第25話 ナポリタン

外に出てしばらく徐行すると、周りの様子を見ながら徐々にスピードを上げていく。

徒歩のスピードで進む行商人や旅人たちを横に見ながら追い抜いていく。

馬車隊が早足程度までスピードが乗って一旦落ち着くと、馬車の上部がパカっと開いてトリシエラが顔を覗かせた。あそこから周囲を警戒するのが馬車組の役割だ。


「お嬢様は問題ないかい!?」


エリオットが大声で確認する。距離は近いのだが、馬が地を蹴るドカドカという音が響いてかなり声が通りにくいのだ。


「ええ、問題ありません!」

「了解した!」


一行がまず目指すのが、東に進んで、湿地の前の分岐点となっている街、ハングルトンである。

その間に沸き点などはなく、魔物の生息地も特にない。遠くから流れてきたはぐれの魔物や、時折出る盗賊が主な警戒対象だ。

どうやら心配された盗賊の追撃はないようで、馬が土を踏みしめる重低音のみが周囲に響いている。音だけ聞いていると、一定のリズムでちょっと眠くなりそうだ。

眠気覚ましも兼ねて、馬上で細かい操作を復習しながら進むこと数時間。

マリーが何かを言うと、馬車組が上空に向かって弓を構えた。


「魔物か?」


マリーの馬に近付きながら尋ねる。


「西からカイケラドスが追ってきているみたいだねぇ。まあ馬車の中に入っていればそうそう脅威はないけど、早めに追い払っておきたい」


すると馬車がややスピードを落とし、馬車の上で警戒していたトリシエラがこちらを見てなにか手招きのような合図をしている。


「何か用か?」

「一度見ておきたいから、あんたの魔撃杖で一撃加えてくれないかって、エリーが」

「分かった」


胸位置にあるホルダーから魔銃を取り外す。西、ということは後方からのはずだ。

反転はしないものの、馬のスピードを馬車に合わせて落とし、何度か後ろを振り向く。

これ大変じゃない?


「回り込んで左から来るよ!襲撃してくる可能性もあるから、馬から落ちないようにね」


とマリー。俺には魔物の姿が全然見えないのだが、どんだけ目が良いのだろうか。


「来るよぉ! 構えなっ!」


馬車は完全に止まることはなく、徐行よりやや速いくらいのスピードで前進し続けている。その左から、キィキィと甲高い鳥の鳴き声が聞こえて来た。


「飛ぶ位置が低いね・・狙われてるよ、こりゃ」


マリーの予言通り、左の木の陰から大きな鳥が飛び出したかと思うと、一直線に馬車に向かってきた。いや、馬車の前方に、かな?位置的にエリオットが襲われているっぽい。

ここからだと狙いにくいが、いつ見えても撃てるよう、魔銃は構えておく。

馬車からはさかんに矢が放たれ、態勢を崩した鳥の魔物、カイケラドスが馬車を超えて右方向に逃れようとしているのが見えた。


その瞬間、速度重視で調整した魔銃を放つ。

キィン、と甲高いお馴染みの音とともに光の弾が放たれる。

身体の真ん中を狙ったつもりだが、わずかに左に外れてしまったらしい。

だが翼を射抜いた形になったので、まあいいだろう。

空から落ちた鳥はそのまま後ろを走る護衛の馬に踏みつぶされていた。


気付くと、馬車を囲むように、数匹のカラケラドスが旋回している。

ただ、そのほとんどは矢が刺さっているし、急降下してはエリオットやマリー、護衛たちに倒されているようだ。

とりあえず空中位置で、相対速度0になって狙いやすいヤツから撃ち落としていく。


3発ほど撃ったところで、カイケラドスの群れも逃げ出して静かになった。


「魔石は取らないのか?」


馬車はそのまま、カイケラドスの死体を無視して東へ向かっていく。


「ま、護衛が優先だしね。それにカイケラドスはほとんど魔石を持っていないよ。はぐれのやつは特にね」

「そうなのか」


特にもったいないとも思っていないようで、マリーは平然としている。魔石を持っていない魔物もいるらしい。


「それより、魔撃杖、あんなに撃っちまって良かったのかい」

「まあ、これくらいはな」


ちょっと撃ちすぎたのか?


「魔石の消費も馬鹿にならんだろう」

「・・そうだな」


魔石を消費するものと思われている。まあわざわざ誤解を解く必要もないだろう。

頻繁に使わない理由付けにもなるだろうし。

どれだけ走ったか、太陽が高く昇ってやや蒸し暑くなってくると停止の合図がかかった。


「休憩だ、宿場があるけど中には入らないよ」


エリオットが馬を操りながらこちら側に来る。マリーは油断なく視線を巡らせて、まだ警戒態勢だ。


「ここは?」

「しがない宿場ってやつさ。徒歩で来たら、この辺で日が暮れるからね」

「ああ、なるほど」


一応木製の柵が張り巡らされており、拠点として機能しているようだ。だが、見上げるような街壁のあるスラーゲ―にいた身としては、これで大丈夫なのか不安にもなる。


「ここで昼飯か」

「そうなるね。君にはお嬢様と同席してもらうよ」

「・・え? 何でまた」

「うーん、まあ、サーシャ君のバーターかな」

「はい?」


どうも、お嬢様の周りは出来るだけ女衆で固めたいようだ。サーシャを同席させるなら俺もということか。


「一応、君がお嬢様を救った張本人だからね・・せいぜい恩を売っておくといいよ」

「はあ」


見付けて、悲鳴を上げられた張本人だからな。むしろ避けられていても仕方ないと思うが。


宿場の中には、馬車ごと入ることができるようだ。本当に、道の途中の中堅地点として、とりあえず柵で囲ってあるというところだ。

店も一階が駐車スペースになっており、騎乗馬たちを繋ぐスペースも十分ある。

騎兵隊のうち何人かがローテーションして居残り見張りをするようだ。


馬を繋ぐのに手間取って、慌てて階段を上って店に入ると、ファミレスをオール木製にしたような、大きな店であった。


「遅いぞ」


こちらを睨みつけて告げるのは騎兵隊の隊長さん。コールウィング、だっけ?

こいつもいるのかよ・・。


「すみません」

「注文は適当に済ませてしまったよ」

「ああ、構わない」


開いている席は、上座という概念があるのか分からないが、奥に座るアアウィンダのちょうど対面とその隣。

対面の席にサーシャを座らせ、その右隣に座る。

ちょうど隊長さんの対面になる。しまった。


「何かありましたか?」

「いえ、馬を繋ぐのに手間取ってしまって」

「そうですか」


そう言って頷くアアウィンダは鎧を脱いで、やや旅人然とした格好になっている。いいんですかね?


「馬は慣れんのか?」


これは隊長さんだ。


「ええ、あまり得意とは言えません」

「そうか。仕方ないが、不安なことだな」

「その分、移動中は隊長さんを頼りにしていますよ」

「分かりやすい胡麻を擦るな」


ふんと鼻を鳴らしつつ、またもやじろりとこちらを睨みつける。


「コールウィングさん、あまりヨーヨーさんをいじめてはいけません」

「はっ、失礼しました」

「私は家を出る身ですから、そこまで畏まらなくてもいいのですけれど・・」


アアウィンダが困ったように言う。

エモンド家はエモンド家で、色々ありそうだな。

それにしてもこのお嬢様、取り繕っているが、こうして近くで見ると妙に緊張しているというか、疲れているような気がする。

まあ、前回見たのが緊急事態時だったから、これが常だと言われれば納得するほかないが。

なんか無難な話題でも振っておこう。ちょうど個人的に気になっていることがある。


「アアウィンダ様、少しお訊きしても?」

「なんでしょう?」

「以前、少しだけ話した折に、冒険者がどうの、と言っておられた気がするのですが」

「まあ。よく覚えていらっしゃいましたね」


そう、ゴブリンの集落でアアウィンダを救出した際に、彼女がこちらの存在を認識して「冒険者ですか?」といったようなことを言っていたのだ。

訊き返せる場面でもなかったし、その場ではスルーしたのだが。

その後も気になってはいた。


「たしか、東の方では冒険者という制度はないのだとか・・あの後、おじに言われて気付きました」

「西ではあるのですか? どのような制度なのでしょう」

「興味がおありですか? 魔物狩りを主とする傭兵の方なら、ぴったりかもしれませんね」

「というと、魔物狩りをする者のことなのですか?」

「そうですが、それだけではありません。どちらかと言えば、冒険者組合という制度といいますか組織があって、そこで登録している者を冒険者と呼んでいます」

「ほう・・」


それって、まんま創作世界でよくある冒険者ギルドじゃないのかな?


「もともとはオソーカ領域同盟で発足した、開拓者同士の互助組織であったと聞いたことがあります」

「互助組織ですか」

「オソーカの方では魔物との戦いが厳しいですからね。自然と魔物との戦いに備える意味が大きくなって、それを真似たのが王国にある冒険者組合、ギルドだと聞いています」

「ギルド、ですか」


ここでいうギルド、というのは古代帝国語だ。

いつも通り英語にして意訳しております。

何より、冒険者ギルドって呼びたいからね。


「帝国語で組合といった意味です。まあ、恰好つけているだけですね」


うむ。一部の人が横文字を使いたがるのと似たようなもんか。


「王国では、魔物狩りを目的とした傭兵や傭兵団を支援、管理する組織としてエイゼン公が立ち上げたのが始まりだとか。西部地域では割と広まってきているようですよ」

「ほう・・私も魔物狩りを主としていますので、興味深いです」

「そうなのですね」


アアウィンダが優しく微笑む。少し元気になったかな?

物を人に説明するのが好きな感じがするな。


「しかしそれでは、傭兵組合との軋轢が生まれそうですな」


隊長さんが神妙な顔をして突っ込む。


「そうですね。導入しているところはどこも領主主導でやっているようですから、上手く調整しているのでしょう」

「ふーむ、それならば湧き点に囲まれておるスラーゲ―でも有用かもしれませんな」

「ええ。おじ様が領主様に相談なさるといいのかもしれませんね?」


隊長さんはうむうむと頷き納得しているご様子。

ちょっと嬉しそうなのは、お嬢様が聡明なところを垣間見られたからかもしれない。

このお嬢さん、いったい何歳なんだろう?

かなり幼いようにも見えるが、今の受け答えを見てもかなりしっかりしている。


いきなり、政府の省庁について・・いや、この場合は独立行政法人とかなのか?

まあ、その組織について訊かれて、その意義や来歴を語れるようなものか。

うん、そう考えるとやっぱり凄いな。


「アアウィンダ様は博識でらっしゃる」

「いえ、そのようなこと・・」

「胡麻を擦っているわけではございませんよ」


ニコリと笑っておく。


「冒険者に興味があったのは事実ですが、正直ここまで分かりやすく答えがあるとは思っていませんでしたから」

「そ、そうですか・・」


アアウィンダは頬を染めてやや照れているようだ。その様子は年相応に子供っぽい。まあ、歳、知らないのだけれど。


「失礼します、こちらご注文の、トマトソースの茹で麺でこざいます」


食事が運ばれてきた。まず、最も偉いアアウィンダから配膳される。

トマトソースの茹で麺。要はナポリタンか。

頼む物はまだ、お子様っぽいな。ちょっと安心する。


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