原点に戻りましょう




「へー、美郷と栞里の学校って結構大きいんだね〜」


 久しぶりに来た母校は、小さく見えた。筈なんですけど、卒業してから一ヶ月くらいしか経っていないので、あんまり変わってないように見えた。

 まずは職員室に行かなきゃいけない。それで、ダメだったら大人しく今日は帰るしかない──


「ひゃああああ、栞里先輩っ、何でいるんですか?!」


 ちっこいのがものすごい勢いで突っ込んで来たので、急いで私達は避けた。だけど彼女は、別に派手にずっこけることもなく、急ターンを決めて栞里の肩をちっこいのが掴んでいた。私はこのちっこいのに確かに見覚えがあった。


「ああ、いや、ちょっとね……奥村先生は今日いるよね……?」

「は、はい、い、今呼んで来ますね!」


 ちっこいのが学校に走って戻っていくと、ようやく私達は平和になった気がした。というか、私も女子の中では小さい方なのだけど、やっぱり絵梨那えりなは小さいなぁ。そこが愛らしく見えてしまうのかもしれないけど。


「先生、ほら、私嘘はついてないです!」

「嘘つけ……あ、ホントだ、珍しいな。鶴見がホントの事言うの」

「いつも言ってますよ!」


 むくれながら、ちっこいのが連れてきたのは背の高い大柄な男の人だった。アイ○ビーバックって言いながら銃を撃ちまくりそうな容貌のこの先生こそ、私たちの恩師である奥村先生だ。

 顔つきと服装から、「ターミネーター」って言われているのを聞いたことがあるけれど、実は大のスイーツ好きな事を私はよく知っている。


「えーと、藤堂と鶴見と……一人は初めまして、一人は久しぶりってところだな。ここの陸上部の顧問をやってる奥村だ。よろしく」

「初めまして、芦野麗華と申します。以後よろしくお願いします」

「……初めまして〜、氷見莉沙と申します〜」


 莉沙はしばらく何かを思い出そうとしていたが、諦めて自己紹介を返していた。奥村先生は少し残念そうにしていたけれど、切り替え早くこちらの方に話を振ってきた


「それで、藤堂から昨日簡単な話を聞いたが、練習に参加させて欲しいって事でいいんだな?」

「はい、できれば先生に教えていただければありがたいかなぁというのがありまして……」


 考えうる限りの丁寧な言葉を使いつつ、事情を話す。先生は、いつも通りこちらをじっと見つめながらも、話を聞いてくれているようだった。

 いつ見ても奥村先生と対面するのは、とても怖く感じる。なんでだろうか。


「そうか、それは別にいい。あまり気にしないが……清鳳学院の話は有名だったしな」

「え、先生が変わった事ですか?」

「ああ。だから言ったじゃないか、大変だぞって」


 そういえば、栞里が推薦を全て蹴って清鳳学院に行くって言った時、先生は苦い顔をしていたような気がする。あの時は推薦を全て蹴るのが先生としては心が痛い事だから、と思っていたけどそういう事だったのか。


「まぁ、思い出話は終わってからすればいい。生徒達も今からミーティングだから、そこから参加しなさい」


 先生はそういうと、校庭の方に歩いていった。

 戸惑う芦野さんを置いて行くわけには行かない────莉沙が世話してくれているので大丈夫でしょう。

 校庭の端に先生が立って、既に六列横並びに並び始めている。私達はその列の一番横側でミーティングに参加する事になった。


「今日、明日の二日間でコントロールテストをやる。一年生は本入部一日目という事もあるし、ここから陸上ってなんだろうな、っていうのをゆっくり知っていって欲しい。あと、今日からしばらく、高校生が練習に参加する事になっている。盗める所は沢山盗んで、勝てる所は差をつけて勝つように」


 先生の静かな話が終わると、元気のある返事が校庭に響いた。無論、私も釣られて返事している。

 そのまま、学年の男女毎に分かれてウォーミングアップに入るのだけど……私達は別個でアップすればいいかな。


「先輩、中三女子わたしたちと一緒にアップしましょうよ!」


 絵梨那の誘いもあって、私達は中三女子について行く事に決めた。絵梨那を始め、六人いるこのグループ、みんな一個下なだけあって懐かしかった。


「今、部長ってタケシ?」

「そうなんですよー、私が部長になりたかったのに〜」

「絵梨那は無理だと思うよ」

「栞里先輩、なんてこというんですか〜!」


 校舎周りを二周して、そのまま円になって準備体操。ここまでは芦野さんもなんとかついてこれているみたいだ。

 この後の“ドリル”でヤバそうだけど……


「今日のドリルってなにやるの?」

「私達はミニHハードルドリルです〜」


 そういうと、一年生がミニハードルを持ってきた。うちのミニハー、割とちゃんとしてるタイプだと思う。


「ハードルって、もっと大きいものじゃないの?」

「ああ、アレはミニハードルって言って、走る時に必要な動きを練習するために使うやつだよ〜」


 莉沙がミニハードルの説明をしている間に、何故か私の手にミニハーが渡されて行く。


「私の足長でやるので、先輩が置いていって下さい」


 凄く憎たらしい顔をしながらも、練習が止まってしまうので私は言われた通りにミニハードルを並べ始めた。


「鶴見センパイ、そくちょうってなんですか?」

足長そくちょうっていうのは、足の長さのこと。リレーとかで使うから覚えててね?」


 一年生のかわいらしい質問に答える絵梨那は、前と違って成長したんだなぁ。まるでお母さんにでもなった気分で絵梨那のことを見ていた。


「今日はミニハードルとミニハードルの間を三足長にして、陸上の基本的だけど大切な動きをやっていきます」


 ああ、懐かしい。私も始めてこの練習をやった時には、何言ってるか分からなかったんだけど……一年生達も何言ってるか分からなさそうだった。

 ついでに言えば、芦野さんもキョトンとした顔で絵梨那のことを見ていた。


 ────ドリルが何種類か終わって思ったのは、動きが着実に身についているなぁってことだった。中学時代はかなりチグハグだった動きが、今では少しチグハグな程度に落ち着いたと思う。

 芦野さんはなんとかついて来ていたし、まぁ一年生もいるのでペースはゆっくりだった。


「あの、わたくし、あまり練習についていけなかったのですが……」

「大丈夫だよ、私も完璧にはついてけてないし」

「……そうなのですか?」


 キョトンとした顔の彼女に、励ましにもならなそうな言葉を投げかける。だけど、この後の言葉がどうしても思いつかなかった。

 芦野さんはこちらをじっと見ていたけれども、沈黙の時間が長く続いていた。


「コントロールテスト始めるぞ」


 先生が全員を集めて声をかけている。どこの学年もウォーミングアップが終わったみたいだ。コントロールテストを最後にやったのは三年の春以来だろうか。


「このテストは、様々な種目をやって自分に合った種目を見つけていく参考にして欲しい。もちろん、適性が無いからといってやりたい種目を諦めるのはダメだ。あくまでも、参考にするんだぞ」


 今日やる種目は、50m、立ち幅跳び、800m、メディシンボール投げの四種目と言っていた。陸上の中でも非常に基本的な四種目となっている。

 私は先生の話を聞きながら、栞里には絶対負けないようにと決めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る