第15話 ゲラントヌスフ

左手の仲間を振り返ると、エリオットが剣を振っているがトリシエラとパッチがこちらに注目していた。あちらもほぼ終結していたか。

振り返るまで、仲間がどういう状況なのか確認していなかったな。興奮すると、我を忘れて戦闘に没入してしまうフシがある。反省しよう。


マリーは周りを見渡して、見逃した敵がいないかを確認しているようだった。


「こっちは終了だ、状況は?」

「大丈夫、エリィが相手にしているリーダーが最後」


トリシエラが落ち着き払った様子で答えた。


「おいおい、援護しなくていいのか?」

「あの程度に負けない。それに組み合いに弓では援護できない」

「マリーさんが警戒してますから」


パッチも落ち着いている。


「そうか。いや、俺は全然周りの援護とかできなかったな。すまなかったな」

「ん、視野が狭い。でもよくやったと思うよ」


トリシエラが俺を褒めるだと? 違和感がすごいな。


「・・何?」

「いや、何でもない。お、エリオットの奴も終わったようだぞ」


心配でチラ見していたが、最後にピカピカ光って何かをしたら、ゴブリンが倒れていた。

倒れる間際にゴブリンがけたたましい鳴き声を上げた。

あれも彼の『華戦士』のスキルか? 本当にいっつも派手だな。


「怪我はないですか?」

「ああ、右手を焼かれてかなり痛い。やけどって治療できるか?」

「できます。少し待って」


パッチが何かを準備して近付いてくると、右手をしげしげと眺める。


「表面だけですね。火力も弱いですが、広範囲なので治療が必要でしょう。この薬を塗ってください」


渡された箱には、ねっとりとした塗り薬が詰まっていたので、左手ですくって塗っていく。

その間、パッチは手をかざして、癒術を発動すると何やらブツブツと言っている。

「あれっ?」とか「ああ~、そういう」とか聞こえる気がするが、医者のつぶやきほど怖いものはないので聞かないでおこう。


というかマジで怖いから黙ってやってほしい。


マリーとエリオットはゴブリン達の死骸を集め、魔石回収を始めた。

あちらは無傷かな?

流石だな・・。


「おおっ、大型とスカウトがいるぞ。こりゃ悪くない稼ぎになったね」

「こちらはノーマルばかりさ・・リーダーもいたが」


中央はノーマルゴブリンで陽動にして、左に上位種、右に魔法使いを配置していたのかな?

ゴブリンも色々と考えるもんだ。


大型ゴブリンは、その名の通りゴブリンを一回り大きくした、純粋な上位種といったところだ。リーダーのようにフォルムが引き締まっていないし、技術も荒いが、力が強い。

ゴブリンスカウトは緑色のゴブリンで、動きが素早いのが特徴だ。名の通りに、斥候役をしているのかは不明だ。


俺が相手をしたゴブリンマージは魔法使い系で、成長すると緑色をしていることが多いらしいが、今回のはノーマルに近い黄土色の肌をしていた。

それほど成長していなかったのだろう。

いずれも魔物買取センターの資料で予習はしていたが、実際に見るのは始めてだ。

ゴブリンの森という名前に恥じぬゴブリンパラダイスだ。


と思っていると、エリオットとマリーが深刻そうに話し合いをしていた。


「・・やっぱり、あれかねぇ」

「間違いなさそうだね」


なんだ?


「上位種の割合が多く、統制が取れている。そして最後の警戒音・・結論だけ言えば、巣があるだろうということさ」

「巣・・」

「最後の警戒音、あれは仲間に対して危険を報せるものだ。単なるはぐれパーティなら、最後にリーダーがそれを発する理由がない。どこかにまだ仲間がいる可能性もなくはないけどね」

「ふぅむ」


「この辺は入り口に近い。巣があれば掃討されているはずだし、少なくとも最近まではなかったことは確認している」

「ということは、ブラッドスライム騒ぎで警戒が薄くなっている隙に、新しい巣が作られた?」

「・・と、いうことなんだろうねぇ」

「じゃあ掃討しちまった方が良いのか?」

「そうだねぇ・・少なくとも怒られるということはないかな」

「ん? その言い方だと、巣を掃討すると怒られることがあるのか?」

「・・君、もう少し勉強しといた方が良いかもね。まあソロだからそうそう一人で巣を掃討するなんてことも考えられないけど、ね」


どういうことなんだ?

頭にはてなマークを浮かべていると、マリーが一度戻って飯にしようと声を掛けてきた。

後で、詳しく聞いておいた方がよさそうだ。


森から出て、休憩所に戻るとスープ作りが始まり、保存食を溶かしながら食べる作業に移る。


「それで、さっきの話を続けてもらってもいいか?」

「ん? ああ、巣の掃討の話だっけ?」

「そう、それ」

「そうだねぇ。君、ゴブリンの森の北側にはいくつかの巣があるのは知っているのかい?」

「一応、センターの資料で目は通したけど」

「あれは掃討できないのではなく、していないというのが実情なんだけど、理由はわかるかい?」

「魔物の巣を放置しているのか? ・・駄目だ、分からん。なんでなんだ?」

「ゴブリンの森の北には平原があって、そこと周辺が湧き点のポイントとされている。だからまあ、ゴブリンの森の北からゴブリンが湧いてくると考えてみたまえ」

「ふむ・・なるほど。まあ、ゴブリンの森の北側は絶好の巣作りポイントになりそうだっていうのは、分かるけど」

「そうそう。じゃあ、仮に君が湧き点から生まれ出てきたゴブリンだと想像したまえ」


転生したらゴブリンになっていた件。みたいな小説はありそうだな。

あの湧き点もなんか怪しいし、あの神っぽいガキに近しい何かが作っていたとしても驚かん。


「想像できた? さて、君は森に入って、巣を作りたい。その前に、エサを採るためにも森は絶好の場所だよね。なんとしても森に入りたい・・しかしそこには大きな巣がある」

「あっ・・」


ちょっと話の流れが見えてきたぞ。毒をもつて毒を制す的な話か!


「思い当たったかい。第一に、適度な巣が北側にあることは、湧き点から無造作に湧いてくる新人ゴブリン君たち、特にケンカっぱやいはねっかえりから順番に駆逐してくれるわけだ」

「なるほど・・」

「いちいち、ゴブリンを監視して1つ残らず始末していたら、いくら人材と金があっても足りないからね。お偉いさん方も工夫するのさ」

「第二は?」

「今言ったことの裏返しかな。駆逐する金がない。だから程良く管理して、スラーゲ―にとって望ましい形を維持する」

「管理っていうのは?」

「いくつか巣がある、と言ったよね?これが巨大な1つの巣になると、危険なほどの上位種が生まれたり、規模が大きくなったりして制御できなくなる恐れがある。だからそうなる前に、ほどほどの大きさになるように剪定する」

「ほう・・」

「そして、ゴブリンの領域そのものが広がりすぎると、管理しきれないし不測の事態もある。だから、地域的にゴブリンの森周辺から出さないようにする」

「それはそれで大変そうだけどな」

「そうだろうね。新人ゴブリン達全員が森に行くわけではないから、他の方向に行ったゴブリンを監視して、駆除する必要がある。湧き点を管理できず、他領でゴブリン被害が拡大したりしたら、領主の面子も丸潰れだしねえ」


この世界の領主って、大変そうだな・・。

魔物は絶えず生まれてくるから、常時戦時体制のようなものだろうし、そのくせ魔物のせいで生産に当てられる土地は限られている。よくこれで成り立っているわ。


「そうか、それで緻密な管理が必要なのに、個人が好き勝手に巣の掃討までしてしまうと、計算が狂うから怒られるわけだ」

「そう。傭兵団を登録するときは口を酸っぱくして言われるらしいし、個人傭兵たちも基本的にある種の常識として弁えているからねぇ。大規模パーティを組んで巣を目指す、なんて募集は目にしたことはないだろう?」

「言われてみれば、そうかもしれないが・・。規約などに書いておいて欲しいと思うよ」


「そうだねぇ。規約の『法に定められた事項のほか、一定の手続きに従って公告された要請、命令に従う事』という項がそれに当たるみたいだね。多分、なんとかいう名前で要請なり命令になっていて、傭兵ギルドの資料のどこかに書いてあるんだろうとは思うけど」

「なるほどねぇ。まあ、確かに個人傭兵レベルならソロで巣を狩ろうとするやつはいないだろうし、大っぴらに人を集めはじめたら注意すればいいのか」

「そういうことかねぇ」


「何にせよ、助かったよ。まだまだ学ぶことがあると知ったよ」

「その姿勢はいいね。お偉いさん方の言うことなんか知ったことか、という姿勢の者も少なからずいるからねぇ」

「えええ・・捕まったりしないのか、そんな感じで」

「問題になる前にギルド側で対処することが多いからね。巣の話にしろ、具体的に刑罰に問えるかというと難しいし。でも、配慮しないと目を付けられてスラーゲ―で活動できなくなるから、注意すべきだ」


ああー、罰則はないけど行政指導で・・みたいなことか。


逆らってもいいけど、そうしたら営業に必要な許可が次回は何故か下りないかもしれませんよ?

ニッコリ、みたいな。


なんか地球とやっていることは何も変わらないな。

親しみがわくと思えばいいのか、ファンタジーな世界でも人間は生々しいなと嘆けばいいのか。


「・・重々考慮するよ」

「はっはっは」


それから食休み中にエリオットたちがイチャイチャしている内に、ステータスを確認しておく。


************人物データ***********

ヨーヨー(人間族)

ジョブ ☆干渉者(10↑)剣士(3↑)なし

MP 12/12

・補正

攻撃 G+

防御 G

俊敏 G+

持久 G

魔法 G

魔防 G

・スキル

ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅱ(up)、ステータス表示制限

魔撃微強

・補足情報

なし

***************************


どうやら『干渉者』と『剣士』のレベルが1つ上がった・・え?


ジョブ追加Ⅱ、キター!

レベル10で開放だったのか。

これはもしかしたらジョブ追加Ⅲも期待できるかもしれん。


さっそく「なし」となっているジョブ3を変更して、選択候補を表示。


旅人(3)

市民(1)

ごろつき(1)

サバイバー(4)

短剣使い(2)

魔法使い(1)

魔銃士(5)

槍使い(1)

学者(1)

剣士(3)

戦士(1)

翻訳家(1)

遊び人(1)

盾士(1)


『遊び人』までは、出発前に獲得済みだったジョブだ。

今日の戦闘で、『盾士』というものを獲得したらしい。

まあ盾は結構使っていたから、そういうジョブが取れても変ではない。

『戦士』、はまあ、実戦経験を積んできたからというか、実戦しかしていないような状態だからその辺のことだろう。


『翻訳家』は・・こちらの言語が、地球でいうところの何だろう? という思考は結構していたし、その辺で取れたのかなぁ。


ちなみに、名詞に出てくる横文字、例えば「ゴブリンリーダー」の「リーダー」などは、そのままの名前ではなく意訳だ。

こちらの世界の古代帝国語というやつで「長、率いる者」を指すところの「ゲラントヌスフ」という単語が名称になっている。


こちらでいうと、「ゴブリン・ゲラントヌスフ」と言われているわけだ。

この古代帝国語、この周辺の諸国で一種の国際共通語のようになっている。

もう滅んだ国の言葉だし、政治・宗教の要所で使われるという類の言語のようだが、庶民にもある程度浸透している。


地球でいうと英語かなあ・・と思って意訳して、自分の中では「ゴブリンリーダー」と理解しているけど、使われ方としてはむしろ地中海世界のラテン語なんかに近いのか?と思う。

まあラテン語なんて分からないから無視だ、無視。


思考するときはまだ地球の、というか日本の言葉でしているので、こういう意訳問題が発生するのだが、それをグルグルと頭で考えているところが翻訳の経験としてカウントされたのかもしれない。

 

分からないのは『遊び人』だ。

遊んでねぇぞ。

こっちの世界に来てからむしろ勤労すぎてちょっと気持ち悪く感じるレベルで働き詰めだ。


思い当たるところとしては、あれかな。

普通はほとんど変えない、人によっては一生変えないジョブを、必要に駆られて、または面白半分でコロコロ変えているからだ。

どのジョブも長続きせず、飽きては変える。しかも普通の人はそのたびに金も必要になる。

そりゃぁ~とんだボンボンだ。金をもてあました神々の遊びだわ。

遊び人だわこりゃ。

認める。

認めますわ。


とりあえず今は戦闘力が欲しい。

できればババーンと放つスキルも欲しい。


候補としては、汎用性が高そうな戦闘職である『戦士』。

いつもお世話になっている盾関係を強化できそうな『盾士』。

の2つかな?


レベルの高い『サバイバー』か『魔銃士』を取ってステータス補正に期待する、というのもある。


ただステータス補正というのが、実際どういう働き方をするものなのかをきちんと調べていない。

この世界の住人としてはかなり基本的なことっぽいので、エリオットに訊くのも憚られる。

たぶん常識を知らない馬鹿認定されているだろうけど、あまり度が過ぎると何かおかしいと思われるかもしれない。

そういうのは出来れば回避したい。


次回の図書館案件だな、ステータス補正の効果に関しては。


「よしっ」


決めた。これにしよう。ささっとジョブ3を設置すると、最後にもう一度ステータス閲覧で確認してから、腰を上げ出発の準備を始めた。


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