第33話 ぬかるみにはまる

湯浴みをおえて、残ったタライの湯に手をかざし、魔力を練ってみる。なんとなく、風呂で八の字を描いて竜巻(のようなお湯の流れ)を発生させたのを思い出して、同じように動かしてみると、グルグルと大きな竜巻を出すことができた。


「うんうん、魔力で制御するってのは、なかなか得意みたいだ」


魔法使いギルドでちんちくりんな先生に訓練方法を相談してから、2日が過ぎていた。毎日、基礎魔法4属性の訓練は欠かしていない。主に夕食後、寝る前にやって魔力をスッカラカンにしてから寝ることにしている。

寝ている間は魔力の回復も良いようなので、こうすると効率が良いのだ。

残念ながら、魔力をスッカラカンにしたあとの超回復で最大MPが増えるなんて現象は、いまのところない。


水魔法は、そのまんま水に魔力を流して、水流を起こす。

土魔法は外で砂を採取してきて、同じように魔力を流して動かす。


ちょっと難しいのが風魔法だ。

風魔法は空気中に魔力を拡散させ、風を起こす。最初は、密閉した箱を用意して、その中の空気に圧力を加えるようにして巡回させるようにするのが無難だとアドバイスされた。だが、水や砂と違って、どこに魔力を通せばいいのかが視覚的にも、触覚的にも曖昧で、難しいのだ。

高等魔法学院の生徒でも、感覚が掴めずに挫折する者が多い魔法属性だと聞いた。


そして俺的に最高に難しいのが、火魔法だ。

火魔法は、水魔法のために用意した水の上で、マッチや松明に火を灯してその火を揺らしたり、大きくしたり小さくしたりする。

……火に魔力を通すようにして。


火に魔力を通すって……何?

空気に通す、以上に意味が分からない。火をおこすことは、魔力を転化させるイメージというアドバイスで次第に出来るようになっているのだが、起こした火を魔力で制御するというのが謎すぎる。

水みたいに、水流を起こして……といったイメージができないのである。

結果的に、より高度だとされる「何もないところから生じさせる」という技術の方ばかり上達するという変な状態になってしまった。


明日、2回目の授業があるからまた何かアドバイスを貰うとしよう。


ふと、背後に視線を感じて、部屋の奥を振り返るとサーシャがベッドに座ってこちらを見ている。


「どうした」

「ここのところ、随分とその、熱心にされていますね……」

「そうだなあ」


新しいおもちゃを手に入れた気分というか、ちょっとしたマイブームになりつつある。


「何かに夢中になるのは久しぶりだから、楽しくてな……寂しかったか?」

「あ、いえ、その、いえ」


はい、とも、いいえ、とも、答え難い質問をしてしまった。

わたわたするサーシャに「あー、聞かなかったことにしてくれ」と誤魔化してからタライに向き直った。

まあ、サーシャにはずっと負担を掛けていただろうから、束の間の休息とでも思ってくれればいい。


なんせ、この2日間、魔物狩りもロクに行えていない。

一応毎日外には出ているのだが、魔物は全くと言っていいほど見つからず、完全な赤字だ。

もう、このへんで稼ぐことは諦めて、次の街にいくまでの修行アンド骨休め期間として割り切ることにした。

金が減ってきたら、護衛依頼でも探して先に、南に進むとしよう。


南に進むことはほぼ確定だ。

気になる魔物狩りの聖地も南西にあるわけだが、魔物の分布から言っても、南に進むほど数が多くなり、大型の魔物も出るようになる。

逆に北に進むと王都に近付き、魔物の領域はほとんどない。王都よりも北に行くと、壁で囲んでいない集落も散見されるようになるのだとか。時間があれば観光してみたいが、金を稼ぐという意味では行く選択肢はない。

西は来た道を戻ってしまうためとりあえず今回はなしとして、東は海だ。


消去法で南という理屈になる。


ぽんぽんぽんと、タライの中から水の球を生み出して周囲を回転させてみる。

昨日今日と試行錯誤して分かったのだが、空中に浮かべて動かすのは風魔法と併用するのが楽だ。

浮かべて何がしたいわけでもないが、こう、魔法っぽいじゃん?


ただ、水と風の魔法の併用はひどく疲れるし、MPもガリガリ削られていく。『魔法使い』と『魔銃士』の併用による高MPがあるから何とかなっているけれども。

空中で水球をまとめて大きな塊にすると、魔力を抜いてバシャバシャとタライに落とす。ぼんやりとこちらを見ていたらしいサーシャが、軽く拍手をしてくれる。

マジシャンにでもなった気分だな。


「あー、もうMPすっからかんだわ……おやすみ」

「おやすみなさいませ」



************************************



「来たわね」

「ああ、おはよう先生」

「おはようじゃないっ! 教える方が先に来ているってどうなの」

「すまん」


そうは言っても、開始10分前に来たらもう居たわけだが。どれだけ早くから来ていたんだ?


「今日は学校はないのか?」

「午後の講義はないわ。合格したからね」

「へぇ~、合格……」

「もう学ぶことはないと思ったら、いつでもその講義の修了試験を受けられるのよ。あたしは半分以上受けちゃったから、今日みたいなヒマな日もあんの」

「そうかい、優秀だな」

「……興味なさそう」

「そんなことはないさ。先生が優秀なのは歓迎だ。さ、早いとこ始めよう」

「ま、いいけどっ!」


早速、火魔法の制御についてアドバイスを求める。


「火魔法? 確かに苦手な奴も多いわね~」


とりあえず進捗を見るということで、水球での曲芸や火をおこすのをやってみる。


「うーん、やっぱり初心者とは思えないわね……」

「おっ? 凄いのか?」

「チョーシ乗らないでね。こんなの初歩の初歩なんだから」

「ぐぅ」

「だけど、ま、ほぼ独学にしてはセンスが良いのは事実。努力を続けていけば、高等学院の落ちこぼれよりは使えるようになるでしょ」

「褒められているようで、そうでもない気がするな……」


水魔法の補助に風魔法を使う発想は、高等学院である程度上達すると習うことらしく、自分で辿り着いたのはなかなかのセンスということだ。

肝心の火魔法だが、水や風のように、対象となる物質と同化するようなイメージではなく、外から力を加えて制御するイメージが良いのではないかということだ。

このへんの感覚は個人個人のものなので、あまりアドバイスを求めすぎてもいけないようだが、少なくともピカタはそういうイメージでやっているという。


「なるほど、同化ではなく圧力か……水や風もそうしているのか?」

「あたしは割とそんな感じね。力でねじ伏せるっていうか」


うん、魔法の使い方にもその人となりが反映されるようだな。そう思って温い笑顔を浮かべていたら、ジト目で睨まれた。


「何かエロいことでも考えた?」

「誤解だ」


その後、圧力を加えるイメージで魔法を使ってみて、いくつかアドバイスを貰ったりした。


「そういえば、魔法を複合的に使うと、新しいジョブが手に入るとか言っていたが」

「前回の講義ね。たしかに、氷魔法や雷魔法なんかはそう」

「その練習はどうやるんだ?」

「アンタにはまだ早いと思うけど……でも、意外な発想があったりするから、イケるかも?」


物は試しというわけで、いくつか練習方法を教えてもらって、試した。

結論から言うと、無理だったのだが。理屈は分かるという内容もあるのだが、それを現在の魔法技術で実現するのが難しい。

たとえば氷魔法は、基礎4魔法をフル活用して、水魔法を制御しつつ風魔法と火魔法で熱を奪い、土魔法で操作するのだという。

水を生み、熱を奪うと氷魔法というのは分かりやすいし、固体にしてから土魔法で操作というのも納得できる。

ただ。いざやってみろと言われると、水魔法で何をどう制御して、風と火で熱を奪うとはどういうことなのか、分からない。


「なんじゃこりゃ、出来る気がしないぞ」

「練習あるのみよ。その感覚も人によってさまざまみたいだから、自分なりの答えを探し続けるの」

「……ピカタは、複合魔法はどうなんだ?」


知ったように言うので訊くと、待ってましたとばかりに、にんまりと嬉しそうに笑った。


「氷、雷は簡単にだけど扱えるわ。ほぉら、見なさい」


ピカタが手を振ると、水の球が急速に固まって氷になり、弾け飛んだ。

もう一度手を振ると、その指先から電気が走ってビリッと来た。


「おい、俺の方に流すなよっ」

「あははは、ごめんごめん。で、どう? 凄いでしょ!」


ああ、正直すごい。ちんちくりんなせいで、見た目からは年齢が良く分からないが。高等学院に通っているということは、そこまで歳は食っていないはずだ。

その歳で、難しい複合魔法を使えるとは、自分で言っているように優秀で、将来有望な学生なんだろうな。

というか、もしかしてもう転職しているのかな?


「ピカタはそれだけ魔法が使えるとなると、もう『魔法使い』ではないのか?」

「ノンノン、まだ『魔法使い』は続けてるわ。あたしは総合職の『魔術師』とかになろうと思ってるからね。何でもできる方が良いの」

「ほう」


『火魔法使い』とか、『雷魔法使い』といった特化型のジョブは、その特性となる魔法を強化してくれる代わりに、魔法の幅は狭くなる。

『魔法使い』は、それぞれの威力はそこまで高くならないが、様々な魔法を覚えることができる。

それに、『魔導士』だったり、『空間魔法使い』といった特殊な魔法系ジョブにつながることもある。


「それにしても複合魔法あたりから、一気に難しくなるな……。魔力の制御も必要だが、化学的な知識もあった方が良いし、その上で自分なりの発想力も問われる。魔法ってのは奥が深すぎるな」

「そうね。でも、だから面白いんだわ」


それはそうかもしれない。

ベースは4種類の基礎魔法なのだが、そこから自分なりの発想と努力であらゆる可能性を秘めている。そういうやり込みゲーは昔から嫌いではなかったからなぁ。

案外、元の世界でも理系にでも進めば真人間に、というか研究人間として暮らしていけていたのかもしれない。


「さて、今日は残りの時間で魔法学の歴史をざっと振り返ってみようか。偉大な先人の足跡を知ることも、発想力を磨く上で重要な要素よっ」

「げっ、座学かぁ。まあ、確かに知っておくべきか」


大人しく講義を受けて、メモを取っていたのだが、ちょっと思っていたのとは違った。


「なあ、出所不明とか、おそらくとかいう所が多くないか?」

「まぁね、魔法学の歴史は長~いから、仕方ないんだけど」


いや、長いから、だけではないな。

地球でも、紀元前のころに提唱された学問が現在でも重宝されている、なんてことはザラにあるが、ここまであいまいではなかった。

おそらく、「古代帝国」という存在がネックになっている。

古代帝国時代にこう言われていた、という情報が、中途半端に残っているうえに、それを超えることができていないのだ。逆に言えば、帝国ってどれだけ凄かったのかという話だ。

……そういえば、白髪のガキがこの世界の魔物はおかしいみたいなことを言っていたっけ。帝国が崩壊したきっかけもその辺に絡んでいるとか……。うーん、ありそうな設定だが、考えても分かりそうにはないな。


古代帝国に想いを馳せるは止めて、ピカタ先生から知識を吸収する。今すべきことは、それだ。



************************************



今日は、魔法使いギルドの演習用の施設を借りて、実技演習としゃれ込む。

ピカタは厳しい顔をして両手を組み、こちらを見ている。サーシャは入り口で緊急用の水を用意して待機している。

俺はギュンギュンと水の球を身体の周囲を高速回転させながら、火の球を作り上げて撃ち上げた。


「うんうん、なかなかサマになってきたじゃないの」


ピカタ先生のお褒めの言葉も頂いて、頬が緩む。


「それで、今日は攻撃用の魔術を教えればいいんだよね」

「まあ、攻撃だけじゃなくて、実戦で使えそうなものを何でも教えて欲しいね」

「実技演習用の教本を持って来たわ。気になるものがあったら、実際に見せてあげる。どう?」


ピカタから教本を受け取り、パラパラとめくる。

絵で魔法の概要が描かれ、そこに名前と説明が添えられている。それぞれの名前には手書きのチェックが入っており、ピカタが再現に成功したという印なのだろう。


「火魔法はやっぱり攻撃魔法が多いな」

「そうね。とりあえずこれを使えるになっておけばいいんじゃない? ファイアボール」


創り出した火の球を、塗り重ねるように大きくしながら、土でできた的に向かって放り投げた。

ジュ、という音がして土が焦げる匂いがする。


「人や、小型の魔物ならこれで十分ひるむんじゃない?」

「たしかにな。こっちのファイアアローってやつとは何が違う?」

「それはね……」


ピカタは今度も火の球を創り出すと、さっきよりも力を籠めるようにして勢いよく投げた。

火の球は圧し潰されるように細長く変形しながら、的に向かって一直線に進む。当たった瞬間、小さく爆発音がして標的になった土の表面が抉れている。


「こういう風に、火をぶつけるだけじゃなくて、破壊力を足すのよ。細長くして投げるところが矢っぽいから、ファイアアローなんだって」

「へぇ……」


やっぱり火魔法はそういう用途で使うしかないよな。

ただ、俺が魔法に求めているのは、今のところ防御なんかで利用できないかということだ。


「相手の攻撃を防ぐ魔法なんかはないかな?」


パラパラ教本を捲ってみるが、それらしい記述はない。これも異端な発想なんだろうか。


「ああ、そういうのは後ろの方のページよ。ウォール系と呼ばれているわ」

「ウォール系、なるほど」


呼び名からして何となくイメージは出来るが。


「やってみようか? ……ウォール!」


演習場にある砂が巻き上がり、ピカタの手に巻き付くようにして旋回し、やがて形を変えて土壁となった。


「おおっ!」

「何気に大変なのよこれ……扱う質量も大きいし」

「しかし確かに、これが使えれば盾の代わりに……って、盾を持ってた方が早いか?」


ピカタも苦笑しながら首肯する。


「基本的にはね。でも、離れた味方を守るとか、人によっては足場にして乗って回避するとか、色々使えるところがミソなのよ」

「なるほど」

「優秀な土魔法使いになると、即座に出せるようになるから、強度さえあれば第三の手に盾を持っているようなものとも言われているわ」

「たしかに、両手を使わずに盾を扱えるのは大きいか」


まあ、魔法使いのステータス補正は魔法と魔防偏重なので、普通は味方の前衛を支援するような使い方が基本なのだろう。

だが、俺の場合、魔法使い系と前衛系ジョブを併用できるから、ゴリゴリ攻め込みながら魔法で防御をカバー、といった荒業が使える。

……あれ? 危ない戦い方を改めるために魔法を習い始めたはずだったんだけどな。気付くと発想が脳筋気味になっている。


「他に、防御とか、補助とかで使えそうな技はないかな?」

「防御に、補助、ねぇ……バシャバシャはどうかなっ?」

「バシャバシャ?」

「正式名称、なんだったかな……ゲットスタックマッド? そんな感じの名前だと思ったけど」


俺に植え付けられた言語知識だと微妙に分からない古代帝国語が出た。なんだろう、断片的には分かる気がするんだが。泥かな?


「地面を通じて水分を操作して、足元をバシャバシャにする魔法よ。補助という意味では、まさに使えそうじゃない?」

「ああ、なるほど、“ぬかるみにはまる”か。地味だな」


とりあえず見せてもらい、大体想像通りの効果だった。足元がバシャバシャになって動きが難しくなる、それだけだ。

しかしやっていることが意外に高度だ。土を通して水分を操作するということは、土魔法を通して、水魔法による水分制御を行う……しかも程度や場所をよく考えて使わないと意味がなかったり、むしろ味方の邪魔になるだけで終わる恐れすらある。何気に高度だ。

訓練としても面白いし、この魔法も練習していこうかな。


「とりあえずはファイアボールにウォール、それから今の……なんだっけ、バシャバシャ辺りを練習していこうかな」

「やっぱり覚えにくいわね、ゲットスタックマッド。あんまり手を広げすぎても効率が悪いから、それが良いんじゃないかしら」

「そうだな」

「その教本はあげる。あたしはもう完璧にマスターしたからねっ!」

「おお、マジか。ありがたい。それじゃ悪いから、銀貨1枚払うよ」

「そう? そう言うなら貰っとくけど。代わりにサインでもして差し上げようかしら?」

「おお、頼む頼む」


軽い冗談に全力で乗っかってみたが、サインはまだ考えていないということで、また今度ということになった。

まだ、ということはいつか作るんだな。何になるつもりなんだろう、コイツって。

余った時間で久々に筋トレなぞやりながら、この日も夜を迎えた。


そろそろ金も乏しくなってきたし、魔法の修行も一区切りしそうだ。まだまだ学びたいことはあったけど、な。南方面について情報収集を急がないと。


サーシャにも少しずつこの世界の常識なんかを習っている。

寝る前に、今日も少し訊いておくとする。


「サーシャ、ちょっといいか」

「はい」


最近サーシャは、少し長くなってきた髪を後ろでまとめている。寝るときにほどいて髪を下ろすのを見ているのもちょっと眼福だ。


「座ってくれ。まだ寝るまで時間もあるし、色々訊きたいと思ってな」

「はい」


ベッドに俺が座り、向かいの椅子にサーシャが姿勢よく座る。

何から訊こうかね。


「とりあえず、サーシャの知っている範囲で、この国のことをもう一度聞いて良いか」

「この国のことですか? ええと、キュレス王国の?」

「そうだ」

「そうですねぇ……ずいぶん昔に古代帝国が滅んだ後、その地方貴族であったキュレス家の方が建国した王国です。それ以上のことはあまり詳しくありませんが……この大陸でも随一の国力を誇ると聞きました」

「誰に?」

「誰でしょう、親か周りの大人にでも聞いたのでしょうか。常識のようなものです。しかし、他の国に行ったことがないので本当のところは分かりませんね」

「なるほど」


ここキュレス王国、北のエメルト王国、南のズレシオン連合王国が三大王国と呼ばれているらしい。外交関係について尋ねると、ズレシオンとは仲が悪いらしいとのことであった。このへんはサーシャが入る以前に酒場で軽く情報収集したこともあり、一致するので間違いないだろう。

どうやらズレシオン連合王国というのは比較的若い国で、その成立においてキュレス王家が色々と妨害したせいで、わだかまりがあるようだ。

キュレス王国寄りの情報が流れているはずのスラーゲーの酒場でその評価なのだから、実際そのようなことがあったのだろう。


「それで、王家の下に貴族がいて、土地を支配しているという感じだよな?」

「そうですね……それに近いのだと思います。実際には貴族の権限も色々あるようで、難しいのですが」

「人口とかは分かるか?」

「人口ですか。王国全体のですか?」

「まあ、そうだな」

「すごく多い、ということしか分かりませんね。貴族の方でしたら気にするのかもしれませんが、一般庶民にはあまり馴染みがありませんし」

「ふぅむ、そうか」


魔物の存在が土地利用を阻害しているのだから、人口は少ないような気もするが、これまで通ってきた街はどれもそこそこ人が集まっていたし、逼迫した感じはなかった。とりあえず人類の存亡の危機って感じでは、なさそうだ。


「まあ、国のことはこの辺でいいか。次に確認しておきたいのが、奴隷制度だな。色々勉強もしているが、俺が単身突っ込んだときにサーシャが怒っていたろう?」

「ええ、まあ、はい」


サーシャはやや気まずげに目線を揺らした。


「気にしないで良い。ただ、実際今俺が死んだら、サーシャがどうなるのかは気になってな」

「そうですね……路頭に迷います」

「いや、もうちょっと具体的に」


苦笑しながらそう言うと、冗談半分であったのか小さくクスっと笑う。


「色々あるんです。まず、今現在ご主人様が急病で亡くなられたと仮定しますと、私は無主奴隷となります。前主の相続人がいれば渡されますが、ご主人様の場合遠くの出ということで……」

「いないだろうな」

「そうなると、無主奴隷となって後ろ盾がない状態ですから、スラムなどで隠れ住むか、どこかの店を頼って入れてもらうことになります。国や領主が保護してくれることもあります」

「国が保護してくれるのなら、路頭に迷わないんじゃないのか?」

「いえ、そうでもありません。まず取り調べを受けて、無主となった経緯が問題ないとなれば国にそのまま買われるか、御用商人に格安で下げ渡されます。端的に言えば扱いが悪いのです」

「ほう」

「それに保護してくれる確証もありません。それならば、最寄りの奴隷商館を訪ねて自分を売り込んだ方が良いと教わりました。ただ、奴隷商は特許であり、国に目を付けられるとすぐに営業できなくなるそうです。そして無主奴隷の扱いは間違えると大変なことになるので、後ろ向きの場合が多いそうです」

「なるほど……扱いが悪くないのであれば、主に生きて貰っていた方がずっといいわけだな」

「基本的にはそうです」

「基本的には、ね。それで、隷属契約で主を害せないとか、命令を聞かないと不快という効果があると聞いたが。実際どうなんだ?」

「少し試してみましょうか」


サーシャの提案で、簡単な命令をしてみる。右手を上げろとか、窓の外を見てはいけないとかそういった単純なものだ。そして意図的にサーシャがそれを破る。


「……どうだ?」

「頭の奥がむかむかしますね」

「それだけか」

「ええ、まあ。これがずっと続くと大変ですが、一時的に破ることは可能でしょう」

「商館で過信してはいけないと言われたが、その通りだな」

「そうだと思います。これは流石に試したくありませんが、主人に殺意を持って行動したときなどは激痛が走るそうです」

「軽く叩くくらいなら、試してみるか?」

「……いえ、やめておきましょう」

「そうか」


苦痛を伴うのはサーシャだから、嫌だというのならやらないでおこう。


「これらの効果は、ステータスの隷属契約から来ています。契約内容によっては色々と行動を縛ることもできますが、私は特別なことは何もありませんでしたから、何かが出来ないということはないと思います」

「ふぅん、なるほどね」


今度奴隷を買うときは、色々奴隷商に訊いてみて、オプションみたいなものを付けてもいいのかもしれない。別にサーシャが反抗的で困っているといったこともないから、そこまで必要性を感じているわけではないのだけれど。


「奴隷のことは商館で学びましたから、またお教えしますね」

「ああ。そうだ、他にも気になっていることがあったんだが」

「何でしょう?」

「レベルの話だ。前、戦闘系ジョブだとレベルが上がりやすいとか、そういったことを聞いた気がするが……普通、どれくらいのレベルがあるもんなんだ?」

「戦闘職の方のレベルということでしたら、私は詳しくないのですが」

「とりあえず、戦闘職に限らず一般的なことを教えてくれ」

「そうですね……」


しばしサーシャが記憶を掘り返す間が空く。


「はっきりとしませんが、両親はレベル30前後はあったと思います。派生ジョブや上級ジョブのこともありますから、一概に言うのは難しいです」

「普通はレベルのことは周りに言わないもん?」

「はい、言うことはあまりないですね。家族にも言わないという人もいます」

「そうなんだ」


まあ、自分の能力の1面が客観的に表れてしまっている、究極のプライバシーではあるもんな。


「普通は上級ジョブなどに転職してなければ、レベル30くらいはあるってことかな?」

「うーん……どうでしょう……。はっきりと言えるのは、レベル100を超えた人がいて騒がれていたことがあったので、レベルは100よりも高くなるということでしょうか」

「ほう! レベル100を超えた人がいたのか」

「はい。ただ、そのことは国中で騒がれたくらいなので、ほとんどいないでしょう。普通、レベル50か60もあれば立派、80もあったら超一流という扱いだと思います。ジョブによって違いますし、上級ジョブならレベル20でもすごいというものもあるそうですが……」


レベルいくつくらいが普通、という風に単純化はできないということかな。

とりあえずレベル100以上はあるが伝説クラスなのと、レベル50~60で高い、80で超高いという認識ということが分かった。あくまでサーシャのだが。


まだまだ先は長そうだ。

話しているうちに眠気が出てきて、少し横になるうちにそのまま眠りに就いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る