第2話 買取りセンター
外に出てみる。
どうやら大きな建物の一室にいたようで、階段を下っていくと出口に行き着いた。
ドアを開けて外に出る。アスファルトでなく、土や砂利を固めた道路。
周りの建物は石造りのようで、雑多な色をしているが、自然でどこか落ち着く。ヨーロッパとか中央アジアあたりにある、歴史ある街並みという感じがする。
人はあまり歩いておらず、道路も狭いので路地裏だろうか。
喧噪のする方向に何となく進んでみると、整然と並べられた石畳でできた立派な道路と、その中央をゆっくりと走る人力車、行き交う人々に行き当たる。ここが中心の街路だろうな。
それにしても、人、人、人とごった返しているのだが、服装も洋服のようなものから、和服風のもの、どこかの民族衣装っぽいの、服とは言えないような半裸の恰好など、本当にバラバラで、それが当たり前のようだ。
我々現代人がいつか忘れてしまった文化の多様性がそこにある……とか言いたくなる。
「お兄さん、そこに立ってたらジャマだよおっ!」
路肩の売店のおばちゃんに叱られて、人の流れに沿って歩き出す。
そういえば、お金持ってない。
本当に服しか持ってこられなかったしなあ。いや、日本の紙幣があっても使えないか。
ゲーム風の世界ということで、探せば冒険者ギルドとかあるだろうか?
とりあえず身分問わず金になる仕事を探さないといけない。
大通りにはお店しか見当たらないので、1つ奥に入って路地裏を進んでみると、ピンクの看板や妖しい名前の店が立ち並ぶようになった。
(あ、やべ、色街の類かなこの辺り)
異世界の風俗事情も良く分からないので入るのは怖いが、まあ見ていくだけならいいかとちょっと速足になりながら通り過ぎる。
こっちは規制が緩いのか、呼び込みは「おっぱいどうですか」みたいな謎のコメントをしながら付いてくる変な男ではなく、きわどい恰好をしたお姉さんがもっと直接的に誘惑してくる。
通り過ぎるだけだったつもりの俺もしっかりとぱふぱふ攻撃を受け、前かがみになりながら速足のスピードを加速させて突っ切った。
色街を抜けると、今度はじっと立ち尽くす人や手かせ・足かせをした人たちが並べられている地区に行き着いた。
ここも色街の一種かな?と思ったが、商売している人たちの動きをみるとどうも違う。
そもそも、そういう対象になりそうな女性だけではなく、ごつい男も、しわしわの老人もいる。
(あ、奴隷市場か)
ふと腑に落ちるが、そんなに嫌悪感はない。異世界なら仕方ないと思うからなのか、そもそも俺が自堕落で正義感に欠ける人物だからなのかは不明だ。
(奴隷……奴隷か)
地球での俺は、異性関係を完全に諦めていた人だった。
そもそも自分に魅力がないと思っているが、仮に相手がいたとしても、とても続かないと思っていた。何度か妥協すれば付き合えそうなことはあったのだが、面倒くささが上回ってしまった。
無職になってからは、こんな社会不適合者に合わせてくれる人がいるはずがない、との思いが強くなり、いつしか人と深く付き合うこと自体を諦めていた。
しかし奴隷ならどうだろう。自分中心に動いても当たり前の存在。
上手くいかなければ、市場で売ればいいだけ。相性のいい相手を見付ければ精一杯可愛がろう。
それなら俺の手にも負えるのではないか。
地球で生活に飽きたからと異世界に来て、結局何がしたいかも曖昧としていたが、1つ、まことに下種ながら、目標が見付かった。
奴隷ハーレム。これである。
(よし、頑張ろう)
最悪すぐに死ぬ展開でもそれはそれでアリだなと諦観していたが、ちょっとやる気が出てきて拳を握った。
(そのためには、まず金を稼がねばならん)
通り際に、貧相ななりをした子供の奴隷の値札を確認すると、「銀貨30枚以上 相談」とあった。
……銀貨30枚が最低ラインで、相談してもろもろ決めようじゃないかという値段の決め方か。
性的な対象になるような若い女性となると、この貧相な子供よりも何倍も値上がりするだろう。
(銀貨100枚か200枚か……それが暫定の目標だな)
新たな目標を得て、気分よく、足取り軽く進む。
すると「魔物素材買取りセンター」の文字。
ちょっと思っていたのと違うが、物語に登場するような冒険者ギルドみたいな組織と関わりがありそうかも。
意気揚々と入って行き、受付のショートで後ろをツインにしたかわいい系お姉さんに訊いてみる。
「魔物を倒してお金を得る仕事は、どうやってなるんだ?」
一瞬カウンター付近の空気が固まって、チラチラと職員たちがこちらを見て笑っているのを感じる。
「ええと、お客様、魔物素材のお持ち込みでございましょうか?」
「あ、い、いや」
「何かご相談であれば、相談受付の方にどうぞ」
「す、す、すみませ……」
場違いなことをやらかしたらしい。かなり気恥ずかしい。あまりの恥ずかしさに挙動不審になりながら、相談受付に並ぶ。こちらの受付はロングの美人さん……だったであろうおばさんだ。優しそうではあるので、この場合、助かる。
「お客様、ご相談がおありですか?」
「ああ、実は魔物を倒してお金を得る職業に興味があって、この町ではどのようなシステムになっているのか、関連するところで情報収集をしてみようか、と」
並んでいるうちに考えていたことを早口で言い切った。万年ぼっち勢の俺は一度出鼻をくじかれると弱いのだ。
「魔物を倒すことに特段の制限はございません。門から出て、魔物を倒して素材を取り、こちらのセンターで売却していただければ収入が発生します。ここまでは、よろしいでしょうか?」
「はい、申し訳ない。つい何か許可や登録のようなものが必要なのかと」
「そのように考えてしまう方は他にもいらっしゃいますよ、落ち着いて下さい。特に、通常の、魔物を対象としない狩人の方々などは、狩猟制限などをする関係で登録制となる場合は多ございますからね」
「そ、そうなんだよね~」
せっかく話を合わせてくれたので、そういうことにしておく。なんかすみません。
「このスラーゲーの町の周囲には、ゴブリン、グリーンキャタピラ、ブラッドスライムの湧き点がございます。いずれも強くはない種ですから、周辺を探索するだけでもその機会がありますよ」
「その湧き点?について、詳しくないので教えてもらっても?」
「湧き点ですか。私も詳しくはありませんが、その名の通り一定の種類の魔物が湧き出る特異点のことを指すと。まあそれはご存知かもしれませんね、失礼しました。村や町のなかには、湧き点に対処するために作られたものも少なくありません。ここスラーゲーも、もともとは湧き点の数が多かったことから拠点として整備したものとされています」
「そうだったのか。意外と歴史を知らないものだ」
「そうですね、街中では意外と語られないことかもしれません。学校を出る者は、だいたい歴史の授業の最初に語られるそうですよ」
「そう……なんだ?」
それなりに常識だったっぽい。あー、異世界で情報を集めるの困難すぎだろう。
「初めての魔物狩りということでしたら、グリーンキャタピラをお勧めいたします。最悪、子供が、素手でも時間を掛ければ倒せます。少々気持ちが悪いと思いますが」
「な、なるほど」
「ただし、素材は売るところがなく、魔石のみの売却となります。稀に糸玉と呼ばれるものを内臓に残していることがあり、その場合は安値ですが一応売れますが、ほとんどお金にならないでしょうね」
「ほう」
「魔石は状態にもよりますが、丁寧に採取をすれば、討伐奨励金と併せて1つで銅貨10枚前後にはなります。その際、手数料として1割程度は頂くことをご了承下さい」
「なるほど」
銅貨何枚で銀貨っすか?と訊きたかったが、流石にそれは訊けない。後で何とかしよう。
「また、街中で暮らしてきた方には案外馴染みがないのですが、一度街壁の外に出ますと、入るのに銀貨1枚ほど必要になります。商人資格を持っているなど、減軽・免除事由に該当すればその限りではありませんが、くれぐれもお金を持って出るのを忘れないように願います」
「持って出なかった場合、どうなる?」
「最悪門番に捕まり、不正入門の疑いで犯罪となります」
「うげぇっ」
「確実に、銀貨1枚は持って行ってください」
「……とすると、グリーンキャタピラの魔石10個も集めないと赤字か?」
ちょっと賭けに出て、貨幣価値を確認してみる。外していたら、計算苦手なんですテヘペロで、一応は誤魔化(ごまか)せるだろう。
「そうです。もちろんその他の費用もありますから、12~3匹は倒さないと赤字かもしれませんね」
なるほど、銅貨100枚=銀貨1枚はほぼ確定だな。
「う~ん、そんなに見付かるのかな」
「厳しいかもしれませんね。最初は赤字覚悟で経験を積むのがよろしいかと」
「そうか、甘くない世界だ。ご忠告感謝する。色々と情報も、ありがとう」
「いえ、お役に立てたならば幸いでございます」
「とても助かった。また何かあれば、訊いても?」
「もちろんです。しかし、何か調べ物でしたら、当センター2階には魔物の情報、または街立図書館にはさまざまな情報が集積されていますよ」
そちらで調べてから来いと。ぐぐれかすってことだな。
「ああ、ならそちらも利用していきたいと思う。迷惑を掛けた」
「いえいえ」
「では」
そして2階に寄って魔物の情報をざっと眺め、壁に貼ってあった周辺の魔物生息図を眺めてから外へゴー。とんだ大恥を掻いたが、登録料が必要なんて言われたら、無一文だから、結果的に冒険者ギルド風のシステムじゃなくて良かったと考えよう。うん。
さて、1つの指針として「街の外でグリーンキャタピラを狩る」という選択肢が出来たわけだが。それをするには帰ってくるための銀貨1枚を用意してから出掛けなければならない。
「今売れるのは……まあ、服しか持ってないよね」
脳裏に、表通りで見た半裸の人が脳裏をよぎる。……他に道はないか。
目についた庶民向けの洋服店っぽいところに飛び込みで営業してみる。
「へぇ~、いい仕立てだね。上着とシャツ、合計銀貨3枚払うよ」
「銀貨3枚か。あ、この靴下とか売れない?」
「ん? ん~物は良さそうだけどね。さすがに臭くて売れそうにないね」
せ、洗濯すればいいのでは……。
と思いつつも臭いと言われてヘコんだ俺はすごすごと退却し、売れるだけ服を売って銀貨3枚を得た。
ズボンはどうしようかと小一時間悩んだ。
悩んだが、さすがに下がパンツ1枚というのは耐えられそうになかった。そこで上着とシャツを売り、ランニング1枚の半裸スタイルで街を歩くことになった。
ときどきチラっと見られるが、表立って責められることは今のところない。
半裸の人たちがいたんだから、セーフのはずだ。
そう自分の心に言い聞かせた。
(銀貨3枚かぁ。銅貨何枚かで屋台の軽食が売ってるから、銅貨1枚100円、銀貨1枚1万円ってところかなぁ? 分からないけど)
全財産3万円。もう流石に売れるものはない。すっからかんである。1万円分は後の入場料としてボッシュート。残りは2万円で、武器なんかは買えそうもない。
(せめてナイフでも買おう……そして食い物だ。食い物さえあれば生きていける)
いきなり異世界ド貧乏になったことにビビりながら、なけなしの銅貨30枚で大きめのナイフを買い、銅貨10枚で屋台の大盛焼肉丼を貪った。
しばらくは飯抜きかもしれない。思いっきり食いまくった。
食ってからトイレがしたくなり、かなり焦ったのだが、この世界なんと街中に公衆トイレがある。
トイレごとき、というかもしれないが、中世~近世風の世界に見えたので、公衆トイレという概念があることがまず驚きだったし、水洗トイレ(たぶん)であることも喜ばしいが驚いた。
思っていたより、文化水準は高い世界なのかもしれない。奴隷制度はあるけど。
「さーて、グリーンキャタピラちゃんに会いに行きますか」
まだ陽は真上にあり、転移してきた時間が何時か分からなかったが正午くらいなのだろう。
町を出るときは特に審査もなく、武装した衛兵さんたちに睨まれながら粛々と門から出発となった。
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