きっかけには華麗な花を




 今日は非常に忙しい。

 なんたって、せわしなく校舎を移動しながら、体力テストを各種目行わなければいけない。

 種目は握力、上体起こし、反復横跳び、1000m走、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げだの七種目。このどれかで栞里に勝つのが私個人の目標。そして、今日やるべき事の最優先事項が────


「あー、隣のクラスしか見れないのか〜」


 運動が好きそうな子に声をかける。そして、今日の放課後に仲間を増やして連れて行くのが目標。なんか少し心配だな。

 今日グラウンドでやっているのは、1000mとハンドボール投げ以外の種目だ。

 私達は一年C組なのだが、私達の後にやるクラスしか、50mのタイムは順番の関係で見る事ができない。


「まぁ、合わせて三十人くらいだし……二人くらいいけるでしょ……?」


 ちょっと、できない気がしてきた。やばいかもしれない。どうしよう、二人にどうやって声をかければいいんだろう。

 というか、そもそも今50mやってんのってうちのクラスだった。二人一組で走る流れ、順番は出席番号順、となれば答えはただ一つ。


「がんばろーねー!」


 そうだね、栞里、出席番号で私の次だもんね。そりゃあ、隣で走ることになるよね……これだったらいっそのこと背の順の方が良かったな。

 しかも、スカウトする云々考えてたくせに、クラスメイトの走りを見てなかった。それなのに、私達の順番が来てしまっている。もうダメかもしれない。


「位置についてー!」


 スターター役のクラスメイトの声でスタートラインにつく。片手をついて体重を乗せる。もう片手は後ろにあげて構えれば「三点スタート」の構えの出来上がりだ。

 やっぱり、スプリンターである栞里の方が綺麗に見えて羨ましい。


「よーい!」


 号砲代わりの手を叩く音で一歩目を踏み出す。

 いつもの栞里曰く、「私はスタートが本当に苦手だから、いつもしっかり姿勢を作ることを意識してて、速さはそのあとかなぁ」とのことだった。

 確かに、彼女はスタートは早い方ではない。大会でも飛び出して行く、というよりは落ち着いてスタートして行くタイプと言うのが正しいと思う。

 ────だが、それは同じレベルの短距離選手スプリンターと比べた時の感想だ。


 おかしい、一緒にスタートしたはずなのにもう背中が見えている。ここまで差が開くのはって悔しいないっつも思うけど、それでもやっぱり敵わない。

 50mはあっという間だ。私からしたら長く感じるのだけれども、それでも練習の時と比べたら短い。

 ゴールラインが見えて、掴むように必死に飛び込む。ちょっと転びそうだったけどなんとか立て直した。


「藤堂さんが7秒13、中村さんが6秒55!」


 クラスメイトからはどよめきが聞こえる。そりゃあ、六秒台って同い年の運動部男子が出すようなタイムが出てるんだから。

 いつもこの反応を見るのがちょっと誇らしかった。私の記録じゃないけど。

 栞里といえば、なんだこんなもんか、って言いたそうな顔で後ろを振り向いていた。腰に手を当てて息を整えている姿が、すっごく綺麗に見える。


「すごーい、うちのクラス、体育祭じゃ無敵なんじゃない?!」

「ねぇ、一緒に女サカ入ろうよ!」

「違うよ、中村さんはバスケの方が絶対似合ってるよ!」


 黄色い声援と共に、栞里が走り終わったクラスメイトに囲まれている。その間に、隣のクラスの番になっていた。

 あれ、右側の子、どこかで見た事がある……


 手の叩く音ともに二人が走り始める。私から見て左側の子は、いたって普通の女の子走りだった。

 だけど、だけど右側の子は違う。確かにフォームはかなり荒いし、まだまだなのかもしれない。でも、力強く、なによりも楽しそうに走っている。技術だとか経験だとか関係なしに自分が走りたいように走っている。


「秋葉さんが9秒86、芦野さんが7秒46〜!」


 …………あの子に決めた。決めたぞ、一人決まった。

 私は、急いで走り終わったこの元へ向かった。黒髪をお団子にしていて特徴のある吊り目、溢れ出るオーラがすごかった。

 あれ、どっかで見た事ある……?


「あ、あの、走るの好きですか?!」


 既視感ある少女の、その既視感を自ら押し退けて声をかける。勢いよく声をかけすぎて、向こうに同じ勢いで逃げられてしまった。

 逃げられたというよりは、間を取られたというかそんな感じだった。


「えっ、えと、す、いや、なんでもないっ、ああっ、この間のっ、藤堂さんですね?」

「え、あ、あ、ああ?!」


 思い出してしまった。私とした事が、まさか人の顔を覚えられないなんて、栞里のお姉さんと記憶力が同レベルではないか。

 でも、名前は聞いた事がない。そういえば、隣のクラスなはずなのに、あまり話も聞かなかったような気がする。


「す、すみません……あ、あの、そう、この間はごめんなさい……」

「そんな、こちらこそちゃんと見てなかっただけです、謝らないでください」


 やっぱりこの話し方は私には合わないなぁと思いながらも、なんとしてでも押し切ろうと思った。


「もし、もし走るの好きだったら、一緒に陸上やりませんか!!」


 今度は大きな声で、彼女からいいお返事をもらう為にしっかりと目を見ていた。

 正直、手練手管を駆使して相手をオトす、なんていう事は一切できない。できないのでこうやって頼むしかないのだ。


「氷川さんが7秒99、氷見さんが6秒92!」


 六秒台が出たんだ〜と思いながらも、目の前の人の様子を、一切見逃すつもりはなかった。彼女は少し唇を噛みつつ「は


「いいえ、別に、別に興味なんてありません!」


 あれ、おかしいな。ここで「はい」って返事が返ってくるはずなんだけれども、何か間違えたかな。

 隣を通り抜けるフローラルな香りで、なんとか我に帰る。あっ、マズい、せっかくのチャンスが────


「で、でも……あんなに楽しそうに走ってた、だったら一緒に走りたいって思ったから……!」


 諦めずに、思いをぶつける。彼女は、興味がないわけじゃない。何かの理由でやるのを嫌がっているようにしか見えなかった。


「……その靴、どのくらい履いていますの?」

「へ? え、えっと……今のこれは、去年の三月からかな……」


 私が履いているシューズはASHINOのランニングシューズ、中一の頃から私の足に合うメーカーだったし、なによりも足が疲れない。


「どうして、それにしたのかしら?」

「え、ああ、靴底のクッションがあるやつがいいなって思って、これ履いてみたらすごく履きやすかったのと、デザインがすごくかっこよかったから!」


 そう、すごくかっこよかったのだ。買い換える時に、最後の決め手となったのはデザインだった。

 洗練されているデザイン、って言うのはあまり私にはわからない。でもこのシュッとした感じと差し色で黄色が入っているこの感じが、なんとも言えないぐらい私の心を刺激した。


「そ、そうなのですね……」

「すみません、なんか、ごめんなさい……お時間取らせてしまって」


 でも、相手に興味がない事は確かなのだ。大人しく引いて、他の子に声をかけてみよう。私は、いつの間にか隣にいた栞里と一緒に他を当たりに行こうと思っていた。


「全中の陸上の表彰式でメダル持ってましたよね」

「……なっ、何故それを!!」

「え、栞里、なんで知ってるの?」

「だって、私これでも表彰台乗ったからねぇ?」


 目の前のお嬢様は、まるで人が変わったかのように頰を真っ赤にしていた。確か、全中の時にメダルを授与していたのは……確か河本選手だ。その隣にいた子は、とてもかわいらしかったのを覚えている。

 つまり、それ相応の何かしらを持つ子、だと言うことになる。


「そ、そんなのは、どうでもいいのです。と、とにかく、私は陸上部に……入りません……から……!」

「芦野さん、四ノ宮先生が呼んでたよ〜」

「わ、分かりましたわ、わたくしはこれにて失礼しますわね!!!」


 足早に立ち去る彼女、芦野さんと呼ばれていた彼女の背中を見送る。優雅さなオーラが少しだけ破れかけたような気がして、もうひと押しなのかな、なんて思ったりした。

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