第13話 キャンプファイアー

エリオットたちが休みも入れずに遠征するのは、俺の理解したように短くまとめれば、ゴブリンのボーナスタイムだから、だそうだ。

ゴブリンはいつでもすぐに繁殖するが、最近はそのなかでもちょっと出てくる数が多くて注意が向けられていたらしい。

ただ、ブラッドスライムの方が騒がしくなって戦士団の数があまり割けなくなり、衛兵に応援を頼んでやりくりしていた。


しかもちょうどスラーゲ―に滞在する個人傭兵の数が少なく、現場は大変だったらしい。

そこに他の地域の影響でゴブリンの魔石の流通量が減ったらしく、結果的に値段が上昇し、ゴブリンが多少おいしい獲物となった。

戦士団が割けない以上、民間の協力に期待して、ゴブリンに対する討伐報奨金も色を付けられているはずだ。


獲物の数は多く、利益は大きい。とすると、たまたまスラーゲ―付近にいた傭兵たちにとっては、ゴブリンのボーナスタイムの到来である。

全然知らなかったけれども、いつの間にか俺もそのビッグウェーブに乗っていたようだ。


エリオットたちはいち早くその情報を掴むと、すぐに日を跨いでの遠征に乗り出し、それなりに儲けを出したのだが、前に言っていたように、パーティの雰囲気が最悪で、続けていられなくなった。


そこで、一度街に戻ってから、諦めて自分たちだけで出ようとしていたところ、マリーが俺の存在を思い出した、というわけだった。

なるほど。


要はかき入れ時だから休んでいる暇はない、という話らしい。

特にパーティの財布を握っている女性陣のやる気はすさまじく、エリオットは街でゆっくりニャンニャンする暇もなく働かされている、というわけだ。南無。


その話の中で知ったが、エリオットたちには戦闘に参加しないで家の留守を預かる奴隷がいて、その人が筆頭奴隷として家を仕切っているらしい。

エリオット、しっかり尻に敷かれているんだな、奴隷に。


そんな話をしながら、遭遇するゴブリンの首を叩き切っている。


「しかし、ヨーヨー。剣をはじめてそんなに経っていないんだろう? けっこうサマになっているじゃないか!」

「ありがとう」


マリーが、前線できちんとゴブリンと渡り合うようになった羊平を見て感心したように褒めてくる。


「師匠・・というほどでもないけど、そのような存在もいたし、剣は俺の性に合っているみたいだ」

「へぇ、それは良かったじゃないか。盾の使い方も多少マシになっているしねぇ・・うーん」


師匠のような存在とは、もちろん朝に会話する素振り夫婦の夫、剣マニアの事だ。

とりあえず彼の動きを真似するようにイメージしているが、マリーから見ても動けているようだ。よしよし。


「ジョブはまだ『サバイバー』なのかい?」

「いや、エリオット。これを機に『剣士』に変えることにしたよ」

「『剣士』かい!? そうかい」

「・・ジョブを変えた? ということは、レベルは低いんだろう?」


マリーは怪訝そうにした。


「おう。まだ2くらいだと思うが」

「2? それにしては・・」

「おかしいか?」

「動きが良すぎるというか、身体の線から考えられるイメージと、少しズレがあるというか・・」

「イメージ? ズレ?」

「あたしはその人の身体を見て、どれくらい動けるかなんとなく分ったりするのさ。それとズレがあるというか・・悪い事じゃないんだけど・・」

「剣のセンスがあるってことか?」


それにしては、褒めてくれるというよりは納得できないという感じが出ている。なんだろう。


「うーん、そうかもね。まあ、いいか」


気になるけど、まあ、いいか。切れ味の悪い剣だが、突きは普通に刺さるし、重量をぶつけて殴るようにすると殺傷力も十分だ。ゴブリンは身長が低いから、とりあえず横なぎにしておけば急所(頭)に当たるから楽だわぁ。人相手だと、いろいろと勝手がちがいそうだ。


「さて、ゴブリンの森の前まで来たから、今日は早目にテントを建てて用意に入ろう」


ゴブリンの森と呼ばれるゴブリン頻出地域の前には、いくつかの野営ポイントが存在している。

周囲の地面がならされ、火を起こす場所や用を足す場所などが簡単に整備されているため、利用するパーティは多い。

ゴブリン達も、手練れがウロウロしていることが多いからあまり襲わないという。ある種の簡易安全地帯と化しているわけだ。


俺はエリオット達の予備テントを借りて、少し離れた場所に設置する。

もっと離しておきたいところだが、あまり離すといざというときに困る。

多少のニャンニャン声は耐えよう。


「夜の見張りは、ヨーヨーとエリィ、それから残りの3人で交代しよう。日の入りから夜中くらいまで、男たち頼むよ」


完全にマリーが仕切っている。

あれ、奴隷ハーレムってそういう感じなの?

女の数が増えると、男の地位は下がると言うしなあ。


だが賢くなにも言わず、頷いておく。

日の入りから真夜中だと、そのあと日の出まで寝られるのか?

思ったほどはキツくないな。

夕飯は、各自街で買ってきたお弁当を貪り食う。俺は定番のおにぎりと肉串の組み合わせだ。


「じゃあ、私も寝るから夜中になったら起こしてね。ナイトゴブリン達にはくれぐれも気を付けて、ヨーヨー」


マリーがテントに潜っていき、たき火の前で毛布に包まって周囲を警戒する。


これぞ野営って感じだな。ちょっと修学旅行っぽくて楽しい。

いや、地球での修学旅行はあまり楽しかった気はしないが・・まあ、ネガティブな思い出は封印しておこう。


「ナイトゴブリンってのはどういうやつらなんだ? 今まで実際に戦ったことがないのだが」

「だいたい黒い肌をしていて、タイプは色々あるから一概には言えないけど、夜行性のゴブリンだと思ってくれればいいよ」


ゴブリンはすぐに生態変化を起こす。

ダーウィン的な進化とはもちろん違う。生まれたときとは違う姿形に変化する、ゲーム的な「進化」に近い。


地球の用語でいえば、「変態」だろうか。

いや、SYOKUSYUとかコートを着て通学路で見せびらかすおじさんとかそういう類のヘンタイではない。

イモムシが蝶になったりするところの、理科で習うあの「変態」だ。まあ俺もあんまり覚えていないけど。


ゴブリンは自分の経験や資質によって、ノーマルゴブリンから色々なゴブリンへと姿を変える。

魔物バージョンのジョブシステムといえるかもしれない。

ナイトゴブリンというやつは、夜に行動することが多いゴブリンがなるもので、色は黒くなって夜闇の保護色となり、夜行性になって人の寝込みを襲う。


武器はバラバラで、中には魔法を使うものもいる。「ナイトゴブリンマージ」とかいうらしい。

ただ、闇魔法を使う・・というわけではなく、普通に火魔法が多いらしいので、夜に使われると目立つ。

そして、目立って真っ先に狙われるという可哀そうなやつだ。


「色が黒いから、発見しにくいのが大変だね。ただ身を隠す能力は低いから、音に気を付けておくといい。草をこする音がしたら要注意だ。あとは弓持ちがいると奇襲が怖い。盾はいつでも構えられるようにしておいた方がいいさ」


エリオットの解説に従って、毛布に包まるのは止めて盾を左手で握っておく。

心なしかたき火から離れて、居場所がすぐに分からないようにしておいたほうが良いか。


「警戒しすぎても疲れるけどね、まあ2人だけだからちょっと集中した方が良いかな」


エリオットも剣と盾を手許に置いて、女性陣の眠るテントの入口を守るように座っている。

さすが、行動がイケメン。雰囲気イケメンではなく行動イケメンと呼ぼう、心の中で。

集中のためには黙っていた方が良いが、そうすると眠くなるのでボソボソと言葉を交わす。


「エリオットは色んなパーティと組んでいるみたいだけど、奴隷の数を増やして対処しないのか?」

「ああ、それもアリなんだけど、そうすると自分達で完結してしまうから、情報が入ってこないし、同業と交流がないのも怖い。あんまり戦闘をしても良いという妙齢の女性もいないから、今のままでいいかと思っているんだよ」

「そうか・・エリオットも色んなことを考えるんだなぁ・・」

「はっは、君も奴隷を買ってパーティを運営するようになると、色々と考えると思うよ」


「・・そうなったら、相談させてもらうよ、先輩」

「そうだねぇ。でも、結局自分で答えを見つけなきゃいけないことも多いよ。頑張ってね」

「ああ。それはそうだな。でも傭兵団に入ろうとも思わないしな」

「君はどこかに入って、奴隷は家で待っていてもらうこともできるんじゃないかい?」

「・・そうだな。いや、出来ればエリオットたちのようなパーティが理想なんだが」

「ほう? なんでだい?」


「単に俺は組織人としては致命的だと思うだけだ。協調は苦手だし、足の引っ張り合いがあったらすぐに投げ出してしまう自信があるんだ」

「・・君もたいがい、社会に向いていないね」

「そう。社会不適合者ってやつだ」

「不適合者か、そりゃあ面白い言い方だ。僕なんかも、不適合者なんだろうねぇ・・」

「どうだか」


エリオットは組織でもそれなりに飄々と生きていけそうな気がするのだが。どこで踏み外したのやら。


「エリオットは何故奴隷ハーレムを作ろうと思ったんだ?」

「うーん、最初はなんとなくだよ。実家から追い出されるときに、それなりに金を持たされてね。若かったから色事にも興味があって、仕事で一緒になった男と話していたら、金があるならプロの女に貢ぐよりも、自分用の性奴隷でも買えば早いじゃないかって。今思うとただの軽口だったんだろうけど、そのときはそうか、その手があったか、て思ってね。それで買ったのが始まりだよ」


「それから奴隷の良さにハマった、という感じ?」

「いや、正直奴隷は1人か2人いれば足りるよ。飽きて替えるというならともかくね。ただ、気が向いて奴隷商に行ったら、安売りされていた子供を見て可哀そうになって買ってしまったり・・気付いたら数も増えて、彼女たちに支えられて生活するようになって、そのまま彼女たちと暮らすようになった。という感じかな。今でもたまに奴隷商は見に行くよ、変な話だけど、趣味なのかなあ」


「見ても買わないと?」

「そうだねぇ。彼女たち以上の奴隷はなかなかいないしね。それを確認しては満足するのが趣味なのかも」

「おかしな趣味だ」

「まったく。でも意外と楽しいよ、奴隷たちとの暮らしも。そうなると、もう普通に嫁をもらってという暮らしも考えづらいだろう? ますます彼女たちが大事になって、結局売ったりしたことはなかったねぇ」

「へぇ」


「最初は、飽きたら売って、いつか普通に結婚してと思っていたんだよ、これでも。そこまで奴隷というものに思い入れもなかったし、本当に性欲処理のためと思っていたんだ。でも今考えると、彼女たちが孤独を癒してくれて、色んなことを一緒に乗り越えて・・性的なこと以外の部分で支えになってくれていたんだなと思うよ」

「奴隷というのも色々なんだな」


「そうだよ。人と人の関係に絶対なんてない。夫婦だって、親子だって、その数だけそれぞれの関係がある。夫婦だからこうでなければならない、なんて幻想だけで生きようとしても苦しいだけさ。奴隷だから不幸なんだろう、なんて決め付けは当て嵌まらない。僕たちは主人と奴隷たちという繋がりだけど、どんな夫婦よりも親子よりも幸せになってやるつもりさ。そう思ってる」

「良い話だな」


「そうかい? 普通の人にこんな話をすると、奴隷を好きに使っているくせになにを善人ぶっているんだとか、普通の家族を持てなかった落伍者だとか、そんな風に言われるよ」

「そうか・・でも俺自身が自分を落伍者だと思ってきたからかな。そんなふうに割り切れないよ」

「うん、君はそれでいい気がするよ。なんとなくだけど・・」


エリオットが笑った気がする。たき火の炎に照らされた影が揺れる。彼は彼なりに考えてきたようだ。人生だなあ。


「僕は、奴隷を持ったことでむしろ、自分が何をしたいのか、何を築きたいのかを考えるようになって、やっと自分の芯を持てたと思っているよ。それに気付けて、幸運だったよ。誰に何を言われようと、ね」

「そうか・・」


子供のころ、「あなたの夢はなんですか?」という作文を書かされた。まあ、よくあるやつだ。

「家でゴロゴロしていても怒られなくなることです」と素直に思ったことを書いた。

真面目に考えなさい、というお叱りとともに「立派なサラリーマンになることです」に落ち着くまで書き直しさせられたことを覚えている。


それでも「サラリーマンって・・」とちょっと渋い顔をされた。

スポーツ選手に憧れはなかったし、政治家は大変そうだなとしか思えなかったのだから、他になかったのである。

「奴隷ハーレムを作ることです!」なんて書いていたら、どうなっていたことやら。




楽しくなかった修学旅行のキャンプファイアーを思い出しながら、揺れる炎をただ見詰めた。



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