センパイ、乱入。
「さて、まずは大会要項をご覧ください」
放課後、みんなが帰った後の私達のクラスで“ミーティング”をすることになった。教壇には栞里が先生みたいな感じで立っているのがあまりにも似合わなさすぎた。
陸上の大会には必ず要項がある。エントリー方法や開催種目など、事細かに決められているので、必ず確認しなければいけない。
「大会名はいいとして、場所は熊谷市スポーツ文化公園陸上競技場。北部の中高生はよくお世話になる陸上競技場ですね、なんなら埼玉で一番使われている陸上競技場といっても────」
「そういうのいいんでサクサクお願いしまーす」
莉沙からの野次に栞里先生は頰を膨らませている。けれど、ちゃんと分かってるのでまた話し始めた。
「まず、大事なものが参加費用。参加資格はとりあえず満たしてるので、費用一種目千円。一人二種目まで。リレーは、一チーム四千円。これは各自で出しましょう」
「費用は先生に渡せばいいんだっけ」
「うん、費用と、美郷が作ってくれる簡単なエントリーシートを先生に月曜までに提出、あとは先生がやってくれます」
とんでもない無茶振りをされたような気がするけど、まぁしょうがない。この記録会で全てが決まるようなものだから、雑用も真剣にやらないと。
「とりあえず、私は100と200、美郷は幅、莉沙は100ハー。麗華は、何がやってみたい?」
「私は……その……何がいいのでしょうか……」
麗華さんはスタミナがある。週二でやっている走り込み練習の時なんか、ずっと全力で頑張っているのに、私達よりもへばっていないのだ。
何かスポーツをやっていたのかな……元々の才能なのかな……スタミナに才能なんかあるのかなあ……
「麗華は400だよ、私はそんな気がする」
莉沙にワシワシ撫でられながら誤魔化されてはいるが、麗華さんも流石に気づいたようだ。顔が少し変な感じになっている。
普段の練習で200とか走ってるから、距離感っていうのかな……その辺りは把握できるけど……その二倍って言われてもしんどいだけかもしれない。
「長い距離が私にとってはあっている、ということですか……?」
「違うぜ、400は……短距離だぜ……」
なんか、すごい人が教室に入ってきた。小さいながらにめちゃくちゃ目つきが悪い。なんだあの目つきの悪さは、初めてみた。あれは……くまってやつだ。
のそのそと入ってくると、莉沙を後ろから抱きしめている。いや、ちがう。首を絞めている。
「今からこのアタシが400の良さをレクチャーしてやるからついてきな」
「ぐるじい、はなじでぇ、ごめんなざいっ!!!!」
いつもの変人さが失われて、莉沙が滅茶苦茶焦ってバタバタしている。そんな顔を見ながら、目つきの悪い子は手を離そうとしてなくて……止めた方がいいのかもしれない……!
急いで立ち上がったところで……何か熊のような影が見えたような気がした。
「コラっ、そうやっていじめるからみんなに怖がられるんでしょ!」
「いだいっ!! だってニュービー達が400は長距離だってぇ……」
多分ゲンコツされたんだと思う。その、多分。なぜかって、全く何も見えなかったからだ。気づいたら、その子が女の子座りで頭を抑えて蹲っていた。
よく見たら、上履きの色が緑……二年生だ。
「あ、あの、皆さんは……何故?」
「まぁ、後輩になるかもしれない子達が頑張ってるって聞いたら見に行くのは当たり前の話じゃんか〜?」
「そういうこと、先輩であるアタシ達が直々の応援しに来たってわけだ、快哉せよ!!」
「ごめんね、バイトのしすぎで追い込まれてるみたいで……私は
ヒナタ先輩は……とても大きい。投擲ブロックの人ってどうしてこんなに大きくなるんだろうか。身長180とかあるのかなぁ……
制服から見える腕は、凄い。しがみついてみたい衝動に駆られて、それを自分の中で押さえつける。あんな筋肉があったらなんでもできるんだろうなぁ……
そこでへばってる先輩が早速ヒナタ先輩の腕にしがみついていて、早速羨ましく思えた。それにしてもものすごく小さい。
「アタシは
小さい方のトモカ先輩はくまさえなければお人形さんみたいでとても可愛い。でも先輩だから、ちゃんとしないとさっきの莉沙みたいに絞め殺されてしまう。
「そういえば、この学校はバイト自由なんですね」
「まあ、そうだね。学業に支障が出ないレベルなら申請カンタンだし」
トモカ先輩とヒナタ先輩は、栞里の手から大会要項を引き抜いてまじまじと見始めた。栞里に関しては……やっぱりだ。先輩という存在がいる時点でビックリして、しっかり真顔になっている。背筋もとてもいい。
そんな栞里を放っておいて、今度は麗華さんの事をじっと見始めた。
「とりあえず、やりたい事をやってみる、興味あるものをやってみるのが一番かもしれないよ。三人は、その道を通ってきてから今の専門に至ってるんだと思うし、始めたばっかなら滅茶苦茶伸びしろあるからね」
「そうなんでしょうか……私は皆さんの脚を引っ張らないかとても心配で……」
「ダイジョブダイジョブ! 私だって最初は
タンタン……?淡々、坦々……タンタンメン……お腹空いてきた……。タンタンってなんだ?
「短短っていうのは、100とか200の事。短短ブロックと4ブロ、400ブロックに分けられることが多いね……」
「解説ありがと、しーちゃん」
しーちゃん、という謎のあだ名で呼ばれても、栞里はペコペコしている。私も緊張しているけど、徹底的に上下関係を叩き込まれるとああなるんだなぁ……
「まっ、アタシの話は今度の記録会で話すとして、とりあえず種目の話か。えっと麗華だっけ……れーちゃんでいいや。れーちゃんは何がやりたいの?」
「わ、私は……その……やってみたいことが多くて……ハードルもやってみたいですし……幅跳びもやってみたいですし……」
「じゃあ、それ全部やってみたらいいんじゃね?」
みんな目を丸くしている。みんな……いや、多分私と麗華さんだけ同じ理由で、他は別の理由だ。
だって、トモカ先輩が何言ってるかわかんないもん。
「要は種目で混成をやってみればいいってことですか……?」
「そーそー。話聞いてたし練習見てたけど、スタミナあるしガッツあるからあってると思うよ」
混成、と聞いてやっと話を理解した。
陸上は、一つの種目で誰が一番強いのかを決める競技だ。でも、昔の人はこう考えたのかもしれない、「“色んな事をやらせたら“誰が一番強いのか」。
それで編み出されたのが『混成競技』だ。二日間で女子なら七種目やって、その合計得点数で順位を競う。プロともなると十種競技になって、その王者は“
「記録会でそのような種目があるのですか……?」
「ない、だから各種目をその記録会で個別に出るのが多いね」
「でも、アタシ的には4ブロ来て欲しいなぁ……」
二人の先輩に、もみくちゃにされながら、正確にいうとトモカ先輩に熱烈な歓迎をされながら麗華さんはされるがままになっている。多分、どうすればいいのか分かってないんだと思う。
「まぁ、頭に入れとくのもいいかもしれないね。朝夏も私もまだ麗華の実力とかちゃんと見たわけじゃないし」
「わ、わかりました……いつまでにエントリー種目を決めれば良いですか?」
「明後日かなぁ、エントリーのアレもあるし……」
「分かりました、もう少しお待ちくださ──
教室の戸が開けられた。後ろには長い髪に白衣を着た……生物の先生が立っている……。
噂によると、生きたまま動物を捌いたり虫を食べる先生らしい────あっ、手袋が血まみれ……
「ご、ごめん、ごめんなさい、か、かかかか、帰ります帰ります!!!!」
トモカ先輩がバタバタ逃げていく。ヒナタ先輩もビクビクしながら逃げていった。蛇に睨まれたようなカエルのように何も動けないでいると、誰かに手を引かれた。
とりあえず、なんか助かったような気がする。階段を転びそうになりながら降りて、それだけがハッキリ感じ取れた気持ちだった。
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