第32話 魔法
『肉のフクロウ亭』は庶民的な雰囲気の中華屋のような店だった。
待ち合わせであることを店員に説明し、席に着いて見回してみると、なるほど肉料理がそれぞれのテーブルに所狭しと並べられていく。中華屋のようだというのは、大皿でこれでもかと料理を並べ、そこから摘まんでいくスタイルからだ。
料理の内容も、鳥の丸焼きのような料理や、細切れにして炒めた肉にとろみのついた野菜の餡をかけているものなど、どことなく中華っぽく感じる。
「美味そうだな」
「ええ、ええ!」
サーシャが前のめりでメニューを吟味している。
まあ、大皿スタイルなら適当に頼んで先に食べていても怒られないかな?
「やあやあ、お待たせしたかな?」
そこに、雰囲気イケメンであり性格イケメンでもあるエリオットが、奴隷達をゾロゾロと連れて登場した。見たことのない女性も居るな?
「いや、それほどでもない。そちらの女性は?」
エリオットは初対面の女性の肩を抱き、こちらにずいと突き出した。
「初めましてだね、彼女はズルヤー」
無言で頭を下げるズルヤーは、エリオットよりもやや低いくらいの身長に、豊満な胸部装甲を備え、頭からはキツネのような獣耳が生えている。
だが、それらを差し置くほどの一番の特徴は、緑がかった肌の色だろうか。
顔はキリリとした高貴そうな細面で、真っ赤なドレスを着ている。庶民的なこの店ではちょい浮いている。
「俺はヨーヨー、エリオットの知り合い……後輩?のような関係だ」
「お聞きしておりますわ、ヨーヨー様」
「お、おう」
本当に誰なんだろう。まさかエリオットの実家関係か? あるいは許嫁とか。
「彼女は、ここで僕の持ち家を任せている奴隷頭さ。最初に買った奴隷でもある」
「ほう、奴隷なのか」
思わずズルヤーの全身を見渡してしまうが、奴隷っぽさが全く感じられない。
「彼女は勉強熱心でね、僕が高貴な方との会食をするときの相手役として、色々学んでくれているのさ」
「なるほど」
となると、別に貴族が没落して奴隷になったとかではなく、貴族の相手もできるように頑張っているということか。頭が下がるな。
「さて、とりあえず料理を頼もうか。もう何か頼んだかい?」
「いや、まだだ」
俺たちの会話を気にも留めず、メニューを広げているマリーと、きちんと姿勢を正して出迎えの態勢を取ったものの、涎を流さんばかりにはらぺこオーラを噴出するサーシャにメニュー選びを任せ、飲み物は果実酒を頼んだ。
「君はこれから南に行くのだったね?」
「聖地か。調べてみて、面白そうなら行く予定だが」
「あそこは僕も聞いたことはあるけどねぇ。稼ぎもあるが、危険も大きいらしいよ」
「まあ、な」
魔物狩りの聖地。想像するに、危険な魔物が数多くいるのだろう。それこそ、各地から魔物狩りが集まってきても狩り尽くせないほどに。
「なんでも、領地全体を壁で囲っているそうだ。それでも足りず、周囲にはいくつもの砦があるのだとか」
「領地全体を? すごいな」
今まで見た外壁は、主に都市や宿泊地を囲んでいたり、農地を囲んでいたりと、限られた土地を守るために作られたものだった。
領地全体を問答無用で囲んでしまうなど、相当なことだ。
「壁と言っても、所々で柵だけになっていたり、魔物に壊されているところもあるのはご愛敬だけどね」
「まあ、そうだろうな」
「壁の中には、魔物狩りのための拠点も点在しているらしい。『中』の最大都市であるタラレスキンドにいたという魔物狩りから、自慢されたことがあったなぁ」
「タラレスキンド、ね」
「かなり危険なところらしくってね。タラレスキンドで有名になるっていうのは、それなりに名誉なことらしいよ」
「なんでエリオットは行かなかったんだ?」
「うーん、僕は北の方を中心に活動してきたというのがある。それに、聖地の話を聞いたころには、それなりの生活もできていた。危険を冒して成り上がろうとは思わなかったなぁ」
「なるほどな」
魔物狩りを生業とする者にとって、アメリカンドリーム的な意味で聖地なのだろう。当然、そういったところには光があれば闇もある。無理に向かう必要もなかったというところか。
「まあ、どちらにせよ情報を集めてからだな。それまではここに居ることになるが、魔物が少なくて困るな」
「ああ」
エリオットは運ばれてきた肉団子に手を付けながら、さもありなんと頷いた。
「この辺は沸き点もないし、流れて来た魔物も徹底的に狩られているからね。やるなら、東だね」
「……海か?」
「そう、海の沸き点は管理なんてできないからね。海沿いには、常に海から流れて来た魔物が集まる」
「しかし、海はなぁ。それ相応の装備も必要だろうし」
「だろうね。海は海専門の傭兵がいるから。片手間に手を出せるもんじゃないね」
マリーとサーシャはどれだけ頼んだのか、次々と大皿が運ばれてくる。
「あら、この大海老など、海の魔物を調理したものですわ」
とズルヤーが口を挟む。
「ほう?」
地球でちょっと見たことがないレベルの巨大な海老の甘辛煮のようなものがあったのだが、これは魔物素材らしい。
味は……うむ、ぷりぷりしていてほんのりと甘みがある。高級な海老だな。
「ここは良い街ですねぇ……!」
サーシャが海老を噛み締めてトリップしている。
「まあ、海の幸もあるし、海運もやっているなら、世界中から色んな料理が入ってきそうだからな。食うものは豊富にありそうだ」
「当然ですわ。王都はもちろん、こちらに別邸を建てて家族を住まわせている貴族方もたくさんおりますもの」
「ははは、ズルヤーは事情通だな」
エリオットが惚気る。いやでも本当に、貴族方の情報とかどこから掴んでるんですかねぇ。
「私は奴隷の立場ですけれど、懇意にしてくださる貴族のお嬢様方もおりますもの」
「すごいな」
女性としてはちょっと苦手なタイプだが、こういう人がいれば付き合いが楽になるな。
エリオットは最初の奴隷がズルヤーだったというから、運が良い。
「ズルヤーはずっと、キュレス港にいるのか?」
「基本的にはそうだねぇ。昔は彼女も連れ回していたんだけど、家を持ってからは管理する者が必要だからね」
「ええ、私は戦いなどは苦手でしたが、家の管理などは好きなんです。それを知ったエリオット様が、ここの一等地に家を買って下さったのですよ」
ズルヤーが頬を染めて話す。
「ただ、そのせいでエリオット様と会う時間があまり……」
「うん、何というかお腹いっぱいだわ」
エリオットって多分、奴隷パーティを編成しなくてもモテていただろうな。その辺が俺とは少し違う。
「ここは量が多いからねぇ」
「そういう話じゃねぇよ!」
「ははは」
軽快にウィンクするエリオットを傍目に、チャーハン的な何かをかきこむ。
なんだこれ。うまっ! ホロホロとした米と、絶妙な塩気、口の中でほどける肉。
「美味しい! これ何のお肉ですか!?」
サーシャがマリーやトリシエラと盛り上がっている。
良い夜だな。
「じゃあ、またいつか会えることを期待しているよ」
「ああ、色々と世話になった。また戻ってきたら、傭兵ギルドにでも伝言を……いや、家の場所を教えてもらえるか?」
「そういえば言ってなかったっけ。いいよ、教えよう」
手持ちの紙に、簡単な地図を書いてもらった。
「戻ってきたらそっちに挨拶に行くわ。またパーティが組めたら嬉しいね」
「そう言ってもらえると光栄だよ、ヨーヨー君」
「そうかい」
「ああ、くれぐれも命を大事にするんだよ、サーシャ君のためにも」
エリオットは最後に真剣な表情でそう言った。後ろでは、ちょっとだけ仲良くなれたマリーが手を振っていた。
手を振り返してその背を見送る。
気付けば、サーシャがギュッと袖を掴んでいた。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。こういう時、泣くのは女子と相場が決まっているな……。
「ほら、宿に戻ろう、サーシャ」
「はい。すみません、ご主人様」
「いや、気にするな」
この世界で、初めて友人と言える人達との別れだったのだ。寂しいのは俺も同じだ。
それでも彼等と袂を分かって進むと決めたのは、俺なのだ。早く強くなって、受けた恩を少しでも返したいものだと、素直に思えた。
その夜は、どこか疲れた様子のサーシャに手を出すことはせず、ただギュッと抱いて眠った。
************************************
「あんたが魔法について教えて欲しいってゆー初心者?」
魔法使いギルドに向かうと、ちょうど良かったということで個室に通されたのだが、そこに遅れて登場したのがコイツ。ちんちくりんの女魔法使いである。こいつも小人族なんだろうか?
髪は金髪をサイドテールにして、それ以外はボブカットくらいの長さに揃えている。顔は生意気そうだが整っており、幼馴染としてアニメに出てきそうだな、なんて感想を持った。
服装は魔法使いらしくローブを羽織っているが、顔は完全に出している。
「何?」
「いや、あの受付嬢の紹介ということは、あんたもトゥトゥック族なのか?」
「失礼な!」
机をバンバンと叩いて、ちんちくりんは怒ってしまった。
「あたしはれっきとした人間族だよ! 色々と小さくて悪かったねぇ!」
「ああ、すまん。落ち着け」
「あんたが怒らせたんでしょーが、初心者のくせして!」
うーん、面倒くさい。今からキャンセルって構わないかな?
「言っておくけど、今更キャンセルなんて効かないからね」
「そ、そんなことは考えていない」
「へぇ。そーぉ?」
ジト目でこちらを見上げる……いや睨んでいるらしいちんちくりん。
「それで、ちんちく……いや、貴女の名前は?」
「そっちから名乗れっ!」
「ヨーヨーだ。傭兵をしている。『魔法使い』に転職したばっかりのピチピチの『魔法使い』だ」
「どこがピチピチよっ!」
まだ怒りが収まらないご様子。やれやれだぜ。
「あたしはピカタ! 中央区の高等学院に通っている才女よ」
「自分で言う……まあ、よろしく、ピカタ。魔法を教えてくれるんだよな?」
「そうねっ。それで、初級魔法でも教えればいいわけ? 何がしたいの?」
「うーん、そだな、まず魔法使い系のジョブについてざっと知っておきたいんだが」
「ええっ、そこから!? あたしが来る意味あったの?」
「いや、俺は特に指定とかしてないし。別の人に変えてもい……」
「まあいいでしょ! まずは前払いで銀貨3枚を払いなさい」
手を差し出してきたので、銀貨を渡す。たぶん、学生のアルバイト感覚なんだろうな。
「ふふんっ、これで今月はだいぶ楽になるわ。さて、魔法使い系のジョブについて話せばいいのよね」
「ああ」
ピカタは指を顎に当てて、重い出すようにしながら案外と丁寧に、順を追って説明してくれる。結構分かりやすい。
まず『魔法使い』ジョブが全ての基本となるジョブ。ここを経由しないとその他のジョブには至らない。
たとえば、『魔法使い』と『剣士』のジョブレベルを上げていれば、『魔剣士』のジョブを得られる。
このように、戦闘系をはじめとして、他の系統のジョブと合わせて派生ジョブに至ることがある。
パッチの『癒術士』も、『魔法使い』と医療系のジョブから派生したジョブである。
ちなみにトリシエラの『性術士』と『魔法使い』からは、『性魔術士』が派生する。噂では、男の夢を叶えるようなあんな魔法やこんな魔法が使えるとか。
それから、『魔法使い』のレベルを上げて魔法技術を練習していけば、特殊な魔法使いジョブを得ることができる。
そもそも初期の『魔法使い』は、基礎魔法と呼ばれる4属性、火・水・土・風の魔法のみ使用できる。
そこから火の魔法を専門的に修めていけば、『火魔法使い』などの特化型のジョブを獲得できることがある。
ここで、4つの基礎魔法を工夫して、氷魔法や雷魔法などを開発することもできる。
そうすると、それに特化した『雷魔法使い』などのジョブが派生する。
また、何がトリガーになるかは不明だが、今まで使えなかった特殊な魔法が使えるようになるジョブを獲得することがある。
サーシャに伝説的なジョブと説明された『空間魔法使い』なんかも、これに当たる。
もうちょっとポピュラーなジョブとしては、『光魔法使い』や『闇魔法使い』などが知られているようだ。『肉体強化術士』なんてのも得られることがあるとか。
「他に、『魔法使い』ジョブの正当上位職と言われる、『魔導士』といったジョブもあるわ。もちろん、転職したらレベル1からスタートするから、得られても転職するかどうかは良く考えてからにするべきだけれど」
「なるほど、かなり分かりやすかったよ。助かる」
「え、ええ……当然でしょっ。エリート魔術師の私が説明したんだから」
なんか一回りして可愛いなコイツ。こういうのがツンデレになるのかな? 現実で相手にするの面倒くさそうだけど。
「まだ時間はあるな。魔法について相談したいんだが」
「それこそ本題よね。それで、今魔法は使えるの?」
「チョロっと、かな。見ててくれ」
俺は水魔法を発動し、水分を集めるイメージでコップ半杯分くらいの水を出した。
「水魔法ね。ちょっと不思議な挙動をしたけど、レベル1にしては上々じゃない?」
「魔法の強さっていうのは、レベルと関係するのか?」
「そりゃそうでしょう、魔法のステータス補正が上がれば威力も上がるんだから」
「ああ、そりゃそうか」
「後は、魔法ってのはイメージ力と正しい知識が必要になってくるからね。自己流で、初めてやったにしては上出来だって言ってんの」
「ってことは、練習すれば、レベル1でも攻撃に使えるくらいの魔法を使えるかね?」
「攻撃……は分かんないけど、まあ人に向けると危ないくらいの威力は出せるんじゃない?」
「おおっ」
出せるのか。そして、やはり足りないのはこの世界の魔法についての知識、なのかな?
「水魔法の練習をするなら、まずは水を汲んできてそれを動かす方がいいわね」
「そうなのか?」
「ええ。いい、魔法ってのは、物質に介入するのが基本なの。何もないところから水や火を出すのはちょっと敷居が高いわ。まずは魔力で物を動かす感覚を掴むことね」
「ほほーう」
早速サーシャに命じてコップいっぱいに水を入れて来てもらった。
そこに葉っぱを乗せて念じると、水が増え……はしなかった。
俺は特質系なのかもしれない。
「何してんの?」
「いや、ちょっとやってみたかっただけだ」
しかし、葉っぱを浮かべて水流でそれを揺らすというのは初歩の訓練としては合理的だと褒められ、ちょっと恥ずかしくなった。
たしかに水魔法を発動しながら水に手をかざすと、魔道具を扱うときのように魔力が水を伝っていくのが感じられた。
それを、魔銃の魔力を練るときのようにぐにぐにと動かそうとしてみれば、水流が生まれて葉が揺れる。うむ、上手くいった。
「な、なかなかセンスがあるわね……。あんた本当に転職したて?」
「ああ、ただ魔道具を使ってたから、魔力を練るのは楽だな」
「魔道具ね……それで『魔法使い』のジョブが生えたのかしら」
ピカタが鋭いことを言う。たぶん、『魔法使い』のジョブを獲得した切っ掛けはそれだ。
「普通はそうやって獲得するんじゃないのか?」
「似ているけど、違うわね。魔力を操る練習ができるそれ用の魔道具があって、それで練習するうちに獲得するというのが普通かな」
「ジョブ獲得用の魔道具があるってことか」
「そう。でも高いから、庶民になかなか魔法使いが生まれないのよね」
「なるほど……」
それでも魔法使いがそこそこいるのは、魔法使いにさえなれば様々な職業で優遇されるため、高い金を出して子供に『魔法使い』のジョブを獲得させようと無理をする親が一定程度いるかららしい。
まあ、確かに生産するにも、商売するにも、魔法があれば何かと重宝するだろう。水を出せるだけで旅がグッと楽になるように。
その後、水がコップを飛び出すくらいまで水魔法を練習してから、他の魔法の練習についてもアドバイスを貰った。
無から生み出すような魔法は、空気から水を集めてくるのではなく、魔力が水に転化するようなイメージの方が楽だという有難い話も聞いた。
魔力が転化するか……確かにそのイメージは意外となかったかもしれない。そのへんは、化学的な知識が邪魔をしたともいえる。
ただ、上位の魔法を修めようと思ったら、蒸発といった化学的知識があることが必要となってくるから、無駄ではないとも言われた。
むしろ、傭兵をやっていた学のない男が、そのへんの原理を多少なり理解していることを大いに驚かれた。
「あんた本当に、何者? 実はいいとこの出なの?」
「いやいや、興味があって詳しい人に訊いたりしただけだ。ちゃんと勉強したわけじゃないから、曖昧なところが多い」
そう、と頷いていたが、意外と学のある男と分かってか、少しだけ俺に対する態度が軟化した気がする。
「魔法に憧れた馬鹿な傭兵の男というイメージがあったけど、ちゃんと学習意欲のある人は好きよ」
こちらを見て歯を見せて笑うので、ちょっとドキッとした。まあ、身体的に色んなとこがちんちくりんなので恋には落ちないが。
今週と来週で、時間の合う日を打ち合わせて、あと何回か授業を受けることにしてその日は講義終了となった。
魔法も何とか使い物になりそうなのは大きい。
『魔法使い』のレベルが上がるまでは、牽制程度にしか使えないかもしれないが、遠距離での攻撃手段はいくつあってもいい。
あるいは攻撃は魔銃で補えるとして、防御用を主として魔法を運用するのもアリか。
うん、こうやってスキルの使い道をあれこれ考えるのは楽しいな。はりきってレベル上げをするとしよう。
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