2.スタートダッシュは失敗?
入学式から二日、経った。
記憶力はある方だと自覚しているが、クラスの友達の名前を少しずつ覚えてきた私。多分半分くらいは覚えているはず。
今日は新入生の健康診断が午前中に行われている。うちのクラスは視力から測って、聴力、心臓のよくわかんないやつ、レントゲン、そして今の身長体重に至る。
「美郷〜、身長伸びた〜?」
身長を測り終わると、後ろから栞里がやってきた。私は今回初めて一六〇センチを超えたのでとても嬉しい気分だ。まぁ、たった三mmだけだけど。
でも、栞里に身長の話をされるのはなんかムカついた。ムカついたのでヘソをグリグリしてやると、女子高生らしくないおっさんみたいな呻き声をあげてうずくまっている。
「身長なんて問題じゃない、だって要は身体をどう使うかどうかもだもん」
「だけど、まだまだその使い方を知らないのが美郷でしょ?」
言われてみればそうだ。
自分自身の体の使い方が全部分かってれば、練習でやるような動きなんて簡単にできるはずだし。
それでも、栞里にそれを言われるのは悔しい。
一七〇超えてて、すらっとしてて、でも必要な筋肉はしなやかに鍛え上げられてて、もう、陸上やる為に産まれたんじゃないかってくらいに恵まれてる。
「私だって、まだまだ分からないことが多いし、そこはゆっくり練習すればいいと思うけどね〜」
「それは、そうだけどさぁ」
「あ、そういえば、今日から新入生は食堂の使用解禁だって、早く行こ?」
そうそう、そういえば午前中のやることはこれで全部終わった。楽しみにしていた食堂がとうとう解禁される。
心が踊ってきた。思わずスキップして視聴覚室から、
誰かを突き飛ばしてしまいました。
「あっ、えっと、大丈夫ですか?」
「ぅぅ、ぁぁ、はい、ちょっと、痛いです」
廊下にウチの学校指定のジャージを着た“お嬢様”がへばっていた。長い髪をハーフアップにしたその顔は、本当に痛そうに歪んでいる。
とりあえず膝を下ろして、肩を貸さないと。ゆっくりとしゃがむと、花の香りが私の鼻をくすぐってきた。あれ、学校って香水OKだっけ?
「すみません、ありがとうございます」
「いやいや、こっちが悪いんだし、あっ、私、藤堂美郷っていいます!」
こんな感じでの出会いになってしまったけれども、こうやって挨拶するのは大事だ。挨拶さえちゃんとしとけば、第一印象で悪いイメージを持たれることは少ないと思う。
立ち上がったそのお嬢様をよく見ると、背は私よりも高いくらいで、でも細すぎず太すぎず、腕は少し筋張ってるからもしかしたら筋トレとかしてるかもしれない。
「あ、ありがとうございます、わ、私の名前はあし
「あー、麗華さんこんなとこにいたー。早くしないとA定食売り切れちゃうよ〜」
「へっ、ひゃっ、り、莉沙さんっ! あっ、藤堂さんと、えっと、そのお友達の方っ、またいつかお話しいたしましょうっ」
お嬢様、レイカさんって呼ばれた女の子は、眠たげな他の女の子に引っ張られるがままに食堂のほうに向かって行った。
「なんか、すごいコンビだね」
「うん、うん、でもあの子なーんか見たことあるんだよね」
人の顔を覚えない栞里が、珍しく顔を見て何かに引っかかっているようだ。
「珍しいじゃん、どこで見たの?」
「んー、なんだろ……思い出せないなぁ、見てないのかな。いやそんなことはないんだよねぇ」
考え込むような素振りをしながら歩く栞里の背中についていく。賑やかさが少しずつ増しているのは、やっぱり一年生でごった返す食堂が近づいているからだろうか。
少しずついい匂いもしてきた。噂によると百円ポテトがとてもおいしいらしくて、女子生徒の敵になっているらしい。
「でも、やっぱり女子の比率高いね〜」
「五年前に女子高と合併したから比率が女子の方が高くなってるんだっけ?」
その辺はお母さんが話していた。昔からあった農業系の女子高が清鳳学院に吸収されて今の高校の規模になっているようだ。その辺りの裏話は沢山あるみたいだけど、おいおい聞いてみよう。
そんな感じでふんわりとした雑談をしてるうちに、食堂の入り口にたどり着いた。
食堂では、ジャージ姿の一年生達でごった返していた。みんな、高校の食堂というものに憧れてるのかもしれない。
食堂のメニューはどれも安くて量が多そうだった。一番人気はラーメン、次点に唐揚げ丼、メニューの種類が多くてどれにしようか迷ってしまう。
「栞里は何にするの?」
「私はお弁当あるからいいよ〜」
そうだった、栞里の家は徹底的に管理された食生活の元に暮らしているが故に、外のものは何も買おうとしていなかった。それ以上に、食べ慣れないものを食べるとすぐお腹を壊すとも言っていた気がする。
ちょっと悲しみを感じつつも、食券を買う列に並ぶ。
「ねぇ、部活決めた?」
「まだだよ、オリエンテーションってこの後じゃん」
前に並んでいる女子二人が、耳寄りな話をしている。これはやはり気になってしまうのは不可抗力だと思っている。
耳を澄ませて、雑多な騒音の中から詳しい話を聞き取ろうとしてみた。
「アキは陸上続けるの?」
「いや、今年は新入生募集してないみたいだし、いっかな〜」
────え?
そんな冗談は面白くないから言わないでよ、だって私の担任は陸上部の顧問の先生だよ?ねぇ、あ、そっか、多分伝言ゲームで伝わって来たからそうなった──
「なんでも、一昨年までいた先生がめっちゃ凄かったから強い選手が集まってたけど、県内の別の学校に移ってからの生徒の成績がほとんどダメなんだって」
「マジで?」
「この高校、意外と貧乏らしいししょうがないでしょ」
あ、ダメ、その話は私にきつい、やだ、なんだろ、急に身体が寒くなって────
「あっ、やっと起きた。もうどうしたって感じだったんだよ」
気がついたら見たことのないベッドに寝かされていた。隣には陸上の教本を持った栞里が、ぽけっとした顔で座っていた。
食堂で食券を買って、その後列に並んで、それで前の子達が
「えっ、美郷っ、みさと!!!」
本がバサっと落ちる音がする。あんまりにも気持ち悪くなっちゃってえずいちゃった。すごく気持ち悪い。
口の中を酸っぱくしながら、思わずボロボロ涙が出てしまう。情けない、こんな情けない姿を見せることになってしまうとは思わなかった。
「口に溜め込んでないで、とりあえず吐き出そ。色々きれいにしてから、話しよ」
栞里の優しい声に少し落ち着かせられる。差し出してくれた桶の中に口の中身を出してから、彼女にぐしぐし顔を拭かれている。
「陸上部、募集停止なんだってね」
「栞里、知ってたの?」
「私だって入部希望者だし、この学校の実績は調べてた。自惚れてるわけではないけど紅陵学館とか東京女子学園に声をかけられてたのに、清鳳にだけ声かけてもらえないなんてな〜って思ってたけど……」
全国からその才能を欲しがられる栞里に、
でも、本当にチャンスはないのだろうか。私が高校で陸上をやるチャンスは……
「転校したほうがいいのかな」
「っ、ダメっ、転校なんて絶対ダメっ、だったら私がお父さんに話して、実業団の人達と高校にいる間は練習参加させてもらうように頼んでみるからっ、だから、転校なんかしちゃ嫌だっ」
下を向いて震える栞里、唇から血が落ちている。滅多に泣かない栞里が、悲しくなりすぎた時によくやる仕草。下唇をぐーっと噛んで、痛みで悲しさを紛らわせている。
「私だって美郷と陸上がしたいし、一緒にバカみたいな話したい。せっかく心の底から信じてる友達なのに、いなくなろうとなんかしないでよっ!!」
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