第26話 岩犬

最後に運ばれてきた蒸し鶏とパンを口に運ぶ。

アアウィンダによれば、西に行けば冒険者ギルドがあるのだという。ちょっと興味が出て来たな。まあ、現在東に向かっているわけではあるが。

先ほどとは打って変わって、これが美味しいあれが美味しいと女子トークを始めたお嬢様とトリシエラ、サーシャ達を眺めながらステータスを確認しておく。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(13↑)剣士(5)魔銃士(5)

MP 17/21

・補正

攻撃 F-

防御 G

俊敏 F

持久 G+

魔法 F-

魔防 G

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限

斬撃微強

魔撃微強

・補足情報

隷属者:サーシャ

***************************


鳥に襲撃されたあたりから、3つ目のジョブは『魔銃士』にしている。騎乗しながらだと、盾は使いにくいしな。

護衛任務はここからが本番だ。東に行けば沸き点の近くを通ることにもなる。

その際に俺の果たすべき役割としては、騎乗戦闘ではなく馬を降りての防衛戦になった場合の肉壁だろう。

そういう意味では『魔銃士』と『盾士』を上手く使い分けながら乗り切りたい。


黙々と食事を片付けていると、テーブルの遠い方にいたエリオットがやや声を荒げるのが聞こえた。


「こりゃ失礼しました」


軽薄そうな笑みを浮かべてチラチラと目線を寄越しているのは痩せた中年の男だ。


「すまないがもう時間がなくてね、失礼するよ」


エリオットが立ちあがってその視線を遮る。


「邪魔しちまったようで悪かったなぁ」


エリオットに遮られてその表情は見えないが、男は諦めて踵を返したようだ。何だ?

そのままエリオットに促されて一行が馬車に戻ると、奇妙に黙り込んでいた隊長が呟いた。


「どこかの手の者か?」

「その可能性はありますねぇ、明らかに探りを入れてきましたし」


エリオットは落ち着いた様子で返す。


「狙われていると?」

「何、神経質になりすぎることはないよ、ヨーヨー君。お駄賃をやっているのが誰かは分からないが、あの手の小遣い稼ぎは良くあることさ」

「小遣い稼ぎ・・」

「相手はあの町の有力者かもしれないし、商人かもしれないし、盗賊かもしれない。私達が物珍しい集団だったから探りを入れたのだろうさ」

「・・」


ただの空気の読めない酔っ払い、という線はないのだろうか? まあ、そうだったら杞憂になるだけか。


「では、交代でもう少し小休止してから発進するとしよう。少し予定より早めに出発しようと思うが、どうかな? コールウィング殿」

「異論はない」


俺も騎乗してきた馬の世話をして、準備を進める。隣で作業をしていたエリオットはいつも通り、特に緊迫した様子もない。


「ここからが本番だよ、ヨーヨー君」

「ああ」

「追手があるとは思わないが、以前の事件とは関係ない盗賊が出るかもしれないし、魔物もここから手強くなっていく」

「ああ。しかし、分かってはいたことだが、騎乗しながらの戦闘は慣れないな」

「騎乗戦闘は騎兵隊の面々に任せればいいんじゃないかな? かなりの手練れ揃いと見た」

「そうなのか」

「問題は足を止められた場合だねえ」

「やはりそうか」


周りのレベルが高くて大変だ。魔銃を全面解禁したとしても、足を引っ張らないでいられるかどうか。


「ちょっと自信を失くすなあ」

「焦らずにやることだよ。君も筋は悪くないのだから」

「そうなのか」


何気に、エリオットに戦闘面で褒められるのは珍しいような?

まあそれも、『干渉者』ジョブの初期ボーナスで全体的にステータス補正が高くなっているおかげかもしれないな。

明らかに地球にいたころよりも身体が軽い。


「さて時間だ。配置は変わらずで」

「了解」


鐙に足をかけ、一気に馬の背中に飛び乗る。これもここ数日ですっかり板に付いてきた。

ヘルメットは被らず、馬の鞍に取り付けている。索敵行動も任務のうちなので、視野を確保したいからだ。

それだけに、上空からの一撃がある鳥系の魔物の攻撃が怖いが・・。


「出るぞ!全員出立!」


隊長殿、コールウィングの叫びが響く。号令はエリオットが出していたりコールウィングが出していたりするが、命令系統は大丈夫なのかね?

徐々に動き出す馬車に合わせて、馬が速度を上げて横に並ぶ。このへんは、細かい指示をしなくても勝手に調整してくれる。

地球の馬と比べても、本当に頭のいい生物だ。


騎馬と馬車の列に道を譲るように、進路上にいた街の人が左右に分かれる。遠くからも視線を感じる。どうも注目されているようだな。

左胸の魔銃と、腰に差した剣の位置をもう一度確認する。


「開門しました!」


先行していた騎兵の1人が開門の手続きをしていたようだ。馬車とともに、特に手続きに足を止められるようなこともなく出立する。

風景はそう変わらないが、道幅がやや広くなった気がする。そして徐々に道の左右は木が茂り、森が深くなっているように感じる。

見通しが悪くなってくると、当然襲撃側が有利になる。より気が抜けない午後の旅になりそうだ。


しばらく馬を走らせていると、先行していた騎兵がコールウィングのところまで戻ってきて、何かを報告している。

相変わらずの厳しい表情で何かを2,3訊き返したコールウィングが、エリオットを呼ぶ。

そして馬車列は速度を落として、徐行しながら進むことになったようだ。


何かあったかな? いつでも抜ける様に、魔銃を手に掛けながら緊張していると、前方に人の集団が見えた。

だが、街道の左右に散らばってこちらに道を空けているように見える。


「何者かっ?」

「俺たちはこの辺の者だよ。お偉い方の行列を邪魔するつもりはねぇ、とっとと通ってくれ」

「そうか、助かる」


コールウィングとの問答は平和裏に終わった。ちょっと拍子抜けだ。

一応、緊張を解くことなく、こちら・・道の右側に寄った地元民を見ながらその脇を通る。

各々、槍や弓、あるいは斧といった得物を持っていて、一軍勢だ。

だが確かに、言われてみれば服も粗末で、雰囲気もどこにでもいるおじさん達といった感じだ。

この世界では魔物がウロウロしているだけに、地元で外出するにも武装が必要なのだろう。大変なことだと同情する。


「・・少し速度を上げるぞ」


コールウィングが指示を出してきた。エリオットも特に抗弁はないようなので、それに従って早足へと移行していく。

いや、それを通り越して疾走といったスピードになりつつある。どうした?


30分以上も走り続けてから、小休止ということなった。道脇の広場に馬達を並べて置く。

ちょっと過剰なスピードで、続けていたら馬が潰れかねない。何の思惑があったのだろうか。


「どうにか無事だったね」

「えっ」


エリオットが嘆息しながらそう言ったのでビックリする。危なかったのか?


「あれは盗賊の可能性が高い」


コールウィングが厳しい顔をしたまま馬を降りて来た。


「あれが?」

「そうだ。まさか気を抜いていたのではあるまいな」

「いえ」


ちょっとだけ気を抜いてました。


「あの探りもあの人たちの手の者かな? まったく油断ならないよ」

「盗賊なら、何故襲ってこなかった?」

「おそらく、我々が重武装の馬車列であるから尻ごみしたのであろうよ」


とコールウィング。エリオットもそれを首肯する。


「あれは地元の民が盗賊業を兼ねている感じもしたけどね。そういう集団は、利に敏い以上に危険を回避することに敏い。無理をしないんだよ」

「・・こっちの戦力を見て回避したってことか」

「確証はないけどね。最初は道を塞いで先遣の騎兵の邪魔をしていたそうだから、ただの狩人の集団ってこともないだろうさ」

「あいつらを捕まえなくてもいいのか?」

「うーん、ただの移動中だったらそれも考えるけどねぇ。今は護衛任務中だよ?」

「お嬢様の安全が第一だ。優先順位を間違えるなよ、傭兵」


コールウィングはそう言って部下の監督に戻ってしまった。

放置しておけば次に道を通る人は襲われるかもしれないわけだが・・まあ、仕方ないか。


「ま、次の街で門番に報告だけしておこう。それでどうにかなるとは思えないけどね」

「そうか」

「確証もないしね。まあ、仕方ない」


ちょっとモヤモヤもするが、これがこっちの世界の作法なのだろう。

まあ、今の戦力なら戦っても勝てる気がしていたが、俺もサーシャと二人なら戦闘を回避して逃げるに違いない。安全第一は当然の選択だ。

気を取り直して再出発、今度は俺のいる右側の森だけが薄くなり、木々の向こう側に平原の緑がチラチラと見える様になっている。左側は山らしく、それを避ける様に道はやや蛇行しながら東へと向かっている。

さっきの盗賊らしき集団もこちらの戦力を見て戦闘を回避したようだし、このまま平和な道のりかと思っていたとき、トリシエラが何かに気付いた。


「左の森の様子がおかしい! 警戒して!」


しかしその警告と前後して、森の中から黒い影がいくつも突っ込んできた。

四つ足で大型犬のような体躯、口元には子供のころ「絶滅した動物」の図鑑で見たことがあるような、異様に長い牙。あれはなんて絶滅動物だったっけ?


「牙犬だ!」


誰かが叫ぶ。犬が飛び出て来たのは左側の森。右側を護る俺は警戒をしながらも見ているしかなかった。

瞬時、馬車を曳いていた大型の馬が何かに躓くように身体を大きくバウンドさせ、何とか持ち直したようだ。しかし、そのせいでスピードは大きく落ち、走って逃げる選択肢は失われてしまった。


「岩犬もいるぞ! 止まって迎撃しろ!」


岩犬?

聞きなれない単語を耳にしながら、馬を停止させて飛び降りる。手早くヘルメット被って剣を抜き、盾を構える。一度突撃を躱された牙犬が方向転換をして、再度こちらに襲って来る。

腰をグッと落として盾を引き付け、左半身を護る。右腕は力を入れすぎずに、水平に倒して迎撃を意識する。頭はヘルメットが護ってくれると信じてヘルメットのメッシュ越しに相手の動きを見る。

今回の依頼前に、牙犬は遭遇する可能性が高いということで、戦い方を軽く調べてはいたのだ。

曰く、とにかく引き倒されないようにすること。一気に集られて詰む可能性がある。人間と比べて敏捷性が高いので、防御面を広くとって相手の攻撃を読み、カウンターを入れるのが常道、ということだ。


狙われるのは首筋などの急所、そして腕や足などの噛みつきやすい場所と聞いていた通り、牙犬は短い距離でグンと加速すると、こちらの右腕に向かって跳躍してきた。

辛うじて反応して剣を軌道に合わせるようにして突く。鈍い音がして犬の身体が跳ねる。牙に当たったらしい。

こちらが態勢を整える間に、牙犬も着地して素早く反転、回り込む動きを見せるが、後ろから飛んできた矢がその眉間を射抜く。


「ギャンッ!!」


後ろの弓持ち、トリシエラかサーシャのどちらかだろう。振り向いて確認している暇はない。

反対側、エリオットが護っている側から漏れて来た牙犬が何匹か俺を狙っている。


「陣を組むぞ、全員抜剣!!」


牙犬に遅れて、前方・後方からの騎馬隊が馬車の周囲に展開してくれる。

俺の左右にも、槍を持った隊員が並ぶ。正直有難い。


飛びかかって来た牙犬第二派も、防御重視のカウンターで跳ね返す。盾で弾いた一匹が目の前で態勢を崩したのが見えたので、咄嗟に剣を叩きこんで地面とサンドイッチする。


「キャゥン!」


哀愁を誘う声を残して牙犬が動きを止める。

その隙をついて足許に飛び込んできた牙犬がいたが、幸いにも防具を貫通はしていない。そのまま振り落として剣で叩く。


と、急に右足のふんばりが効かなくなり、剣を振った勢いを止めることができずに派手に転倒する。

目の前に口、というか牙が見えたので、噛み付かれる寸前にそのまま両手でその首を掴み、縊り殺す。あ、危なかった・・。

手放してしまった剣と盾を拾い、足元を見ると地面が抉れている。いや、へこんでいるという表現が正確だろうか。


「なんだ? こりゃあ・・」

「岩犬だ! 土魔法を使ってくるぞ」


左右どちらかに来ていた護衛隊が叫んだようだ。

岩犬というのは、牙犬の親玉だろうか。買取センターの資料にはなかったんだけどな・・。


「どう戦えばいい?」

「・・気を付けるしかない!」


参考にならない対処法を聞きながら盾を構え、剣でカウンターを入れていく。

気付くと、すぐ横を岩の塊が浮かんでいたので、剣で叩いてみる。

落ちなかったが、軌道を逸らせたようだ。

その先にいた右となりの護衛隊が「助かる!」と短く言った。


岩が飛んできた先を見ると、何匹かの牙犬がこちらの様子を窺い、その奥に異形な、顔全体が膨れたような大型の犬がこちらを見ていた。


「おい、お前が岩犬か?かかって来い」


無駄だろうが思わずそう話し掛けると、あちらもこちらを注視したまま微動だにしない。

横から牙犬が飛びかかってくるので叩き、すぐに目線を元に戻す。


「そうかい、お前は親衛隊に守られて高みの見物か?」


背後からは激しい戦闘音が響いてくる。主戦場がエリオット側なのは明白だ。

しかしあのいけ好かないボス犬を排除できないと、こちらから人手を回す余裕もないだろう。

どこからの戦線が飽和する前に、脅威を排除しないといけない。


馬車に近付く牙犬は左右の槍使いに任せて、駆け出す。

岩犬の周囲にいた、体格の良い牙犬たちが唸り声を上げ始め、臨戦態勢に入った。上等だ!


牙犬たちは大きな口を開け、牙を見せつけるように威嚇する。

今更そんなもんでビビるかよ!

駆けながら剣は肩に乗せ、盾を突き出す。

親衛隊犬たちが一斉に飛び掛かってくる。しかしその位置によって、微妙にタイムラグがある。1つずつ受け流すしかない。

最も近かった正面の犬は盾に任せ、最も右から飛び掛かって来た犬を剣の振り下ろしで迎撃する。直撃はしなかったが、姿勢を崩す。

左から来た犬は盾を回して受け、4番目、5番目に正面から来た犬は下ろした剣を振り上げることで迎撃する・・が、それは読まれていたのか、剣速が遅かったのか、容易にすり抜けて来る。

構わない。剣を手放し、こちらから体当たりをするように一匹を吹き飛ばす。もう一匹はそれでも左腕の関節を狙って噛みつかれる。防具のおかげか、興奮物質のおかげか、不思議と痛みはない。


噛み付いた牙犬を振り落としてそのまま岩犬へと駆けるが、正面に巨大な岩塊が浮かんでいる。岩犬が吠えながら頭を振ると、それがこちらへと投げ込まれた。

マズイ!!

開いた右腕はそのまま胸に。魔銃を掴んでありったけの魔力で発射する。そしてもう一発。


意識して操作している暇はなく、感覚で可能な最大級の威力を込めた。

甲高い音とともに光の塊が解き放たれる。衝突。岩塊はバラバラの破片となって四方に散らばったのが見えた。

岩犬はどうなったか?


岩塊が砕けた後、もうもうとした砂煙が薄まると岩犬が前のめりに倒れていた。


夢中で放った二射目、俺が撃ったのは婉曲して進む狙撃弾。半ばあてずっぽうで撃ったが、運良く岩犬の急所を射抜いてくれたようだ。

身体から何かがごっそりと持っていかれたような疲労感が襲ってくる。一気にMPを使いすぎたせいかと思う。


しかしまだ終わりではない。

背後から槍が突き入れられ、さきほど俺の手に噛みついていた牙犬の胴が貫かれる。有難い援護だ。

左手は・・動く。

再び盾を構え、魔銃を胸のホルダーにしまうと、剣を拾う。


こちら側に残っている牙犬はあと僅か。後は任せて、エリオットの援護に向かうか・・。



************************************



「神経も骨も無事のようですね。これなら、ここで治療可能でしょう」


癒術士のパッチは手を当てると、青白い光を発生させる。瞬く間に貫かれていた穴が塞がり、鋭い痛みもほぼなくなった。

戦闘後、緊張が解けるとしくしくと噛まれた部分が痛み出し、気を利かせたエリオット達によって真っ先に治療を受けることになったのだ。正直、有難い。惚れてしまいそうだ。


「消毒もしておきましたし、大丈夫だと思いますよ。ただし、完全に治ったわけではありませんから、今日はなるべく無理しないようにお願いします」

「・・護衛任務があるんだが」

「それは仕方ありませんが。格好つけて無茶しないように」


確かに、相手のボスっぽい岩犬に単身突っ込んだのはちょっと格好つけていたかもしれない。まあ、戦闘中は無我夢中という感じだったけども。

岩犬は、結局あの一匹だけだったらしい。

土魔法を使いこなすやっかいな魔物で、たまにああいったはぐれ個体が犬系の魔物を率いていたり、混ざっていたりするらしい。今回は、統率していたのか単に混じっていたのかは不明だ。


ただ、俺が見た親衛隊たちに守られている様子は、統率されていた可能性を示唆していると個人的には思う。まあ、倒せたのだったらどっちでもいいのだが。

最初に馬車の大型馬を躓かせたのも岩犬の土魔法で、地面をへこませる俺も食らった攻撃で足を取られたのだろうという話だった。

まあ、馬はなんとか踏みとどまって減速しただけなのに対し、俺は派手に転倒した訳であるが。


「ありがとう」


パッチに礼を言って次の人を呼ぶ。

他の人も、大けがを負った人はいなかったようだ。さすが。

エリオットはまた、『華戦士』のスキルでピカピカしながら無双していたようだ。


「しかし数が多かったな。運が悪かったか」


当然のように無傷だったようなので、再出発の準備が終わるまでエリオットと駄弁る。もちろん、周囲を警戒しながらではあるが。


「うーん、馬が多かったからかなぁ」

「騎兵が多いから、盗賊はビビッて襲ってこなかったんだろう?」

「相手が魔物だとまた話が違うよ。単純にエサになる馬が多いってことで、むしろ狙われたのかもしれない」

「ほーん・・」


同じ条件でも、人と魔物とで与える影響がまるで正反対となる。面白いものだ。


「そういえば戦闘中マリーを見なかったが・・」

「ああ、マリーはこっちで戦っていたよ。途中で遊撃として森の中まで警戒していたようだね」


マリーの乗馬は荷物運び用の駄馬だ。ある程度激しい戦闘になると、逃げ出したり固まったりしてしまうため、騎乗したまま戦闘するのは大変だ。

そこで、襲撃時に早々馬を降りて迎撃に向かったらしい。

牙犬たちは馬車の進行方向の左、エリオット達の側から襲ってきたから、そのままそちらで戦っていたわけだ。


無傷とはいかなかったようだが、マリーも軽傷だ。

何か所か爪で引っかかれたらしい。

今はパッチの臨時診療所の列に加わっているが、かなり軽傷なので後回しにされている。


「サーシャ君の援護も助かったよ。とても低レベルとは思えなかったね」

「そうか?」

「ああ、センスがあると思うよ。射撃の正確さはあるから、後は威力かなー」

「威力か。あんまりムキムキになるのも嫌だから、ステータス補正が上がってくれるのに期待するか」


エリオットもムキムキは好みでないのか、笑って同意する。

あれ、でもマリー姉さんは割とムキムキ・・いや、プロレスラーというよりはアスリート、細マッチョ的なムキムキではあるが。

まあいいか。


「筋力もそうだけどね。弓の場合は、弓そのものの性能で威力がかなり増減するよ。ま、だいたい威力が高いと引くのが大変だから、結局筋力は必要だけどね」

「なるほど。時期を見て、威力の高い弓に買い替えていくことも考えなくちゃあ、いけないか・・。」

「そうなるね。まあ、君の剣の方が先かもしれないが・・」


エリオットは俺の愛剣をちらりと見て苦笑した。


「ひどいか、これ?」

「うーん、まあ、力任せに振るにはいいけどね。もともと使い込んであるようだし、どこかで買い替えた方が良いかもね」

「そうだな・・」


まあ武器としては安物の類だろうからなあ。

切れ味はないが、質量で叩き潰す感覚に慣れて来たので、しばらくはこれで行こうと思っていた。

お金もないしね。

まあ、この任務が一段落して金が入ってきたら、また考えればいいか。港町なら武器の品揃えも良いと思うし。


「ほら、警戒はしておくから、治療終わった人は剥ぎ取りして」


トリシエラが馬車の上から声を掛けて来た。

魔物の死体があれば他の魔物を惹き付ける恐れもあったために、退避を優先したが、いくつかの死体は戦利品として持って来ていた。


「そうそう、岩犬の魔石はヨーヨー君、君が持って行ってくれたまえ」

「おお、いいのか?」


たしかに倒したのは俺だが。主戦場はエリオット達の方だったから、美味しいところだけ頂くのはちょっと気が引ける。まあ貰うが。


「ま、今回はまちがいなく、君一人で岩犬を倒したわけだからね。文句も出ないだろう」

「そうか、ではありがたく」


岩犬の魔石は土色でツルツルしており、真球に近いように感じる。

たしか、滑らかな球であると高品質なのだったか。


「おお、見事な魔石だね」

「高いか?」

「多分ね」


色々と使い出はあるそうだが、特に伝手のない俺には売り一択だ。

高く売れるならそれでいい。


「治療、一通り終わりました。すぐに出発しますか?」


岩犬の魔石を懐に入れ、他の牙犬の魔石を取り出そうと奮闘していると、パッチがエリオットに小走りで報告しに来た。


「ありがとう、お疲れ様。そうだね、コールウィング殿に異論がなければ、すぐにでも出よう」


お嬢様の安全のためにヤキモキしているコールウィングに当然異論はなく、間もなく馬車隊は東へと再出発した。


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