第22話 騎乗
朝、サーシャはまた先に起きて、桶に水くみをして服を水洗いしていたらしい。
確かに一部の服はちょっと匂ってた。それにしてもよく働く娘だ。
ベッドに招き寄せ、ステータス閲覧を行使する。
サーシャはちょっと恥ずかしそうにしながら、身を委ねてくれる。
************人物データ***********
サーシャ(人間族)
ジョブ 弓使い(1)
MP 2/2
・補正
攻撃 N
防御 N
俊敏 G-
持久 G-
魔法 N
魔防 N
・スキル
射撃微強
・補足情報
ヨーヨーに隷属
***************************
勘違いしていたことが1つある。
最初からステータスがオールGだったから、Gが最低値だと思っていた。
しかし、サーシャを弓使いにしたら「N」があった。
補正なし、という意味だろうか。
そしてG-もある。
つまり、最初にステータスを確認した時点で、全てのステータスが・・
N → G- → G
と、2段階は底上げされていたことになる。
もしかしなくても、初期の全ステータス補正をNからGに引き上げたのは『干渉者』の初期ボーナスだろう。
今のところ、他のジョブはだいたい「ステータス補正のうち1つか2つを1段階アップする」のが初期ボーナスだ。
とすると、『干渉者』の初期ボーナスはかなり破格だ。
基本的なジョブのレベルを上げることで解禁される、もっと上級のジョブはステータス補正も上がっていくのかもしれないが、『干渉者』はかなりの上級ジョブという扱いなのだろうか。
ただし、今のところ『干渉者』のレベルが上がってステータス補正の段階が上がったことを見たことがない。
やはり、初期値が高い代わりに、成長しない、という長短両面を持ったジョブなのかもしれない。
「さて、今日はどうすっかな~」
今度は自分のステータスをいじりながら、今日の予定を考え出す。
「あの、ご主人様、また今日もゴブリンと戦うのでしょうか?」
「そうだけど、問題あるか?」
「問題というほどではないのですが」
「遠慮しないで気付いたことはどんどん言ってみろ。判断は俺がするから、言ってくれたほうが助かる」
「そうですね。あの、気のせいかもしれないのですが。昨日戦っていた時、少しばかり身体が重かったというか」
「身体が重い? 動きにくかったということかな」
「そうです。気のせいかな、と思ったのですが。以前、弓の練習をしたときよりも、引くのに力も要ったというか」
「力も弱くなったと」
「はい。全体的に身体の動きが低下した、としか」
「ほう・・あっ」
思い当たった。
「君は今・・『弓使い』なんだ」
「んぇ?」
「言っておくか。俺は、人のステータスを表示、いや閲覧して、奴隷のジョブを変更できる」
「ご主人様は司祭様なのですか?」
「いや」
俺が『干渉者』だとバレるということは、異世界人だとバレる可能性がある。
特に他の異世界人に。
ここも何とかして秘密にしたい部分だ。
「分かりました。誰にも知られないように致します」
「ちなみに、ステータスを閲覧する条件は、その相手の身体に触れることだと思う」
「あっ・・もしかして昨日何かなさっていたのはその事ですか」
「まあ、ちょっと情報収集をね」
「なるほど・・」
「そして。奴隷のジョブを変更するには」
俺は言葉を切ってタメを作り、サーシャのかわいい顔をじっと見詰めておく。
「するには・・・?」
「身体を密着しないとできない。だから、外でも呼ばれたら大人しく密着されるように。能力のことがバレるとマズいから、余計なことは言ってはいけないよ」
これで合法的にサーシャを抱き締めることができるはずだ。
周りからはラブラブしていると思われるだけ。そしてサーシャは理由がある以上、拒否できないという絡繰り。完全犯罪だ。
もちろん、ジョブ変更に密着までする必要はない。
ステータス閲覧と同じようにどこかが触っていれば十分だ。
サーシャには絶対に秘密だけど。
「はい・・あ、たまに唐突に抱き締められるのはそのせいですか・・」
「まあね。あとサーシャが可愛いから抱き締めることもある」
「・・その区別はどのように判断すれば?」
「しなくていいんじゃない?」
さて、ちょっと呆れ顔のサーシャを放置して話を進めよう。
「そんなわけで、サーシャ君の今のジョブは『弓使い』のレベル1であーる。しばらく、商人時代よりはステータス補正が低くなるけど、それは仕方ないから、これから上げていこう」
「はい・・」
「『弓使い』について何か知っていることは?」
「え、ええと、俊敏と持久のステータス補正が高いと聞きました」
「そうだな」
「あとは、たしか、攻撃のステータス補正も少し上がりやすいとか」
「ふんふん」
「レベル10から15くらいで、溜め撃ちという魔力を消費して強い一撃を加えるスキルを習得するらしいです」
「溜め撃ちか。なるほどね」
MP消費で威力を増やす技かな。シンプルだけどMP消費技があるのはいいな。
「普通、レベル10になるのにはどれくらい時間がかかる?」
「え~っと? どうでしょう・・初期ジョブだと素質があるので、平均で1年と少しくらいでしょうか。早い人だと一月ちょっとくらいで、戦闘系のジョブで訓練や実戦の環境が整っていればもっと早いと聞きますから、半月もかからない例もあったと思います」
「ほう・・戦闘系はレベルが上がりやすいのか」
「それに専念していれば、ですね。特に実戦を経験すると、レベルが上がりやすいそうです」
「なるほど・・そのジョブに相応しい経験、という項目で、実戦の経験値は高く評価されているというわけか。まあ命を懸けるわけだしな」
「そうなんでしょうか・・」
詳しいことは分かっていない様子だ。
「サーシャの初期ジョブは?」
「『弓使い』です」
「初期ジョブだったのか! やはり素質がありそうだな」
「そうかもしれません。その頃は戦うことを考えていなかったので、すぐに『市民』にジョブを変えてもらったのです」
「そうかぁ~。まあ普通に街中で暮らす人に、戦闘系ジョブを付けられてもね。結構そうするもんなの?」
「んん~そうですね。ちょっとお金もかかるので、放置する人もいますけど。はっきりとは知りませんが、あまりに思っている暮らしと関わりのないジョブを引いた人は、変える人の方が多いかもしれません。将来的にはその期間のレベル上げが無駄になってしまいますから」
「なるほどねぇ」
「ご主人様のジョブをお聞きしても?」
「俺か? 俺は『剣士』だな」
「なるほど。確かに見事な剣さばきでした」
露骨なヨイショがきたな。
『剣士』が一番カドが立たないだろう、ということで、誰かに訊かれたらこれにしようと決めていた。
ちょっと悩むのはジョブ3に『盾士』を入れるか『魔銃士』を入れるか、他の何かを試すかだ。
「『弓使い』の派生ジョブは何か知っているものはある?」
「あります。『弓戦士』というものと、『狙撃手』というものがあるそうです」
「ほほ~う」
「『弓戦士』は、一撃一撃がより強くなるスキルが使えるそうです。『狙撃手』は遠くを狙うスキルが使えるようになると聞きました」
「『弓戦士』は『弓使い』の純粋進化、『狙撃手』は遠距離特化という感じかな。条件とかは、噂でもいいから聞いたことは?」
「あまり自信がないのですが、『弓戦士』はレベル20以上で『戦士』のジョブも必要だったような。『狙撃手』については知りません、申し訳ありません」
「いいよいいよ、万が一知っていたら助かるというだけだから。『戦士』は戦っていればそのうち獲得できる気がするんだよね。何もなければ『弓戦士』を狙っていくのが良いのかな」
「派生職には辿り着けない人も多いと聞きます。私はあんまり自信がないです・・」
「ま、『弓使い』のままでも全然いいから、気楽にいこう。余計なプレッシャーをかけちゃったならすまんな」
「いえ」
振り出しに戻るというのか、レベル1からやり直しってのは、ちょっと普通じゃないのかもしれない。
場合によっては『商人』に出戻りも有効なのかなぁ。でも俺の奴隷が『商人』を活かせる状況が思い浮かばないぞ。
・・そのうち起業でもしたら、一考の価値があるかもしれない。する予定はないが。
午前中はサーシャの生理用品などの買い出しに付き合い、「ソラマチの酒場」で飯を食べた。
酒場では、早くも「なんだ、いつものカップルか」みたいな扱いをされるようになってきた。
サーシャは本当に幸せそうにご飯を食べるし、そんなサーシャにデレデレする俺と合わせてバカップルとしか見えないのだろう。
それにサーシャは、風呂で身体を洗うように言ってから、くすみも落ちて髪もサラサラストレートで艶も出て、本来の美しさを取り戻しつつある。
商館では基本的には桶に入った水で水浴びをする程度だったという。
町人も風呂好きでなければその程度なので、扱いが悪かったわけではない。ただ、やはりきちんと磨いた女性というものは美しいものだ。
絶世の美女というレベルではないが、普通のOLさんといった感じの、素朴な美しさがある。
おっさんばかりの飯屋にいると、やはり目立つ。注目もされる。
あまり注目されすぎても困るが、ちらちらと視線を向けられるのは俺もちょっと気持ちが良い。
これが俺の女だぞ、と自慢したくなる。
今日もサーシャにデザートを与えながら、平和な時間を終える。
「さて、午後の部はゴブリン狩りだな」
奴隷は買ったが、相も変わらずゴブリンハンターな日々を過ごしている。
************************************
しばらく経ってから、ゴブリン狩りから戻るとエリオットからの伝言が残っていた。
「明日話がある、いつもの時間にギルド前で」
ふむ。なんだろうな・・。
あ、アアウィンダの護衛か。すっかり頭から抜けていた。
翌朝ギルドに向かうと、ギルド前でいつもの4人が集まっていた。
「おはよう、ヨー・・あれ、もしや」
「おはようヨーヨー、その娘はあんたの奴隷かい? 買ったのかい」
「・・おはよう。正解だよ。挨拶して」
エリオットとマリーには、すぐに後ろのサーシャに気付かれたので、サーシャに振り向いて指示を与える。
「・・ヨーヨー様の奴隷でサーシャと申します。以後、宜しくお願い申し上げます」
「ほーお、よく出来た娘だねぇ。金貨貰ってすぐ奴隷なんて、本当に言っていた通りなんだねぇ、あんた」
「俺には過ぎた奴隷だよ。で、今日は何の集まりだ?」
まあアアウィンダの件だろうが、サーシャの話題から逃れるために話を振る。
「アアウィンダ嬢の件だよ。忘れてないだろうねぇ?」
やはりか。エリオットもこちらの思惑を知って乗ってくれたのだろう。
「近い内に出発しないとマズいようなんだけどね。お嬢様の心の問題があるから、無理に急がせることもできまい。ただ、そろそろ準備をしておけという指示があってねえ」
「準備か。何をすればいいんだ?」
「そうだねぇ、具体的な配置や計画を練って共有しておくのと、後は長旅の準備かな」
「長旅か。どれくらの期間だと思っておけばいい?」
「護衛の任務は行きだけだ。それだけなら1週間くらいかね」
「帰りは各自でって感じになると?」
「そうだねぇ、任務には含まれていない。そして僕たちはあちらで仕事をしようと思うっているから、帰りはバラバラに帰ってくることになるだろうねぇ」
「そうなのか・・往復で2週間を見ておけば良いか」
「いや、行きは馬車で急ぐけど、帰りは徒歩か乗合だろう? 1カ月かかると思っておいた方が無難だよ」
「そうか、馬で走っても1週間掛かるのか。遠いなぁ」
「ははは、港都市に行くのは初めてかい?1週間程度であの場所に行けるのは、まだ近いほうなんだけどね」
「経済の中心らしいもんな。スラーゲ―もオーグリ・キュレスに通じる場所にあるから、それなりに恩恵を受けているのかねぇ」
「それもあるだろうねぇ。まあ、庶民にはあまり関係がない。場所を移して護衛の話を少し詰めておこう」
「了解」
それから、何故かエリオット、というかパッチとトリシエラの意見で「ソラマチの酒場」へと移動した。
「あれから、ここの美味しさに気付いてねぇ。たまに来るんだけど、夜は酒場になるから入りにくいだろう? なかなか満足には来られなくてねえ」
「そうなのか? 俺は気にせずに夜も入っているけどな」
「酒を飲まずにかい? それなら、僕たちも入ってもいいのかもねぇ・・」
「エリオット様とマリー姉さんが夜に入ったら、お酒を飲まないはずがありません。駄目、です」
パッチがこのパーティーの風紀委員長役らしい。そしてマリーはやっぱり酒豪と。そんな気配はしていた。
「厳しいねぇ、パッチは」
「そんなところが可愛くもあるんだけどねぇ」
エリオットがいきなりのろけ出したので本題に入る。
「依頼の件に戻そうか」
「ふむ。さて、アアウィンダ嬢だが、この街に向かっていたときは、7人ほど護衛を連れていたらしい」
「7人か。意外と少ないな」
「大商会の令嬢といえど、上に何人もいて、家を出る身のようだからね。専属はもともと2、3人だったらしいが、父親が心配症で7人付けたらしい」
「その中に裏切者がいた、と」
「そう。もともとの専属に1人、増やした護衛に1人いたらしい」
「2人いたのか!? しかも専属護衛にも1人か。ふんだりけったりだな」
「専属も、その後に付けた本家の護衛も両方に賊に通じていた者がいたからこそ、疑心暗鬼になっているようだね」
「そうなると、ただの賊じゃなくて・・何らかの意図を持った襲撃だった?」
「その可能性はあるねぇ。ま、深い事はあまり気にしない方が良い」
「そうか・・しかしそうなると、再度襲撃がある可能性もあるわけだよな」
「そうだねぇ・・賊自体は、スラーゲ―からも追撃が出ているらしいから東に向かって来る可能性は低いと思うんだけど。他の賊と繋がっていない証もないしねぇ」
「新たに雇う可能性もある。あー、本当に大丈夫か? この依頼」
「はっはっは、怖じ気づいたかい?」
「いーや、なんにせよ大商会と繋がりを持つチャンスを棒に振る選択肢はない。死なない程度に頑張るよ」
「まあ、正直言って僕は、再襲撃の可能性は低いかなとは思っているんだけどね」
「理由は?」
「秘密。独自の情報ってやつさ」
「うーん、そうなの? まあ、どっちにしろ警戒はするからいいけどさ」
「そうだねぇ。むしろ問題は、途中の魔物かな。スラーゲ―周辺よりは確実に格上の敵だけど、大丈夫かい?」
「そっちは軽く調べたけど、何とも言えねぇなぁ。ただ、夜に襲ってくるっていうハルプアドン? あれは怖いなと思ったが」
「ハルプアドンは厄介だよ。月も出ていない闇夜でも正確に襲って来るからね。あれの対策は、火を絶やさないで警戒するくらいしかない」
「そうすると他の魔物が寄ってくるんじゃないのか」
「だね。だから厄介だ」
ついにゴブリンハンターからも卒業か。でもスラーゲ―以外の魔物を体験するいい機会になるかもしれないな。
「さて、当日は馬車と騎乗に別れて護衛することになる。馬は乗れるかい?」
「すまん、無理だ」
「そうかい、それじゃあ出来れば出発までに少し練習はしていて欲しいな。彼女は?」
「少しだけ乗ったことがあります」
サーシャが水を向けられ、はきはきと答える。馬に乗れないのは俺だけか。
「パッチは能力的にも、馬車に乗せておきたい。残りの5人で出来ることを考えよう」
「おう」
「他の護衛は、馬に乗って前後3人ずつくらいが付くらしい」
「ほう、俺たちも合わせると全部で12人か。大護衛団だな」
「そうさ。確実にお嬢様をお届けしよう。ここで何かあったら、商会との繋がりなんて吹き飛ぶからね」
「だな。力を尽くすよ」
その後も、通過ルートについて打ち合わせをして、その付近に出る魔物を予習することを誓って解散となった。
「大仕事になりそうだな~。そういえば報酬の話をしていなかったが・・」
「そうだったっけ? 経費はあっち持ちで、日給で銀貨3枚。後は戦闘で活躍したり無事辿り着けばボーナスが出るだろうね」
「1日ごとに銀貨3枚? ・・いいな」
「大商会の仕事ともなるとこのくらいは出るさ。この繋がりを切らないためにも頑張ろう」
「おうっ!」
酒場の前で別れて、さっそくセンターの二階で資料を読み込む。
ここスラーゲ―の街と、オーグリ・キュレス港の間にはいくつかの村・街がある。どのルートを通るかで数は増減するが。
途中でいくつかの沸き点があり、だいたいは複数種の魔物を生み出す。
1種類のみを生み出すスラーゲ―周辺の沸き点よりも厄介な代物だ。注意しなければならない。
オーグリ・キュレスまで直線でいくと、途中で低湿地地帯がある。
ここは道の整備も難しく、馬車で進むのは難しいだろう。
ここに整備された街道が通れば流通はかなり改善するだろうが、しょせんは田舎町のスラーゲ―だ。そこまでして盛り上げる必要がない。ゆえに放置されている。
そこで、直線ではなく、途中で北か南に曲がる道を通ることになる。湿地帯を回り込むようにして東に進み、スラーゲ―のちょうど東に位置するオーグリ・キュレスを目指す。
十中八九、北から回ると思う。
オーグリ・キュレスの北西には王都キュレスベルガがあり、湿地帯の北側はかなり街道が整備されているのだ。魔物対策も南側よりはしっかりしているはずだ。
今回は魔物狩りではなく、お嬢様の安全を守る護衛任務なのだから、ここはしっかりと整備されている北側一択だろう。多分。
北側には、サイモンという大きな街があり、その北側に大きな沸き点があるらしい。
肉食で獰猛な牙犬やデスハウンド、先ほど話に出て来たフクロウっぽい魔物のハルプアドンなどが出現する。
しかも、湿地帯に沿って回っていくため、沼地などに生息し出現するベンベンスタと呼ばれる水棲の亜人も遭遇する。これは湿地帯付近の沸き点からというよりも、昔あった沸き点から出現して定着してしまった魔物のようだ。
人型でそれなりに力が強く、武器を持っていることもあるので要注意だ。
皮膚も固く、レベルの低いサーシャの矢では貫けないかもしれない。
剣・・という名の鈍器使いである、俺の出番だな。
サーシャと手分けして必要な情報をメモし終えると、受付の親切なおばさんと目が合ったのでに会釈して街に出た。
ほほえましそうにしていたが、「あらあら、春が来たのね」みたいに思っていたんだろうか。
まあ敢えて訂正する必要もあるまい。
「サーシャ、馬の練習はこの街でできるかな?」
「はい、馬貸屋ではだいたい、乗り方を教えてくれますよ。そのまま新たな顧客になるわけですし」
「あーなるほど。タダではないよね?」
「はい、しかし1回銀貨1枚もしなかったはずです」
「そうか、なら今日から習い始めるか・・」
「はい、それがよろしいかと」
「サーシャも習っておく? ここ数年は乗っていないわけだろう?」
「いえ、それは勿体ないかと・・」
「お金が? 今後のための投資でもあるし、必要性があると思ったら遠慮するの禁止ね」
「はい、ではご一緒します」
「オーケイ」
サーシャに案内されて、南門付近にある馬貸屋を訪れた。
サーシャの説明通り、1回1時間程度、銅貨60枚で乗り方を教えてくれると言われた。2人分申し込み、さっそく騎乗する。
さて、「馬」と訳してきたが、この世界の「馬」は、俺の知っている馬ではない。
最初に話を聞いたときは、4つ足で移動手段として広く利用され、白毛や栗毛などがあり、蹄が固く目がくりくりしていて可愛い・・といった断片的な情報の組み合わせから、完全に馬だと思っていた。
だが「馬」として紹介されたのは、確かに4つ足で蹄があり、くりくりとした目をしたどっしりとした体格の謎生物。馬ほど首が長くない。
馬とサイを足して、1.5で割ったみたいな・・? ちょっと説明しづらい。でもそれがこの世界のスタンダードだった。
面倒くさいので、もう「馬」として認識することにした。
ちょっとだけ大きさやフォルムがおかしいだけの馬なのだ。というわけで馬である。
馬に跨ると、足で軽く腹を叩いて操縦できることを教えられ、手許の綱を細かく動かすことでさまざまな意思を伝えることができると教えられた。
こいつ、馬よりずっと頭が良い。いや、馬だ。馬なんだが、馬よりすごい。
サラマンダーより、ずっとすごい!!
・・いやサラマンダーは関係ない。ちょっと錯乱した。
サーシャはさっさと復習を済ませると、早足になって障害物を華麗に飛んだり急停止をしてみたりと制御方法を試しながら、俺を周回遅れにしている。
おのれサーシャ。
楽しそうだな。
「うーん、身体のバランスは悪くないんだけど、ちょっと・・センスが悪いね、あなた」
そんなことを調教師のお姉さんに言われながら、何とか乗り降りと並足発進が出来るようになって終えた。
つ、疲れた・・。
騎乗ってこんなに疲れるものだったのか。足と腰がバキバキだ。
降りてからしばらくぐったりとなって、動けなかった。
これはもうこりごりだ。
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