ。土魔法などは使えますか?」
「土魔法? それなり、かなぁ」
「堅土……ええと、魔力を通すと固くなる土、だと思ってください。それを成形する作業に従事できるならば、現場は是非にも欲しがると思いますよ」
「ほう」
堅土か……。土魔法の練習にもなりそうだし、ちょっと行ってみるかな?
「従者を連れていても構わないか?」
「連れて行くんですか? まあ、従者の分の給与は出ないと思いますが、それでもよろしければ」
「ああ、構わない。話を通してみてくれ」
「でしたら、明日の朝にまた窓口にお越し願います。まだ決まったわけではないので、その点はご了承を」
「ああ、分かっている。話が流れても構わないよ」
そのときはさっさと西に向かうまでだ。……そうだ、答えてくれそうだからついでに訊いておこう。
「この街に図書館はあるか?」
「なかった、と思います。不勉強なので、どこかに小さなものがあるやも知れませんが……」
「そうか。では魔道具屋はどうだ? 魔導剣なんかも扱うようなところ」
「ありますよ、『テレの刃店』っていう、派手な看板があるので分かりやすいと思いますけど。武器関係の魔具は割と一通り揃ってます」
「そうかそうか、ありがとう。助かったよ。さっそく探してみるわ」
大通りを首を振りながら確認していくと、本当に派手な看板でお目当ての場所を見付けた。
「……予想していた以上だ」
テレの刃店は、全体がピカピカした電飾のようなもので飾られ、ピンクな空気を醸していた。
いや、地球の常識に囚われた俺だからそう見えるだけだ。きっと、この世界の人からするとハイセンスな装飾なのだろう。
「……うわ、派手ですねぇ」
サーシャが引いているので違うかもしれない。
「ギッ」
ドンは目が痛いと言わんばかりにリュックへと戻ってしまった。うん、まあ、早く入ってしまおう。入ってしまえば見えない、これが真理。
中に入ると、広々とした空間の壁際にいくつもの魔道具が並べられている。ただ、異様に配置がスカスカというか、物が少ない。
店員らしき存在も見えたが、他の来客に対応しているようなので、勝手に見回っていく。
……それぞれのスペースには魔道具らしきものが1つ置かれ、その説明がポップのようなもので強調されている。詳しい説明を書いた紙も置かれているようだ。なるほど、試供品が並んでいるのか。
「実際に販売する物は置いてないんだな……ケータイショップとか、そういう仕組みだったかもしれん」
いくつかの魔道具の説明を流し読みしていく。うーん、霧を発生させる化粧用品に、冷蔵機能付きのカバン? 武器はどこにあるんだろう。
「面白いですね」
サーシャもいくつかの魔道具を手に取って、しげしげと眺めている。化粧用品が欲しいとか言い出したらどうしよう。臨時収入もあったし、安い物なら買ってもいいんだが。
「あらっ、お客さんじゃない! 誰か対応お願い~」
店の奥から出てきたおねえ……お兄さんがこちらに気付いて声を張る。「は~い」と間延びした声がして、エプロン姿の女性がこちらへ駆け足してきた。
「はぁ、はぁ……お待たせしました。お探しの物は?」
「ああ、戦闘向けの魔道具はどこらへんだ?」
「それでしたら二階になります。一階は、商人向けに新しい魔道具を展示しているんです」
「ほお、珍しいな」
「ええ、オーナーの発案で……とりあえずあそこの階段から上がります。付いてきてください!」
エプロン娘に付いて二階へと上がると、たしかに戦闘用っぽい武骨な魔道具がゴロゴロ転がっている。下からは一転、格安の殿堂なお店にきたような雑然っぷりだ。
「こちらの椅子におかけください。具体的な要望はございますか?申し付けてくだされば、私が探して参りますが」
「ん? ああ、それほど高くない、そうだな、防御用の魔道具などあるか?」
「防御用、でございますか。はい、探してみますね」
「自分達もその辺の物を見ていてもいいか? 壊さないようにするから」
「構いませんよ。一応言っておきますが、出ている物は全て盗難防止の魔道具が取り付けられておりますから、下に持っていこうとすると警報が鳴ってしまいますので、ご注意下さい」
「ほお、そんな便利なものがあるのか。承知した」
盗難防止か。必ずしも治安のよくないこの世界、是非とも欲しい設備だろうな。こうやって警告することで、実際に盗難を予防しつつ、店の商品の宣伝にもなっているわけか。色々と考えるオーナーだな。
待っている間、噂で聞いた、魔銃ならぬ魔撃杖なんかを探してみる。
たぶん、使い手の魔力でなく魔石を消費して魔銃のような攻撃をするのが魔撃杖、ということで正しいと思うんだけど……。
杖っぽい魔道具はいくつもあるが、魔石の取り入れ口っぽい部品がない。これらはあくまで、水魔法使いのじいさんが持っていた“魔導杖”かな?
魔撃杖ってこの国では魔銃よりも一般的みたいだったから、ないということはないと思うんだけど。
サーシャは椅子に座ったままじっとしている。あまり武器類に興味はないのかもしれない。普通に女の子だしな。
「お待たせしました~っ、て何か探されてます? 小さめの防御用魔道具はこちらになりますが」
「ああ、魔撃杖ってのが便利だと聞いたことがあるから、どんなもんかなと。今日買おうとは思ってないのだが、興味本位でね」
「魔撃杖はここにはないですねぇ、扱いが多いので別スペースに置いています」
「そうだったのか」
「後で見てみますか? まずはご依頼の品から探してみましょう」
「ああ」
エプロン姿の店員……エプロンが持ってきたのは、持ち主の意思で発動するマジックシールドという魔道具が各種。それから防御のステータス補正を底上げするという首輪。自働で魔法を迎撃するという腕輪であった。
それぞれ、後者ほど値段が跳ね上がっていく。こちらの予算が分からないので、とりあえず色々な値段帯を揃えてみたらしい。
「マジックシールドは有名ですよぉ、指輪、腕輪、チョーカー、首飾り、櫛とアクセサリー型のものが各種ございます。魔石を入れておくと、その魔力で魔法を発動してくれます」
「どんな魔石でもいいのか?」
「物にもよりますが、サイズや形を選ぶ必要がございます。基本的に真球に近い形でないと難しいので、高価なものか、魔石磨きで丸くしたものを使用します」
「魔石磨きか。なるほど、ゴツゴツした魔石は磨いて使うのか……」
「魔道具は初めてでございますか? 魔石を磨いて形を整えるのはよくある仕様ですね」
「ほう」
知らなかった。じゃあ、自分で取った魔石で自給自足、なんてのは難しいのか……。高い魔石であれば最初から形が整っていたりするが、そういうのは売って金にしたいしな。磨きもこういう店でやってくれるのかな?
「当店でも魔石磨きは請け負っておりますよ~。専門店ではないので、物によってはお断りする場合もございますが……」
「そうか。それで、これの値段は?」
「銀貨15枚からでございますね」
「……なるほど。最も安い防御用魔道具がこれか?」
「そうでございますね。実用的なレベルと考えますと、これくらいがお手頃かと」
うーん、まあ、魔道具が高いのは仕方ないか。
「一番安い形は?」
「うーん、腕輪でしょうか。アクセサリーとして人気がなく、飾りっ気のないものは売れ残っておりますから」
「そうなのか。じゃあその最も安いやつを」
「かしこまりましたぁ」
エプロンが銀色のただの腕輪をいくつか持ってきたので、サーシャのサイズに合わせる。
「……ご主人様、私のものなのですか?」
「そうだ。俺には魔法があるが、サーシャには緊急用の防御手段がないと思ってな。丁度良いだろう」
「プレゼントだったのですね~、素敵です!」
「あ、ありがとうございます」
サーシャが薄っすらと顔を赤く染めた。うむ、サプライズプレゼント作戦は成功だ。
「腕輪の内側に、ここです、そこを空けると魔石を入れるスペースがあります。真球型であれば属性にかかわらず作動すると思いますが、使えば使うほど小さくなっていきますから、出力切れにご注意くださいね」
「どの属性の魔石でもいいのか。いいな」
「はい、その汎用性が『マジックシールド』の人気の理由であります。腕輪型は壊れにくいですし、大切に使えば、一生ものの商品ですよ」
うむ、なかなかいいのではないか。懐から出したようにして異空間から魔石入れを取り出して、どれくらいの真球なら使えるかを確かめておく。
小型の魔物が持っているような、表面がゴツゴツしたものは、形が球に近くても磨く必要があるとのことだ。この前じいさんに譲ってもらったザーグの魔石も、関心されたがダメだった。こちらは逆に、大きすぎて中に嵌らないのだ。
「素晴らしい魔石ですね。これは、ご自身で?」
「まあ、そうだな。といっても、集団で討伐した魔物の魔石を譲ってもらった形だ。後で売るつもりだ」
「そうなのですか~、ムフフ! ちょっとお待ちを! 1分ほど!」
テンションの上がったエプロンさんは奥に引っ込むと、先ほどヨーヨーを発見したお兄さんを連れてきた。
「お客様、申し訳ありません。うちの娘がご無理を言ったみたいで~」
口調は丁寧で品がある、のだが全体的にクネクネしているのがすべてを台無しにしている。さすが異世界、そういうお店でなくてもこういったキャラがいるのか。オネェキャラは性格が良いのがテンプレだよな。信じていいんだろうな?
「お待たせして申し訳ありません、お客様。先ほどの魔石、よろしければ当店に売却いたしませんか!?」
エプロンさんが一礼してから話し出す。ああーそういう……。
「魔石買取りもしているのか」
「少なくとも、この街では自由な売買が保証されていますわよ。で、ワタクシその魔石を拝見させて頂きたいのだけど……」
オネェがクネクネしながら魔石を要求する。仕方ないので手に載せると、光に翳しながら怖いくらいの目つきでそれを見詰める。
「ほほ、ほぉ~ぅ、美しいわぁ……高級な宝石のような輝きじゃないの」
魔石を天に捧げるように持ち上げ恍惚とするオネェ。やべぇ、関わり合いになりたくない度が増してきた。どうしよう。
「これほどのもの、銀貨40枚は下らないわね……いえ、ウチなら銀貨55枚は出すわ、どう!?」
もはや丁寧口調を投げ捨てて交渉してくるオネェ。
「そ、そうなのか? えーと、どうしよう」
サーシャに助けを求めるが、「ご主人様にお任せします」と言わんばかりに目を伏せるサーシャ。くそ、大和撫子な態度がここにきて裏目に。うーん、判断できんな。
「一度魔石買取センターに鑑定に出しても良いか? それで納得できれば、また売りに来るとしよう」
「構いませんわぁ、それくらいの慎重さはむしろ好印象よ。またきっと売りに来てねぇ!」
うむ、堂々としたその態度を見ると、価値を胡麻化しているわけではなさそうだが、一応鑑定してもらってからにしよう。
銀貨55枚か。……冷静に考えるとかなりの高額だ。じいさん、本当に有難うよ。天国から俺を見守っていてくれ……。
死んでないけど。
「あ、そうだ、忘れてた。これの手入れを頼めるか?」
魔銃と魔導剣を出して依頼する。このオネェ偉そうだし、多分目利きも効くんじゃないかな。
「へぇ、魔導剣ね。シンプルだけど質の良い造りだわ。こっちは……魔撃杖? いや、違うわね」
ぶつぶつと魔銃を点検するオネェ。解体されかねない勢いなので止める。
「それはどうやら魔銃というらしい。ひょんなことから手に入れたが、この国じゃ珍しいらしくてメンテナンスできる場所が見当たらなくてな」
「魔銃ね……聞いたことあるわ。たしか東方海洋国家群の失敗兵器でしょう。でもこの魔晶石、魔力紋が綺麗ねぇ~。相当使い込んでいるんじゃないの?」
やはりオネェは相当な目利きらしい。
「分かるのか? たしかにそいつは、俺の秘密兵器といったところだ。メンテナンスできそうか?」
「多分できると思うけどォ……少し時間をちょうだい? うちの職人に見せてみないと分からないわ」
「そいつを預けるのか? 俺の秘密兵器なんだけどな」
「この店の名に懸けて、持ち逃げなんてしないわよ。そうね、1時間後くらいに来てくれれば、確かめておくわ」
うーん、まあ。儲かっている店のようだし、魔石の値段も確かめる必要もあったからな。預けて飯でも食ってくるか。
「じゃあ預けるぞ。絶対に壊すなよ」
「もうちょっと信用してもらいたいわねぇ~、まあいいわ、壊しでもしたら金貨でも払ってあげるから、行った、行った」
オネェに追い出されて店を出る。
あのオネェも技術者なのかな? 魔銃を出した途端に喰いつきが凄かった。
ただ気になることも言っていたな、失敗兵器だとかなんとか。あんなに便利な武器が失敗だとか、冗談だろう。
さて、一時間で戻れるかな?
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