第24話 出発

パチッと目を覚ます。


朝だ。隣にサーシャが寝ている。

初めて先に起きたようだ・・、緊張しているのかな? 眠りが浅かった。


「あふ・・ん、ご主人様? おはようございます」


無言で着替えているとサーシャが起き出してきた。


「悪い、起こしたか」

「いえ・・今日はお早いですねぇ・・」


寝起きサーシャはレアだな。ふにゃふにゃしていてかわいい。



今日は抱き締めタイムを短く済ませて朝食を採る。

宿が使う食事処は朝早くから開いていた。

ご苦労なことだ。行商人相手だと、日の出前から開いていないと文句を言われるんだそうだ。

サーシャに荷物の最終確認を任せ、役所に行ってみるとちゃんと開いていた。


「定住証明の一時解除をしたいのだが」

「はあ? ああ、定住証明ね。こういうのは昨日のうちにやってくれると助かるんだけど」


当日やれって言ったじゃねぇか。別の奴だけどさ。

ちょっとイラッとしながら手続きをする。

役所が朝から開いているのは、何かあったときに対応するためらしい。

定住証明の解除などという雑務のために少ない人員を割きたくないのだろう。

知ったことではないが。


「はい、じゃあこれで解除したけど、記録は残っているから再度申請するときは同じ窓口に来てね」

「はぁ」

「再発行にも銀貨1枚かかるから、それも気を付けて」


ことあるごとに手数料を取るよなぁ、この世界・・というかこの街、か。まあ致し方ない。

それで役人を養っているのだろうから。


ちなみに、年末に払う更新料を分割したものも払わされた。銀貨2枚だ。

これもちょっと痛いが、今から大仕事なのだから、すぐに取り戻せると思っておこう。

致し方ないのだ。


これで身分証明をするものはギルドカードくらいになってしまった。

怖い人とか偉い人とかに目を付けられても助けを呼べそうにないな。サーシャにも注意するように後で言っておこう。

朝の涼しさのなか、ぼちぼち営業を開始した屋台で軽く肉串なぞ買いながら、武器屋へ行く。

サーシャの矢を補充する際、ついでに魔銃のホルダーを作ってもらおうと頼んだのだ。


「うちは革細工師じゃねぇぞ」とか文句を言いつつも銀貨で引き受けてくれた。

剣帯と一体化して、胸側のマントで隠せるように取り付けるつもりだ。

まあ、実際には銃は入れないかもしれない。そこから取り出したように異空間から出せばいいのだから。


「ん、早いな。頼まれていたものは出来てるぜ」

「おお。剣帯がないとちょっと落ち着かなかったんだよね」

「いっぱしの剣士みたいなことをほざいてんじゃねぇよ、ルーキー」


軽口を叩きつつ剣帯を渡してくれる。

魔銃を革袋から取り出したふりをして、銃ホルダーの出来を確かめる。

親父は興味津々でそれを観察していた。


「しかしそいつは魔撃杖なんだよな? 昨日もちょっと思ったが、どうも変わっているな~」

「ん? 魔銃だけど?」

「魔銃? なんじゃそりゃ」


こっちがなんじゃそりゃだよ。

魔銃ってこっちの世界にあるもの・・なんだよな?

生産地が遠いのかもしれん。


「さっきなんか言っていた・・えーっと、魔撃杖ってのはなんだ?」

「おい、魔撃杖を知らんのかよ。そういう魔石をはめ込んで魔法をぶっ放す道具だよ。そのでっぱりに入ってるのは魔石の類だろう?」

「んーどうだろう。じゃあ魔撃杖の一種なのかな、これは」

「そうだと思うんだけどなあ・・魔銃か、ちょっとこっちで調べてみるかな」

「おい、俺のことは漏らすなよ」

「分かってらぁ、客の事を喋るほど耄碌(もうろく)してねぇよ」

「それならいいけど」

「魔撃杖の最新の型かもしんねぇなぁ・・今度また解析させてくれよ」

「え? やだよ。壊されそうで怖い」

「壊さねぇよ! 魔力の流れとか見て、あと部品の形とか・・」

「それを見るために分解とかしそうで嫌だ」

「ちっ・・まあいいけどよ」


魔銃は珍しい物だったのか。これは知っておいて良かった。エリオット達にも、魔撃杖?の中古品みたいな感じで話そう。


「おっさん、代金置いてくぜ。助かった」

「おう、また何かあったら。革いじりはもうやらねぇけどな」

「わかったよ・・」


まあ武器屋だもんな。銃ホルダーに魔銃をセットし、ちょっと西部劇気分を味わいながら宿へ戻った。


「ただいまサーシャ、って、もう準備万端だなぁ」

「はい、完璧に準備しました。後はご主人様が着替えるだけです」


ズイズイと迫ってきたので、ついでに尻を揉んでから急いで革鎧を着込んだ。

その上から剣帯を締める。

剣の配置はもちろん背中、魔銃も説明のために見せるだろうから胸の位置に設置したホルダーに入れておく。


「やんっ!! もう、お戯れは程々にお願いします。・・他のパーティの方々と同行するときは、流石に控えますよね?」

「控えぬ、媚びぬ、省みぬ・・!!」

「えっと・・?」

「まあ、人前が嫌なら少しは控える。その分テントとかでいつもより多めにサーシャ分を補給するから覚悟しな」

「は、はぁ」


唐突な世紀末はサーシャを大いに混乱させたようだ。ヨーヨー反省。ああっ、早くも省みてしまった。


「あ~、着替えも終わったから出ようか。諸々打ち合わせ通りでお願い」

「はい」


他人に悟られたくない合図や、異空間を使うときのルール、秘密にしたいことの優先順位などを昨日までに打ち合わせて来た。

完全装備でサーシャを従え、肩で風を切って歩く・・ような気分で、人にぶつからないように歩く。

ほんの少し前まで地球にいたのに、すっかりこっちの、というか個人傭兵の世界に染まっているなあと思う。朝から鎧を着て、武装して街中を歩いているんだぜ。


久しぶりの東門だ。

門の前には街を出るための手続きをしている短い列があり、その脇に邪魔にならないようにしながらエリオット達と馬車が待っていた。


いやおそらく馬車なんだろう。

俺が騎乗の練習をした「馬」と、馬車を曳いている生物が別物なので、「馬車」と表現していいのかわからない。

馬というよりは・・コモドドラゴンをゴツくして足を伸ばした、みたいな?

力が強そうだ。


「やぁやぁ、君は・・ヨーヨー君かな?」


エリオットはちょっと警戒した感じで自然と剣に手を置いているので、不審を解くためにヘルムを脱いで顔を見せる。


「遅かったか?」

「いや、そうでもないさ。商会の護衛はまだ揃っていない」

「なら丁度良かった。少し話がある」


エリオットに、魔撃杖のような魔道具を手に入れたこと、ここぞというときのみ使いたいことを申し出る。


「ふぅん、魔撃杖かい。今それは?」

「持っている。・・これだ」


胸のホルダーから魔銃を外し、見せる。


「変わった形だねぇ。まあ了解したよ」

「移動中でも攻撃できる手段ではあるから、一応報せておいた方がいいと思ってな」

「そうだね、手の内を知っておくことはリーダーとして重要だ。何の魔撃か訊いても?」

「何の魔撃か?」

「・・魔撃杖なのだろう?」

「たぶん」

「なら、火の魔石を使う、火球の魔撃だとか、そういう種類があるはずさ」

「あーうん、そういうこと。えっと、光の塊? みたいのが飛んで行くタイプかな」

「・・光魔法なのかね?」

「どうだろう。熱による攻撃っぽい気もするけど」

「うーん。珍しい火魔法なのかね。まあいいや、火球の魔撃と同じように考えて作戦に組み込むよ。それでいいかい?」

「ああ。大金を持ったノリで買ってしまったから、詳しくなくてすまないな」

「ははは、ヨーヨー君は奴隷も早速買っているし、大金を持たせたらダメなタイプの人間だね」

「・・反論できねぇ」


魔銃をしまって、他の集まっていないメンバーが来るまで待つ。


「そういえば、俺たちの乗る馬は?」

「後で連れてくるはずだよ、マリーがね。2匹だけだから、無理はできない」

「ふむ、じゃあ左右を挟んで警護する感じか」

「そうなるねぇ。ヨーヨー君に移動中の攻撃手段があるなら、僕とヨーヨー君が中心になって馬に乗ろうか」

「だな。女ばかりの馬車に乗せられても困るし、護衛対象も女だからな」


そう言うとエリオットはからかうような表情を見せて肩を竦めた。


「君、時々妙に気の利いたことを言うよねぇ。それ以外は野蛮な傭兵なのに」

「そうか? 女性の護衛に男性が就いても、気まずいだろ。トイレとか、一緒に行けない場面も多いから、警護しづらい。パッチ当たりをお世話係にすれば丁度いい」

「そうだねぇ。まさにそうしようと思っていた所だよ。弓持ちのトリシエラと、サーシャ君で馬車の上から警戒してもらうとしよう」

「おいおい、うちの奴隷の名前までもう覚えたのか? 早いな」

「女の子の名前は忘れないことにしているんだ」


パチッとウィンク。ちょっとサマになっているのがうっとうしい。


「そういう君も、マリー達の名前はすぐに覚えていたように思うけどね」

「そういえば、そうだな。何となく覚えられた」

「どの娘もかわいい名前だからね・・忘れられないんだろう」

「そうかい」


名前もサーシャの方がかわいいと思うけどな。

まあ自明のことなので敢えて指摘はしない。何といっても自明のことだからな。

エリオットが面白そうにしている。


「君、サーシャ君を買ってから少し変わったねぇ。良い方向に」

「良い方向?」

「余裕が出たというか。人間らしくなったよ」

「そうか?」

「あと女好きな感じが増したね」

「いいことだな」

「いいことだ!」


満場一致に至ったところで、多くの馬に乗った集団が近付いてきた。

先頭にいるのは、チェーンメイルのようなものを着込み、巨大な槍を構えた武人らしい人物。

口ヒゲを生やし、前髪を後ろに流してオールバックにしている。ちょっとこわい。


「貴様らがエモンド家お嬢様の護衛に雇われた傭兵か!?」

「そうだが、君は誰だね?」


エリオットが、馬から下りもせずに誰何する武人おっさんにおっとりと反応する。


「私はエモンド家私設戦士団、騎兵隊隊長のコールウィングだ!」

「そうかい。お嬢様は?」

「こちらにおります」


馬の群れをかき分けるようにして、馬を降りたアアウィンダが前に出る。

カッチリした全身鎧を着込み、腰には剣を佩いている。

こちらも武人といった出で立ちに見える。


「へぇ、お嬢様も戦えるようだな」


思わず口に出すと、コールウィングが馬上から不機嫌そうにガンを飛ばしてくる。マンガなどでままある「殺気を飛ばす」とはこのことか。


「ええ、私も戦士のはしくれですから」

「戦士のはしくれ・・?」

「貴様の知るところではない。お嬢様、早くに出発準備を済ませましょう」


コールウィングが話を中断させた。

アアウィンダは馬車・・コモドドラゴン車?に2人の従者とともに乗り込み、護衛たちがいくつかの荷物を馬車に運び入れている。


「隊長殿、僕らが馬車の中と左右を警護し、私設戦士団の皆さんが前後を固めるということで相違ありませんね?」


エリオットは隊長と打ち合わせだ。

隊長は傭兵が中央を固めることに不満気ではあったが、一応飲み込んでいるようだ。


「仕方あるまい、エモンド家の護衛たる者から裏切りが出たのだからな・・。旦那様が信頼できるという者に任せることに異論はない。異例ではあるがな・・」

「ありがとうございます。では、指揮はそれぞれでも構いませんが、全体で動くべきときは従って頂けますか?」

「それはできん。あくまで我々はエモンド家の戦士団騎兵隊だ。傭兵の命令を受けるわけにはいかんだろう」

「・・そうですか。では、命令ではなく提案、お願いということで、お伝えすることがあるのはご承知おき下さい。単に中央におりますから、事態が把握できるということもあるでしょう」

「そうだな。意見はしてもらって構わないが、判断はこちらで行う」

「了解しました」


・・エリオットは大変そうだな。

リーダーなどにならなくて良かった、心の内からそう思う。


「それからそこの傭兵」


沈黙が流れる。隊長の顔はこころなしか、こちらを向いているようにも思える。

・・。

・・。


「・・は、俺ですか?」

「そうだ」

「なんでしょう」

「エモンド家は商家だが、旦那様は領主様と顔を合わせるほどに偉いお方だ。お嬢様への態度もその辺りを考えてくれ」

「・・あー、慣れ慣れしくするな、と」

「そうだ。後は口調もな。育ちという物があるのは承知しているが、周りにいる者が粗野な言動をすれば、お嬢様、ひいては商会の信用に関わる」

「なるほど」

「それを考慮してくれ。これから成り上がるつもりなら、いい勉強だろう」

「それは、はあ」


成り上がるが何を指しているのか分からないから答えにくいが。まあ、ただ偉そうなだけではなく、こちらのことを一応考えてくれているようなので突っ掛からないでおく。


「ではよろしくたのむ」


隊長はひらりと馬から降りて、隊員たちに発破を掛け始めた。

遅いぞ、急がねば今日は野宿だぞ。お嬢様にご苦労をかけるようなことがあれば、減給してやる、などなど。

彼は彼で、身内から裏切者が出たことで色々と大変なのだろう。

高圧的ではあるが、それ以上に苦労者なのかもしれない。


「そっちの準備は出来たかい?」


護衛たちの後ろからマリーが登場した。

1頭に乗り、綱でつないでもう2頭を引っ張ってきている。これが我々の乗馬らしい。


「1頭、駄馬も貰ったよ。荷物を載せちまおう」

「駄馬? そうか」


駄馬はたしか、荷物運び用の馬だな。

左右に展開する騎馬はいつでも戦闘に入れるようにしなければならないので、荷運び専門で戦闘時は参加しない馬も追加したということらしい。

そうは言ってもそれなりの速度で馬車を走らせるので、駄馬も誰かが乗って制御しなきゃいけない。

そこはマリーが受け持つということになった。


「左右の騎馬に僕とヨーヨー君が乗ることにしたよ。マリーは右側について、ヨーヨー君をフォローしてくれるかい?」


とエリオット。馬にはなんとか乗れるようになったが、警護となると索敵、警戒などの技術が必要になる。マリーがフォローしてくれるのは素直に有難い。


「交代はしないのか?」

「様子を見てだね。ただ、メンバーの役割がバランス良さそうだから、よほど疲れていなければ固定にしようかと思っているよ」

「なるほどね。マリーがフォローしてくれるなら俺も助かる。あ、そうだ・・」


マリーにも魔銃のことを軽く話しておく。進行方向の右側は2人で警戒することになるだろうから、手の内は明かしておいた方がいいだろうと思ったので。


「へぇ、魔撃杖ねぇ。そこそこ値が張ると思うけど」

「ここのお嬢様の件で大金が入ったもんで、つい衝動買いしてしまった。おかげで今はすっからかんだ」

「馬鹿だねえ・・」


マリーはそう言うが、表情は柔らかい。

エリオットのお世話をしているので馬鹿な男には慣れているのかもしれない。

サーシャも将来、こうなるのかな・・。


「エリオット様、お嬢様の用意終わりました」


馬車にいたらしいパッチが外に報告に出てくる。


「よし、では各自配置に就こう。マリー、馬をこっちに」

「サーシャ、お前も馬車に入っていてくれ。パッチがお嬢様のお世話をするみたいだから、手助けしてやってくれ」

「かしこまりました」


後ろで気配を消していたサーシャに声を掛けると、きびきびとした動作で馬車に乗り込んでいった。

エリオットがマリーに馬の準備をさせていたので、そちらに近付いて俺も騎乗する。

鐙のようなものが取り付けられており、馬体には騎乗者が掴まる突起も備え付けられている。

あとは馬に指令を送る手綱だ。地球のものと違い、いくつかの種類があってちょっと複雑になっている。


「ふぅー。乗れた乗れた」

「乗馬は練習できたかい?」

「いやぁ、かじった程度だな。騎馬突撃とかはできんから期待しないでくれ」

「そこまでは求めていないよ、というか僕にも出来ない」


エリオットが爽やかに笑う。かなり馬慣れしている様子のエリオットでもムリらしい。

騎馬突撃ってやっぱり難易度高いのかね。

いやそもそも、軍隊でもなければそんなことをする機会がないか。


「こちらは準備完了だ! どうか?」


前で騎兵隊隊長・・コールウィングが叫んでいる。


「こちらも大丈夫!出発しましょう!」


エリオットが叫び返して、門へと進んでいく。


さあ、任務の開始だ。


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