第35話 ジョイスマン

「ギー、ギー、キュキュ!」


顔をはたかれて目を開けると、護獣のドンが何かを訴えている。飯かな?

店で貰ったエサをざらざらと皿に出してやると、満足そうに「キュ」と鳴くと、手で挟んでは食べ始めた。食べ方はハムスターっぽい。いや、リスっぽいかな?頬袋に詰め込むのではなく、器用に両手に掴んだエサを端からカリカリと齧っていく。

うーん、なかなかかわいいな。


「うん……ご主人様?」


起きて来たサーシャに目線でドンの方を示し、二人で鑑賞した。ペットは心を癒してくれるな。


「さて、いつまでものんびり、というわけにもいかん……」


今日の午後には、護衛任務を受けている。丁度南に向かう商隊があったので、ダメ元で申し込んでみたら通ったのだ。

知り合い同士でいくつかの商人が組んでいったら、思いのほか規模が大きくなったので、当初予定していた護衛だけでは足りないと探していたのだそうだ。

もっと個人で動いている商人のニッチな需要を探していこうと思っていたが、大きなチームに合流できるなら安全さが増すだろう。

まあ、それに伴って俺の苦手な社交やチームワークが発生するわけだが。

そこは仕方ない。


サーシャに鎧下の準備を任せて、俺は武器類を点検していく。


今日までに、ステータスはこうなった。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(14)魔銃士(8)魔法使い(5↑)

MP 33/33

・補正

攻撃 G+

防御 G+

俊敏 F-

持久 G+

魔法 E-

魔防 F-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限

魔撃微強

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

***************************


これが後衛バージョン。『魔法使い』を導入すると、やっぱりMPが高くなる。しかも、『魔法使い』のレベルが1上がるたびに、MPが1程度増える。これは便利だ。

ただ、これからの旅の間はあまり魔銃を使う気がないので、魔法剣士バージョンにする予定だ。

そうすると、こんなステータスになる。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(14)剣士(6)魔法使い(5)

MP 27/27

・補正

攻撃 F-

防御 G

俊敏 F-

持久 G+

魔法 F

魔防 F-

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限

斬撃微強

火魔法、水魔法、土魔法、風魔法

・補足情報

隷属者:サーシャ

隷属獣:ドン

***************************


攻撃が1段階上がるが、魔法がガクッとランクダウン。MPもちょっと寂しくなる。それでも、魔銃を使わないのに『魔銃士』に設定しておくと、経験値が勿体ないので、もう少し剣士を伸ばす予定だ。

最近になって、『戦士』もちょっと気になっている。結構前に獲得したジョブなのだが、『戦士』の経験がある程度あることで派生するというジョブが多いことが分かってきた。

サーシャの情報で、『弓使い』と併せて『弓戦士』ジョブが獲得できるというのも、その1つだ。

たぶんだが、『魔法戦士』もありそうだし、『剣士』と『戦士』でも何か生えそうだ。『剣闘士』とかどうだろう? 強そうだ。

おそらく、魔法系ジョブにおける『魔法使い』のように、前衛戦闘職の基本的なジョブに当たるのが『戦士』なのだろう。

汎用的な特性で尖った特性はないが、そこから、特殊なジョブが派生していくわけだ。


今後のためにも、どこかのタイミングでレベル10くらいまで上げてみてもいいと思う。まあ、その前にまずは剣士ジョブをレベル10まで上げよう。


************人物データ***********

サーシャ(人間族)

ジョブ 弓使い(6)

MP 4/4

・補正

攻撃 G-

防御 N

俊敏 G

持久 G

魔法 N

魔防 N

・スキル

射撃微強

・補足情報

ヨーヨーに隷属

***************************


サーシャさんは、成長していない。まあ、ここのところ俺の魔法の練習のフォローばかりで、弓で実戦とか少なかったからな。

護衛任務となると弓が大活躍なのは前回で思い知ったから、ここからの旅で成長を見せてくれる、はずだ。

いまさら『商人』に戻す気にもなれないし、頑張ってほしい。


着替えと武具のチェックを終えると、お互いに手を貸しながら革鎧を着込む。

うむ、これを着ると戦闘モードって感じがするな。


「ヘルメットはどうなさいますか」

「被るのは後にして、俺が持っておこう」


いきなり頭部だけ金属ヘルメットという怪しい奴が現れたら警戒されそうだ。まずはフレンドリーに行かないとね。


「ドンはリュックに入っておくか? サーシャが抱いておくか?」

「邪魔になりますから、リュックで眠っておいて貰いましょう」


ドンに期待するのは、夜間の警備要員なのだが、大人数で移動しているときはあまり出番はなさそうだ。

癒し要員としての活躍を期待する。


「ミュゥ~」


お、だみ声じゃない可愛い声も出せるんだな。邪魔なものは異空間にしまって、出来るだけの快適な空間を提供しようじゃないか。まぁ、歩いて揺れるだろうがそこは勘弁してくれ。


「キュ」


だらん、と垂れ下がったドンを猫を抱き上げるようにして持ったサーシャに、リュックの中へと慎重に入れてもらう。


「苦しくはないか?」

「ギーギー」


ちょっと眠そうな声が返ってくるが、まあ大丈夫そうかな? チラリと覗いて、腹が呼吸で上下するのを確認して入り口を閉める。

自己紹介のとき、護獣って申告した方がいいのかな? 戦力としてはあまり計算できないのだが……。


「ご主人様、異空間に空きはございますか?」

「ん? そうだなぁ、衣類とかも入れたから、もう少しならってとこだな」

「ならば、ここの食材で日持ちしそうなものを詰め込んでおきましょう。食事は大切ですよ」


うん、まだ2回とはいえ、白髪のガキに報告を差し入れたりするんだけどね。ギュウギュウに食い物が詰まっていたらあいつも驚くだろう。それはそれで愉快なので、採用して食材を詰めることとする。



「こんにちは、デントル様の馬車だろうか?」

「ん? その恰好、傭兵の人かい?」


東の居住区へと続く内門に馬車が並んでいたので、思い切って端にいた人に挨拶する。


「個人傭兵のヨーヨーだ。デントル様の依頼で、護衛に加わる」

「おお、そうか。ちょっと待って」


話し掛けた下っ端風の男は、まぁ下っ端だったようで、忙しそうに動き回る男たちを呼び止めては何かを確認し、話している。


「……確認できたよ、君の担当は最初の馬車だから、先に進んで紫の布を結わえてある馬車の方に挨拶してみて」

「了解」


馬車は全部で3台、ただ荷運びとしての馬車で、御者と一部の商人以外は、歩きで移動するようだ。また馬に乗ることになるかと思ったが、そういう訳でもなさそうだ。


「いやー。君がヨーヨーか。ん? 後ろのお嬢さんは?」


指定された馬車で忙しそうに指示を出していた、ターバンを巻いた男に挨拶してみると、これが依頼主の男だった。


「奴隷です。弓が使えるので、護衛任務にも参加しますよ」

「おお、そうか。1人分の料金で2人分の護衛が増えるのはラッキーだ」


そう素直に言って破顔するデントル。


「食事は持つが、最低限しかない。出来れば道中で魔物も狩って欲しいが、可能かな?」

「一応は。ただ、状況によりますよ」

「もちろん。丁度良い魔物が狩れれば、肉が食える。その程度だよ」

「はい」


その後、荷入れを手伝って働いていると、他の護衛も到着したようで、矢継ぎ早に顔つなぎが行われる。


「俺は専属護衛のトルスだ。槍を使うが、弓も使える」

「同じく専属のマーラ。よろしく」


得物は言っても言わなくても良い感じか。まあ、剣士ということでいいか。


「ヨーヨーだ、個人傭兵をやってる。剣を使う」

「従者のサーシャです。弓を使います」


サーシャは、軽く相談した結果、依頼主以外には従者設定で通すことにした。奴隷というと露骨な態度を取る者がいると、エリオットが愚痴っていたのを聞いたしな。念の為だ。


「奴隷だろぉ?」


と思ったら、一瞬でその深い配慮をぶち折る、太い声。俺達よりも後から現れた、毛皮のジャケットを羽織った男の声。いかにもな無頼者だ。トラブルのにおい。


「……」

「無視かよぉ、チームだろうが、オラ」

「だったら?」

「へっ、俺らにも貸せよ。お前の後でもいいからよ」

「お断りだ。うちのサーシャは弓を使う、立派な戦闘奴隷だよ。妙な気を起こすなよ?」

「はっ」


馬鹿にしたような笑いを浮かべて周囲を見渡す。彼の仲間っぽい一団がニヤニヤを浮かべている。

こういう奴らが居るわけだな。エリオットが相手を組む選ぶわけだわ。


「俺はジョイスマン、横の奴らが鼻毛、尻毛、アソコの毛だ」

「ふざけんな、俺達はそんな名前じゃねぇよっ」


身内だけで爆笑。こういうノリの集団らしい。ピクリとも笑っていないのが俺たちと専属護衛の2人だ。


「……下品」

「チッ、奴隷のくせして上品ぶりやがって。どうせ毎日ご主人様に腰を振ってるんだろう、あァッ? それとも振る前に終わっちまうかぁ? 早すぎてなぁ!」


ちょっと俺にとって笑えないジョークまで飛ばしてきた。

こいつらには極力関わりたくないが……そうも言っていられないのだろうな。

一頻り品もなく笑うと、残りのメンバーがつまらなそうに順番に名乗った。

ジョイスマン一行は5人で、ラント、サヴァン、ドードー、オムッタシモイというらしい。全員、普通の人間族っぽい見た目で、全員、汚い毛皮を着込んでいる。ロクに風呂も入っていないのか匂いがキツい。なんか酒の匂いまでするから、街で飲み明かした後なのかもしれない。だとすると、この妙なテンションはそのせいか?

港の光に惑わされたって奴だな。迷惑なことだ。


「後、他の2人の商人、マートス殿とショーン殿の護衛も合流する。全部で20人程度にはなる予定だが、チームとしてはこの8人で動くから覚えておくように」


専属護衛のトルスが自然と仕切る。長髪をまとめて綺麗な金属製の鎧を着込んだ30代くらいの槍使いだ。

ヤリ手オーラがあるから、この道の経験も長いのだろう。小規模とはいえ、商人の専属護衛ってのは花形の職業らしいしな。実力がないとなれないし、安定もしているので傭兵の流れ着く先としては理想的な職業だという。


「馬車の中に残って警戒するのは、奴隷の……君に任せる」

「サーシャです、了解しました」

「残りの護衛のうち、弓を使えるものは後ろに。剣と槍で正面と左右を固めるぞ」

「おいおい。奴隷だけ楽させる気かよ?」


ジョイスマンが食い下がる。


「奴隷だから自分だけで荷を持ち逃げたりはしない。それに女性だ、余計な気を起こされても困るからな」

「けっ」


どうやらジョイスマン達にちょっかいを出されないように配慮してくれたらしい。トルスは良い奴だな。メモしておこう。


「俺とマーラ、ヨーヨーで正面を固める。ジョイスマンのチームは適当に分かれて、左右に付いてくれ、いいな?」

「はいはい、了解~っと」


ジョイスマンと関わらなくて済む。それだけでだいぶ気が楽だ。

依頼主のデントルは御者席にいるそうだ。

個人商人の規模では、商人本人も何某かの役割をこなさないといけないんだろう。


後続の、マートスとショーンの護衛とも挨拶を交わすが、それぞれの専属護衛2名ずつに、マートスの雇った傭兵が6人。あれ?


「ショーン殿は契約していた傭兵団と更新でモメてね……。今回は私達で助けてやろうというわけだ」


マートスが渋い顔をしている。ショーンは申し訳なさそうに頭を下げる。

なるほど、規模が大きいからだとか説明されていたが、実際のところは契約ミスを補うために緊急の依頼が出されていたのかな。


「さて、出発だ」


商人達のリーダー格はデントルだ。護衛も彼らのなかで一番出している。

彼の号令と同時に、馬車がゆっくりと発進する。護衛達もその速度に合わせるように、ゆっくりと歩みを進める。まあ、まずは居住区を通って南門まで行くだけなのだが。



南門から出発しても、しばらくは魔物の影も見なかった。こちらも戦士団によってよく守られているらしい。

南は危ないといっても、あくまで「この周辺にしては」という枕詞がつく。


「ヒマすぎてどうにかなっちまいそうだな」


ジョイスマンが嘆くのが聴こえるが、働かなくても金がもらえる護衛任務なら、暇な方が良いに決まっている。

初日は陽が暮れる頃に宿場に辿り着き、そこで一晩を明かすようだ。簡易な宿場で、水や薪などは買えるが、寝床は各自でテントを張ることになった。

徒歩のスピードなので、進行はゆっくりだ。2週間近くかけて、南にある交易都市まで行くことになる。


「おい、色男」


元の護衛用だったという大きなテントを貸してもらえたので、喜んで夕食後にテントを設営していると、ジョイスマンの取り巻き……オムッなんとかという若い男が、こちらに声を掛けてきた。

何の用だ?


「……」

「返事しろ」

「……何だ、見ての通り準備中だ。よっぽど大事なことなんだろうな?」

「昼間と違って、真面目な交渉だ。女を貸せ」


思わず怪訝な顔で見返してしまった。……冗談ではないらしい。


「断っただろう。冗談でもなんでもない。貸すもんじゃない」

「てめぇ、1人だけ良い思いするつもりかよ? 許されねぇぜ」

「知らん。奴隷が欲しければ自分達で買えばいいだろう」

「……後悔すんなよ」


はぁ、まだ何かありそうだな。どうにも面倒臭い。


宿場ではあるが、他の商人もいるから警戒なしとはいかない。俺たちは遅番となって、テントに引っ込んだ。

ジョイスマンのこともあったし、サーシャといちゃいちゃする気分にはならない。

魔法の練習もせず、毛布に包まってすぐに寝た。



************************************



「……ギーッ、ギュッ!」


ドンの鳴き声がして、腹にドスンと重量が乗った。思わず目が覚めると、ドンが腹にタックルをかましているようだ。


「痛って……何だ? ドン、腹でも空いたか?」


そこでテントの入口が開け放たれ、松明の火がこちらに向けられた。まぶしいな。


「おいおい、ペットまで連れてんのか? 余裕を見せすぎじゃぁないかね」

「強そうには見えねぇな。ま、大丈夫だろ」

「剣を確保したぞ」


口々に何かを言いながら男たちが中に入ってくる。

飛び起きて距離を取る。横を見ると、サーシャが頭を掴まれて囲まれている。

剣は……確かに確保されてるな。入り口付近に放り投げられた。


「でかした、こいつは剣士だ。剣がなけりゃ敵じゃないだろ」

「……なんのつもりだ?」

「お前ぇが悪いんだろ、ノリ悪い事言いやがってよぉ?」


答えたのは毛皮のジャケットと無精ひげの顔……ジョイスマンか?


「答えになってないぞ、サーシャを離せ」

「あん? 自分の立場が分かってねぇのか? 黙って女を貸せば、命は取らねぇからよ。身の程をわきまえろ」


なるほど、なめられないようにシメるついでに、サーシャに手を出そうってか?


「なんとなく状況は理解できた。大人しくサーシャを貸し出せば不問にするってことか?」

「物分かりがいいじゃあねぇか。後はそうだなぁ、俺らへの服従も誓ってもらおうかなぁ、昼間のことで俺ってば傷付いちゃったからのぉ」


なるほど。


「確認させてくれ」

「あん?」

「サーシャは俺の奴隷で、財産だ。それを差し出して服従しない限り、俺の命はないかもしれないってことか?」

「……それ以外にどう取れるんだ? 頭が悪いのかお前ぇ!」


降参のポーズで上に開いていた右手を下げるついでに、異空間から魔銃を取り出す。やや間が空いたが、ジョイスマンたちはこちらが何をするのか分からなかったのか、呆然とそれを見送ってくれた。

そのままジョイスマンの頭を撃ち抜く。MPも増えてるし、短時間で可能な限りのありったけを込めて。さんざん使い込んできたんだ、この近距離で外したりはしない。そのまま取り巻きと、サーシャを囲んでいる2人も撃つ。


「ちょっ、ぉ……!」


取り巻きの頭が爆ぜたのは見えたが、ジョイスマンはまだ喋れるらしい。魔防の補正値が高いのかな。

そのままジョイスマンに全身でタックルすると、入り口に捨てられていた剣を拾う。ジョイスマンの胴体に、もう2発ほど魔銃を撃ち放つ。

まだ生きているかもしれないので、剣で首筋をぶん殴る。流石に床に転がったので、打ち下ろすようにして殴り付ける。

殴り付ける。

殴り続ける。


「あ、兄貴っ、何か……!?」


入口が開いて、さきほど女を貸せと言いに来た若い男と目が合う。そうか、見張り役か。

奇妙な静寂が流れた後、魔銃の音が響いた。

念のため、他の者も首筋を斬り付けて念入りに殺しておく。

まだ生きているかもしれない……何か確認するには……。

そうだ。


「ステータス、オープン」


ジョイスマン以外はステータスが表示されない。

ジョイスマンはあれだけやって、まだ息が残ってるのか。タフすぎるだろう。

目を開かせて、中に魔銃の銃口を入れ、そこから連射する。頭が爆ぜ、流石にステータスは開かなくなった。


「よしっ……どうしよう?」


派手に殺し尽くしてしまった。

一応、相手が俺を殺すつもりだったという(従わなければという条件付きだが)確認は取ったし、正当防衛だろうとは思う。

本人は脅しのつもりだったのかもしれないが、面と向かって殺すと言った限り、殺されても仕方はあるまい。余裕があるならサーシャにも殺して問題ないか確認したいとは思ったのだが、多勢に無勢だったし、あまり余裕を見せていてはどう転ぶか分からなかった。したがって、即殺が最適だったはずだ。


今後の展開を考えると、中途半端に残しておくのも悪手だ。当事者が残っていたらお互いの言い分を聞いて、なんてことになりかねない。裁判になっても勝てるかもしれないが、確証はない。復讐なんて狙われた日には安眠できなくなる。やるならば、皆殺しするのが無難である。

ただ、曲がりなりにも同じ護衛任務の仲間を独断で殺し尽くしてしまったのはまずいかもしれない。問答無用で逮捕される可能性もないとは言えない。何か考えなければなるまい。

サーシャを見ると、呆然と立ち尽くしているようだ。


「サーシャ、無事だな?」

「ぁ……は、はい」


ちょっと怯えたようにこちらを見るサーシャ。いくらなんでも、若い女の子に唐突なレイプ未遂とスプラッタ鑑賞は刺激が強すぎたかもしれない。すまなかった。


「ドンは……おい、あいつ寝てるぞ、大物過ぎるだろう」


ドンはテントの端に寄って、ごろんと横になって目を瞑っている。避難して固まっていたのかもしれないが、ずんぐりむっくりした身体でそうしていると寝ていたようにしか見えない。

サーシャもつられて笑って、少し緊張感がほどけた。うむ、動物はいいな。


「サーシャ、掃除をするから外に行って誰かを連れてきてくれないか」

「あ、はい」


とりあえずスプラッタを見せておくのは悪手だろう。理由を付けてサーシャを外に出す。

ただ、その前に騒ぎを聞きつけて誰か来たのだろう、飛び込んで来る者がいた。


「何事だ!?」

「こ、これは……」


1人は紹介されたが名前を覚えていない男で、もう1人は護衛達のリーダー格のトルスだ。


「丁度いいところに来てくれた。おい、アンタ……は、この子を連れて外に出ていてくれないか」


名前が分からない方に声を掛ける。


「は? いや、しかし」

「事情はトルスさんに話す。この光景をあまり見せていたくない。女の子だぞ?」

「アンゾ、大丈夫だ。先に出て他の者も起こしてくれ」

「はあ、では」


アンゾと呼ばれた男がサーシャを連れて出ていった。サーシャにはドンを抱かせておいた。動物セラピーだな。癒し担当、仕事をしてくれ。


「何があった? この死体は、お前が?」

「ああ、実はさっきまで寝ていたら、こいつらが中に入ってきた」

「……それで?」

「サーシャを寄こせとか、従わないと殺すといったことを言われたので、反撃した」

「……」

「多勢に無勢だったから、手加減できなかった。護衛任務に影響が出るとは思ったが、その点は申し訳ない」

「こいつらはそこそこの実績のある傭兵団だ。全員を相手して、勝ったのか?」

「人数が多かったからこそ、油断していたな。先手を取れたから、後は流れで」

「……いいだろう。それが正しいとして、この傷はどういうことだ? 音もすごかった。お前は剣士なのだよな? 魔道具か何かでも持っていたのか」


一応、こういうときのための言い訳がいくつかある。その1つを披露するとしよう。


「ああ、言っていなかったか? 俺は剣を使うが、『魔剣士』だ」

「『魔剣士』、だと」

「そう珍しいジョブでもないだろう? 俺は威力の調整が苦手でな。使うとすぐに魔力も尽きるから、あまり使わないようにしていたのだが」

「……そうか」

「さすがに5人が相手だと、一撃必殺しないとキツいからな。全力で使ったが、一撃じゃなかったから焦ったよ」


信じられないというように死体と俺を見比べていたが、それ以上の説明がないと知るとため息をついた。


「分かった、とりあえず真相は後ということにして、死体を片付けないとな」

「こいつらの財産はどうなる?」

「……どうすべきだと?」

「いや、もし被害者である俺が貰えるというのなら、半分はデントルさんに渡そうかと」

「何故だ?」

「こいつらは、デントルさんが金を出して雇ったわけだろう? それを俺がふいにしてしまったのだから、誠意を見せるのが筋だろう」

「……」

「おかしいか?」

「もう半分はどうする?」

「俺以外の護衛の面々に渡すから、分割してくれ」

「何? 私達に渡すというのか?」

「ああ、5人も減ったら、護衛任務が難しくなっただろう。せめてもの詫びというわけだ」

「……お前は良いのか?」

「生かして捕らえられたのならともかく、俺の余裕のなさで皆殺しにしちまった形だ。今回は遠慮するよ」

「そうか」


トルスは少し考えていたようだが、とりあえず掃除をしなければということで人を呼び、死体を片付けることにしたようだ。

手伝おうかと思ったが、お前はいいから休んでいろと言われたので、たき火のあたりでサーシャに合流した。ドンをなで回して待ちつつ、テントに出入りする人たちを眺めていると、雇い主であるデントルさんたち商人勢が出てきた。

立って軽く礼をする。被害者とはいえ、迷惑をかけた形だからな。殊勝なところを見せておこう。それをデントルが手を出しておさえる。


「事情はざっと聞いた。災難に遭ったようだね」

「いえ、それはいいのですが」

「今後の処遇かな?」

「ええ」

「聞いたところだと、奴隷と命を狙われたから反撃したという話だったが……」


首肯すると、サーシャが割って入ってきた。


「そうです、真実です! 判定官の判定を受けたってかまいません!」

「ふむ、まあ素行の悪い者たちだとは思っていたし、真偽判定を受け入れるというなら、嘘を言っているとは思えないな」

「そうですな。過剰防衛の線はあっても、事実無根とは言えますまい」

「ここで過剰防衛を追求しても誰も得はしませんぞ」


3人は頷き合って話がついたようだ。


「あの5人については、油断して魔物にでも食われたということにしましょう」

「……それでいいのですか?」

「わざわざ届け出て、面倒を増やすこともあるまい。ときに、財産を私にと言ったと聞いたが?」

「その通りです。言わば、デントルさんの買った商品を、私が壊したようなものですから」


デントルは満足そうに頷いて、残りの2人に目配せをしてから再び口を開いた。


「彼奴らのテントを探ったところ、出所の不明な宝石類が出てきた」

「ほう?」

「意中の者に用意するというような者たちにも見えんし、あれも何かいわくつきのものかもしれん」

「けしからんですね」

「けしからんな。わし等商人でなければ、捌くのも面倒だろう。あれを貰って、現金や宝石以外の物は護衛の者たちで分けるという形でどうかね?」

「異存ありません」

「ああ、君も護衛の1人として受け取ってくれ」

「……いいのでしょうか?」

「何、旅の仲間じゃないか。遠慮はするな」


ニコリとするデントルを見て、何となく腑に落ちた。

あれか、後で面倒が起こったら、お前も共犯だぞという形にしたいのか。


「ご厚情に感謝します」


掃除を終えたテントに戻ったが、床には血のりがべったり付着している。これは洗っても落ちそうにないな。

後でテントの賠償もしなきゃダメか? ……いや、言われたらで良いか。

仕方ないので、綺麗な場所にサーシャを寝かせて、自分は血の上に寝転がったが、興奮のためか、寝付けそうにない。静かに、魔法の練習でもしておく。

夜が明けるころ、当直の時間になって表に出ると、予定になかった同席者もいて一緒に警護に当たるという。

動揺しているだろう俺達にだけ任せるのが不安だったのか、万が一のために監視するためだろうか。まあ気にすることはないかと、雑談をしながら警戒に努めた。


出発前になって、トルスに呼び止められた。ジョイスマン達の遺品を整理するという。


「それなら、現金はいらないから、ジョイスマンの使っていた剣をもらえないかな?」

「剣? あのデカい奴か。使えるやつがいないから、多分大丈夫だと思うが、アレで良いのか?」

「剣を買い替えようと思っていたからな。丁度良いかなと思って」

「よし、わかった」


俺の分配品はジョイスマンの大剣ということになった。大剣とはいっても、漫画やアニメであるような、巨人が使いそうなおかしなサイズのものではなく、剣にしては長くて重いね、というくらいの物だ。太刀のようなもの、といったら想像しやすいだろうか。

若干反りが入っているので、なおさらそれっぽい。

こっちの世界に来てから筋肉も増えたし、ステータス補正も伸びてきたので問題なく扱えそうだ。魔物相手だと、長柄の方が何かと便利なのは実感していたからな。


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