第12話 スラブゲターの揚げ丼
ゴブリン相手に剣を振り回す。
素振りの段階から感じていたことだが、重い。これでもニート中は腕立て伏せやダンベルを暇潰しに続けていたのだが、力任せに振り回すのでやっとだ。
魔銃で先制され、混乱しているはぐれゴブリンなら力押しで相手できるのだが、もうちょっと素早い魔物や人相手となると厳しそうだ。
剣マニアの夫を煽てて、もっと剣の使い方を教授してもらおう。
さて、魔銃の練習のほうは順調だ。
練習というか魔力操作の実験みたいになっている。
細かい試行錯誤は省くとして、開発した拡散弾の問題点が1つ。MP消費が激しい。
8つに分裂させるとして、1つ1つにMP1相当の魔力を込めると全体でMP消費8。
とてもまともに運用できるような消費ではない。
そこで色々と試した結果が、MP消費を3程度に抑える代わりに、威力と射程を犠牲にする方法だ。
拡散弾のキモは、「近接戦闘でも使える、狙わなくてもダメージや足止めを狙える」という点にある。
要は面攻撃できることが強みということで、1発1発の威力は度外視してみた。
それでも最低限の威力を確保するために、MP消費合計3が最低ラインだった。
射程は、魔力をエネルギーにするとき、早く燃え尽きる代わりに高威力にするという魔力操作が可能だったので、最低限の威力を確保するために切り捨てた。
近接戦闘用に欲しかった機能なので、射程は近接戦闘に利用できるレベルで良い。
まあ「ショットガンって攻撃力高いけど射程が短いよね」というゲームあるあるに引っ張られた発想なのだが。
こうして、何となく始まった「魔力操作で拡散弾を作ろう」計画は完遂された。
至近距離から全段命中させれば、ゴブリンなら一撃で戦闘不能に追い込めることは確認したので、今後はいざというときの切り札として活躍するはずだ。
魔銃と剣を、異空間でやりとりしながら切り替える練習もした。
というか、異空間は剣が収納できるのだから、剣帯にそこまでこだわる必要はなかった。
でも後悔も反省もしていない。
戦闘の最初は剣を背負っておいて、手を回して剣を抜く。
これは必要だ。必要なのだ。
あまり人前で異空間を使うわけにもいかないからな。必然なんだ。
この日もゴブリン集団を3つほど壊滅させて街に戻ると、エリオットから「今日夕方に飯を食わないか」というお誘いメール(伝言)が残っていた。
二つ返事(伝言)をして、夕方までぶらぶらと時間を潰してギルドで待ち合わせた。
「やあ、元気だったかい!」
エリオットは元気に挨拶するが、ちょっと疲れた風だ。
「どうした、疲れてそうじゃないか。今日帰ってきたのか?」
「いや、少し前にね。その後臨時パーティでゴブリン狩りに行ったんだけど、これがなかなか難しくてね」
見れば後ろの女たちも同様に疲れた顔をしている。上位種にでも遭遇したのだろうか。
「とりあえず飯に行こう。俺のおすすめの店でいいか?」
「おや、ヨーヨーくんのおすすめかい? いいね」
すっかりゴブリンハンターとして暮らしている最近の俺は、北門付近の美味しい(かつ安い)店も色々と開拓していたのだ。ちょっと下町な雰囲気だが、エリオットとその奴隷たちなら楽しんでもらえると思う。
北門から西に何分か行くと、「ソラマチの酒屋」という看板の店に入る。
酒屋と名乗っているが、ここは飯が美味い。
米もパンも両方対応しているのも高評価だ。そして安い。なんでもスラム出身のオーナーらしく、低階級層に焦点を当てた店経営をしているようだ。
何度も通っているうちにオーナーに話しかけられ、訊いてもいないのに波乱万丈な半生を語られたことがある。
日本人は人が良さそうに見えるという話を聞いたことがあるが、長話をしても逃げなさそうな雰囲気でも察したのだろうか。
まんまと酒まで頼んで話の最後まで付き合ってしまった羊平も羊平だが。
スラムに関する気を付けたことがいいことなどの情報もゲットできたので、無駄ではなかった。
いまでは羊平の貴重な情報源の1つだ。
「おじさん、連れがいるから大テーブル席空いてる?」
「おや、ヨーヨー君珍しいな。友達いたんだね」
「・・」
「友達作れない人かと思って、色々話しかけてあげたんだけどね。はっは」
長話を聞かせられたのはそういう訳もあったのか。
親切なおじさんだ。半分は自分が語りたかったからだと思うが。
オーナーに導かれて席に座る。
流石に1:4に別れるのはおかしいと思ったのか、マリーが羊平の右隣に座った。
エリオットは当然のように、パッチとトリシエラに挟まれた両手に花状態だ。すごく自然に奴隷たちがそういう配置につく。
「俺はスラブゲターの揚げ丼で。皆はどうする?」
エリオットたちは周りをキョロキョロと窺いながらメニューを決める。
メニュー表がないから、壁に貼ってある紙から探すしかないんだよな。
他の店にはあったりするから、メニュー表という文化がないわけではないと思うんだけど。低階級向けの店だからその辺が雑なのかな。
「それで、どうしたんだ? 今日会うことと何か関係するのか」
「いや、会おうと言ったのは彼女たちでね。今度また臨時パーティを組まないか、という話なんだけど」
エリオットではなく、彼の奴隷たちの方が? ちょっと意外だ。
あんまり好かれてはいないと思っていた。
首を傾げていると、マリーがおしぼりで顔を拭きながらため息を吐いた。オヤジくさいぞ。
「今日まで組んでたパーティが、大変でね・・男女のカップルだったんだけど」
「カップルなら、マリー達を狙うということもないだろう? 平和じゃないか」
「だけどねぇ、女の方が特にね。主人と奴隷っていう組み合わせを馬鹿にしていてね。特にあたし達は・・そら、いかにもエリィと情婦たちって感じがするだろう? 不潔だとか言って毛嫌いされてねぇ」
「・・なにが不潔なんだ?」
マリーとエリオットが顔を見合わせて笑った。
「ほらね、あんたはそういう性格・・価値観? だから楽なのさ。世間一般では、何人もの戦闘奴隷を情婦にしてただれた生活を送っているのは呆れたことなのさ」
「ただれた生活って。それで責められるのはエリオットじゃないのか? 奴隷を馬鹿にしていたと言っていたが・・」
「まあエリオットも馬鹿にされていたのかもしれないけどさ。やっぱり性奴隷っていうものを嫌うし、当たるのも奴隷の方になるのさ、そういう場合ね」
「論理的じゃないな、その女」
「ぷっ、そういうセリフ、いかにもモテない男って感じだよ」
マリーは愉快そうにまた笑った。
確かにモテてこなかったので何も言い返せない。
パッチとトリシエラも控えめに口元を指で押さえて笑っている。とりあえず元気になったならいいか。
「それで、本題は臨時パーティだっけ? もちろんいいぜ。防具も武器もかなり揃ってきたから、驚くなよ」
「本当かい?」
「まあ、防具は旅人の服だし、武器は安物の剣だけどな」
「剣かい? 確か君は槍を使っていなかったかい」
「変えた。槍は高いし、盾と併用しにくいからな。知り合いのアドバイスも貰って、剣を使うことにしたよ」
「ほう、そうかい! それなら僕やマリーと同じだね」
そういえば二人とも剣を使っていたな。
エリオットに剣を習えば彼のジョブ、『華戦士』になれるかもしれない。
・・なりたいかな? まあマリーも教え方がうまいし。
「ただ、今回は泊りがけの予定だよ。今まで経験はあるかい?」
「遠征するのか? 前、1人で野宿したことはあるけど・・。まともな野営の経験はないな」
「そうなの?」
「前の野宿は、本当に無一文になった直後にね・・宿に泊まる金もなかったから、門付近の木の陰で魔物におびえながら寝て過ごしたことがある」
「よくそれで生きていたね・・逆に感心するよ」
「そんなわけだから、そろそろ普通の野営を経験するのも悪くないな。力仕事を手伝うから、教えてくれると感激だよ」
「はっはっは、よかろうとも。二人はどうだい?」
「・・私は構いませんよ? ヨーヨーは馬鹿っぽいけど、私達を馬鹿にしないし」
パッチは賛成のようだ。
「いいよ。でも、絶対に私に変なことしないでね。するならマリー姉さんでお願い」
「するかっ」
トリシエラもOKと。泊りがけゴブリンツアーが決まった。
あっ、でも夜こいつらがゴソゴソしているのを横で聞くことになるのか?
寝られるかね。
「テントは持っているかい?」
「いや。これから買いに行くよ」
「それなら、ウチの予備のものを貸すよ。寝袋さえ持ってきてくれればいい」
「ありがたい。・・夜の声は抑えてくれると嬉しい」
「はっはっは、善処するy・・」
「変なことはしませんから!普通に寝るだけですからぁ!」
トリシエラが立ち上がった。『性術士』なのに初心な娘だ。
エリオットから、街を離れていたときの話も聞きながら食事をした。
スラブゲターの揚げ丼は、チキンカツ丼だと思えばいい。ただ地球のチキンカツに比べて、よりジューシーで肉汁があふれる。
まあ安物のかつ丼チェーンばっかり食べていたから、あんまり偉そうなことは言えないけども。
これで銅貨4枚だぜ?安すぎるだろう。
************************************
翌日、寝袋や着火剤といった野営グッズを抱えて傭兵ギルドに行った。
まだエリオットたちは見当たらない。
ステータスでもいじっているか。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(9↑)魔銃士(5↑)
MP 18/18(↑)
・補正
攻撃 G
防御 G
俊敏 G+
持久 G
魔法 F-(↑)
魔防 G
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅰ、ステータス表示制限
魔撃微強
・補足情報
なし
***************************
おっと、エリオットたちが来る前にジョブを変更しておこう。
************人物データ***********
ヨーヨー(人間族)
ジョブ ☆干渉者(9)、剣士(2)
MP 12/12
・補正
攻撃 G+
防御 G
俊敏 G+
持久 G
魔法 G
魔防 G
・スキル
ステータス閲覧Ⅱ、ステータス操作、ジョブ追加Ⅰ、ステータス表示制限
斬撃微強
・補足情報
なし
***************************
『剣士』はわりとすぐに獲得できた。
『槍使い』よりは素質が高いことを祈る。
ステータス補正は攻撃と俊敏が上昇。
いかにも剣士っぽい。スキルは「斬撃微強」。
見た通りに斬撃の攻撃力が増すのだろう。
ギルドの隅でステータス画面を眺めていると、突然肩を叩かれた。
「やぁ、今日はよろしく。どうしたんだい、変な所見ていたけれど?」
肩に手を置いたエリオットは俺の見ていたステータス画面の先にある何もない床を目で追った。
ステータス閲覧の画面は、他人には見えないらしい。
そうではないかと思っていたが、思わぬ形で確認できた。
「なんでもない。そちらの準備は出来たか?」
「万端、さ。すぐにでも出発しようと、マリーなんかは気が逸っているみたいだね。僕はちょっと疲れているけれど」
肩から手を離したエリオットが、自分の肩をすくめた。よく見るとそうでもないのに、何となく仕草でイケメンっぽく見えるから不思議だ。
「そういえば帰って来てから休みを挟まないんだな。1日くらい休むもんじゃないのか?」
「そうだね。そのへんは行きながらおいおい話すさ。マリーたちに怒られないうちに、行こう」
追い立てられてギルド前でマリー達と合流し、北門から出発進行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます