第14話 ナイトゴブリン
「来るぞ」
エリオットがふいに立ち上がって剣を抜く。釣られて立ち上がって周りを見渡す。
「こっちだ」
エリオットが右奥を顎で示す。集中して何やら剣を握ってから、剣から光刃を放つ。
『華戦士』の技ってとりあえず光るから、夜の森では目立つこと甚だしいな。
木々を縫って近付いていたナイトゴブリンが一体切り裂かれ、地に伏せる。
「僕はここを死守する! 奥の1匹は頼んだよ」
エリオットは女達が休んでいるテントを守るらしい。
奥、と言われても良く分からないけど、テントから離れた位置にもう1匹いるということは分かった。
なんとなく1体目が倒れた方向に駆けていると、前方に影が動くのが見えた。あれか。
エリオットがピカピカと何かのスキルを使っているので、断続的に周囲が照らされる。
俺の相手をするゴブリンは剣を持っているようだ。
両手でそれを上段に構え、人間の剣士のような雰囲気を醸している。
振り下ろしてくる剣を盾でしっかりと受け止めてから、右から左へ剣を薙ぐ。
ゴブリンは後ろに引き、間合いを図る。
昼間のノーマルゴブリンよりもずっといい動きだな。
これがナイトゴブリンなのか。
先手はくれるようなので、突きを入れて牽制して、距離を詰めるとシールドバッシュ。
しかし一瞬怯むだけで、態勢が崩れない。何かしているのかな?
追撃で不意討ちに蹴りを入れてみるが、痛そうな声を上げるだけで崩れない。
体幹みたいなものがしっかりしているのかな。
とにかく先手先手でいこう。
盾で押し、剣を振るい、隙があれば足で蹴りを入れる。
何度か繰り返したところで、ゴブリンの方から剣を出してくるようになる。
何度かそれを盾で受け止めた後、中段に雑な斬り込みを入れてきたところでこちらの剣を合わせ、つば競り合う。
片手と両手だが、膂力はこちらが上だ。
ギリギリと押していき、相手が更に力をこめてきたところで、剣の力を抜いて盾を押す。
このカウンターが綺麗に決まって態勢が崩れ、止めに剣を振り下ろす。
「やあ、片付いたようだね」
エリオットが声を掛けてくる。息が上がっていて返事ができない。
これがナイトゴブリンか?
キツすぎるだろう・・。
「そいつはナイトゴブリンリーダー。上位種ってやつさ」
「じょ・・い種? これが・・そ・・か・・」
息を整えつつ、ナイトゴブリンリーダーの遺骸を見下す。
上位種にもなると、ああいう人間っぽい動きもするようになるのか・・。
やはりソロでの遠征は厳しいな。
「通常のナイトゴブリンが2体、リーダーがそいつ、そして斥候役のナイトゴブリンスカウトってやつが1体いたよ。計4体・・まあはぐれかねぇ」
「ふぅ・・ここはゴブリンの森近くだろう? どこかに仲間がいる可能性も高いんじゃないのか」
「ナイトゴブリン系統はもともと、あまり群れずにはぐれのパーティが多いんだけどね。仲間を呼んだりもしなかったし、この辺を襲うのははぐれの可能性が高いよ」
「そうか・・」
自分の倒したゴブリンリーダーの胸を裂き魔石を取り出す。
解体も昼間、下手すぎるとマリーに仕込まれたばかりだ。
筋肉の筋に沿って刃を入れて、魔石をひっかける様に肉をこそぎ取ると楽で早い、らしいのだがなかなかうまくいかん。
筋肉の筋に沿って、というのがまず、個体によって違うので難しい。
リーダーはちょっと今までのゴブリンよりも胸板が厚く、肉が硬い。
より難易度が高い。
結局リーダー1体を処理しているうちに、残りはエリオットが4体処理し終えていた。
「魔物の解体はまだまだだね」
「・・精進するよ」
その後、エリオットが呼びに行くまでもなくマリーが起き出してきて、交代となった。
女性陣ばかりを残すことにちょっとした不安というか、罪悪感のようなものがあったが、しっかりと休息を取らないと明日に差し障る。
1人用テントに入ってすぐ、睡魔に身を委ね、意識を手放した。
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テントの端から薄っすらと明かりが洩れる。
ここは・・そうか、野営したんだっけ。
「・・おはよう」
入口を持ち上げて外の様子を窺うと、マリーやパッチがたき火のあたりで何やら作業をしており、一瞬こちらに目を向けた。
「おはよう」
「おはようございます」
「何か手伝うことはあるか?」
「んー、とりあえず顔でも洗ってきな。それから芋の皮でも剥いてもらおうかね」
マリー達は朝食の準備をしていたようだ。
後番の人はそういうこともするのかと勉強になる。
近くの水場で顔を洗い、装備も身に着けて手伝いをする。
朝飯は芋と干し肉のスープ。あと干した団子のような携帯食。
トリシエラが付近から採取してきたという野草のサラダもある。
このサラダ食えるのか? 大丈夫なんだよな?
「昨日はナイトゴブリンが出たって? あたしたちのときは特になにもなかったよ」
「おお、そうかい。君たちが無事で安心したよ」
マリーがエリオットと情報交換を始めた。
「エリオットがテント前から動かなったからな。愛されてんな」
「・・馬鹿」
トリシエラが赤くなって俯く。
「はっはっは、当たり前じゃないか」
エリオットはどこ吹く風だ。
「あんたねぇ、襲撃があったら起こしてもいいんだからね? というか、5匹も来たなら起こしな」
マリーが呆れている。
そうか、別に起こしても良かったのか。
エリオットにその気がなさそうだったから、そういうものなのかと思ってしまった。
「あの程度なら僕が守るさ!」
「それでも万が一があるだろう? あたしたちの安眠よりも、身の安全を考えてもらいたいね」
「僕が守るから安全さっ!」
嚙み合わない二人。普通は夜襲があったら起こすのだと、俺の心のメモに記しておく。
「それで、昨夜のナイトゴブリン達はどれくらいの値段が付くんだ?」
エリオットたちのコントを終わらせるために、話題を振る。
「そうだねぇ・・。ナイトゴブリン4体で銅貨60枚以上、リーダーだけで40から50枚くらいじゃないかな?」
「おぉ。リーダーはかなり高値だな」
「ゴブリンは基本的に、身体の大きさと魔石の大きさが比例すると言われているね。そして上位種だと質も良いんだとか。昨日のリーダーならその程度にはなるさ」
良い情報だ。5人で分けても銅貨10枚弱に・・あれ? なんか少なく感じるな。
「今はゴブリン種の魔石は右肩上がりだから、もっと高い可能性もあるよ。おめでとう、ヨーヨー」
マリーが言う。
「あれ? おめでとうって、俺が貰っていいのか?」
「まあ、あの時は明らかに君一人で戦っていたからね? 君に所有権があるはずだ」
「そうなのか。それは有難い」
ゴブリン4体を相手にする方が大変だと思うけどな。運よくリーダーと1対1で戦えたのが幸運だった。
「そういう意味でも、僕がパーティを起こしていれば分割になっていただろうから、感謝したまえ!」
「なんか感謝しづらいんだけど・・まあ、うん、ありがとう行動イケメン」
「イケ・・? なんだい」
「おっと。えーと、格好いい男性って意味かな。エリオットにぴったりな言葉、だろう?」
「そうかい! まさに僕を指す言葉だねぇ」
「はぁ・・馬鹿らしい・・」
マリーは苦労してそうだな。
「今日はどうするんだ?」
出発前の予定では、ゴブリンの森周辺の状況を見つつ、外周部を回るか森に入るか、あるいはもっと奥を目指すかを決めることにしていた。
「そうだねぇ、もうちょっと様子を見たい気もするけど・・。稼ぎ時だし、浅いところまで森に入ってみるかい」
「大丈夫なのか?」
「浅い所なら大丈夫だと思うけどね。他のパーティとよくかち合うのが難点かな」
「その分、いざというときに救援を受けられそうだけど」
「そうだけど、それは救援を求められる可能性もあるってことだよ」
とマリー。
「嫌なのか?」
「そういうのはトラブルの元だからねぇ・・。ま、あんたはそういうのを含めて学んでみればいいさ」
反対というわけではないらしい。
黙って話を聞いているパッチと、興味なさそうに飯を食うトリエシエラも特に意見はなさそうだ。
というか、トリシエラはエリオットあたりと小声で話しているところをちょくちょく見掛けるんだが、パッチは必要がなければ仲間内でもほとんど話さない。
たまに本気で存在を忘れそうになるが、あれで大丈夫なんだろうか。
「・・なんですか?」
つい見ていたことがバレたのか、パッチが心なしかジト目になってこちらと目を合わせる。
「い、いや。パッチたちも何か意見があれば聞いておきたいなと」
「特にありません。マリーさんが必要なことは言ってくれています」
「そ、そうか」
大丈夫なんだろう。目を逸らしておく。
「はっは、パッチは頭が良いからねぇ。本当に必要な場面ではきちんと意見を述べてくれるから、安心したまえ」
「・・おう」
トリシエラが容器を空にして、ごしょごしょとマリーに何かを告げている。
マリーがすぐに鍋をかきまわしているから、おかわりでも要求したんだろうか。
社会性欠乏者の性か、内緒話はなんとなく悪口を言われている気分になる。
森の入口をしばらく探ってから、昼前には森の中へと足を踏み入れた。
当然見晴らしが悪くなるので、お互いに気付かず遭遇戦というのもあり得る。
より気が抜けない。
「ちょっと止まっておくれ」
マリーがひょいひょいと木に登って辺りを見渡す。身軽だな。
「やっぱり、ちょっと気配がすると思ったら、北東少し行ったところに何かいるねぇ。ゴブリンかも」
「待ち構えるかい?」
「・・そうだね。近付いているようだから、この辺の開けたところで迎え撃とう」
「私は罠を仕掛けますね」
パッチは罠を作れるらしい。これも勉強と、後ろから付いて行って見学する。
「・・手が空いているなら、手伝ってください」
「はいよ。何をすればいい?」
「こっちのひもをそっちの枝に・・いやそれじゃなくて、もっと上の太い・・それでいいです。結んでください」
「結び方は?」
「なんでもいいですよ」
2本ないから簡単な固結びにできない。とにかくグルグルと巻き付けて体裁を整える。・・俺は不器用なんだ。
パッチは結び目を見て一瞬固まってため息を吐いたが、それ以上何も言わなかった。
「・・周囲の警戒をお願いします」
「・・分かった」
匙を投げられたようだ。
「そろそろ近付いて来たよ! パッチは戻ってきな」
マリーが木の上から声を上げる。パッチは手早く罠を完成させると後ろに戻っていった。
単にゴブリンの進行方向に糸を張るだけの簡易罠がほとんどだ。トラバサミのようなものも1つ設置していた。
「来るよ!」
前線にエリオット、俺、そして木の上からマリーが降ってくる。パッチが何かを投げて、破裂音がする。グレネード的な魔道具だろうか?
「あれは単なる信号弾だよ。注意を引き付けているのさ」
エリオットが落ち着いた様子で解説してくれる。
これだけ準備したのだから、確実に罠のある方角から来てくれるように誘導している、ということかな?
ギィギィ、キィキィと叫び合う声が聞こえて木々が揺れる。
戦闘の1匹は張ってあったヒモに引っかかったらしく盛大に転んだ。
脇にいた1匹は叫び声をあげて足を抱えている。トラバサミかな?
「光、斬・・刃っ!」
エリオットの剣が輝きを増し、いつもより大きな光刃がゴブリン達を襲う。
真正面はエリオットと後衛で対処できそうだ。それなら俺が警戒すべきは迂回ルート。
案の定、罠に足を取られる先発隊を見て、何匹かのゴブリン達はその脇をすり抜けようと迂回して近付いていた。
「思ったよりも数が多いね! 近くに仲間もいたようだ、ごめん」
「問題ない!」
マリーが不手際を謝りつつ、短剣のようなものを投げて動きをけん制している。
そんな技もあるのか。
森に入ってから、エリオットのパーティが本気を見せてきた感じがあるな。
「右に回った奴は俺がやる!」
陣形の右に居るのだから当たり前といえば当たり前のことなのだが、一応自分の動きを伝えておく。
右からは1匹の短剣持ちゴブリン、その奥から最低2匹続いてきているのが見える。
弓っぽいのは見えないから、とりあえず一匹ずつ処理していけばいいだろう。
半身になって左手を突き出し、盾で受け止める構え。
短剣ゴブリンはそれを見て、フェイントを入れつつ回り込もうとする。想定していた動きなのでそちらに剣を出して牽制し、無理やりシールドバッシュに巻き込む。
蹴りを入れて動きを止めたら振り下ろし。うまくいった。
後ろから棒と剣を持ったゴブリンが2匹。ソロなら魔銃を使うタイミングだが・・。
引きながら敵に囲まれないようにして、カウンターでダメージを与えるようにして粘る。
粘る分には問題がなかったが、さらに後ろからゴブリンが近付いてくるのが見えた。
まずい、もう一匹増えるとどうなるか分からない。
そこで、後ろから飛んできた矢がゴブリンの足を射抜くと、一瞬の空白時間が生まれる。
その間に覚悟を決めて、剣使いを猛撃する。棒ゴブリンが回り込んで横から殴り付けてくるが無視する。
棒にトゲのようなものを付けているのか、思った以上に痛い。泣きそうだ。
一度腰をひねって棒ゴブリンを牽制して、また剣ゴブリンを斬る。
この動きがちょうどフェイントのようになったみたいで、剣ゴブリンのガードが失敗し、
棒ゴブリンはこちらに完全に気を取られていたらしく、後ろから飛んできた矢に頭を射抜かれて倒れる。よし。
その瞬間、右手のあたりが熱さに包まれる。
なんだ? 斬られた!?
いや、これは単純に燃やされている!
最後のゴブリンに振り向くと、棒のようなものをこちらに向けている。
いや、棒ではなく杖なのか?
「ゴブリンマージだ、回避行動をとれ!」
誰かが叫んだ。
盾を突き出し、ジグザグに斜めに動きながら近づく。
回避運動と言われてイメージできたのがこれだったのだ。
ゴブリンマージは立て続けに2発の炎球を放ったが、運よく脇をすり抜けて避けられた。
勢いのままに盾で殴り付ける。
右手はやけどが酷いのかじくじくと痛むが、構わず剣を突き入れる。
身を引いて逃れようとするゴブリンに、何度も盾で殴り付ける。
やがてぐったりと動きが鈍った相手の首を斬る。
刎ねるというよりも、潰す感じになったが、止めを刺した。
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