第18話 豪邸
「んー・・? 朝かぁ・・」
伸びをして周囲を確かめると、帰って来た着の身着のままの恰好でベッドに寝ていた。
「あー・・疲れていたからなあ。しかし湯あみもしていなかったし、流石に臭いな・・風呂、か」
風呂については1つ考えていたことがある。公衆浴場があるのだ、スラーゲ―には。
今まではムダ金は使えないと泣く泣く諦めてきた。
しかし今回は遠征でそこそこ稼いだはずである。
「・・よし、今日は風呂だ」
楽しみが出来て身体が軽くなった羊平は、服を着替えて、異空間を整理して身支度を終えると、盾と剣も異空間に放り込んで買取センターを目指した。
さすがに異空間はパンパンだ。諦めて素材は手に持っておく。
いつもの愛想の良い金髪おばさんに素材を出すと、目を剝いて驚かれた。
「短い間に、ずいぶんご苦労したようですね。ゴブリンマージに・・ナイトゴブリンリーダーまであるんですか」
「・・すごいな、見ただけで分かるなんて」
「ここで長年やっておりますからね」
おばさんは嬉しそうに笑った。もうちょっと若ければなと思う。
「計量と計算をして参りますので、少々お待ちください」
大人しく座って待っていると10分もせずにまた呼ばれた。
仕事が早いのだ、あのおばさまは。傭兵ギルドの某やる気なし受付嬢に、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいである。
「今回は銀貨6枚と銅貨60枚ですね。それと・・ご伝言で、討伐報奨金が出たので一部振り込む、とのことです」
「振り込む?」
「えーと、はい。傭兵ギルド預かりの状態になっていますね。ギルドの受付で手続きをなさいますと、お金を受け取れます。長い事経ちますと、無効になることもございますのでお早めにお受け取りください」
「なるほど。ありがとう」
討伐報奨金・・通常の分は買取りセンターの買取額に上乗せされているはずだから、今回は普通じゃない部分。
つまり、「新規の群れを駆逐した」ということに対する報償金だろう。
いくらぐらい入るんだろうな?
にやにやとしながらギルドに行くと、受付でトリシエラと出会った。
「あれっ? こんなところで・・」
「やっと来た。お金は受け取った?」
「いや、今からもらおうと思って・・」
「そう、ならすぐに受け取って。私と一緒に来てもらうからね」
なんだ、なんだ?
ギルドの受付でお金を受け取った。銀貨4枚也。
5人で等分したと考えれば、エリオットが受け取ったのが銀貨20枚だったのかな?
高いような、安いような。まあ臨時ボーナスとしてはホクホクだ。
これで銀貨10枚、銀貨1枚1万円と仮定すると10万円の収入だ。たしかにゴブリンフィーバーきとるな・・。
トリシエラに急き立てられて向かったのは、立派な門のある豪邸であった。
周りをグルっと鉄柵で覆っており、侵入者を拒絶している。
・・入っても大丈夫かこれ?
トリシエラを振り向くと、とっとと行けと目で示すので入口の呼び鈴を鳴らす。
カランコロンと音が響くと、一部始終を凝視していた門番らしき武装した人がこちらを向いた。
呼び鈴鳴らす前に話し掛けてくれよ・・なんで凝視してるんだよ・・。
「ここはエモンド様の御屋敷だ。相違ないか?」
「はい、呼ばれた? ようなのですが」
チラリとトリシエラに救いを求める。
「中にエリオットという客人がいるはずです。その連れの者です」
「そうか。少し待て」
扉付近にたむろする門番Bに何かを伝え、門番Bが扉から中に顔を入れて確認している。伝言ゲームみたいだな。
10分程待っていると、「よし、入れ」と許可を頂いて中に入った。
「あら、あなたは・・?」
案内された客間らしき場所で、中年の女性がこちらを向いた。
「此度、アアウィンダ様を救出した者の一味でございます」
「・・のようです」
一味って。
「そうですか、私はアアウィンダの親類の者で、ユキシナ・エモンドと申します。此度の件、まことに有難う存じます。貴方たちがいらっしゃらなければ、あの子の命も儚かったかもしれません」
「いえ、当然のことをしたまでのこと」
アアウィンダの関係者か。ところでエリオットはどうした?
「夫のドルトクが直接礼を言いたいと我儘を言い、わざわざご足労願いました。突然で大変だったでしょう?」
「はあ、まあ」
何と答えたら正解なの? 誰か助けてくれ。
「どうぞお座りになって。夫は今、エリオットさんと何か話をしているそうですわ。じき戻ると思いますから、しばらくの間、お寛ぎ下さい」
「は、ありがとうございます」
ユキシナはしずしずと部屋を出て行った。エモンド・・苗字があるから貴族なのか?
「なあ、エモンド・・様のこと、知っているか」
取り残された部屋で、隣に立つトリシエラに小声で確認する。
「エモンド商会と言えば、大手の商会ね。旦那様のドルトク・エモンド様は、今エモンド商会のスラーゲ―支部を取りまとめていらっしゃる方のようだわ」
商会か。
貴族ではなく富裕層の方か。
身分差がどうこうのは言われなさそうだから、まだマシかな。
「それで、エモンド様が何故俺を呼んだんだ? お礼なら、もう婦人に頂いたしもう俺は帰っていいんじゃ?」
「ドルトク様がお会いしたいと言っていたって聞いてなかったの? 少し待ちなさい」
はい。
仕方ないのでソファに座り、久しぶりの紅茶をすすった。うまい。
ちょっと砂糖も入っているな、甘い。
紅茶のおかわりをしてトリシエラに呆れられたところで、部屋に中年の細身男性とエリオット、マリーが入ってきた。
「やあ、ヨーヨー君」
「ほお、君がヨーヨー君かね? 初めまして、ドルトク・エモンドだ」
「お初にお目にかかる、ヨーヨーです」
「なかなか礼儀正しいじゃないか。君の話は、アアウィンダからも少し聞いているよ」
「へ、変なことが伝わっていなければいいのですが」
「裸を見たこと、とかかね?」
「ぶっ・・そ、それは」
「いやいや、ハッハッハ。事故というものだよ、責める気はないよ」
「そうですか、安心しました」
責任を取れとか言われなくて良かった。で、なんの用だろう?
「エモンド様、それで、私にお話しがあるとか?」
「ん、そうだね。そう急ぐことはない。可愛い姪を救ってくれて本当にありがとう。彼女もやっと落ち着いてきたよ」
「それはなにより。しかしその、状況が状況でしたから、心配ですね」
「そうだな。まあ、先に話しておくと、当商会は今回の件を秘匿するつもりはない。アアウィンダには心無いことを言う者もあるやもしれぬが、いい虫除けになろうて」
「虫除け、ですか」
「商会の令嬢というだけで有象無象の虫が寄ってくるゆえな」
ああ。悪い男が害虫、ということですか。
「それでよろしいのでしたら、こちらから申し上げることは」
「いや、だからね。君が心配するように、事件を秘匿するために忘れてもらうなんて意図はない、ということだよ」
「あ・・はい」
そういうことか。
これでしばらくしてから事件の噂が広まっていれば、わざわざ俺を消す動機はないということになる。
それまでは完全に安心はできないが。それを伝えるために呼んでくれたのかな?
「お心遣い、大変感謝します・・」
「うむ、それでね。今日は君に、というか君とエリオット君にお礼を差し上げたくてね。それも別に口止め料というわけではないということを先に言いたかったのだよ」
「お礼、ですか」
「そう。口止め料ではないが、無暗に触れ回るような真似はして欲しくはないがね」
「それはもちろんです。被害者の女性の傷に塩を塗るような真似、私は致しません」
「塩を塗る・・? 珍しい表現だね。しかし面白い。傷に塩を塗ると、なお痛い。ということかな?」
「失礼いたしました、親が良く使っていた例えでして・・。意味はその通り、切り傷があれば痛いですが、それに塩を塗ることは、その傷に付け込んで一層その相手を傷つける恥ずかしい行為だという比喩です」
「なるほどな。面白いご両親だ」
「は。自慢の両親です」
咄嗟に両親のせいにしたが、自慢の両親ではあったな。クズな自分にも優しかった。
その分、申し訳ない感じも大きかったが。両親が死んだ時に、自分の人生を半分くらい投げた気がする。
父さん母さん、俺は今、何故か異世界で冷や汗を掻いています。
「お礼というのは、単純だが、金貨4枚ほどでどうかな?」
「ほっ? き、金貨ですか?」
声が震えてしまった。
金貨? 金貨って、銀貨100枚分だっけ?
とすると、100万円? それが4枚?
今回のゴブリン討伐の収入、これも破格の収入だったが、その40回分?
罠じゃないよな?
「左様。少ないかな?」
「めめ滅相もない。今まで自分と縁のない単位でしたので、動揺してしまいました」
「そうか。命を救って金貨だから、人によっては少ないという者もいる。だが、今私に動かせるのはこの程度だ。受け取ってくれたまえ」
「は、有難く頂戴します」
もしかすると一回断るのが礼儀だったりするのかもしれない。しかしそんな余裕はない。万が一に本当に撤回されては困る。金貨なのだ。欲しい。
「では帰る際に受け取ってくれ。エリオット君と話していたのだけどね、彼らにアアウィンダのオーグリ・キュレスまでの護衛任務を依頼しようとしていてね」
「大変光栄です、支部長」
エリオットが爽やかな笑顔で答える。今回のことを、うまく仕事に繋げたようだな。
「そこで、エリオット君から、君も一緒にどうかと提案されてね。どうかね、引き受けるかね?」
「護衛、ですか? 実を申しますと、高貴な方を護衛した経験がありません。それでも構わないならば」
「高貴などと、我々は貴族ではないよ」
ドルトクは苦笑しながら手を振った。
「まあ、受ける気があるというならいい。私も、アアウィンダを真っ先に見つけ、救った者ならば些か安心できるというもの」
「我々の他にも護衛は付けるのですよね?」
個人傭兵をやっている5人組では、富豪の護衛としては少ない気がする。
特につい最近、盗賊に襲われたばかりなのだから。
すると、エリオットが話を引き取って説明してくれるようであった。ドルトクは茶をすすって一息いれている。
「もちろん、エモンド商会の専属護衛も幾人か付くようだが、最悪は我々だけで護れるような意識も必要だ」
「・・というと?」
「あまり大っぴらに言うのは憚(はばか)られるのだが・・アアウィンダ嬢の護衛の中に、賊を手引きした者がいたらしい」
「なんだって?」
護衛が壊滅したと言っていたが、裏切りを受けていたのか。それは混乱もするだろう。
「だから商会は今、改めて護衛の身元を洗い出しているが、今回の旅路では少しでも信用の置けるものを傍に置きたいということだ」
「それで・・しかし、それならなおさら、俺、いや私のような身元の不確かな者を入れるのは怖いのでは?」
そこでドルトクが口を入れてきた。
「エリオット君とは前々から、縁があって顔見知りでね。賊にあの娘を売りはしないだろう、程度には信頼しているよ。彼のパーティは全て奴隷なのだから、内通もしないはずだ」
「なるほど」
「そのエリオット君が大丈夫だと言ったのだから、君のことも信頼する。何かあれば、エリオット君に責任を負ってもらうけどね」
ドルトクはじっと羊平の顔を見た。
「・・分かりました、エリオットと、ドルトク様の信頼に応えます」
「そうか、では詳細はまた後日」
最後までアアウィンダ自身は出て来なかったが、それ以降はエリオットとドルトクが和やかに話すのを聞いて、1時間もしてから、その豪邸を辞した。
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