第17話 ゴブリンの集落

エリオットが装備を確認し、指だけでカウントダウンを始めた。

いよいよだ。心臓が飛び出そうだが・・ジョブ3も解禁したんだ。こんなところで立ち止まっている場合じゃあないだろう!


指が全て折られ、エリオットが手を振り上げるとパッチが何かを投擲した。

それは集落の、木の枝で拵えられた家のようなものに当たり、中央よりやや手前に転がった・・と思ったら、爆発音がとどろき、ちょっとした熱風が頬を撫でた。


(ありゃ・・爆弾かよ? エゲつないもん持ってるな、パッチの奴・・)


トリシエラはじっと弓を構えて動かない。パッチはまた別の物を遠くに放ったと思ったら、煙のようなものを出して視界が阻害された。

煙幕か。少数での奇襲なら、こちらに有利な要素になるのかな?


集落の中央広場にいたゴブリン達が騒ぎ始める。

家のようなものからも、次々とゴブリン達が出てくる。


そこに、エリオットが光刃を放ちまくる。

最初の1撃以降は、タメもなくとにかく数を撃っている。

実被害を与えるより、混乱を誘う腹か?相手は多数に攻められたと思って躊躇するはずだ。


煙幕が不自然な風で払われ始める。

その奥で、杖を持ったゴブリンがゆらゆらと杖を動かしている。

風魔法か?

エリオットの光刃がゴブリンマージを貫く。

正しい判断だ。そして動きが淀みない。


瓦解したゴブリンの防衛網に、エリオットが全身を光らせて突入する。

目立つが、アレはやられたら怖いわ。

あの珍妙な光効果で勝てないと思ってしまうかもしれない。


ゴブリン達の混乱が収まる頃には、最初に見た20体近くのゴブリンは血の海に沈んでいた。

奥からは次々とゴブリンの増援が来ているようだ。

トリシエラが次々と矢を放っているのが音で分かる。


パッチは、前の戦闘中は気付かなかったが、何やら遠距離で飛ばすスキルも持っているようだ。

前線のエリオットに少しずつ魔術を当てている。

回復か?


あんなピカピカ光っている奴が、傷を瞬時に回復させながら斬り込んできたら、化け物と思うだろうな。

なんというか・・『華戦士』ってスゲェ。

というかあの目立つスキルを有効活用しているエリオットが偉いのか。


前から漏れてくる敵すらいないので、後ろと横を軽く偵察する。敵がいる気配はない。


「罠も動いていないし、敵は後ろにはいないようだな。前に出ても?」


戦況をジッと見つめるパッチにお伺いを立てる。


「・・そうですね。マリーさんも手が空いてきたようですし、万が一の護衛も大丈夫でしょう。さすがにエリオット様が厳しくなってきたようなので、助っ人にいってください」

「よし、承った。ときに、たまに撃っている魔法は回復か? 補助系があるなら俺も掛けてもらいたいんだけど」

「あれは主に疲労回復。あなたにも、勝手に掛けるので問題ありませんよ。思う存分暴れてきてください」


疲労回復だったのか。

まあそれはそれで・・動いても動いても立ち止まらない光る戦士。

しかも、表情はいい笑顔。うん、怖いな。


剣を握り、盾を構えて盆地へ蹴り下る。


エリオットの背後に回ろうとしているノーマルだかスカウトだかを横っ腹から突き飛ばす。

盾で。

その勢いを殺さずに、剣で別のゴブリンを叩き潰す。


うむ、奇襲が綺麗にキマった。


エリオットは、煙幕に巻かれながら身体のデカいゴブリンと、何匹かの精鋭っぽいゴブリン集団と対峙している。

マージも2匹ほどいるらしく、盛んにエリオットを燃やすのだが、エリオットが当たっても平然としているうちに、火が消える。

スキルか? それとも、魔防が高いとああなるのか。


左右に展開するリーダーがウザそうだ。

エリオットは華麗に防衛しているが、デカゴブリンと左右からの挟撃でかなり劣勢になりつつある。


周りのノーマルを狩りながら、左のリーダーにちょっかいを出す。

防御と魔防の補正も1段階上がったし、ノーマルゴブリンの攻撃を多少食らっても死にはしないはずだ。

リーダーをエリオットから引き離すことを優先する。


案の定、途中でノーマルに何度か殴られ、斬られしながらも、リーダーに突きを入れることに成功する。

しかし思いっ切り盾でガードされている。

こいつも盾持ちかよ、それは俺の戦い方だぞ!


グルッと一周しながらノーマルゴブリンを叩き退ける。

こいつら、なかなか飛び込んでこないから一気に始末できないんだよな・・さすが本隊。


ノーマルにはたまに矢が飛んできては数を減らすので、相手の増援があっても3匹から5匹くらいで推移している。

これが後衛にいくとマズいが、俺を狙ってくれているうちは大丈夫だろう。

相手に弓持ちはいないようだ。前のパーティにもいなかったし、弓というものを作っていないのかな?


ノーマルを牽制しながら、リーダーとなんとか遣り合う。

完全に俺が与しやすしと思ってくれたのか、リーダーはすっかりエリオットから離れてくれた。

ゆっくり見ている時間はないが、これで楽になったかな? エリオットは。

そこが崩れると困る。


最悪、魔銃でノーマルを蹴散らそうかと思っていたが、マリーの声も聞こえるし、戦線は維持できているようだ。それなら無理をする段階ではない。

まあ、ある意味無理をするのだが。

囲まれながら牽制しながらリーダーを倒す。これが現在のミッションだ。


ノーマルの数が減ったタイミングで仕掛けるのだが、のれんに腕押しといった体で、俺の方が膂力が上なのに、それを上手に受け流されている。

そしてこちらの消耗を誘ってくる。正しい。


敵のゴブリンリーダーはある意味、俺と似た者同士のようだ。相手から決定打を受けないことを第一義にしていて、良く言えば慎重、悪く言えば腰が引けている。

相手も、俺を囲みながら決定打を与えられずにいる。


まあ、それは、後ろから援護してくれるトリシエラやマリーの存在が大きいのだが。

先ほどから息切れもしないし、傷も気付くと癒えている気がするのでパッチも色々としてくれているはずだ。有難い。


しかしパッチのMPも無限ではないはずだ。

開戦当初からエリオットの支援もしていたのだから、いつMP切れが起こってもおかしくない。

このままではまた俺が足を引っ張ってしまう。早めに決めないといけない。


左から回り込もうとしていたノーマルが一気に3体、倒れ伏した。

トリシエラの矢だけじゃないな・・マリーの投げ剣か?

この瞬間を利用する。


一気に踏み込む。しかしその分、警戒してリーダーが身体を引く。

このまま剣を振るっても、また上手く盾と剣で受け流されて元の木阿弥だ。相

手は腰が引けている・・なんかこの状況は、テレビで見たことがある気がするぞ?


ああ、あれか。いつだったかラグビーワールドカップのときに、避けようとする相手をどうすれば組み伏せられるのかを、選手がたどたどしく語っていた・・。

やってみるか。


身を低くして、盾を構える。剣を出しながら前に大きく踏み出す。

相手は間合いを読み切って身体をねじり、盾で弾く。

かまわん。それは本命ではない。そのまま次の足を踏み込み、さらに姿勢を低く。

目指すは足。武器は、己の腕!


振り下ろしてきた相手の剣は盾で防御し、身体はそのまま流れて倒れ込むように、しかししっかりと後ろの足を蹴って飛ぶ。

足を抱き寄せるようにして掬い、一気に引き込む。

自分も地面に叩きつけられ痛い。


が、相手は完全に不意を突かれて腰から地面へと落ちた。

今使える武器は・・盾!

盾を相手の顔面付近に振り下ろす。ガードされた。


構わず振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。

ガードごと粉砕する盾の連続殴打にゴブリンが悲鳴を上げる。

いいぞ、その声が聴きたかった!


剣は飛び込むときに手放してしまった。空いた右手で殴る。起き上がりながら蹴る。踏む。

そして勢いをつけて顔面に盾を振り下ろす。

振り下ろす、振り下ろす、殴る、蹴る。


抵抗が次第に弱まってきたところで、ふと冷静になって、腰に手をやった振りをして右手に異空間から出したナイフを持つ。

それをしっかり胸に沈めたところで、ゴブリンは観念したように動きを止めた。

油断せずに首にもナイフを滅多刺しで止めを刺しておく。

ふう、これで安心できる。と顔を上げた。


敵を打倒した他の面々が、ちょっと引いた感じでこちらを観察していた。


「・・あー。君、戦闘になるとなんでそんなバーサーカーみたいな感じになるの?」


えっ? 皆こんなもんじゃないの。必死に戦っているだけなんだけど。


「余裕がないからな。腕を上げれば、エリオットみたいに華麗にやれるかね?」

「ふっ、殊勝な心掛けだよ。でも僕の華麗さは、ちょっと他人には真似できないと思うけど、気を落とさないでくれたまえ?」


うん、とりあえずエリオットは通常運転になったようで安心だ。

というか、俺がリーダーと取っ組み合いをしている内に、残りのリーダーとゴブリンの主も打倒してしまったのか。ハンパないなエリオット。

今日ばかりはお世辞抜きに驚いた。


「もう、大きな増援はないと思うけど、外に出てるパーティもあるかもしれない。油断せずに処理していこう」

「処理って、どうするんだ?」

「ここにある家は出来れば燃やす。再利用できないようにね。メスもいるはずだから、探して殺す。ちょっと残酷だけど、子供もね。さ、手分けして中を探ろう」


俺に割り振られた家の入口の布をまくると、キィキィ言いながらミニサイズのゴブリンと、色が薄いゴブリンが威嚇してきた。これがメスと子ゴブリン達か?

盾で攻撃を受け止め、一匹ずつ確実に頭を潰して回る。ちょっと可哀想だけど、思った以上に心には来ないな。

そういえば人型であるゴブリンを最初に倒したときも特に感慨はなかった。・・こういう人間なのかな?


人を殺してきた兵士の何割かはPTSDに・・なんてドキュメンタリーを見たことがあるけど、逆に言えば何割か以外は平然と帰還しているわけだよな。

心に傷を負った者たちよりも、彼らが倫理観に欠けているとか、悪い人間というわけでもあるまい。俺もそっち側だっただけだ。

そう考えて終いにした。


3軒目のお宅訪問に移ったときに、奥でモゾモゾと動くものを発見した。

ゴブリンか?

慎重に布を剥ぎ、静かに剣を構えて観察すると・・人、だった。


「う~ん・・何・・?」


薄汚れているが、たぶんそこそこ若い女性、しかも真っ裸である。首に括られたツルが建物の支柱に結ばれており、ここに監禁されていたことを想像させた。


「あんた、大丈夫か?ゴブリンに攫われたのか?」

「えっ」


女がこちらを見た。


「き・・・きゃーーーーーーーーーーーーっ!」


何故じゃ。俺が悪いみたいじゃないか。


「悪いが敵陣だから、目を逸らしておくとかそういう配慮は約束できない。パーティに女性がいるから、呼んで来よう」

「ま、待って・・ごめんなさい・・えっと・・パーティ? あなたたちは冒険者?」

「・・冒険者? 個人傭兵だが」


冒険者があるのか?


「そ、そう。分かった、女の人を呼んでちょうだい」

「その前に一通り安全確認をしてからだけどな。首のものだけでも外しとくか?」

「え、ええ。そうね」


女に近寄り、首輪代わりになっているツタに剣を当ててみるが、切れない。下手に外そうとすると首が締まりそうで困難だ。


「悪い、外し方分からんわこれ。もう少しここで待ってて」


女は落胆したような表情を見せたが、やはり全裸のまま羊平に居残られるのも嫌だったのか、特に何も言わなかった。


「人間の女性を一人発見した。首輪みたなもので繋がれているんだが、誰か女性が外しに行ってくれるか?」


しばらくして集まってきたパーティに言う。俺以外は変なものは見付けなかったようだ。


「女性かい? じゃあ、3人で行ってみるよ」

「頼む。俺たちは外で警戒を続けておくよ」

「ゴブリンに捕まっているとはねぇ。不幸な女性だね・・」


エリオットが目を伏せた。

ちょっとフェミニストの気があるからな、彼は。

・・まあ、性奴隷を囲っているけども。


途中で戻ってきたゴブリンの相手などをしつつ、たっぷり1時間も待つとやっと女性陣が帰ってきた。

隣には、マリーが着ていたマントを被って俯きがちに歩く女性の姿が見えた。

何があったかはここで聞くことでもないだろうし、とりあえずは状況は終了か。


「訳は後で話すとして、とりあえずこの娘を連れて街に戻ることにしたよ」


マリーが娘を目線で示しながら説明した。


「アアウィンダっていう名前らしいよ。アーダでいいかな?」

「はい、構いません。・・よろしくお願いします」


アアウィンダはしっかりと頭を下げた。おっ、頭を下げるって習慣はあるんだな、なんて思いながらそれをぼーっと見ていた。


帰り道はアアウィンダがいるのでちょっとゆっくりペースだ。ゴブリンがいたら、迂回しながらできるだけ最短で南に出る。

その最中にマリーが説明してくれたところによれば、アアウンダは西方から親戚を頼って旅をしてきた良いところのお嬢さんらしい。


しかし北からスラーゲ―に入ろうとしていたところで、盗賊に襲われて護衛も散り散りになってしまったらしい。

それで森に入って追っ手を撒き逃げようとしたのだが、そこがゴブリンの森だったと。

1人付いて来た戦士もゴブリンに殺され、彼女だけが集落に引き渡されて監禁状態にあったという。


「他には監禁されていた者は?」

「いませんでした」

「そうか・・新しい集落だからな。たまたま最初に犠牲になったのが、君だったというわけかい」


エリオットが軽く肩を抱くようにして慰めた。

俺は出会っただけで叫ばれたのに、それは許されるのかよ!

これが「ただしイケメン(雰囲気を含む)に限る」ってやつか。くそう。


「盗賊は・・ゴブリンが値上がりしたことでスラーゲ―が美味しいと思って移って来たのか、戦士団が手薄になったところを狙ってのか・・いずれにせよ、盗賊にゴブリンの増殖、新しい巣、と不幸が重なった結果という他ないな・・」

「・・そうですね」


ゴブリンに捕まった娘はどうなるんだろう。

良いところのお嬢さんということだが、ゴブリンに捕まった事実からすると婚約が難しくなったりするのだろうか?

ああ、それともその事実を隠蔽してしまえばいいのか。


あれ?

口塞がれたりしないよね?

ちょっとゾワっとしたぞ。


「つかぬことをお訊きするけど・・このまま帰ってどうなると思う? ゴブリンには捕まっていなかったことにしたいなら、俺達も口裏を合わせるけど」


アアウィンダはハッと息を飲み、それからゆっくりと口を開いた。


「・・そうですね。そういったことも考えなければなりませんが・・ウチは貴族ではありませんので、大丈夫かと思います。いずれにせよ、救って頂いた皆さんに仇為すようなことは致しません」


おお、俺の素人考えまで見抜いている。頭が良いな。それだけに不憫だが。


その日は森を出たところで一泊し、翌日もゴブリンとの戦闘は最低限に抑え、彼女を護衛して帰還した。

街に入る前にマリー達が先行し、アアウィンダの服を揃えてきた。それから再び全員で街に入る。

日帰りではないので、1人銀貨1枚を支払う。

チィ。


アアウィンダのことはエリオットやマリー達に任せて、後ろからちょこちょこ着いていくことにした。

最悪、消されそうになったら逃げるか?

どこにだろう・・しかしそろそろ異世界で暮らしていけそうな目処も立ってきた。

拠点を移すのも一興か。


今日のところはマリーがアアウィンダを親戚の家まで護送していくということで、俺は門の前で別れた。

今回はアアウィンダの処置が最優先であるし、途中で羊平一人で倒した敵などもいたので、素材を分けて分配することになったのだ。


後は各自で換金すればいい。

とりあえず羊平は疲れていたので、異空間にめぼしい素材を送って宿を取った。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(10)剣士(4↑)盾士(3↑)

MP 15/15(↑)

・補正

攻撃 G+

防御 G+

俊敏 F-(↑)

持久 G

魔法 G

魔防 G+

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ、ステータス表示制限

斬撃微強

盾強化

・補足情報

なし

***************************


(うむ、いい感じじゃないか? 俊敏が1段階上がって、全体的にレベルも伸びた。ま、少々だけど)


他に特に変わったところもないことを確かめると、ステータスを畳んでしばらくぶりのベッドの感触を楽しみ、気付くと眠りに落ちていた。


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