朝焼けに乾いた涙
いつのまにか寝ていたようだ。
目がちょっと痛い、もしかしたら泣いたのかな……。
顔を洗いに洗面所に降りる。
「ああ、美郷。起こしちゃったかい?」
お父さんが目の前にいる。お父さんはいつも朝早くに家を出て、みんなより早く仕事を始めてから定時に帰ってるって言ってた。家族も仕事もこれで大事にできるぞ、って言ってた気がする。
そんなお父さんがまだいるから、今は凄い朝なのかも知れない。
「……大丈夫、今何時?」
「えっと髭を剃ってるから……四時半だね」
とっっても早起きしてしまったみたい。でもお父さんの邪魔しちゃいけないから部屋に戻ろうかな……
なんて言ってると、髭剃りの音が止まった。洗面所がシーンとしている。
すっごく静か。
あの時みたいにすっごく静か…………
「お父さん、みんな悪くなかったよね……?」
「んん?そうだな〜なんの話をしてるかわからないけどなぁ……」
お父さんがワイシャツを着ている。その様子をじっと見てしまった。お父さんは髭剃れ具合を確かめてるようだ。
「美郷は一人で悪いことをする。おやつをつまみ食いしたり、お父さんの靴下を洗濯物から省いたりだな。でも、みんなでいる時は悪い事なんかしてない。まして、みんなだって悪いことをしてない。誰かが転んだらみんなで守ってあげよう。それが美郷が考えてることなんだろうなぁ……」
どっちにも似てなくて困っちゃうくらい立派だよ、最後にそう聞こえて頭をわしゃわしゃされた。その大きな背中を捕まえて離さなかった。パリッとしたシャツからは洗濯のりのいい匂いがする。お母さんが夜遅くまで頑張ってる証拠だ。
「まったく、背中に顔ができたら電車でびっくりされちゃうなぁ……」
ぎゅーっと、ぎゅーっとお父さんの背中に顔を押し付ける。目からいっぱい涙がこぼれちゃうからシャツで拭いちゃう。お母さんに怒られちゃうかも知れないけど、それでも拭いちゃう。
やっぱり一人だと悪い子なのかもしれない。
「美郷、お父さん今から朝ごはん作るんだ、手伝ってくれないか?」
「…………うん」
苦しくなったので背中から顔を話す。お父さんは振り返ってくれなくて……いや振り返って欲しくなかった。多分目が真っ赤だから、先に顔と手を洗ってこよう。
────お父さん、めちゃくちゃ料理上手い。
普段の朝ごはんはお母さんが一から作ってるわけじゃないんだぞ、ってお父さんが威張っててちょっと信用できなかったけど、私が手伝う暇がないくらいキッチンを動いている。猫よけの柵がガシャガシャ聞こえて……あっ、ごめんミーシャ。そうだよね、飼い主がいなくなったらびっくりするよね……してないな。多分お腹が空いたんだな、この食いしん坊め。
「ミーシャに餌あげるね」
「おう」
すっかり料理に熱中したお父さんを放っておいて、ミーシャに餌をあげる。餌皿と水のお皿を持ってキッチンを出ると廊下に人影……顔が真っ白な女の人と目が合った。表情がない、不審者だ。ん、不審者?そんなわけが……
「アラ……」
近づいてきて腰が抜けて…………私の叫び声がが家中に響いたと思う。
「もう姉ちゃんうるさいよ〜」
寝ぼけた大樹にガシガシ殴られる。姉弟喧嘩では負けない自信があったのに、一方的に殴られている。少し悔しいなと思いつつ顔を上げると、食卓にヤツがいた。
あれ、輪郭も声も聞いたことがある……ってお母さんが座っていた。
「もう……びっくりしたわよ……ゴキブリが出たのかと思ったじゃない……」
薄暗い廊下に顔面真っ白の生々しい女がしわがれた声で立ってたほうが怖いと思うんですよね、お母様。
てか、こんな朝早くからパックしてるんだ…………。
「まぁ、みんなで朝ごはん食べられるのは嬉しいよ……奈緒はそれ取らないのか?」
「二人とも起きちゃったし、せっかくなんだから朝ごはんは食べないとね?」
なーんかうちの両親はほんの少しずれているような気がする。気のせいだろうか。
そんなのは気にせずに食卓に着く。今日の朝ごはんは和食のようだ。
「そういえば、今週の末は晴れるみたいね、大樹と一緒に応援行くわね」
「えっ……あっ、まさか……」
「どうしたんだ、大樹。魚の骨が刺さったか?」
お父さんの指摘がおかしいのは置いといて、大樹が何かを考えている。何か嫌な予感がする。狩野中は木曜と日曜が休みだったはず。私の跳躍は土曜日だから大樹達は練習があるはずなんだけど……
「いやさ、奥村先生が『土日に大事な用事が入って俺は行けないから、今週は木曜を練習にする』って言っててさ。土日暇になっちゃったんだよね〜」
嫌な予感がする。また鈍臭いって言われてしまうのだろうか。それはそれで嫌だなぁ……
お父さんがいつもよりも一時間半家を遅く出るらしくて、普段どんだけ早出してるんだってなった。お父さん9時出勤の所をいつも7時に出勤してるんだ……そりゃあいないわけだ……
あれ、今七時半。あれ、今補強が終わってそのまま学校に行って……
「そういえば、美郷。今日は朝練しないのね?」
「ぁぁ……サボっちゃったぁ……」
「姉ちゃん、今日は休めってことだよ。ちゃんと休む事は実力になるって奥村先生も言ってた」
みんな奥村先生の手先になってしまっている。手先と言ってはアレだけど、これは看過できない事実だ。弟にはお仕置きするしかない。
「じゃあ、行く前に腹筋200回。終わるまで朝練行かさないからね」
***
自転車で荒川沿いを走っていると背中をポンと叩かれる。そういえば栞里を置いていってしまった。今日はなんだか締まらないなぁ……
「ねぇ、藤堂さん?」
「え、あ、えっと、おはよう……」
────誰だ?
全く話した事のない人が隣を走っている。私そんなに有名じゃないはずなんだけど、本当に誰に声かけられてるんだろう。
「おー、みーさん〜。ウチのパー子が突然ごめん〜」
気の抜けた声の持ち主は間違いなく莉沙だ。莉沙の分までスペースを空けてあげると、追い抜いて前にやってきた。
「その呼び方やめてよ〜」
「だって中学時代はパーマかけて怒られてたじゃーん。あ、この子は
クリッとした丸い目が特徴的な彼女は長距離かぁ……あれ、なんで陸上部じゃないんだろう。
「パー子ねぇ、茶道部に入ったけど合わなかったからやめるんだって〜だから陸上部の入部届渡しといた〜」
「その呼び方はさぁ……まぁいいけど……でもそうなんです。陸上部がなくなるから残念だなぁって思ってたんですけど、皆さんが頑張ってるのを聞いて何かお手伝いができたらなって……だから今度の記録会はお手伝いしますね!」
パー子って言われてる女の子がニコニコしている。なんだ、莉沙って凄く友達が多いんだなぁ。でも、莉沙の性格だったらそれも当たり前の話なのかもしれない。
莉沙は、おどけて冗談をいっぱい言うけど、絶対に人の悪口は言わない。何かあっても人のせいにしない。そう言う無意識な誠実さのおかげで、周りに人が集まってくるんだろうなぁ。
二人とペチャクチャ話していて……栞里を置いていってしまった事を思い出した。いや、今は八時を過ぎている。栞里は……私が置いていかれたんだな。普段、八時にいつも合流してるし。ちょっと申し訳ない事したなぁ、なんて思ってたらRINEが一件。
《お腹壊しちゃったから、今日2限から出る、ごめんね!!》
なるほど、栞里はそういう理由だったか。親友のありえなくない理由を頭に入れて、私は学校へ向かった。
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