第34話 マーモット

街中が、というか広場がざわついている。

何だろうと思って遠巻きに野次馬していると、広場の広報コーナーに何か役人が張り紙をしていったようだ。何が書いてあるのかは、人が多くて寄れず、さすがに読めない。


「何があったんだ……?」


呟いていると、前方の男が何か話してざわめきが広がっていく。


「南方で大勝したってさ」

「何かと思ったら、戦か。南方はいつまでも落ち着かないねぇ」


近くの男たちが話しているのを聴く。

戦争の広報ってことか。


ここ、キュレス王国は海のある東を除き、様々な国と国境を接している。

そのうち、今も小競り合いが絶えないのが南方、ズレシオン連合王国との国境だ。ただし、王領に滞在する国軍が出動したり、徴兵で南方に送られるなんてことはない。

あくまでも、南の国境に領地を持っている貴族が、相手方の国境貴族と抗争している状態だ。

基本的に国境紛争で勝利した貴族が領地切り取り次第となるわけなので、小競り合いでキュレス王国の貴族が勝利したとしても、王家が直接利益を得るわけではない。市民にとっても大したニュースにはならない。このへんは酒場のおっさんの受け売りだ。


ただし、最近国境に領土を貰ったデラードという新興領主は戦に積極的で、しかも戦う度に領土を奪って来るために、その動向がちょっとしたニュースになっていたようだ。

少しばかり勝っても負けても利害はないとはいえ、ある程度はキュレス王国の貴族が勝ってくれている方が王家にとっても、市民にとっても望ましいのは確かだ。

押し込まれすぎれば王都まで動く羽目になるし、大敗して敵が雪崩れ込んできたら、略奪されるのは市井の市民達なのだから。

そこにきて、どうやら国境のデラード家がついに大勝し、敵の領都を落としたとかいうニュースだったらしい。


王家としても、これを利用して市民に王国の武威を示したかったのかもしれない。

普段滅多に掲示されることのない、重要な広報の場所に戦勝の喧伝ニュースが張られたことが、広場の騒ぎの発端となったようだ。


「まあ、勝ったなら別に影響はないかな……」


俺たちが南に行くといっても、国境の紛争地帯には程遠い。オーグリ・キュレス港はそもそも、北寄りに存在するのであって、魔物狩りの聖地も国の中央の方に位置する。あまり関係なさそうだ。

サーシャを振り返っても、あまり興味のありそうな顔はしていなかったので、スルーして、足早に魔法使いギルドへと移動した。



魔法使いギルドに着くと、ピカタはまだ来ていなかったようだ。良かった、最後くらいちゃんと先に着くことができたようだ。


「来たわね」


と思ったら、どこかで見ていたかのようにピカタが現れた。


「こんにちは、早いな」

「暇なときはだいたい、ここで時間を潰しているからね」


そうだったのか。だからやたらと早くから待っていたのか。


「何か研究でもしているのか?」

「うん、色々とね。今日は演習室を貸し切って魔法の開発を行っていたの」

「ほう……どんなのか訊いても良いか?」

「ヒミツ。ま、新魔法の開発は、魔法使いの研究成果だからあんまり人に話すもんじゃないのよ」

「そうか、ちょっと興味あったんだけどな」


複合魔法まで習得しているピカタが開発する新技か……相当高度なんだろうな。


「で、複合魔法は使えるようになった?」

「いや、無理だ」

「そう、流石にそこまでの才能はなかったわね」


ピカタがちょっと嬉しそうに言う。

出された課題は結構すぐに熟してきたから、思う所があったのかもしれない。


「さすがにありゃ難易度が高すぎる。自己流で訓練していて、使えるようになるのかね?」

「なるわよ。魔法の練習は、大半は自分と向き合うことになるんだから。ま、色んな魔術理論とか、化学の知識を勉強するのが近道ではあるけど」

「そのへんは出先の図書館ででも補っていくしかないかなぁ」

「……何? 出てくの?」


ピカタはちょっと驚いたようで、目を見開いてこちらを見上げた。


「ああ、そろそろ仕事もしなくちゃならないし、魔法もなんとか練習できるようにはなったしな。ピカタの授業も今日で最後にするよ。世話になったな」

「……そう」


ちょっと寂しそうに言ってくれるのは正直嬉しい。短い間であったが、色々と親切に教えてくれたピカタと別れるのは、俺もちょっとだけ寂しい。


「まあ、移動の護衛とかが必要になったら、傭兵ギルドで依頼してくれよ。安くしとくぜ」

「出ていくんじゃなかったの?」

「フラフラと移動しているからな。場所が合えば、依頼を受けるぜ」

「ふぅん……」


それくらいは傭兵ギルドが調整してくれるだろう。たぶん。

王国の中核都市だけあって、ここはそこそこ居心地も良かった。金に余裕ができたら、また遊びついでに寄ってみるのもアリだしな。ピカタに魔法の事も質問できるし。


「……そうだ。住んでるところは決まってるのか? 連絡先を訊いておきたいんだがいいか?」

「ナンパ?」

「そんなわけないだろ。こっちに帰って来た時、また質問とかしに行けたら便利だし」

「はぁ?」

「お土産とかも渡すから、良いだろう? なんならまた、金払ってもいいし」

「うん、ま……いいか。でも卒業したらどこ行くか分からないからね」

「そんときはそんときだ。俺もいつ死んでもおかしくないような職業をしているしな」

「私が魔法を教えたのに死なれると何だか夢見が悪いわね」

「じゃあ死なないように頑張りますよ。師匠」

「師匠ぅ~?」

「短期間だが、俺が魔法を習ったのはピカタだけだからな。師匠に当たる」

「まあ、いいけど。じゃあ弟子くん、最後の授業をしようか。最後は、あたしが重要だと思う魔術理論と、実践を駆け足で終わらすよっ」


魔法理論というと大袈裟だが、大半はこの不思議な現象である魔法についての雑感みたいなものだ。仮定と推論ばかりだし、妄想に等しいものもある。まあ、科学なんてものはだいたい、そこからスタートするのかもしれないが。


ピカタが重要だと思う理論とは、そんな魔法理論の大家である古代帝国の術士が唱えたとされる、魔法の元について、魔素理論だ。

魔法を実現するための力の源があって、それが大気中、地面の中にも充満している。目に見えない微細な魔素の粒が世界に満ちているイメージだ。

それだけだと良くある理論なのだが。では魔素とは何か、について踏み込んで考察した理論は少ない。


かの魔法理論の大家の先人は、「魔素とは可能性である」と論じた。

魔素が特殊な物質だとすれば、使えばなくなるはずである。例えば、密閉した部屋で火を燃やせば、やがて酸素がなくなり火が消える。しかし、魔素はいくら魔法を使ってもなくならない。そこで彼は考えた。魔素は物質ではないのではないか?と。では何か。あらゆる事象を起こす可能性そのものを表わすのが魔素なのだ。……という理論である。

これは現在でも支持されている。というか、これ以外に魔素の性質をうまく説明できたためしがないのだ。


何が大事かと言えば、魔素が充満しているイメージを使いつつ、魔素は物質ではないということを理解しておくことだそうだ。

魔素を微細な物質として扱っていると、魔法の行使に自然とイメージの制限ができてしまう。実際は、魔法は術者のイメージよって無限の可能性をもつものなのに。

正直理解は難しいが、聞いておいて良かったと思える内容だ。


その後、実践編として演習室で今までのおさらいをした。

ファイアボールはまだ威力不足だが、形はできた。ウォール系やバシャバシャは難しく、まだ不完全ではあるが最低限のコツは掴んだ。

あとは毎日の練習あるのみだろう。


「でもこれで、魔物とかと戦えるの? レベルも下がったわけでしょう」


ピカタは心配そうにしている。確かに、これで満足に傭兵稼業ができるかと言えば、不安だ。


「大丈夫、考えてることもあるし」

「大丈夫なの? あ、前に言っていた魔道具?」


ピカタは結構鋭い。実際は、ジョブを併用するし、ということなのだが、魔銃があるというのも確かに武器になる。


「そんなところ。後、前回紹介してもらったところも寄ってみるし」

「ん? ペット屋?」

「そうそう、ペットと違うけど」


出発前に寄るところがある。これから、サーシャと2人では手が足りないかもしれない、という話をしたときにピカタに言われたのだ。


「じゃあ護獣でも飼えば?」


と。言葉の響き的に、使い魔的な何かではないだろうか。ピカタも詳しいことは知らないとのことなので、とりあえず見てみることにした。

ピカタとの別れは、エリオット達のときと違ってあっさりしたものだった。まあサーシャとの絡みも少なかったしな。

手を振って別れを済ませ、ピカタに訊いた「西の居住区の方で見た」という曖昧な情報をもとに、護獣屋を目指す。


護獣屋は、すぐに見つかった。

というか目立つのだ。店先にキツネとか犬みたいな生物がいて、キャンキャン鳴いているし。

騒音でご近所トラブルとかありそうだな。


「誰かいるか?」


熊の横を通り抜けて店内に入ると、鉄格子がすぐにあって、その脇の小さなカウンターに店員らしき人影があった。

ペットショップをイメージしていたが、大分ちがう。

店内の大半を占める、鉄格子で区切られたスペースに様々な生物が闊歩している。

どちらかというと、サファリパーク的な感じ?


「はいはい、何?」


店員は居眠りをしていたのか、目をこすりながらこちらを見る。

人だと思うのだが、瞳は縦長で爬虫類のような印象を受ける。顔の造形も、人間とトカゲを足して割ったような異星人風味だ。


「護獣を見に来たんだけど」

「だろうねェ、ここ護獣屋だし」


人を食ったような態度にちょっとイラッとしつつも、情報収集のためにグッとこらえる。


「旅をしてるんだが、護獣ってのは役に立つのか?」

「ん~? アンタ護獣はじめてかい」

「そうだ」


店員はようやく腰を上げると、客前にも関わらず伸びをすると息を吐いた。


「どういう用途? 見ての通り、ウチは色々いるからねェ」


そう言われて指さされた鉄格子内を見ると、たしかに大型獣のような生物から、ねずみサイズの生物まで色々いる。形状も、虫っぽいのから鳥、ワニっぽいのもいる。


「少人数で旅をしているから、警戒してくれるやつがいい」

「警戒? ん~」


店員は鉄格子を軽く引いて開けると、生物たちの輪に加わる。

というか、鍵かかってないのか! 大丈夫なのかこれ?


「どうした? 入って来なぁ」

「いや、扉は閉めなくていいのか?」

「ああ? いいのいいの、一応決まりで、鉄格子付けてるだけだから」


いいのか?


「護獣は賢いんだから、勝手に脱走したりはしないよぉ。しても、人様を襲うことはない」

「そうかい」


まあ、招かれたので鉄格子の中に入ってみる。サーシャもこわごわといった様子で後に続く。


「やっぱり手頃なのは犬型か……猫型は気まぐれだからなぁ」

「護獣ってのは賢いらしいが、旅に連れていけるほどなのか?」

「ああ、隷属術を使えば勝手に逃げないし、人の言葉も理解してるくらいだからね」

「そうなのか? 凄いな」


ただのペットではないようだ。


「お客さん、何も知らないんだねぇ……そんだけ賢くなきゃ、護獣として認められたりはしないよ」

「そうなのか?」

「決まってら。ただ懐くだけのペットなら、ペット屋か家畜屋で扱うでショ」

「ふぅん」


生物たちは、中に入ってきたヨーヨーたちを思い思いに観察している様子だ。数が多いのはやっぱり、犬っぽいのと、鳥っぽいのかな?


「予算はどれくらいで?」

「ああ、あんまりないんだ。銀貨10枚くらいでどうにかなるか?」

「銀貨10枚ねぇ……それだとあんまり選り好みはできないよ」


エサ代もかかるだろうし、あんまり無理は出来ない。銀貨10枚でも既にカツカツなんだけどね。

店員に示された銀貨10枚以内の護獣を見回りながら、頭を悩ませる。護獣とは相性があるらしく、こちらに興味なさそうにしている個体は避けた方がいいということだ。

あの犬はじっとこっちを見ているがしっぽが固まっている。あんまりポジティブな感情はなさそうだな。あの猫は完全に無視を決め込んで目を逸らした。あれは興味なしとはっきり分かる。

……と吟味していると、サーシャがいつの間にか近くにいない。どこいった?


「ふぁ……ご主人様、この子……」


サーシャが毛玉を抱えている。何だ?


「ケルミィという護獣だね。それにするかい?」

「とりあえず見せてくれ、サーシャ。その毛玉は何だ」


サーシャから毛玉を受け取ると、持ち上げるようにして観察する。アレだ、どっかで見たことがある感じだ。

ミーアキャットを全体的にごつくして大きくしたような見た目。オーストラリアとか、その辺にいた気が……そう、マーモットだっけ? そんな名前だった気がする。それに似てるな。

やる気のなさそうな視線でこちらを見ているが、嫌われてはいなさそうだ。多分。


「この子にしましょう、ご主人様!」

「気に入ったのか? 可愛いっちゃあ、可愛いけど」


クリクリして気だるげな瞳と、限りなくふわふわな毛。確かにペットとしては飼いたい。飼いたいが、そのために来たのではない。


「こいつの能力は?」

「警戒と、簡単な戦闘はこなすよォ。夜行性だから、夜の警戒を任せるのなら使えるかもね」

「ほう……」

「値段は銀貨8枚ってとこだねぇ。これでも、かなり長く生きる種だから、買うなら責任は持ちなよ。護獣を勝手に捨てたら、罰せられることもあるからねェ」

「そうなのか」


貴重な動物なのかな。銀貨8枚は安い気もするが、ペットに8万円と考えるとなかなかの値だ。


「エサは何を食う?」

「雑食だねェ。穀物を与えてもいいし、魔物肉でも食う悪食さ」

「ほう」


悪くない。悪くない……かな?


「その子は一度捨てられたかわいそうな子でねェ。今、買ってくれるなら、銀貨6枚にまけようかなぁ」

「よし、いいだろう」


値下げチャンスと聞いて即決した。冷静に考えると、もしかしなくても、こっちが正規の値段だったのだろうが。


「まいどありィ。1週間分のエサを付けたげるよ」

「……今更だが、こいつも人の言葉は解するのか?」

「解する、と言われているねェ」


言われている、という説明にそこはかとない不安を感じながら、マードックもどきを受け取る。


「ふわふわですねぇ……」


サーシャに渡すと、胸に抱いて恍惚の表情を浮かべた。うん、サーシャが嬉しいなら、良いけどさ。


「では隷属術を使うけどぉ……名前は何にする?」

「名前は付けてないのか」

「主人となる者が付けるもんだからねぇ」


そうか。名前……名前ね。


************対象データ***********

ドン(ケルミィ)

MP 3/3

・スキル

気配察知Ⅱ、刺突小強

・補足情報

ヨーヨーに隷属

***************************


隷属術をかけてから確認してみると、護獣でもステータスは見られるようだ。

名前はドン。なんというか、ふてぶてしさが凄かったので、首領って感じのドンと名付けてみた。思い付きである。

特にサーシャに意見があるわけでもなさそうだったので、ドンで決まり。


「ギー」


ドンはだみ声で鳴いているが、歓迎しているのか抗議しているのか分からないので気にしない。

護獣だと、ジョブやステータス補正はないようだな。スキルはあるから、ジョブ由来じゃなく種族スキルみたいなものが貰えるのかもしれない。

それなりに若い個体だと言われたが、この重量、この貫禄。流石です、ドン様。


「ギュゥ~」


ドンはサーシャにもふもふされて、甘えた声を出している。うん、サーシャの意外な一面をまた1つ引き出してしまった気がする。


今日はこの都市で最後の夜。公衆浴場にも入って、ドンも宿のタライで湯浴みさせ、汚れを落としてやった。

おお、毛のふわふわ度が増したぞ。これはいつまででも触っていられるな。もふもふ。もふもふ……。ハッ、明日に備えて寝なければ。



あ、夜行性だとなると昼間のうちはどうしよう。俺のリュックにでも入れて、背負って歩けばいいか。


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